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Backyard of 野良神官㉙

 以前、滅びの町の教会と呼ばれていた建物は、テスタメントの攻略後南の教会の名を取り戻した。無論、テスタメントについては公にされていないので、表向きは今まで検討中とされていた処遇と格付けが正式に決まった結果と発表された。


 千年前とは違い大教会ではない。当時とは教会組織の考え方が異なっているからだ。

 現在の白い島では、集落を人口、基幹産業やその国での位置づけによって、概ね、村、町、都と分けて呼んでいる。都はほとんどが王都だ。この数十年間の間に幾つかの国が滅んだ。それらの国の旧王都はほとんどが町に格下げされたのだが、一部、例えば旧グラム王都は、都のままだ。これは、ノーザン・グラム王国がグラム王国を宗家として扱っていた歴史的な経緯が背景にある。現ノーザン・グラムの王太子であるエオウィンがノーザン・グラムの王位を継ぐ時に、グラムの名跡を継いでグラム国王となり、同時にノーザン・グラムの国号を排してグラム一国とする事が決められているからだ。町に格下げした後で再び都に格上げするのは不都合があるとの判断だ。


 そして、教会と大教会を分ける基準は管轄教区の人口である。村は教会で司教が教会長になる。町以上が大教会で大司教が教会長になる。そして、都の大教会は教区が広く、幾つかの村や町の教会を配下に置いている。教会長は大司教だが、町の教会長よりは格が高いとされている。


 南の教会は、村程度の規模の集落と一教会の管理としては広大な森林が教区に含まれる。メディオランド王都大教会の教会領でもあり、教会長は司教が努めるとされた。




「現在行っております工事が終わりましたら、エリクソン様の墓石をこちらに移します。それまでの間は、現在使用なさってらっしゃる移動用の石を利用の上、魔法陣の護りをお願いします」


 滅びの町の教会付けから、所属が新たに南の教会長に……と言っても赴任地は同じだが……変わった司教がエリクソンに恭しく頭を下げた。


 ゲルマナを含めた三人がいるのは、南の教会の教会長執務室に付随している控室になる。

 セルトリアから帰って来たエリクソンやゲルマナとの今後の連携を良くするために親睦を深めようと教会長が酒宴の場を設けたのだった。教区になる村の農民が作った果実酒の入った椀と猟師が持って来てくれたイノシシ肉の皿が、三人分テーブルに並べられている。


 エリクソンの処遇は総大司教並みとして遇する様にとの現在の総大司教の指示が出ている。勿論、儀礼上の事だ。実務においては何の権限もない。千年前の感覚では今の教会組織は運営できないだろう。司教は敬意を払うだけだ。ただ、通常であれば知る事の無かったテスタメントの存在を知った一人である以上司教の役割は大きい。その保全については大きな任務と責任を与えられた。当然、エリクソンの協力を得る必要があると分っていた。最も、エリクソン自身がテスタメントを守らんとして幽霊にまでなったのだから、任せておけば良いのだが。


「うむ。任せておけ!」


 エリクソンが力強く返事をすると、顔白い炎がその姿から湧きたった。


「おお! お見事でございます」


 教会長が感嘆する。教会長は、こういった場所に派遣されるだけあって、元魔物退治班の一員で悪霊退治の経験もあった。エリクソンがどの程度の力量であるのかを知っている。そして仮に全力で戦った場合、自分では到底敵わない相手である事を分っていた。それほどに強力な味方であった。


「何か不自由な事はございますか?」


 褒められて喜んでいるエリクソンに聞く。


「いや、今のところは特に無いな。時折、外界の事を知らせてくれたらそれで良いわ」

「その点については、お任せ下さい。ああ、そう言えば、エングリオのセルディック王が、彼の国の大教会を通じて上等のワインを寄進してくれました。毎日の午後の楽しみとして、対話の時間に添えましょう」

「それは良いな。ゲルマナも飲むであろう?」


 隣に控える女性神官を見ると微笑みながら頷いている。ゲルマナだ。

 ゲルマナは、実際に探索に立ち会った者と総大司教以外にはテスタメントの洞窟にいる精霊だと説明されている。


「うむ。今後この三人でテスタメントを護るのだ今宵は祝杯よの」

「精霊、人間そして幽霊。力を合わせて、共に頑張りましょう」

「うむ!」

「はい!」




「思ったよりも早く潰れおったな」

「飲ませすぎですよ。相手は人間なのですから」

「左様か?」

「はい」


 テーブルに突っ伏していびきをかいている司教の横に、果実酒の樽が二つ空になっている。


「儂は全く酔っておらんぞ」

「幽霊だからです。ジャンヌにも気を付ける様にと言われましたよね?」

「左様か。つい興が乗ってしまったな。そなたは?」

「私はそれほど飲んでおりませんから」

「左様か。女子を酔い潰すわけにはいかんし、儂もあんまり勧めなんだでな」

「お陰様です」


 二人の会話の最中も司教はいびきをかいている。

 その寝顔を見たゲルマナは、司教の額に手を当ててスリープの魔法を放った。これで司教は朝までぐっすりと眠れるだろう。


 二人は、司教を持ち上げるとそのままベッドに寝かせた。


 司教の寝るベッドは控室にある。通常の教会にはない機能だが、元が大教会なのでそう言った機能も付随している。


「さて、司教は寝たし、今後の事について少し話すか」

「はい」


 ゲルマナがクスリと笑った。聞かされていたわけではないが、元々司教を酔い潰す気だったのかも知れない。




「して、ゲルマナよ。そなたはここの保全工事が終わり次第ジャンヌの元へ行くのじゃな?」

「はい。その積りです」

「何か目的はあるのか?」

「いえ、ただ、ジャンヌと共に過ごすだけです」

「魔法は教えぬのか? 湿地の巫女には教えるのであろうが」

「私がジャンヌに教えられることはありません」


 エリクソンは、ふむ、と酒を一口飲んだ。


「ジャンヌは、それほどか?」

「それもありますが、それ以上に系統の違いですね。私は闇の魔法使いですから、神官のジャンヌとは根本的に違うのですよ。四大がジャンヌに魔法を教えられないのと同じです」

「では、何故ジャンヌの元へ行く」

「友達だからです。友達同士であれば、相手の家に居候しても良いそうですよ」


 ゲルマナの言葉を聞いたエリクソンは、ニヤリとした。


「出会うた時のノーム様とのやり取りから比べると、随分と柔らかくなったものよの」

「そうかも知れませんね」


 楽しそうにころころと笑う。この様に笑うとは思わなかった。


「生きていた頃の私よりも遥かに心強い後継者が出来ましたから」

「ジャンヌはそなたよりも強いのか?」

「はい。何と言っても、あれほどのお仲間が付いていますから」

「なるほどの」

「ええ、精霊、幽霊、魔物、動物、人間。同じ人間でも各国の王族がいれば聞いた話では元農奴までいるそうで」

「まあ、儂もあれほどまでに顔が広い者は知らぬな。しかも、本人の先祖は大陸の農奴らしいし」

「ええ。身分や職業だけではありませんよ。能力についても、超上級魔法使いに同格の神聖魔法使い、斥候や戦士も相当の手練れです。そして……プッ! ウフフフフ」


 何か思い出したのだろう、急に吹き出した。


 エリクソンはゲルマナがいきなり笑い出したので驚いたが、思い当たるふしがあった。


「あの大柄な戦士じゃな?」

「はい! 素敵な声をお持ちの方でしたね」


 素敵な声……。確か、魔物や悪霊を怯ませるほどの轟音とも言える大声の持ち主と聞いたが? 思い出し笑いをするのは分るが、素敵と言うのはどうだろう? 幽霊と精霊では聞こえ方が違うのだろうか?


「声で魔物を調伏なさるなんて素晴らしいですわ」

「そう言うものなのか?」

「ええ、元々、悪霊の調伏とは祈祷を行う神官や巫女が気合いで行うもののはず」

「まあ、そうじゃな」

「あの方は、そのものです。素敵ですわ」


 両手を胸の間で組み、うっとりとした表情をしている。


 この娘、一体どんな教育を受けたんだ? どう考えてもこの表情は、恋する乙女ではないのか?


「あのな、ゲルマナ。知ってはいると思うが、かの御仁は一国の王太子で、しかも婚約者がおるみたいだぞ」

「はい、知っています。ジャンヌのお仲間のベイオウルフですわね」

「そうじゃ、まあ知っておるなら良いが」


 精霊とは言え、元は人間の女だ。色恋沙汰にならないとも限らない。総大司教の職責にいた時、しばしばそう言う話が舞い込んで来て、内々で還俗させるなりして処理させていた。


「総大司教様? 何か勘違いしてらっしゃいませんか?」

「え? いや、そうかな?」

「はい。そう思えます。例えば、私がエドワード様に対して、まるで人間の女性の様な感情を抱いているとか?」


 口は笑っているが目が笑っていない。相手が四大と並ぶ精霊だけに凄味がある。


「い、いや、そうは言わんが……」

「総大司教様。私の目をごまかせるとでも?」

「いや、そんな事はないが……しかし、そなたこそ、エドワード殿がいらっしゃる時は手を抜いていたのではないか」

「あら? お気づきになられました?」

「気づかいでか。エドワード殿のお声での調伏は退魔の唱の詠唱じゃと聞いた。魔物や悪霊に効きはすれど、ゴーレムには効かぬはずだぞ。しかし、効いておったらしいではないか。儂には、そなたが加減したからとしか思えんぞ」


 口に手を当て、ほほほと笑っている。


「ほほほ、じゃないわ。人間どもの目は誤魔化せても、儂の目は誤魔化せんぞ。特に火の試練の時じゃ。一瞬とは言えストーン・ゴーレムが動きを止めたらしいの。あれは明らかにやりすぎじゃろうが。ジャンヌがテスタメントを解放するにふさわしいかどうかを判断せねばならんのに甘いのではないか?」


 図星だと思ったエリクソンは、先ほど怯んでしまった分を取り返すべく、目線をわざと厳しくした。無論、本気で怒っているわけではない。


「甘くもなりますよ。あの方の唱は、精霊の私にはとんでもなく心地良い調べとなって聞こえてくるのですから。つい聞きほれてしまいゴーレムを操る手が止まってしまいました」


 心地良い? ジャンヌなんかは轟音扱いしていたが……。


「あれほどでなければ響かないのですよ。私の様な存在には」

「では、他の四大もそうなのか?」

「いえ、元々人間だった私だけでしょうね。他の四大は属性の精霊ですから女神様への祈祷は効果がないでしょう」

「そなたは違うのか? 光や闇の属性かと思うておったが」

「違います。私は、物質を作り上げる四大全てに親和を持つ者です。四大の相克の中に入りません」

「四大全てに親和を持つ……」

「はい。ですから、四大に調和をもたらす事が出来るのです」


 そう言われて見れば、女子の精霊と男子の精霊には何となく属性同士の相性による差があった。集まった時の位置もそうだ。しかし、ゲルマナとジャンヌは四大それぞれに対して全く距離を置かなかった。


「もしかして、そなた……。最初からジャンヌなら任せられると……だから、最も難しいコカトリスの試練と火属性の試練で手加減したのか?」

「手加減なんて、とんでもない。私はただ、あれだけ様々な力を糾合できるジャンヌに感心していただけですよ。あれほどの退魔の力を持つ戦士まで仲間に出来るなんて。私が人間の時はいらしゃらなかった」


 また、ウフフと笑う。


 その様を見たエリクソンは、思わず両の拳を握りしめた。


「ゲルマナよ。そなた、本当にジャンヌに教えられることはないのか? もしあるのであれば、惜しむことなく……」


 ジャンヌを強化出来るのであれば是非ともやって欲しい。エリクソンはそう思った。光と闇を糾合し真に共存共栄の精神の持ち主として魔王を封印すれば、かつての様な時代が訪れるだろう。死してなおテスタメントの伝承を護った甲斐があったと言うものだ。


「エリクソン様、私も元は神官の端くれ。嘘は申しません」

「そうか、済まなんだ」

「いえ。でも、私がジャンヌの家に居候をし、共に過ごす時間が長くなれば、私の魔力の影響を受けてジャンヌは今よりもずっと強力な魔法制御力を身に付けるかも知れませんけれど」

「そ、そうか! どうか、よろしく頼む!」

「お任せ下さいませ」


 ゲルマナは、エリクソンに向けてゆっくりと頷くと、コロコロと可笑しそうに笑った。

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