Backyard of 野良神官 その③
本編前日譚その3です。
夜明け前、暗いうちから目を覚ます。
早朝のお努めを果たさないといけない。
同室のベアトリクスを起こさないように静かにベッドから出て蝋燭を灯し、神官衣を着て部屋をそっと出た。
音を立てないように階段を降りると、一階の踊り場で先生達が待ってくれていた。
互いに無言で会釈をし、そのまま祈祷所に向かう。
女神様の像の前の蝋燭はすっかり短くなっている。
先生達が夜中に起きて一度交換しているのだが、一本で二時間しか持たない。
院長先生が女神様の前に、その後ろに三人の先生が横に並び、さらにその後ろに待祭の私が跪き、お祈りをする。
やがて、陽が昇り、女神様のお姿が太陽の光に包まれる頃、早朝のお努めが終わった。
「皆さん。お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
「では今日も頑張っていきましょう。まずは朝食の準備からね。エミリー、キャサリン、子供達を起こして回ってね」
二人の先生は大きな声で生徒を起こして回る。二階の担当がキャサリン先生で、三階の担当がエミリー先生だ。
起こして回ると言っても、一人一人を叩き起こすわけではない。部屋のドアを開けて、起きなさい、と言うだけだ。院長先生の方針で、寝坊して起きて来なかった子には罰が与えられる。教義書の写本羊皮紙十枚だ。書かされるのは、日々の糧に感謝をしなさいといったことが書いてある部分だ。
なので、私と同室のベアトリクスはいつも私が起こしている。
今日もベアトリクスを起こすために一旦部屋に戻ろうとすると、ジェニファー先生に呼び止められた。
「ジャンヌ。明日はベアトリクスの退所の日よ。引っ越しの準備は出来ていましたか?」
「全然出来てません」
「案の定ね。今日中に別棟に移って貰わなければいけないのに」
「今夜寝る前までには何とか引っ越しさせます。皆にも手伝って貰います」
「よろしくお願いね」
部屋に戻ると、相変わらず魔法使いが一人寝ている。
机の上には所狭しと色々な物が置いてあり、開けっ放しの物入には服が乱雑に放り込まれてある。一体どこで手に入れたのやら、床の上にまで幾つかの箱が積み上がっている。
「ベアトリクス。朝よ、起きて」
声を掛けるが何の反応もない。
「朝ごはん、一緒に食べよう」
ピク、と反応した。始めの頃はこれで起きていたのだが、何年も経つうちに慣れてしまった。
体を揺すってみるが、ウーン、と言っただけで起きる気配がない。
仕方ないな。今日は少々忙しい。非常手段に出るか。
用意してきた濡れ手拭を顔に被せる。
ジェニファー先生に教えて貰った必殺技だ。ただし、数を数えて百を越えたら脈を取れ、と言われた。
五、全く変化が無い。
七、少し動き出した。
十、もぞもぞしている。
十三、苦しみ始めた。
布を取ってやる。
「ブハアッ!」
ようやく目を覚ました。息が荒いな。
「おはよう。ベアトリクス、朝ご飯食べよう」
「あんた、またやったわね」
手に持った手拭を睨んでくる。
「ごめんね。今日は忙しいの。早くご飯食べて引っ越しの準備をしないといけないのよ」
「日曜日なんだからゆっくり寝かせてよ」
「駄目よ。写本やってる暇なんてないのよ」
「写本十枚なんて一時間もかからないのよ。それよりも、私はあと三時間寝たかった」
「寝過ぎよ。早く起きて!」
「はいはい」
のそのそと夜着を脱ぎ散らかして、物入から適当に物色した服を着ている。その間に、私は神官衣から作業衣に着替えた。
「引っ越しって言ったって、ここにあるのをただ持っていくだけよ」
「この際だから服は全部洗濯した方がいいわよ。今日着る分だけ残して全部洗濯しよう」
「全部って、あんた、何着あると思ってんの?」
「何着あるの?」
「分かんない。数えたことないわね」
呆れた。なんでこうズボラなんだろう。
「後で数えましょ。要らない服があったら、誰かにあげちゃえばいいのよ」
「そうね。手伝ってくれるなら数えてもいいわよ」
「まずは朝ご飯よ。行きましょ」
朝ご飯を食べながら、仲間に手持ちの服の数を聞いてみる。
「ねえ、みんな服は何着持ってる?」
「ワンピース? チュニック?」
ベアトリクスと並んで、お洒落なメアリーが早速反応した。
「両方合わせてでいいわ。 コートや肌着は数えなくてもいいからね」
「二十着くらいかな。なるべくいいのを買って、長持ちさせるの。数よりも質ね」
こだわりがあるメアリーらしい。しかし、二十着も持ってて数よりも質ってのはおかしいぞ。
「私は九着だな。どうせ仕事の時は皮鎧を着ているから、普段着が一週間分と予備が一着、あと少しいいのが一着だ」
ベイオウルフだ。衛兵隊らしい発想だ。
他の娘も大体同じくらいだ。十着から二十着の間だった。基本的な服は入所と同時に貰うのだが、皆見習いとしてお金を稼ぐようになったら孤児院に返して自分で安い服を買っている。
「そう言うジャンヌはどうなのよ?」
手持ちの服が多すぎて数が分からない魔法使いが聞いてくる。
「私? 私は神官衣が二着と、作業衣が二着よ」
「四着しかないの?」
「そうなるわね。いつも神官衣を着てるもの」
普段着用の神官衣は、白を基調としていて、頭からスポンと被る。袖と裾に水色の縞が入っているだけの簡素なものだ。腰のところを青い帯で留めるため長さの割には動きやすい。
「しかも、二種類だけよね。」
「そうね。神官衣と作業衣だけね」
私の手持ちの服は二種類しかない。
普段は神官衣を着ている。農作業の時なんかは、汚れないように灰色一色の作業衣に着替える。ちなみに作業衣を着るときの帯の色はこげ茶だ。
「いつだったか、先生達が何か赤いの着てなかったっけ?」
「ああ祭衣ね。儀式の時に着るのよ」
祭衣は神官に任命される時に初めて貰う。
登録制になっていて、失くしたら大変だ。貰った後は孤児院に預けるつもりだ。もちろん、孤児院を出るときには自分で持ち運ばなければならない。
「どの位着たら洗濯してるの?」
「毎日よ」
「毎日?」
皆にびっくりされた。皆は週に一回らしい。
「同じのを着るから毎日洗わないとすぐに汚れちゃうのよ」
「だから、あんなに古びてるのね」
実際、私の作業衣は継ぎ接ぎだらけだ。
「大変ね。同じのを着続けるの?」
「数が決まってるのよ」
普段着や作業衣も、失くしたり破損したりして着られなくなった場合に限って新調する。破門にならない限り手持ちの服の数が増えることはない。
「なんか可哀そうになってきたわ」
メアリーが手を握ってきた。お洒落を楽しむ人間には分かるまい。神官は清貧が信条なのだ。
「多少は余裕があるから、古着で良ければ持ってこようか?」
長身のヴィルにまで同情される。
どう考えても私が着れる服はないだろう。
「私はいいのよ。実はベアトリクスの服を減らそうと思ってるの」
「減らすの前提にしないでよね。要らないのがあったら、誰かにあげるって言ったんだからね」
「駄目よ。どうせ着ないんだから。一番持ってるのがメアリーの二十着なんだから、あんたも二十着にしなさい。それ以外は他の子にあげちゃおう」
「ベアトリクスの服なら良いのがありそうね」
「メアリー。あんたは駄目よ。もう十分持ってるでしょ」
えー、と声を上げるが、最大数を引き上げてどうする。減らせる物も減らせなくなる。
「なんでそうなるのよ。横暴よ」
「その代わり、今日全部洗濯したげるわ」
この交換条件は効いたようだ。腕を組んで考え始めた。
「四十にして」
「駄目」
「三十五」
「三十六!」
「メアリー。勝手に数字引き上げないで。その分交渉して自分が貰うつもりなんでしょ?」
「バレた?」
いい加減にして欲しい。引っ越しさせる身にもなって欲しい。
あれ? 待てよ。要は引っ越しすればいいんじゃないか。
「良いこと思いついたわ」
「はい、じゃあ、皆手伝ってね」
引っ越しが始まった。ベアトリクスの部屋にベアトリクスと同じくらいの背格好の女の子を集めた。一人一個荷物を運べば、最低一着服を貰える。
ベアトリクスのセンスの良さは皆が認めているので、良いのを貰おうと皆期待している。
部屋の中では、ベアトリクスが懸命に残す服の選別をやっていた。
案の定、山ほど出た。集まってきた女の子全員に配ってもまだ余るに違いない。
「くじで決まった順番に選んでね。それと、洗濯は自分でやってね」
ちょっと、メアリー。何であんたまで並んでんのよ。
「良いじゃない。一着だけでいいからさ」
「仕方ないわね。じゃあ、あんたは貰う子に似合う服選ぶの手伝ってあげて」
「分かったわ。ありがとう」
ガッツポーズをしたメアリーは、ベアトリクスの隣に座った。
「ベアトリクスとメアリーが似合う服選んでくれるんだ」
「絶対いいのを引き当てようね」
十人ほど並んだ女の子は皆目がらんらんと輝いている。小柄なベアトリクスに比べて背格好がやや大きい子もいるが、ベアトリクスが胸も大きく普段からゆったりした服を着ている。チュニックなら多少の誤差は何とかなるだろう。ワンピースは小さい子達が狙っている。
結局、五十三着も持っていた。予定通り二十着だけ残すから、三十三着は手伝ってくれた女の子が選べる。一人三着は当たる。引き取り手がなかった服は、朝市で売ることにした。
「随分と減ったわね」
服を試着して審査員二人のOKが出た子達は、ホクホク顔で今日の成果を手に各自の部屋に帰っていった。一部本人の好みや審査に合わなかったのもあったが、なんとか全員に二着は渡せた。
おかげで引っ越しも無事に終わった。部屋に置いてあったものは整理されて運ばれていった。机の上には何もない。引き出しの中も空だ。物入から溢れかえっていた服が今はきちんと収まっている。洗濯した後で、ベイオウルフとヴィルが抱えて運んでくれることになった。
「じゃあ、洗濯したげるからね。ベアトリクスは自分の肌着を洗うのよ」
洗い場に行き、早速洗濯を始める。
洗っていて気付いたことがある。小柄なベアトリクスでさえ着れないような小さな服が二つ残してあった。
「あんた、これまだ持ってたのね」
「まあね。一種の記念よ」
一つは青い色のワンピースでベアトリクスが孤児院に来た時に着ていたものだ。
「懐かしいわね。あの時のあんたは笑いもせずにいてね」
「悪かったわね。でも、あんたもよく懲りずにちょっかい出してきたわね」
「だって、私はここで生まれたんだもの。言ってみれば、主よ主」
「主は院長先生でしょうが」
「まあ、そうね」
ぐうの音も出ない。この辺りは昔から変わらない。
「きっと、ムキになってたんだと思うわ」
「なんでまた」
「だって、泣きも笑いもしない、全く表情の変わらない子なんて初めて見たもの。誰だって笑顔を見たいじゃない」
「五歳の子が?」
「五歳の子でもよ」
今ではベアトリクスもよく笑う。ただし泣いたのは一回しかない。
「あんたがしつこくてね」
「あっち行け、しか言ってくんなくて」
「ついに怒っちゃって」
「大喧嘩したのよね」
二人で笑いあう。
「院長先生に二人して怒られてさ」
「後で二人になって大泣きしたよね」
後にも先にもベアトリクスが泣いたのを見たのはその時だけだ。唯一私だけが知っている。
「あの時の約束が今も続いているのよ」
「そうね。明日私は卒業するし、頑張って稼ごうか」
「うん」
一着洗い終わった後で、もう一つの小さい服を洗うことにした。それは赤いチュニックで、私が生まれて初めて、そして今までで唯一買った平服だ。待祭のお手当で、ベアトリクスにプレゼントしてあげた服だった。




