第二話 東の原北西部の開発②
私達の土地の記念すべき最初の建造物は橋になった。街道と第一拠点を結ぶ橋だ。
ノームが掘った水路を崩さない様に削った所に石垣の基礎を作っているから、川幅には影響なく変わらない。高さも地面と同じだ。基礎の部分から綺麗なアーチを描いている。橋の幅は荷馬車が余裕ですれ違う事が出来る。欄干まである。中央山脈の石切り場で取れる白味が強い灰色の石を積み上げたもので、なかなかに美しい橋だ。とても石材の切れっぱで作ったとは思えない。
「どうだい? 良い出来だろう?」
「綺麗な橋ね」
「本当に」
リュドミラと二人して見入ってしまう。廃材と言うか切れっぱしだけあって、大きさもまちまちだ。人頭大から握りこぶし大まで、色々ある。それをモルタル無しで組み上げている。てっきり煉瓦の様に小さく綺麗に切りそろえたのを使うのかと思っていたのだが、そうでも無かった。流石に、アーチを形作る部分は四角いのを揃えてはいるが、それも大きさがまちまちだったりする。そのくせ、妙に安定感がある。
「水が無いのが残念ね」
ゲルマナの言う通りだ。水があれば、綺麗なアーチが水面に映り、上と下とで輪っかが出来るだろう。
「メイルシュトロームで水流してみる?」
なるほど。いいかも知れない。
「って、リュドミラ、メイルシュトローム覚えたの?」
水の超上級だ。これで超上級三個使いだ。メアリーを抜いて一七五の会最強になった。
「ジャンヌが遠征に行っている間にね。水と土は農業で良く使うから。でも土の超上級覚えてないの。早く覚えたいなあ」
土を覚えたら、四属性が一通り超上級か。農作業で雷は使わないだろうから、最後だろうな。しかし、ほぼ戦闘無しで覚えるんだから、ヴァンパイアの血ってやっぱり凄いんだな。
「じゃあ、見せて。リュドミラのメイルシュトローム」
「いいわよ。橋の耐久試験もやっちゃおうか」
「おいおい、俺っちが作った橋がメイルシュトロームくらいで傷むつうのか? やれるもんなら、やってみろよ」
アレックスが腕まくりしてる。ニヤついているから自信があるのだろう。
「ようし! やっちゃえ、リュドミラ!」
「オッケー!」
ゲルマナが、一瞬何か言いたそうにしたが、クスリと笑っただけだった。私達のノリが分って来たんだな。
戦いではないので直撃は無しにして、ニ十歩ほど上流に向かう。リュドミラのウインド・バリアで川底に降りた。サラマンダーが焼き固めた川底はツルツルしているから転びそうになる。何故か、私以外は平気で立っているので、転ばない様にゲルマナに掴まった。
リュドミラが両手を前に突き出して詠唱を開始する。目一杯だ。
川底は転びそうになるくらいツルツルだ。さぞや勢いよく流れるだろう。
「うっしゃ! 勝負だ。万が一、ぶっ壊れたら俺が直してやるからな。遠慮なくやれ!」
アレックスの声にリュドミラが目だけ笑って応える。ドワーフ対ヴァンパイア・クォーターだ。
「メイルシュトローム!」
詠唱を終えたリュドミラが放った。両手のひらから大量の水が吹き出すと、洪水になって一気に橋に向かって押し寄せる。水かさは、溢れるとこまではいかないが、上の方の傾斜までには届いている。満水と言って良いだろう。どうなるか……。
「ま、こんなもんだな。リュドミラはよく頑張ったほうだぜ」
橋の点検を終わらせたアレックスが勝ち誇っている。橋は全くの無事で、川の横っ腹が少しだけ抉れたくらいだ。
「やっぱり、無理ね。ドワーフって凄いわ」
リュドミラが肩を竦めている。ヴァンパイア・クォーターもお手上げだ。
「あたりめえだ。年季が違わあ」
ざまあみろ、とばかりに勝ち誇っている。
「でも、水面に映るアーチは見られなかったわね」
ゲルマナの言葉に皆で顔を見合わせた。
完全に目的を忘れていたな。
結局、デューネを呼んだ。
これこれ、こうだったと説明をする。ただ水を流せば良いと言うものではなかった。
「あの橋を壊せばいいの?」
違う、違う。もっと風情がある事をしたかったんだよ。
「姉さん、ひでえや。姉さんがその気になったら、橋はおろかこの辺り一帯が湖になっちまうよ」
それはそれで、とんでもないな。
結局、何故か宴会になった。どうせなら皆で眺めながらお酒を飲もうと言う話になったからだ。最近の四大は二日に一回は工事現場で仕事をしている。たまには趣味的な事をやってのんびりしたいのだろう。
とは言え、水が近くに無いとデューネがいても仕方がない。リュドミラのメイルシュトロームで水を補給した。
「メイルシュトローム!」
リュドミラが天に向かって洪水を放つ。いつぞや見た間欠泉みたいに大量の水が遡った。
ついっとデューネが右手を上げると、遡った水が軌道を変えて水路に入る。結構な高さなのに、しぶきも上がらない。橋の上流に落ちた……と言うか、着地した水は、何事も無かったかのように橋までゆっくりと流れて行き、堰も何も無いのに橋の真下からこちら側に、塊の様に留まった。
冬のせいか風が強い。水の表面がさざめいている。メルが飛び上がる。右手を口元にもっていってふいっと息を吐くと、ぴたりと風が収まった。
「ありがとう、メル」
「どういたしまして」
水と風の精の見事な連携だ。
「これでいいの?」
メルが肩に止まって言ってきた。
「ありがとう、これでいいわ」
アーチは見事に水面に姿を映し、綺麗な円が出来ている。
「折角だ。景気づけと行こうや」
サラマンダーが炎を吐く。火の玉が二つ飛んで行って、橋の斜め下に漂い始めた。下から炎で照らされた橋がほんのりと赤く染まる。元が白っぽい灰色だから、両端の橋脚から橋の中央部にかけて綺麗なグラデーションが出来ている。そして、それがそのまま水面に反射している。
「ミスト!」
リュドミラが霧を出した。霧は橋の向こう側にゆったりとかかり、サラマンダーの火の玉を光源にした橋の影を浮かび上がらせた。幻想的な光景が出来上がる。
「おう! 見事な物じゃの。酒の肴に丁度良いわ」
ノームが上機嫌でお椀の酒を煽った。
相変わらず、何もしないんだな。まあ、いいけど。
その日以来、精霊達の工事が終わった後は、アレックスが作った橋を眺めたり、外壁を眺めたり、小屋を眺めたりしてお昼ご飯を食べる様になった。
アレックスは、自分が作ったのを皆が褒めてくれるものだから上機嫌で稼ぎのお酒を差し入れてくれた。精霊達は兎も角も、私達は支払った分を自分で飲んでいる。なんだか悪い気もする。ただ、アレックスが楽しく飲めた方が良いと言ってくれるので、お言葉に甘えて飲ませて貰った。
そんなこんなで、二月も終わりに近づき、アレックスの頑張り……ベアトリクスが資材を飛ばしてくれた頑張りも忘れてはいけない……のお陰で、第一期工事は無事に終わった。橋はエレノア様の目に留まり、王家からアレックスに街道用に同じ大きさの橋の注文が二つ入った。二つとは、野戦陣地前の橋と東の原と王都域を結ぶ街道の橋だ。街道の橋は分かる。水路を川に繋がないといけないから、いずれは必要だった。野戦陣地前の橋はと言うと、新しい設備になる。元々橋どころか街道すら無かった。陣地前まで街道を作った時に、延長して陣地に繋いだ。木を移動して作った、ひたすら尾根を登っていく坂道だ。馬車も通れない。その坂道を下りきったとこで街道と接続する。ノームが掘る水路は街道の北側を流れる。つまり、陣地へ向かう尾根の北側は水路が防衛線になるわけだ。エレノア様は、せめて街道の部分だけでもと、少しだけ陣地前を横切る様に延長して良いかをノームに聞いた。長さにして大股でニ十歩もない。十数歩だ。それだけなら水の流れに影響が無いだろうとノームもOKしたので、自力で延長した。そこに架ける橋だ。
「いっその事、道の階段も作っちまうか? これじゃ登るのたいへんじゃねえか?」
実はその通りだ。道と言うか崖に近い。雨が降ってぬかるんだらまず登れない。いざという時の逃げ道にしてはおっかない。
「構わないのですか? 廃材利用で階段が出来るのであれば、是非ともお願いしたいですね」
エレノア様も乗って来た。
「構うも何も、竜人が石材作りに参加したから切り出しのスピードが上がっちまった。廃材の山が出来ちまって邪魔なんだよ。廃材っつっても、何かと使い道はあるからな。海に捨てちまうのは勿体ないだろ?」
アレックスはアレックスで切れっぱを処理したいのだろう。やたら協力的だ。
「ここは長いから、ん-、四樽でどうだ?」
「どうせなら、階段だけではなく、野戦陣地の区画整理をやって頂けませんか? いずれは耐魔の資材で防壁を作って固めるのですが、それまでの間の暫定措置と言う事で。その代わりと言っては何ですが、一時的に野戦陣地の中央部を貴方方の廃材置き場にして貰っても構いませんよ」
「そこに置いた奴は、俺達が自由に使ってもいいのか?」
「結構です。ただし、廃材だけです。それから、もし魔王軍や他国との戦争状態に陥った場合は、戦闘の邪魔になるので、元の場所に戻します」
「よっしゃ。受けてやろう」
よっぽど邪魔だったのか、あっさり決まった。
廃材が丸々手に入ったとあって、アレックスはウキウキだ。
「そんなに嬉しいの?」
メルが聞いている。
「嬉しいねえ。あの石材はな、粘りがあるから加工しやすいんだ。あの橋だって見ろよ。綺麗なもんだろ?」
「ふーん。あれがねえ」
メルと同じで、石材の違いは私には分からない。要するに良い素材らしい。作って貰った母屋なんか、壁から床から屋根から全部を綺麗にしつらえている。どうやったのか分からないが、綺麗に割れているので、表面がすべすべだ。
「どうだ? いっその事、ここの建物は全部俺に任せてみないか? 家畜小屋にしろ、なんにしろ、俺っちがビシッといいのを作ってやるぜ」
いいのだろうか? 蜂蜜酒が幾つあっても足りないような気もするが……。
「お代は、要らねえ」
「え?」
「タダでいいぜ。つっても、ここで集まって飲む時の酒は出して貰うぜ」
皆で集まって飲む時は、大体私が仕込んだ蜂蜜酒とかヘンリー一行や山賊が差し入れてくれる……つまり王家の予算だ……お酒で賄っている。ここでも同じになれば、実質タダだ。
タダほど怖いものは無い様な気もするが……。
「俺達ドワーフはな。利益が欲しくて仕事してんじゃねえのよ」
ふむ。何か信条があるのだな。
「鉱物を掘って加工して、何かを創るのさ」
創るのは何でも良いらしい。家だろうが、橋だろうが、塀だろうが、はたまたそう言った物を作る材料でも良いらしい。
「創って残す。それが生きた証で、生き甲斐ってやつなのさ」
なるほど、生き甲斐か。てっきりお酒を飲む事かと思ったがそうでは無かったんだな。
「あのなあ。生きる喜びと生き甲斐は違うだろうよ」
突っ込まれたが、違いが良く分からない。同じ様なものじゃないのか?
「あははは。ジャンヌの言う通りね」
メルが大笑いしている。それどころか五大全部が笑い出した。
「姉さん、ひでえなあ。俺達ドワーフは、別に酒を飲むために生きてるんじゃねえぜ」
何か、申し訳ないな。私のせいでアレックスが馬鹿にされている感じだ。
「分ってるわよ。ドワーフがあんな風に何かを創るのが大好きでそれを生き甲斐にしてるって事は」
「そう言ってくれるのならいいけどな」
「でも、お酒飲むのだって好きでしょ?」
「そりゃあな。ドワーフってのは、うんと仕事して、うんと酔っ払って騒ぐんだよ。両方なきゃいけねえ……、って、あれ? 同じなのか?」
「ほら、同じよ。ジャンヌの言った通り」
なんかアレックスの形成が不利になって来たぞ。
「別にいいじゃない。今回みたいにいい仕事して、いいお酒飲んで騒いで。それが生き甲斐なんだからさ」
「そ、そりゃあ、まあ、そうだが」
言いつつもアレックスは嬉しそうだ。普段辛口の四大に……特にメルは往々にして理不尽だ……、いい仕事って褒められたからだろう。
「酒を飲むのを生き甲斐扱いされてもなあ」
じろりと火付け役の私を睨んで来る。
「ご、ごめんなさい。馬鹿にしたわけじゃないのよ」
「じゃあ、どう言うわけなんだ?」
「えーと、それは……」
人間の考えになるから当てはまるかどうかは分からないが、何かを得るために仕事をしていると思っている。例えば、それがお菓子を作るためでも構わない。子供を育てるためでも構わない。自分が楽しさや幸せを実感できるのであれば。お金が好きな人が貯まったお金を見て喜ぶのもそうだ。人は皆、何かを得るために仕事をしている。そう思っている。
「うーん。ジャンヌの言い分は、間違ってはいないな」
間違ってはいないと言う事は……多分、間違ってないだけって事か?
「俺達は、仕事をする事自体が、楽しみであり、幸せなのさ」
「それ自体が?」
「そうだ。酒を飲むのも同じだ。たまたま、仕事をすれば酒を貰えるから一挙両得でやってるだけだ」
仕事人間……人間という言い方は良くないか。仕事精霊……なんて言葉はあるのか?
「そこら辺は、人間と精霊の違いかもな」
うーん。そう言われると、分からなくなるな。
「アレックス。それは違うと思いますよ」
エレノア様だ。更にややこしくなるかも知れない。今のところノームが黙っているから良いのだが、参戦したら大変だ。
「ヘンリーや私は、稼ぐために仕事はしていません。それ自体が楽しいからです」
そう言えばこの人達は基本無報酬だ。経費を出して貰ってはいるが、相手が出すと言うから貰っているだけで、別に無くても平気だ。適当に狩りをして、適当に穴を掘って野宿している。趣味か道楽で仕事をやっている様な人達だ。てことは、ドワーフにとって、何かを創るのは趣味って事なのか?
「お! そういや、あんたらはそうだったな。失敬、失敬」
「いえ、分かって下さっている様ですので、嬉しいです」
なんか、意気投合してるし。
「ジャンヌは神官ですから、どうしても仕事は義務だと考えますよね?」
「はい」
そう教わった。
「でも、それだけではありませんよ。ジャンヌだって、そうではありませんか。だから貴方には様々な種族の友人が出来るのですから」
えーと、それじゃ精霊達の言い分と一緒で、全然分かりません。




