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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第六部 第三十二章

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第一話 収穫の秋

 遂に九月になった。収穫の季節だ。今年の収穫祭は特別だ。平坦地の試験場の検定結果二回目が出る。脱穀が終わっていない現時点では正確な収量が出ていないから何とも言えないが、リュドミラのニコニコ顔を見たら期待大に違いない。幸いな事に天候に恵まれ、貯水池も十分な水を確保出来て豊作だったらしい。平坦地に住む人達も収穫祭を楽しんでいる。


 最近の平坦地の収穫祭は、四号店の前の広場に設置された舞台で私の祈祷……教会が未だに無いから、私が冠婚葬祭の祈祷をしている。私が遠征で参加出来ない時は院長先生かジェニファー先生が代理でやっている。窓口は四号店だ……の後は、娼館のお姉さん達による昼間バージョンの踊り、住民の子供達の合唱、楽器を始めた住人の演奏、山賊達の一発芸大会と様々な出し物が続く。中の原地区の東半分は、中の原へ行くよりも平坦地へ来た方が近い場所もあるので、乗合馬車に乗って観光に来る。出店も沢山出て平坦地全体が大いに盛り上がる。ミアーナが焼くお菓子は評判で長蛇の列が出来ている。親が並んでいる間、降下猟兵のお椀での飛行体験会、デューネのフワフワとメルの空飛ぶ泡……この二人の出し物は子供限定だが大変な人気なので、午前中は中の原で、午後は平坦地で、半日単位に分けて二時間程やって貰っている……で、子供達が時間を潰す。勿論、お菓子を買わない子も来るが、遊ぶのは自由だ。


 出店の中にはエルフの工芸品のもあって、好事家のお大尽が買いに来る。実はエルフの品は、王都とここでしか手に入らない。なので、お客は何処から来ているのか分からない。乗りあいでは無く、自前の馬車に乗って来て、広場で主人を降ろした後はそのまま店屋の裏手に回って止めている。そこは飲み屋や食堂や娼館の裏なので休憩中の飲食には困らない。


 本店と三号店も日暮れ前で閉店だ。その後はいつものように農場の裏で宴会だ。




「では、始めたいと思います」


 仕切りはミアーナだ。このところ、メアリーに言われてやっている。声掛け役のベアトリクスがモランディ―ヌに行きっぱなしなので代役なのだが、そもそも四号店の仕切りが妥当なのでずっとやって貰ってもいいかもしれない。基本的に同じメンバーだし、ミアーナも日々珪石堀りのオッサンを相手にしている内に、仕切り役くらい簡単にこなせるようになって来た。いずれミアーナが正体を明かす時が来たら、オッサン達は褒美を貰ってもいいかも知れない。


「皆さん、今日は本当にお疲れ様でした! 特に、中の原軽装歩兵団の皆さんは、今も多くの方が警備をなさって下さっている様に、収穫祭の無事な進行に寄与して下さり、本当にありがとうございました!」


 山賊共から、盛大な拍手が上がる。口笛を吹く者もいる。ミアーナが鐘楼の上に顔を向けて右手を上げると、見張りの兵士が手を振って応えている。


「それでは、喉も乾いているでしょうし、お手元にはビールが配られていると思いますので……」


 ミアーナの乾杯の音頭に答えようと皆がビールの注がれたコップを持つ。


「と、その前に!」


 えーっ! と声が上がる。一番デカい声を出しているのはルイスさんだ。


「発表があります!」


 なんだ、なんだ、と声が上がる。これもルイスさんが一番目立っている。


「ベイオウルフ!」


 ミアーナがベイオウルフを指差すと、まだ飲んでいないにもかかわらず顔を赤くしたベイオウルフがゆっくりと立ち上がって、ミアーナの隣に行く。


「なんだ、ベイオウルフ? どうかしたのか?」


 ルイスさんが言うと山賊共が口々に、どうしたどうしたと言い出した。


 もしかしてこれは……。


 メアリーを見ると澄ましている。マグダレナ様はニコニコしたままだ。老夫婦も同じだ。


 間違いない。


「この度、ベイオウルフ宛てに、プライモルディア王国王太子のエドワード様から書簡が届きました!」


 どよどよとどよめく。その癖、山賊共は皆笑顔だ。


 確定だ。間違いない。


「ベイオウルフに届いたのは……」

「届いたのは?」


 ミアーナが言葉を切ると、ルイスさんが大声を出す。


「婚約の申し入れでーす!」

「な、なにー?」


 びっくりしているはずのルイスさんが満面の笑みだ。ここまで茶番が過ぎると、耳まで真っ赤にしているベイオウルフが可哀そうだ。


「ねえ、ベイオウルフ? お返事はしたの?」


 ミアーナもいつの間にかこんな役をこなす様になってしまった。珪石堀りのオッサン達が悪い。


「は、はい」

「お返事しなきゃね。ねえ、お受けするの?」


 山賊共が両手の拳を握りしめ、固唾を飲んで見守る振りをしている。

 それを見たマチルダが吹き出している。


「は、はい。お、お受けしようかと思っています」


 大騒ぎだ。山賊共が、立ち上がったルイスさんの音頭で、おめでとう、を連呼する。

 可哀そうに、ベイオウルフは俯いてしまった。

 とは言え、おめでたい事には間違いない。一七五の会も、準一七五の会も一緒になって、おめでとう、おめでとう、の連呼に参加する。

 ちびセレーナとグローリーが、はしゃいでぴょんぴょん飛びながら走り回り、フローラを始めとするアルラウネ達に通訳されたゴブリン斥候隊の面々が、大はしゃぎで拍手する。

 デューネが水を飛ばして虹を作ると、メルがその虹の周りを飛び回り、サラマンダーが火を吹く。ノームは……山賊共と一緒に拍手してるだけだな。


 一頻り騒いだ後、ミアーナが両手で皆に静まるようにと仕草で促すと、山賊の合唱がぴたりとやんだ。この辺りは軍人だ。急に静まり返ったので、ちびセレーナとグローリーがきょとんとしているぞ。




 ベイオウルフへの婚約の申し込みは、勿論、王宮を通じて来た。マグダレナ様が来ているのは書簡を持って来たのだろう。

 普段、宴会の準備の時に率先して力仕事を請け負ってくれるベイオウルフが、始まる直前まで四号店から出て来なかった。きっとその時に伝えられたに違いない。セルトリア王家の養女になってから嫁ぐから、厳密にはセルトリアとの婚姻外交になる。血統的にはセルトーニュとの外交だ。もっとも、セルトリアもセルトーニュも正式な外交にする気は無いらしい。結婚式には誰かが来るだろうが、事実上セルトリアからの嫁入りになるらしい。エドワード様自体が、そう言った事を気にしていないから問題無いのだろう。


「結婚は来年の五月になるとの事ですから、それまでは王宮で行儀見習いです。その後、プライモルディアに嫁ぎますから、四号店は一人減る事になります」


 そう言えばそうなる。考えてなかった。ミアーナの警護は誰がやるんだ? 一七五の会にしろ、準一七五の会にしろ、人手が足りないぞ。今の宴会に参加出来るのは、山賊しかいないんじゃないか? しかし、山賊は男ばっかりだ。ミアーナ直属にはしないだろう。隣の飲み屋に王国軍兵士のお姉ちゃんがいるが、宴会には参加していない。今更四号店の店員には出来んだろう。ましてや、他の者なんて極秘事項が一杯ある四号店にはとても置けない。


「代わりの人が必要なのですが……」


 山賊共がグイッと顔を上げる。我こそはと思っているに違いない。


「ベイオウルフの代わりにこの人を推薦したいのだけど」


 すくっと、マグダレナ様が立ち上がった。

 一瞬時間が止まる。山賊共があんぐりと口を開けている。


「言っておきますが、私ではありませんよ。私は推薦したい者を紹介するために立ち上がったのですよ」


 ドヨドヨとため息がでる。

 にこやかに言ったが、絶対に狙ったでしょう?




 マグダレナ様が紹介したのは、エレナと言う女性だった。

 名前を呼ばれたエレナは、なんとルイスさんの横にいた。山賊達と同じ格好をしているし、首に手拭を巻いた上に耳あてのついた皮の帽子を目深にかぶっていたので分からなかった。それに、体格がベイオウルフのやや小型版と言ったところで、護衛役相応の体格をしている。


「エレナです。マグダレナ様直属の斥候として、中の原に紛れ込んでました」


 ミアーナが来た時に一緒に来たらしい。勿論、経路は別々だ。


「いかがですか? ジャンヌ。エレナに見覚えはありませんか?」


 いきなり名指しされた。

 エレナさんが、帽子を脱いで手拭を取る。ベイオウルフと同じで、可愛らしい顔立ちだ。なんとなく見た事がある様な……。


「あ、思い出した。エレナさん、貴女娼館にいたでしょ?」


 娼館へは時々行く。お姉さん達がミアーナのお菓子のファンで、晩御飯の後に届けていたのだ。それについて行ったりしていた。それに、普段は孤児院の先生たちが祈祷を上げたり二日酔いの薬草を届けたりしているのだが、私もたまにお手伝いをしていた。ただ、このところ遠征が多すぎて行けてないが。エレナさんには見覚えがある。


「確か、お洗濯や食事の担当だったかな?」

「はい! そうです。娼館でお会いしたのを、覚えていて下さったのですね!」


 なるほどね。ミアーナが中の原にいる時も、警備していたわけだ。娼館や飲み屋は裏の情報がやり取りされたりもする。斥候が潜むには丁度良いわけだ。


「ねえ、ジャンヌ」


 メアリーが立ち上がってエレナさんの横に並んだ。ポンポンと肩を叩くと、エレナさんが嬉しそうに笑う。メアリーは娼館出身だし、最近は交易の際にマグダレナ様やエレノア様の下請けみたいなことまでやっている。知っていても不思議はない。


「エレナさんがベイオウルフの代わりに来る事知らないのは、ジャンヌとベアトリクスだけだったのよ」

「そうだったの?」

「だって、ジャンヌとベアトリクスったら最近中の原にいないじゃない」


 それを言ったら、メアリーもヴィルもボニーもいないのだが……。


「ちゃんと紹介出来なかったから、今日紹介なの。基本的には、四号店長のミアーナがOKなら採用しても大丈夫なんだけど……ここはほら、特殊だから。どう? ジャンヌとしては。因みに、ベアトリクスは書簡送信用の魔法陣で問題無しの返信を貰ったわ」


 採用に関しては、私は特に問題は無い。店長のミアーナと前任のベイオウルフ、それにフィオナ、キーラ、フローラや三つ子が良ければいいんじゃないかな。後は、ここの特殊事情だが、もう既に参加している。今更反対しても仕方ない。


「皆がいいなら良いんじゃないかな」

「では、合格ですね。エレナ。店長の私は貴女を四号店の店員として雇用します」

「ありがとうございます。ミアーナ店長。そして、ジャンヌ司教」


 お礼の言葉と共に拍手が起こって、制服の授与、マチルダからバッチの授与と進んで、歓迎の乾杯になった。

 因みに、エレナさんの後任はマグダレナ様の直属の斥候が新しく来るそうだ。多分これも事前に準備していたんだろうな。




「私からもお伝えする事があります」


 今度はエレノア様だ。


「もう気付いていると思いますが、今年の平坦地の収穫は、二年前に提示された収穫量を上回っていると思われます」


 いきなり核心を突いて来たな。全く容赦が無いな。


「その場合、陛下からの報酬があるのですが、その事について一七五の会の皆さんに相談があります。今日は提案だけお伝えしますので、ベアトリクスを含めて検討して下さい。回答は、出来れば年内を目途にお願いします」


 いよいよ来たか。

 リュドミラを見ると、こっちを見ていた。不安そうにしているという事は、知らない。

 メアリーを見ると、やっぱりこっちを見ている。澄ましていないから、知らない。

 ヴィル、ボニー、ベイオウルフ、マチルダも知らなそうだ。


「土地が無償で下げ渡される予定です」


 よっしゃ!


「候補地が三か所あります」


 三か所……。二か所なら想像が付く。ここと東の原だ。まさか、新しく手に入れた南の国境地帯とかじゃなかろうな。あの辺はただの森だし最前線になるぞ。


「一か所目がここです。一七五の会は現在八枚の圃場を保有していますが、新たに畑十枚分の園地を下げ渡します。そして、生活困窮者対策の一環として希望者を募って小作人を集め斡旋します。小作人の住居や、例えば水車の様な必要と判断される施設も王家で建設します。下げ渡す園地は、現在の圃場の北隣の土地とします。基本的にリュドミラを中心とした一七五の会の農業研究に対する評価額が、この位と考えて貰って結構です」


 一気に十枚! しかも、北隣となれば既に耕作している! 相場で買ったら金貨二千枚相当だ。リュドミラを見るとガッツ・ポーズをしている。試験場として自分が耕した土地だ。それが十枚分も手に入る。それだけの評価をして貰ったわけだ。そりゃあ嬉しいだろう。


「二か所目は、東の原です。一七五の会の何人かが参加された陣地防衛戦を戦った場所の北東に平野部があります。街道の西側です。丁度皆さんが魔王討伐に挑む前に訓練をなさった場所ですね。一部森林があり、森の北でちびセレーナの森と接しています。現時点では開墾はされていませんが、所々に池や沼がありますし、東に大きな川が流れています。川の向こうは現在回復中ですが、水路を作れば川から水を引くのは可能かと。それに、陣地の有る山地帯の向こうにも川がありますから、トンネルを掘ればそちらからも水が引けます。もし開墾するのであれば、費用は水路建設も含め、三年間は国が一定額を補助します。かなり広いですよ。森も含めると、概ね五百歩四方ですか。畑に換算して五十枚相当の広さです。勿論、全てを開墾する必要はありません。それから森は残しておいた方が良いでしょう」


 五十枚相当!

 ちびセレーナの森の近くだ。元々はそこを狙っていた。しかも、予想よりもずっとずっと広い。しかし、リュドミラを見ると腕組みをして難しい顔をしている。あまり好ましくは無いのだろうか。


「そして、三か所目ですが、王都域の農業試験場の一部になります。面積は十枚分とここの褒賞と同じです。園地は開墾済みですし水の心配も要りません。住居や必要な施設は国が建てます。なお、二か所目の案と三か所目の案を選ばれた場合でも、現在のここの園地は無論皆さんの物です」


 ご検討願いますと提案されてしまった。普通なら一方的に伝えられて終わりだろう。事前に聞いてくれただけ有難い。今すぐの返答は必要ないから皆で会合だが……揉めるかも知れないな。

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