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第六話 竜人族との交渉⑤

 無事にベアトリクスの残留が決まった。滞在費はレグネンテスが出す事でまとまった。

 モランディーヌやレグネンテスの魔法兵にも見学希望者がいたが、竜人から駄目出しされた。ベアトリクスはノームの弟子だから特別らしい。


「ありがとう。でもね、私はレグネンテス王国立魔法学校の臨時講師なの。もし、さっきの魔法を覚えたら、ここの作業が終わった後学校で見せてもいいかな?」

「ふむ。構わんぞ。ただし、やみくもに見せるな。その学校とやら限定だ。それと、せめて土の超上級魔法一個使いになってからの者限定だな。負荷がかかり過ぎるし、土属性魔法との相性が良くないとな」

「ありがとう。わかったわ」


 竜人の言葉にレグネンテス兵が湧く。

 その様子を見て、セルディック王の次男坊が魔法大臣となにやら話を始めた。生徒を送り込む気かも知れないな。




 ベアトリクス残留が決まったのは良いが、竜人と話をしないといけない件がある。ハーピーの事だ。これは、レグネンテス兵は愚か、モランディーヌも全然知らない。幸いにも事情が分かっているプライス様とハリス様が一緒になって、挨拶が終わった以上は王都に帰ろうと提案して青年王が了承してくれた。ヘンリー一行と私は現場で一泊して翌日王都に帰る事にした。名目は竜人達への魔境の案内だ。報告は上げているが、実際に調査したのがヘンリー一行だから、簡単に任せて貰えた。


 午後になって里長と若手一人と一緒になってハーピーの巣へ行く。入り口から声を掛けるとアラウネと雛が顔を出して覗いて来た。

 ピーピー鳴きながら飛び降りて寄って来る雛を抱きしめて……なんか大きくなって抱っこ出来なくなっている……いると、背後に竜人が立って覗き込んで来た。びっくりした雛が半泣きになって抱き付いて来る。慌てて袖で隠して頭を撫でてやる。


「ああ、すまん。驚かせる積りはなかったんだ」

「ええと、この子は色々あって強い魔物が苦手なんです。仲良くなるまで距離を置いて貰えますか?」

「そ、そうか。すまん」


 悪気は全く無かったようで、大人しく下がってくれた。


「ねえ、あれってもしかして竜人? どうしてここにいるの?」


 アルラウネもかなり警戒している。そりゃあ、そうだろう。いきなり竜人が巣を訪ねて来るなんて想定出来る訳がない。


「これからヘンリー一行が説明するわ。この子の親は中にいるの?」

「今ね、北に行ってるわ。もうちょっとしたら帰って来るから、待って貰えるかな」

「ええと、どこで待とうか? 勝手に中に入らない方がいいよね?」


 留守番がいるとは言え、初見の竜人や人間がいる。帰って来て住処に知らないのが入っていたら嫌がるだろう。


「ジャンヌ、先にこの森の案内をして貰えるか。その後で改めて顔を出そう」


 里長が言ってくれた。


「構わないですか?」

「ああ、構わんぞ。人間と違い我ら魔物は不意の侵入者を好まぬ。ま、お主は分っておるみたいだがな」


 ニカッと笑ってくれた。ギザギザの歯が覗くからまあまあ怖い。


「じゃ、ハーピーの親に伝えとけばいいわね」

「ああ、アラクネよ。頼んだぞ」

「分った」


 話しがついたので、一旦お椀に戻る。持って来た蜂蜜水の水筒をアルラウネに渡し、雛の手を引いて巣の入り口まで送り届ける。竜人は先に飛び上がっているから、もう怖くはない。


「また後で来るからね。お母さん達によろしくね」


 そう言って手を振ると、不安そうにしてはいたが笑ってくれた。




 飛び上がった後は、里長もお椀に乗って来た。若手は直ぐ横を飛んでいる。


 里長が乗って来たのは、ヘンリー一行が作った地図を見るためだ。今回の偵察を兼ねた案内で最新情報を加えて完成版とし竜人に渡す予定だ。


 基本超高速と併用で、主に湖、池、川と言った魔物の集まっている所を中心に回った。驚いた事に、竜人は超高速について来た。そして、魔物の群れがいる所に到着すると、そのまま群れの中に突入して行った。


「あれが狙いですね?」


 若手が群れに突っ込んで行くのを眺める里長にエレノア様が聞く。


「そうじゃ。やはりエレノア殿は見抜いたか」


 言いつつ里長がプライス様を見た。プライス様は軽く微笑みながら頷いた。どうやら、プライス様は知っているらしい。


「あれって、交渉でもしてるの?」


 相変わらず遠慮しない魔法使いが聞く。


「そうじゃ。人間の防壁造りに我ら竜人も参加する。だから壁を越えるな、と言っておる」


 いいのか? 人間に肩入れしすぎじゃないのか?


「魔物が壁を越えない代わりに、人間も越えないという事ですね」

「そうだ。この壁は元々魔物と人間の境界線として機能させると聞いた。である以上は、人間も中に入ってはいかんはずだ」


 まあ、そうなる。


「だから、我ら竜人が協力して壁を作る事を森に棲む魔物に教えるのよ」


 なるほど。竜人が作ったのを勝手に壊したら竜人の怒りを買って攻撃される。オーク共にとっても飲まざるを得ないだろう。そして、それは人間も同様だ。壁の破壊は竜人を敵に回す事になる。つまり、竜人は、自分達が魔境の包囲壁を作る事によって完全な相互不可侵の領域を設けようとしているわけだ。竜人だからこそ出来る事だろう。


「この事は、モランディーヌ側も知っています。総大司教様からの文書にその事が記載されているからです」


 総大司教様の文書は見てなかった。王都大教会で竜人の中立性についてのやり取りがあったのが良く分かった。

 プライス様が言うには、竜人が協力すると言ってきたと同時に、この狙いに気付いたらしい。そして竜人はドラゴンと人間の仲立ちを取った歴史的事実がある、もっと言うと、人間と魔族の戦いに加担した事が無い。他の獣人やドラゴンはどちらか一方に加担した事がある。地竜なんて、簡単に金で転んで……いや、止めておこう。


「魔王が復活したらどうなるのですか?」

「ここは変化が無いでしょう。今までもそうでしたし。壁があって魔物が家畜を襲う事が無くなるだけで、人間も攻勢を取ろうとしてこなかった場所ですから」


 そう言えば、人間と戦わなかった魔境ランキングで、女魔族が仕切っている場所を躱してダントツ一位になったとか言ってたな。


 考えてみたら、今回の試みには非常に条件が揃っている場所だ。

 まず、魔王が復活しない。だから危機感が無い。しかも、確かに小競り合いはあったが、大規模攻勢は無かった。それどころか、魔物も人間も互いに攻勢をかけては来なかった。それが現在も進行形だ。

 魔物側は魔物側で変なのがテコ入れして来たが、人間が倒してしまった。他方、人間側は人間側で白い島全体で魔境攻略の機運が高まったが、肝心のモランディーヌに兵力が足りてなかった。

 もっと言うと、猟師も近づかなかったせいで、この森が完全に立ち入り禁止になっても人間は困らない。


「竜人がこの地を選んだのは慧眼としか言えませんね」


 プライス様が感心したように言う。


 竜人にとっても手を出す以上は失敗する訳には行かないだろう。人間にとっても、森に棲んでる魔物にとっても都合が良いなんてそうある場所ではない。


「何を言うか。お主ら人間がここを包囲しようとしたこと自体が慧眼よ。儂らは話を聞いて乗っかっただけだ」

「ご謙遜」


 エレノア様だ。ニヤついているから自画自賛も含まれているのだろう。




 一通り案内してハーピーの巣に戻ったら、親二羽が帰って来ていて、巣の上空を飛んでいた。

 若手竜人にお椀に乗って貰い、近づいて行くと男性の方が乗り込んで来た。竜人を警戒しているのか、竜人が乗っている後方ではなく前に乗っている私の隣に来た。竜人から目を離さない。


「久しぶりね。元気?」


 竜人との間に割って入る様に正面に立って向き合うと、ちろっと私を見て笑った後は、直ぐに視線を戻した。


「紹介しておくわ。ゲルマナよ。五大精霊の一人」


 とりあえず通訳を紹介しておく。アルラウネがいないから会話が出来ない。


 ゲルマナは穏やかで上品だし、小柄なので全然警戒されていなかった。それが五大精霊と聞いてびっくりしている。ゲルマナが挨拶すると、キョトンとした感じで何やら返事をした後、私を見た。


 そして、竜人だ。ゲルマナが間に立って互いを紹介しているのか、双方共に何やら言っている。基本魔物同士だから強い方が絶対的に偉い。とは言え、下衆な下っ端魔族に酷い目にあった経験があるだけに、警戒するはずだ。しかし、ゲルマナが通訳しつつ双方の話が進むうちにだんだんと表情が柔らかくなった。竜人の考えがある意味魔境にいる魔物の保護だ。壁の内側でイノシシを狩った経験もあるだけに、要は竜人の縄張り……竜人が作った壁は竜人の領域と言って良いだろう。人間だろうが魔物だろうが、勝手に壊したらただでは済まない。それに魔王が復活したって、エングリオの女魔族の様に縄張りをしっかりと守ってさえいれば、文句は言われないだろう。


 納得したのか、ハーピーは竜人の申し出を受け入れて家族を紹介してくれた。ただし、巣の中には入らない。入り口から少し離れた場所、尾根の上にある木のまばらな所だ。そこには既に女性と雛とアルラウネがいた。

 ハーピーのつがいが二人並び、右横にゲルマナ、アルラウネと雛を膝に乗せた私が、左横にヘンリー一行、ハーピーの対面に竜人二名が座った。

 ヴィルとボニーがお椀を配り、お酒が注がれる。雛は渡した蜂蜜水の水筒に残りがあったから、それを飲んで貰った。


 ヘンリー様の言葉で乾杯し、改めて包囲壁に関する説明をする。

 以前の説明と違う事は、竜人が壁の作成に加担する事だ。その結果、魔王が復活した場合の説明が変わって来る。竜人は、何人至りとも勝手に壁を破壊するなと言っている。壊した場合、どうするかについては言及されていない。ただ、竜人を敵に回す事になるのは容易に想定できる。


「彼らの処遇に何か変化があるの?」


 ゲルマナが聞いた。竜人の出した条件は壁についてだけだ。


「何ら変わりません。今までと同じです。違うのは、竜人が壁作りに参加するから十分に気を付けて貰わなければならないという事ですね」


 エレノア様の言葉に右手でどじょう髭をしごいている里長が大いに頷く。目つきが厳しい。異論は許さんとでも言いたげだ。

 私の膝の上にいる雛が、不安そうに私を見て来る。大丈夫よ、と言いながら頭を撫でてやった。


 ゲルマナの通訳を聞いたハーピーは、驚きもせず、男性が簡単に答えた。次いで女性がやや長めに答え、男性は同意するように頷いている。二人共、視線が厳しい。


「問題無いみたいよ。壁は作った方がいいって。それと、もし何かあったら、北に逃げるって。冬は寒いけど夏は気分が良いって言っているわ」


 対してハーピーは能天気だ。

 元々、竜人が参加しようがしまいが壁に文句は無かった。と言うか歓迎していた。ハーピーにとっては、自分達の生活が第一だ。それを妨害する様な森の争奪戦が始まるのが嫌なのであって、誰が持ち主だろうが関係無いのだろう。


 竜人は拍子抜けした様だ。恐らく、魔王軍としての立場から物を言って来ると思っていたのだろう。


「では、当方の言い分に文句は無いのだな。魔王軍として森から討って出る場合、我らが作る壁は大変な脅威になるぞ」

「元々打って出る気なんか無かった。幹部の魔族が来たから協力しようかとも思ったが、その配下が来てからその気も無くなった」

「配下?」


 エレノア様が手短に説明する。ゲルマナの通訳を聞いたハーピーの男性が、きれ気味に何か叫んだ。


「本当に嫌な奴だった。雛が沢山殺された。何時か殺してやろうと思っていた。残った雛を人質に取られていたから出来なかった」

「そうか。酷い奴だな」

「ああ、本当に酷い奴さ」

「許せんな。そいつはどこにいるのだ?」


 族長はどじょう髭を触る手を下げて真顔になっている。明らかに怒っている。


「死んださ。ほら、これが証拠だ」


 表情が一転し、愉快そうに大笑いする。

 そして、腰に差したナイフを鞘から抜いて見せた。魔族が使う真っ黒の刃だ。鞘はアルラウネが作ったのだろう。イノシシの革だと思う。


「魔族のナイフだな。お主が持っているという事は死んだか」

「ジャンヌやヘンリー一行が殺してくれたんだ。雛も解放してくれた。逃げ道も確保してくれた。だから、もう魔王軍には協力したくない」


 ヘンリー一行を顎で指し示す。


「ま、だからと言って人間にも加担しないけどな。昔の様に好きに生きていくだけだ」


 エレノア様から改めて細かい説明があった。この森でハーピー達と戦った事。魔族を倒し囚われていた雛を解放し、残ったハーピー達と和解した事。その上で包囲壁を作る事。何かあったら北方に逃げられるように北方の魔族やドライアドに協力して貰った事。面倒見の良いアルラウネが今も傍にいる様に協力してくれている事。

 そして、他のハーピーの大人はヘンリー一行……私を含む……との争いで死んでしまったが、それは戦いの結果と受け入れてくれた事……。


「ふむ。左様か。お主らは良き人間に出会えたのだな」


 族長が私の膝の上に座っている雛を見ながら笑顔で言った。ようやく見せた笑顔に、雛も安心した様に笑った。

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