夜空
その日は孤児院に帰らずに、幽霊屋敷に泊まることにした。
既にベアトリクスとベイオウルフは引っ越していて、一部屋ずつを確保している。
「リュドミラはもう引っ越したの?」
「半分だけ引っ越した」
「半分?」
「ベアトリクスとベイオウルフがいなかったから。夕方にお風呂だけ入って、夜は孤児院にいたの。一人は怖いから」
ベッドはまだ使っていないらしい。
「じゃあ、これからは幽霊屋敷で寝れるね?」
「夜は二階に一人でいるのは怖いよ」
「ベイオウルフが外泊出来ない時はどうするの?」
「私の所に泊まればいいじゃない」
寂しがり屋の魔法使いが口を挟む。考えてみたら、ベアトリクスも一人寝は孤児院に来て以来になる。
「じゃあ、私も泊めてよ。まだベッド買えてないからさ」
「いいわよ」
ちなみに、部屋割りは既に完了している。
ベッドルームは、二階と三階に四部屋ずつある。
腕立て伏せやら何やらと音を立てる連中が二階で、静かに暮らす者が三階になった。うるさいのは三人だ。残りの一つがどうなるのかと思っていたら、リュドミラが立候補した。ただし条件付きだ。奥の部屋が良いと言う。
「でもなんでリュドミラは二階を選んだの?」
「そうよ。三階の方が眺めはいいわよ」
「バックヤードが近いから」
幽霊屋敷は階段が北の端にあり、一階の踊り場にはバックヤードへの出入り口がついている。
「だから奥の部屋にしたのね」
「うん。直ぐに畑に行けるもんね」
私の部屋は今のところ調度が全く無い。でも、このところ実入りの良い仕事をアドルフさんに回してもらったので、ちょっとした小金持ちになった。どうせ今月は暇だ。買い物をするには丁度良い。カーテンとカーペットとベッドとテーブルとソファとチェストくらいは買っても良いだろう。
「ねえ、早速お風呂入ろうか?」
「悪くないわね。リュドミラ。お風呂沸かしてもらっていい?」
「いいよ。今日は大きい方にするね」
五人くらいが一遍に入ることが出来る石造りの大きな浴槽と、一人用の木で出来た小さな浴槽と、二つも浴槽がある。お湯はバックヤードから薪をくべて沸かした後に、水道の水を桶で汲んで適当な温度に埋める。
普段はリュドミラが薪の代わりに魔法の炎で沸かしてくれるので、薪代が掛からない。町に住んでいるお蔭で水道も使い放題だ。もっとも、年に金貨一枚の人頭税を払わなければいけないのだが、今のところは何とかなりそうだ。
「そう言えばさ。これからはお風呂どうするの?」
「どうするもこうするも、孤児院と同じでしょ。リュドミラが沸かして一番に入って、その後に皆が入ればいいじゃない」
「でもほら、遅くなったりするし、リュドミラがお風呂入れない時もあるじゃない」
「リュドミラが風邪ひいて駄目な時は、私がやったげるわ。薪代勿体ないしね。遅くなったら……」
二人してリュドミラを見ると、ニコニコと手のひらサイズの羊皮紙何枚かを物入袋から出して来た。
お風呂沸かし優待券、と書いてあって、リュドミラのサインがある。
「お風呂沸かす時間は決めておくの。でもそれ以外の時間に入りたい人がいたら、これと交換する何かを貰うことにする」
「貢物と交換というわけね。なかなかやるじゃない」
何かと商売っ気の強いベアトリクスが舌を巻いている。
「あげる物はなんでもいいの?」
「畑仕事手伝ってもらってもいいよ」
「一回でいいの?」
「三回くらい」
要はリュドミラと交渉しないといけないのだな。
「じゃあさ、先に何か物をあげるか、手伝うかして優待券貰っとけばいいのね」
「うん」
早速お湯を沸かしてもらう。リュドミラが入った後でベアトリクスと一緒に入った。
「ふー。やっぱり足が延ばせる湯舟っていいわね」
「ホント。気持ちいいわね」
二人で縁に頭を乗せて仰向けになり、プカプカ身体を浮かせる。山砦では一人用の風呂桶だったからしゃがんで入っていた。戦場で毎日お風呂に入っていたのだから贅沢と言えば贅沢なのだが、やっぱり比べてしまう。
「石鹸持ってないでしょう?」
「そう言えば買ってなかったわね。いつも公共浴場で小さいの買ってたからね」
「一七五の会の財布で買っといたわよ」
「次からもよろしく」
「はいはい」
湯船から湯気が立ち上る。
天井から雫が落ちてきて湯舟に輪を作った。
お風呂上りに三人で屋上に上がってみた。
夜に上がるのは初めてだ。
中の原には三階建て以上の建物はそうはない。見下ろせば町の灯りが綺麗だ。
北の空を見ると、北極星と七つの柄杓の様な形の星の並びが見える。
その星にまつわる色々な伝説があるみたいだが、私達は勝手に一七五の会の星と呼んでいる。北極星と併せて八つになるからだ。誰が北極星になるかは決めていない。その時々の事柄で中心になる者がなれば良い。
三人で一七五の会の星を眺める。
「借り物だけど、私達で住める家を手に入れちゃったね」
いつになくベアトリクスが感傷的になっている。
「まあね。借り物だけどね」
「ねえ、ジャンヌ。実現できると思う? 仕事を見つける。皆でお金を稼ぐ。一人一人の夢を実現する。もっと、お金を稼ぐ。それから……」
それから先は、口にしないことになっている。
「分かんないわ。でも、何も思わないよりは良いんじゃないかな」
「結婚したりするのも出てくるだろうしね」
「そうね。そうなったら、そうなったで、家族を優先して欲しいな。後は残った子で頑張ればいいんじゃないの」
「そうね」
いつもの様な勢いがない。フェンリル相手に無力だったことで弱気になっているのかも知れない。
「大丈夫だよ。信じないと何も実現しないって、院長先生が言ってた」
リュドミラだ。ニコニコしている。
「そうよね。リュドミラ。その通りよ」
頭を撫でてあげる。
「私は結婚しても皆と一緒に頑張るもん」
「そうよね。リュドミラって、ええ! あんた結婚する気なの?」
衝撃発言だ。
「リュドミラ。あんた好きな子でもいるの?」
ベアトリクスも驚いている。
結婚するとすれば相手は女の子だろう。いや、どっちだろう?
「院長先生に鏡を見なさいって、言われたの」
リュドミラは夜空を眺めている。
「鏡?」
鏡がどうしたのだろう。
「私を鏡に映したら反対側の私が見えるでしょ。反対側の私はきっと心が男なの」
だからって、反対側にはいけないよ。
「私みたいなのが世界で一人とは限らないんだって。だから、きっと、どこかに反対側の人がいるんだ」
そういうことか。この子はこの子で悩んでるんだろう。
「探しに行くの?」
ベアトリクスが聞くと、分かんない、と返してきた。
「今はこのままでいいや」
何も言わずに抱きしめてあげると、何も言わずにニコニコした。
「パウルさんに禁漁区に連れてって貰う準備をしないといけないね」
しばらく、三人で静かに夜空を眺めた後で聞いてみた。
公認の魔物退治ではないのでベイオウルフやヴィルとは別行動になる。その代わりに、猟師志望のボニーが参加する。
「そうね。しっかり準備して、クマとやらを拝みに行こうか」
やる気が戻ってきた。そうでなければいけない。
「リュドミラも来る?」
うん、と頷く。畑の種まきは明日中に終わらせるようだ。水撒きは卒業待ちの仲間に代わって貰い、お風呂沸かし優待券を渡すらしい。
「じゃあ、明日パウルさんに話した後、色々準備してから四人でクマを狩りに行こう」
託宣師に診て貰う。
季節外れになった緑マーブルを秋仕様に変更する。
部屋の調度も揃えたい。
今週はあと一回ネズミ退治をしなければいけない。
やることはいっぱいある。
「まずは稼がなきゃね」
ベアトリクスの言うとおりだ。
「クマ一匹倒したら、金貨二枚の実入りになるって言ってたよね」
以前パウルさんが言っていた。
「じゃあ、目標は一人一匹ね」
「いや、無理でしょ」
パウルさんやロビンソンさんを含めると、全部で六匹倒さないといけない。流石にちょっと無理がある。
「大丈夫だよ」
リュドミラ、あんた何の根拠も無く言ってるでしょそれ。
「信じないと何も実現しないわよ。ねえ、リュドミラ?」
リュドミラはケラケラ笑った。
「そろそろ、戻ろうか?」
肌寒くなってきた。湯ざめは良くない。風を引く。
「そうね。そう言えば、あんた、どこで寝るの」
「あんたのベッドに決まってんでしょ」
「駄目よ、リュドミラと一緒に寝るんだから」
「えー! じゃあ、私どこで寝ればいいの?」
ベアトリクスの部屋にはベッドが一つあるだけだ。それ以外は買う暇がなかった。
「床には埃避けの布が敷いてあるけど」
「嫌よ、そんなの。ベッドに三人で寝ようよ」
「狭いわよ。無理よ、無理。絶対、途中で誰か落ちちゃうから」
「じゃあ、私真ん中」
「真ん中は、部屋の主の私に決まってんでしょ」
「くじ引きで決めようか」
「やだ」
結局、ロープでベッドに身体を縛り付けて三人で寝ることにした。
クマを仕留めたら、毛皮は売らずに持って帰ろう。
主人公獲得退治報酬:金貨13枚銀貨11枚(四か月)
第三章 了




