下水道の謎
「で、結局十三匹か。一七五の会もなかなかやるじゃないか」
ハンスさんに褒められた。
出だしは好調だったものの、その後は四匹、二匹、二匹、0匹と振るわず、密かに目標にしていた十五匹には届かなかった。ベイオウルフが言うには、退治する時の音が反響してネズミが警戒するせいか段々と見つかる数は減ってくるとのこと。
しかし、大戦果と言っていいだろう。普段はそうそう二桁に届かないらしい。
出発時の仕返しをしてやろうと、衛兵隊の半日の最高記録は何匹ですか? と胸を反らして聞いてみた。何せこちらは二回目だ。十分自慢できる。
「二十六匹だ」
え?
ありえないでしょ、二十六匹なんて。ベアトリクスと二人併せてもそんなに魔法使えないわよ。それって、何? どうやったのよ。銀貨十枚超えるじゃない!
「巣を襲撃したからだよ」
五年前に俺の班がやった、と言いながら、後ろにひっくり返るんじゃないかというくらいに胸を反らされた。
ハンスさん、確か衛兵勤務三十年とか言ってたわよね。これが経験の差ってやつ?。
がっくりと項垂れてしまう。
「巣があったんですか?」
ベイオウルフが聞くと、意外な答えが返ってきた。
「以前は扉が二か所にあってな。そのうちに一つは休憩や道具置き場に使ってた部屋だったんだ。色々あって開かずの扉になってたんだが、ネズミが巣を作ってるらしいって話が出てな。俺の班で退治しに行った。今は二か所とも扉を外して壁に作り直しちまったがな」
思わず三人で顔を見合わせる。
「どうした?」
怪訝そうな顔をするハンスさんに、ベイオウルフが地下で見たことを説明した。
「よくそこまで分かったな。水路の水を何度もぶっかけて汚しといたんだが、そうか布で擦ったか」
それって、証拠隠滅になるんじゃないだろうか。
「なんでそんなことしたの? 壁に作り替えるにしたって隠す必要なんてないわよね」
ベアトリクスは一旦知りたいとなったら、納得するまで追求するタイプだ。早速、突っ込みを入れている。
「扉の後を汚して分からなくしたのは俺だ。再発防止だ。教会の依頼だぞ」
「?」
再発って、何を? なんで教会が勝手に関わってくるんだろう? 良く分からないわ。
「再発防止ってことは何かが起こったってことね。壁を作り替えたのなら、町の業者に聞いて回ってもいいんだけど」
さすがは魔法使いだ。食いつきが厳しい。
ハンスさんはため息をつくと、マルセロさんから見取り図を借りたのを確認した後で話し始めた。
それは、町の大人達の間では有名な話なんだそうだ。
五年前、一人の神官がとある研究を始めた。
研究の内容は地下墓地での遺体の保存法。
神官は教会から地下墓地の管理を仰せつかっていた。地下墓地の管理の仕事には墓地に安置された遺体の管理も含まれた。
通常、遺体は地上の共同墓地に埋葬される。一方、希望した者の死体は、一定額のお金を払うと伝統的な方法による遺体保存法を施され地下墓地に収納される。
もちろん、多額の金が必要な遺体保存を選択できる者はごく一部だ。そして、支払う料金が教会の収入に繋がっていることも確かな事実だ。
その神官は、日々の研究の中で、魔法を使って保存処理を施された遺体を綺麗なままで保管しようと考えた。そして、幼馴染の魔法使いに相談した。
気軽に協力を引き受けた魔法使いだったが、研究は難航し結果の出ない日が続いた。
そして、下水道にあった作業部屋を実験場所として借受け、二人で地下墓地から通路で繋がっていた下水道へと足繁く通い始めた。実験は主にネズミの死体を使っていたらしい。
しかし、二人の研究の日々が終わる時がくる。
二週間ばかり旅に出た魔法使いが、禁呪とされている死体のレヴァナント化を提案してきたからだ。
レヴァナントと呼ばれる動く死体をつくる方法は幾つかあると言われている。しかし、それは魔法ではなく呪術の類とも言われている。元々は経費がかからず不眠不休で働き続ける労働力、あるいは兵士を手に入れる方法として考案されたものらしい。
誰しも自分の身体を死んだ後まで好き勝手に使役されたくはないし、見た目の悪さと相まって感情的な面から忌み嫌われていた。
様々に議論された結果、死者への冒涜である、との教会の判断が下り禁呪とされた。
しかし、その魅力に取り付かれる者は後を絶たないという噂だ。
魔法使いは遺体をレヴァナントにし、棺の中で動かさなければ良いと考えた。
最初は冗談かと思ったらしい。しかし、魔法使いの言動にやや狂気めいたものを見てとった神官は、研究から手を引き実験を中止することを魔法使いに宣言したのだった。
だが、魔法使いはあきらめなかった。神官の行動を予測し、密かに合い鍵を作っていた。神官の言うことを聞いたふりをして、夜の闇に紛れ作業部屋へ侵入して一人で実験を再開した。
「知的探求心ってやつか? 魔法使いは、一旦気になり始めると追及しなきゃ治まらんらしいからな」
ハンスさんが、一息おいてベアトリクスに目をやる。
ベアトリクスはそっぽを向いている。
「誰も気付かないまま、魔法使いは一人で何日も下水道の闇の中で研究を続けた結果……」
ハンスさんはため息をついた後、つぶやくように言った。
「闇落ちしたのさ」
人が闇落ちした場合、理性のタガが外れると言われている。
暴走した魔法使いは、地下道を通り教会に襲撃をかけた。攻撃対象が教会だったのか、それとも特定の個人だったのかは、今になっては分からない。
まるで暴風のように荒れ狂った結果、ついに討伐されてしまった。幸い本人以外に死人は出なかったものの、怪我人が大勢出たようだ。
その結果、扉は教会の依頼により塞がれて部屋なんか無かったことにされてしまった。教会内で起きた事件は教会が処断している。国の政治に口を出さない代わりに、教会内部の完全な自治を認めて貰っているからだ。
「それが五年前だ。だから、二度と同じ事が起きない様にしたのさ」
さあ、これで全部話したぞ、とハンスさんは口を閉ざした。
ハンスさんの話が終わった後、三人で衛兵隊の休憩所でサイダーを飲むことにした。
「ねえ、ベアトリクス。さっきの話だけどさ、あんたどう思う?」
「別にぃ、要は禁呪に手を出しちゃった人が捕まって討伐されたってことでしょ。たまにあるみたいじゃない」
どうも上の空だ。この手の話には一番食いついてくるはずなのに。
「動物が魔物化するのはともかく、人間の心がそうそう魔物みたいになるものなのか?」
人間が魔力に悪い影響を受けて精神がおかしくなる様を、闇落ちと呼ぶ。魔物の場合は身体が大きくなったりするが、人間の場合は心にくるらしい。
「さあねぇ。闇落ちって言葉があるくらいだから、たまにはあるんじゃないの」
ベイオウルフが聞いても、窓の外を眺めたりして、まともに話をする気がない。
「ハンスさんの話だと、結局闇落ちした魔法使いは無事倒されたんでしょ。で、例の小部屋は巣を作っていたネズミとともに片づけたと。なのに、なんで無かったことにしたいのかしらね?」
「さあねぇ。分かんないわねぇ」
これは、駄目だ。
ベイオウルフを見ると、私の目を見て頷いてきた。
「ベアトリクス。あんた、なんか知ってるでしょ? 言いなさい」
「な、何よ。何にも知らないわよ。何なのよ」
しらばっくれるベアトリクスは無視して、ベイオウルフに伝える。
「ベイオウルフ。一七五の会規約第二条。言ってみて」
ベイオウルフは姿勢を正し厳かに暗唱する。
「汝、いかなる時も会員に対し隠し事をするべからず。ただし、好意を伴う秘密や話すことによって会員に危険が及ぶ場合については、この限りにあらず」
一七五の会には鉄の掟がある。この掟を破ったと見なされた者は、残る七人による弾劾裁判を受けなければならない。裁判の結果が有罪の場合は、七人がそれぞれに考える他者が想像も出来ないようなとんでもない罰のうちの一つを受けなければならない。
「ちょっと、待ってよ。なによ、それ。横暴よ、横暴!」
「なに言ってんのよ、あんた自分で思ってる以上に分かりやすいんだからね。大体いつからの付き合いだと思ってんのよ」
「全くだ。罰を受けたくなかったら、今のうちに白状しろ」
「もう、止めてよ、何にも知らないからぁ!」
「駄目よ。吐きなさい!」
しばらく抵抗していたベアトリクスだったが、結局私達の取り調べに音を上げた。そして、週末に私の部屋で話をすることに決まった。
このことは私達以外には話さないようにしようね、と口止めを要求された。ベイオウルフの提案で三人揃った時でなければ話をしないことにした。
なんか、根が深そうで怖いんだけど。後で何もないわよね、これ……。
あっと言う間に週末だ。
私の部屋に三人揃った時に聞いたベアトリクスの話は、結構衝撃的なものだった。
「ハンスさんの話だけじゃ説明がつかないのよ」
ベアトリスクスはそう前置きして話し出した。
ベアトリクスは、件の魔法使いの事件を以前聞いていたらしい。ただし、場所までは聞いていなかったのでハンスさんに食いついた。まさか中の原とは思っていなかったそうだ。
彼女が変に思ったのは、魔法使いが闇落ちした理由だった。
「魔法使いの間では良く知られている話なんだけど、強力な魔法を使う魔法使いは皆闇落ちするかもしれないのよ」
「どう言うことなの?」
「強力な魔法は大きな魔力を必要とするでしょ。当然、術者はその魔力にさらされるわけ。強力な魔法を使うと、それだけ濃密な魔力が集まるから、人の精神にも影響が出るのよ。立て続けに使ってるうちに、心がもたなくなってくる場合もあるってわけ」
「でも、それは神官も同じだろう。それに強力な魔法を使う者は他にもいる」
ベイオウルフの言うとおりだ。神官の使う上級神聖魔法や猟師の使う上級風魔法だって条件は同じだ。
「そうなんだけどね。突き詰め方が違うのよ」
ベアトリクスの言う突き詰め方の違いとは、例えば、自己の探求心を満たすために自由に魔道を追求していく魔法使いと、克己の精神で日々自己を保つ修練を積み衆生を救うために魔法を使う神官の、魔法に対する考え方の違いのようだ。
魔法使いが闇落ちする時とは、本来は何か目的を達成するための手段としての魔法の使用が、いつの間にか目的にすり替わってしまい、魔道の探求から逃れられなくなった場合を言うのだそうだ。そして、遂には己を見失って暴走してしまう……。
「しかし、それなら魔法使いがいきなり教会で暴れ出した理由が分からないな。魔物みたいになっていたほうが理解しやすい」
確かに、自分が一人でやっている実験が上手くいかなかったからと言って、教会を攻撃する理由にはならない。
「そうなのよ。魔法使いの望みは遺体を不死化することだったのよね? 隠れて研究は続けていたんだし、教会で暴れる理由が分からないの」
私の勝手な想像なんだけどね、とベアトリクスが前置きした。
「もしかしたら、闇落ちじゃなかったのかもね」
どういうことだろう。なんか嫌な予感がするのだけど。




