第二話 禁漁区へ
一面の紅葉にはまだ早いが、黄色く色づいてはいる。所々に、びっくりするくらいに鮮やかな黄色や赤に変わった枝もある。
足元にも少しずつ葉が落ちていて、歩くとカサカサと音がする。
あまり狩猟には向いてない音なのかもしれないが、あえて気にせず音を立てて歩きたくなったくらいだ。
実りの秋だ。
木の根元には茸が生え、枝には木の実がなっている。
沢山採って帰って、山の幸亭で引き取ってもらおう。
高いところに登っているから見晴らしが良い。湖の岸に生えている木々の色の移り変わりが一目でわかる。
時々小雨がパラパラと降るけど、杉の木の枝の下にいるとほとんど濡れない。気にはならない。
足元はあまり見ない方が良いだろう。私はそんなには高いところが得意じゃない。
せっかく、眺めの良いところにいるのだから、心を穏やかにして美しい景色を楽しめば良い。
時々、風が吹くと思わず枝を持つ手に力が入ってしまう。落ちたら大変だ。
「ねえ、私達っていつまでここにいればいいの?」
隣にいる無粋な魔法使いが足元の地面を見ながら声を掛けてくる。
「あんまり足元見ない方が良いわよ」
足元にはオオカミが七匹集まってきている。目を合わせちゃ駄目だ。
どうして、こうなったのか。
原因はパウルさんだ。
パウルさんが、ゴブリンにオオカミに襲われた時の対処法と同時に狩りの仕方を教えようとしているからだ。
オオカミは狼の頃から木に登れない。
フェンリルのように魔法を使ったりもしない。
野兎なら山の上目掛けて走って逃げることもできるのだろうが、人間やゴブリンはそうはいかない。木に登るだけだ。それを私達が実践している。もちろんオオカミに遭遇してから登ったわけではない。木の根元には狐の死骸が何匹か置いてある。
「まさかネズミ退治と似たような方法でオオカミ退治が出来るとは思わなかったわ」
違いは下手をすればこちらが餌に変わるかも知れないということか。
「パウルさんによれば、魔獣は似たり寄ったりだそうよ」
「てことは、フェンリルも餌で釣れるのかな」
「釣れても倒せるかどうかはまた別の話でしょうが」
まあ。殺されるのが落ちだな。
「パウルさん見てるかなあ」
リュドミラが辺りを見回している。図太いのか、オオカミを見ても全然怖がらない。
「パウルさん達は、囮の私達と違って安全な場所にいるはずよ。きっと身振り手振りで狩りの仕方をゴブリン達相手に熱演してるわ」
ベアトリクスが木の枝を揺らして、オオカミをからかっていると、やたら活きの良い鳥の鳴き声が聞こえてきた。
三人で目くばせし合う。
合図だ。
素早く詠唱を終え準備をする。
カサッ、と、近くの茂みで音がした。きっとボニーが投石紐で石を飛ばしてきたのだろう。
オオカミ達は華麗なバックステップで、音と反対側に後ずさる。
そこに、私達が目一杯の魔法だ。
ベアトリクスが詠唱を終えていた雷の魔法を、リュドミラが炎の魔法を放つ。私もホーリーであらかじめ狙っていた奴を連続攻撃した。
足元のオオカミの周辺に何本もの矢が飛んでくる。
全て聖水の鏃だ。
詠唱を終えた私がホーリーを二発放った頃には、オオカミたちは三匹の死体を残して撤退していった。
大戦果だ。
初めてのオオカミ狩りで三匹も倒した。
木の下にはパウルさん率いるゴブリン達が集まって来た。ボニーも一緒だ。
ゴブリンは五体いる。
ゴブリン達は皆、ベアトリクスがデザインした袖の無い肩が出た黒紫を身に着け、聖水入りの矢筒を腰に引っ掛けている。
背中と胸には茶色の糸でマルセロ商会と刺繍がしてある。
ロビンソンさん率いる新生ゴブリン斥候隊だ。
私達が東の原で戦っていた頃、ロビンソンさん達は斥候として、普段猟師達が入らないところまで侵入し、魔物の動向を探っていた。
その報酬として、このほど聖水入り矢筒が五つ進呈された。
「聖水ってゴブリンが使っても効果があるのね」
ベアトリクスが疑問を持ったのも無理はない。
ゴブリンは信仰を持たない。
「精霊は女神様の一部のようなものだからな。女神様とは繋がりがあるんだろう」
パウルさんも良く分かってないのだろうが、要は効果があれば良い。これでゴブリンは強い魔物と対抗する手段を得たことになる。
「聖水の補充はどうするんですか?」
ロビンソンさんに聞いてみる。ロビンソンさんは成聖出来ない。
「エミリー先生が月に一回来てくれることになってる。巣にある幾つかの水瓶に湖の水を汲んでおけばいいんだ。費用はマルセロ商会が持ってくれる」
「費用は幾らくらいですか?」
「月に金貨二枚だね」
エミリー先生は孤児院に喜捨するのだろうが、上級魔法が使えるようになれば、巻物と言い、聖水と言い、お金には困らないらしい。
集まってきた皆でオオカミを解体だ。
血抜きをし、内臓を捨て、ある程度小分けにする。ベアトリクスがフリーズで凍らせた後、麻袋に入れ、パウルさんが掘った穴に一旦保管する。帰りに立ち寄って皆で運ぶからだ。船もある。後で取りに来ても良い。
「どうやって分配するの?」
ベアトリクスがパウルさんに聞いている。人間とゴブリンの配分が難しい。
「肉や骨は全てゴブリン達のものだ。巣の地下三階にアンジェリカが作った氷室に運び込む予定だ。毛皮と牙はマルセロ商会とロビンソンで折半にしよう。町で売っぱらって、ロビンソンには現金を渡せばいいだろう。どうだ、ロビンソン?」
「構いませんよ。町で現金を渡してもらう方が、僕も都合が良いです」
「買い物でもするの?」
「主にお酒と布地だね。ゴブリン達に服を着せてやりたい」
ゴブリン達も喜んでいるようで、出がけに立ち寄ったら、色とりどりの布と言うか、服と言うか、を身に着けていた。一枚の布に頭が入る穴を開けてすっぽりと被り、腰の所を紐で括っただけなのだが、簡単に脱ぎ着出来る方が良いようだ。
色合いについては、ベアトリクスが色々な絵を描いて見せたところ、赤や黄色といった派手な色よりは、茶色や緑といった穏やかな色が好きだという事が分かった。精霊だけあって、自然に溶け込む色合いの方が好きなのかも知れない。一部のお母さんには柄物が人気だった。お洒落に関しては、人間もゴブリンも女の方が敏感なんだろう。
「本当のところ、調度を揃えたいんだけどね。今は全くないから、徐々に揃えていくつもりだ」
「どんなのが良いの?」
調度を使うゴブリンか。
つい、チェストの前で何を着るか悩むお母さん達や、テーブルの回りの椅子に腰を掛けてビールを飲むゴブリン斥候隊の姿を、想像してしまった。
「まずはベッドが欲しい。今のところ毛皮を地面に敷いて寝ているが、板を一枚置いただけでも気に入って貰えた。簡単なもので良いと思う」
ゴブリン達もロビンソンさんという指導者を得て、どんどん文化的になっていくようだ。何年かたったら、鳥の頭亭のような飲み屋ができているかもしれない。
オオカミ退治が終わった後、さらに前進する。
禁漁区で主となっている魔獣はオオカミらしいが、東の原の魔物退治の時に禁漁区の東で猟師達が盛大に狩りをやった。その結果、逃げ込んで来た魔獣が増えているとのこと。クマと縄張りを争っているらしい。
私達が狙うはクマだ。
クマはオオカミと違って獣の死骸なんかでは簡単に釣られたりはしないそうなので、専ら足跡とかの痕跡を探すことになる。普段は意外にもドングリやら木の実を食べているようだ。渓流の河原で魚を獲っている時もあるらしいので、今日はゴブリンの巣から北上して一本目の川を目標に進んで行く予定だ。
禁漁区ともなれば道なんか無い。
ただの原生林で普段はロビンソン一党しか入らない。私達一七五の会にとっては未知の領域だ。なので、四人がそれぞれに地図を描いている。
今いるのは湖の東側だ。迷ったら西にさえ進めば湖に辿り着けるのだろうが、水飲み場を含め薬草の生えている場所なんかも地図に書きこんでおかないといけない。
先頭はロビンソンさん率いるゴブリン斥候隊。真ん中が一七五の会、後衛がパウルさんとボニーだ。
ボニーは元々猟師の子だ。ご両親は中の原南部のエングリオとの境にある森を狩場としていたらしい。戦争中に斥候として活躍していたのだが、二人共戦死してしまった。そういう経緯があるだけに、パウルさんやアンガスさんも両親のことを良く知っていて、ボニーが猟師になろうとしているのを随分と喜んでいた。
随分と長く歩いた頃、水が流れる音が聞こえてくる。
どうやら、目指す渓流に辿り着いた。
先行していた三体のゴブリンによると、特に何も見当たらない、とのこと。それならばと、河原でお昼ご飯を食べることになった。
「リュドミラ。お鍋の準備しようか?」
「うん。分かった」
早速、リュドミラが背負ってきた鍋を置く場所を作る。穴を掘って石で囲み鍋を置く。リュドミラは東の原の陣地前の緑化計画が実を結んだのか、念願のウォーターを覚えた。土と水の両属性を使えるようになった彼女は、ますます畑仕事に精を出すようになった。
「ウォーター!」
早速唱える。丁度良い量が鍋にたまったので得意そうだ。頭を撫でてあげる。
次いで、ベアトリクス。
「ファイアー・ボール!」
これで水を入れた鍋を温める火が付いた。
「じゃあ干し肉入れるね。ボニー、今日取って来た山菜とキノコ入れて」
オーウェンさんに売ってもらった干し肉の塊から人数分の欠片を切り取って入れる。お湯が沸く頃には、柔らかい肉スープの出来上がりだ。
食べられる草もいれてあるので、パンがあれば十分な食事になる。
ゴブリン達の口にも合うので丁度良い。
「これだけ人数いると簡単でいいわね」
ベアトリクスも感心している。
「本当だねぇ。魔法使いがいたら食事が簡単に出来るねぇ」
ボニーは普段火打石を使っている。水も川から汲んだりしている。
皆でお椀を手に持ち鍋を囲んでいると、不意にゴブリン達が川上を見た。
「来たか」
言いつつもパウルさんは食べる手を休めない。
「流石に鋭いですねえ」
ボニーが右手をかざして見ているが、首を傾げている。
何も見えないが何かがいるのだろう。
「ゴブリンの感覚は人間とは比較にならないほど鋭いからね。そうそう、ライトを使う時は事前に一言断ってくれないか。目一杯のライトをゴブリンが直視したら、また気絶いてしまう」
ロビンソンさんに注意されてしまった。
クマが出た。
風が川下から、そよそよと吹いている。
鍋の臭いに惹かれたのかもしれない。
ゴブリン達は立ち上がって弓を持つが、ロビンソンさんが抑えた。
サボーディネイションを使うのだろう。
様子を伺いながら、鍋の残りを慌てて掻き込む。
リュドミラが鍋を洗っている間に、私達にもクマが見えてきた。
「デカくない?」
「イノシシの三倍はあるわね。流石は金貨二枚だわ」
ベアトリクスと二人で声を上げてしまった。
立ち上がったら二階の窓から部屋の中を見下ろせるんじゃないか?
ゴフゴフ言いながら走ってくる。
あっという間に私達の所に来たか、と思うと立ち止まった。
ロビンソンさんが立ちあがって両手を前に突き出している。
既にサボーディネイションが発動しているようだ。
ゴブリン達が弓矢を持って近づいて行き、立ち止まったまま唸り声を上げるクマの眉間に聖水の矢を放放った。
クマはその場に崩れ落ちて、あっさりと狩りが終わった。
「なんか簡単に終わっちゃったわね」
ベアトリクスの言うとおりだとは思う。
何となく拍子抜けの気がしないでもない。
しかも、クマが鍋を食べに来るとは思わなかった。
「心配せんでも、次はお前達の番だからな」
パウルさんがニヤニヤしている。手伝う気がないのかもしれない。
「大丈夫よ。うちには優秀な囮がいるから。囮が襲われている間にボニーが眉間に一発当てちゃえばいいのよ」
ちょっと待ちな。囮って私じゃないわよね。
「一射は自信がないなあ。せめて五回くらいはチャンスがほしいなあ」
駄目よ、そんなの。囮が死んじゃうでしょ。
「私も囮やりたい」
リュドミラ、あんたがやったら本当に死んじゃうから駄目よ。
「新しい魔法を覚えたんだろう? 試してみたらどうだ」
私達は顔を見合わせて、ふむ、と考えた。
パウルさんの言うとおりだ。
大陸生まれのヴィルは兎も角も、ベイオウルフまで覚えた。
私が覚えたのと同じ魔法でディフェンドだ。
中級魔法のインクリース・ディフェンスのように身体能力を上げるのではなく、単純に対象を固くする魔法だが、なんにでも掛けられる。例えば、楯にかけると一時的に強化できる。
ベイオウルフは珍しく大はしゃぎで、晩御飯を奢ってくれた。
自分にかけてヴィルに思い切り殴って貰った結果、ヴィルが指を骨折してしまい全力のヒールをかける羽目になった。
随分とはた迷惑な魔法だが、効果の程は確認できた。
陣地防衛戦を頑張った私達に対する女神様からのご褒美だと思いたい。
ベアトリクスは状態変化魔法のマジック・ディフェンドで、ディフェンドの魔法防御版だ。
ますます器用貧乏の道を進んで行く。
「ここで試すとしたらディフェンドね。誰かが囮になって耐えている間に皆でやっつけよう」
性質の悪い魔法使いがニヤニヤしている。
そうか、そうか。じゃあ、あんたにかけてやろう。
「じゃあ、ディフェンドが掛かった人が囮ね」
逃げるベアトリクスを詠唱しながら追いかけていたら、リュドミラが分かった! と言いだした。
「何が分かったの?」
「クマはウォーターで倒せるよ!」
ベアトリクスと顔を見合わせる。
窒息でもさせるつもりだろうか。
ともあれ、今日はもう既に一匹倒している。この辺にはいないだろう。明日場所を変えて二匹目を狙うことにして、今日は一旦引き返すことになった。
クマは凍らせた後テレポートの巻物でマルセロ商会に跳ばしておく。山の幸亭のご主人が取りに来る手筈になっているからだ。もちろん、肉の半分は後でロビンソンさんに届けることになっている。薬草や木の実を集め、兎やら鳥やらを狩りながら帰る。途中でオオカミを掘り出して、皆で手分けして運んだ。
ゴブリンの巣に辿り着く頃にはすっかり日が陰ってしまったが、二人一組で担ぐ木の棒にぶら下げた収穫を見て、ゴブリン達が大はしゃぎで出迎えてくれた。




