中の原への帰還
夜明けまでは陣地内に籠って、朝になってから崖の上に移動した。岩棚に戻ると、マルセロ商会の皆が集まってきた。
「皆元気そうだな。怪我はしとらんか」
パウルさんが威勢よく声を掛けてきた。
見た目は泥にまみれてかなり薄汚れているが、皆無事だ。
いつもならクリーン・アップの魔法を使うのだが、そんな余裕はない。
「ところでだ、今回の戦闘の報酬だが…・・・」
「幾らくらいになりそう?」
パウルさんが切り出すと、泥まみれの魔法使いが即座に食いついた。
「今回は数えるのが面倒なガーゴイルはカウントしないはずだな。となれば、儂らは崖下の陣地でしか戦っとらんから、サイクロプスとフェンリルが併せて十六匹。しめて、銀貨百六十枚。半額だから八十枚。手数料を引いて、六人おるから一人頭銀貨十二枚とちょっとだな」
「えーーー! あれだけの化け物あんなに一杯相手にして金貨一枚にもならないの?」
ベアトリクスは不満たらたらだ。そりゃあ、そうだ。皆危うく死にかけている。実際に何人もの戦死者が出るほどの魔物の群れが相手だった。
しかし、オークもいたはずだ。
「オークは数に入れないんですか?」
「オークの死体が見つからなかったのよ」
「?」
「鎧を着ていたからね。持って帰ったんだと思うよ。きっと死体の鎧を脱がす時間がなかったんだろう」
「アンジェリカさんが最後に凍らせた奴は?」
「あの時は柵を守るのが精一杯で壁を作っただけなのよ。その間に味方の死体を運んでたんだわ」
実際に現場を見たアンジェリカさんとマルセロさんの言葉だ。間違いない。
しかし、オークの鎧が使いまわしとは知らなかった。魔物は魔物で節約をしているんだな。
次に追い打ちをかける時は、鎧を剥ぐだけの時間を与えた方が良いかもしれない。
「ネズミとイノシシが同じ額ってのもおかしいと思うけど、クモとフェンリルが同額ってのはどうなのかしら?」
確かにその通りだ。撤退よりも全滅覚悟の攻撃を選んだ誇り高いフェンリルに教えたら、王都が襲撃されるに違いない。
「まあ、待て。話には続きがあるんだ」
「続き?」
ぶんむくれていたベアトリクスに笑顔が復活する。
「フェンリルの肉と毛皮と牙を一頭分とサイクロプスのこん棒二本を貰えることになった」
えーと、価値が分かりません。
首を捻っていると、マルセロさんが教えてくれた。
「相場でいくと、フェンリルの肉一頭分は金貨二十枚。牙は金貨五枚。サイクロプスのこん棒は一本金貨五枚と言ったところですね。フェンリルの毛皮は、私達の魔法だけで倒したのを貰いましたからほぼ無傷です。金貨三十枚にはなるでしょう。これは討伐報酬ではないので、手数料はいらないですよ」
「じゃあ、金貨六十五枚の実入りがあったってこと? 一人金貨十枚越え?」
ベアトリクスとリュドミラと三人で、ハイタッチして喜んだ。
夜明けになり崖の上に上がると、オークの死体が山積みになっていた。地面にはガーゴイルだったらしい黒い石の塊が所々に転がっている。何人かが蹴飛ばしていたので、これから掃除が始まるみたいだ。
寝ろと言われている。峠の休憩所に向けて歩いて行こうとしたら、ご苦労だったな、と声を掛けられた。
声のした方向を見ると、馬に乗ったロバーツ様だ。ありがたいことに緑マーブルを着てくれている。
左肩の刺繍の主はグラディス様だろうか。
「夕べが満月だったものでな。東の原兵団の大部分が敵を奇襲している間に、俺達がここの援軍にきていたのさ」
隣にはグラディス様もいる。さらにお付きの兵士四人もいた。直接買ってくれたグラディス様は兎も角、お付きの人達まで緑マーブルだ。東の原では流行っているのだろうか。
「東の原兵団はどこで戦っていたんですか?」
あそこだ、と指を差す方向は、崖下陣地のはるか向こう……。
「ロバーツ様の配下は魔王軍に攻撃を仕掛けておられたのか?」
「そうだ。攻撃といっても一時的な足止めだけだ」
ヴィルが聞くが良く分からない。
説明して貰ってようやく分かった。
東の原の本隊は、魔王軍の数を減らすために、ここの南にある東の原の山砦から出撃していた。
「じゃあ、夕べ私達が戦った相手は、敵全体の一部ってこと?」
「サイクロプスが半分といったところだろう。デカいのがいたら潰して撤収しろ、と言っておいた。柵を壊されたら厄介だからな」
その通りだ。サイクロプスは図体の割には頭の弱いヘタレだったような気もするが、もう何匹かいれば柵は壊されていたかもしれない。
「ロバーツ様はここにいらしたんですか?」
「山砦のほうだ。あちらの作戦が一段落したので、こちらの様子を見に来た。」
「となれば、夕べここでオーク共に囲まれた時に峠から騎馬で加勢に来てくれたのはロバーツ殿でしたか。お蔭で随分と助かりました」
ヴィルが頭を下げる。次いで、ベイオウルフが、ありがとうございました、とヴィルに倣った。
「気にするな。総予備の役割を果たしただけだ。それより、お前達。これから上に戻るのか? 俺達も戻るところだ。良ければ乗せて行ってやろう」
キャーーーーーー! 王族の後ろに乗れるの? 一生自慢できるじゃない!
是非! お願いします!
きゃあ、きゃあ、言って喜んでいると、グラディス様が首を傾げた?
「あなたは……」
「リュドミラです。初めまして」
リュドミラは、右手を胸にあて足を交差させて、挨拶をする。私が満足に出来なかった初めましての挨拶だ。神官なので作法は違うのだが。
しかし、グラディス様が首を傾げたのは初見だからではなかった。
「あなたは、その……、どちらなのですか?」
「心は女の子と、孤児院の先生に言われました」
一目で見抜いた。びっくりだ。
グラディス様とロバーツ様は顔を見合わせていたが、得心がいったようだ。
「ならばグラディスの後ろには乗せられんな。どうだ、俺の後ろに乗るか?」
リュドミラは大喜びだ。歓声を上げてロバーツ様の後ろに乗った。
一等席を取られてしまった……。
だが、まだ特等席が残っている……。
しかし私の願いも空しく、ベアトリクスのたっての希望でグラディス様の後ろはヴィルになった。
二人に槍を構えて貰い、うっとりと鑑賞している。
「何をやっているのだ。あれは?」
ロバーツ様が怪訝そうに聞いてくる。そりゃあ、そうだろう。
「きっと、似顔絵にして売るんだと思います。グラディス様の絵は高く売れるんです」
笑いながら、俺の絵は売れないのか? と聞いてきた。
「ロバーツ様の絵はグラディス様とペアのやつが、女性に人気ですよ」
「そうか。俺も自分だけの絵で売れるようにならんといかんな」
面白そうにベアトリクスを眺めている。
随分と心の広い人だ。
結局、私とベアトリクスはお付きの人の後ろに乗せて貰った。ベイオウルフは衛兵隊と一緒に行動しなければならないので、崖上に残った。
道中お付きの人に教えて貰ったのだが、四人ともメディオランドから来た方達で、グラディス様の護衛役だった。家族共々越して来たそうだ。
グラディス様は、嫁に行った以上自重して戦場に出るな、とメディオランド王に釘を刺されていた。
「我々は、嫌だと言って駄々をこねられた結果の妥協案だ」
そう言って笑った。
考えようによっては内通者を引き連れているようなものだが、一向に気にせず接してくれるらしい。
お二人を見ているのが楽しくて仕方がない、と四人とも言っていた。
戦いの後は、ハンナさんの予言の通り何事もなく過ぎた。
東の原兵団と南にある山砦の猟兵隊が、断続的に攻撃を仕掛けているらしい。おかげでこちらは無事なのだろう。
日々、土木工事は進み、陣地は整備されていく。
森が徐々に緑から茶色に変わりつつある。
そして、とうとう契約の一か月が過ぎた。
盛大な送別会とお見送りを猟兵隊から受けた後、テレポートで中の原に帰り着いた。
アドルフさんに報告するために町役場に行くと、黒い短髪の見知った顔が一人、緊張した面持ちで受付の長椅子に座っている。
ボニーだ。
青い刺繍を入れた緑マーブルを着ている。
忘れていた。もう、十月だった。
一七五の会六人目が成人していた。
彼女は猟師兼斥候になるつもりだ。
夢はセルトリア斥候の総元締めと言っていたので、パウルさんやアンガスさんの全国版だろう。既にパウルさんに弟子入りすることが決まっている。つまりマルセロ商会の新入社員だ。もっとも、一七五の会としての契約なので給料は歩合制だ。
物静かでのんびりというか、いつもぼんやりしている娘だ。猟師としてはどうかと、一七五の会で心配していた。でも、パウルさん曰く、少しくらいぼうっとしてる方が弓の腕は良いそうだ。
魔物退治の仕事がないので大変だが、そこは猟師志望でもある。日頃は狩猟に行くので自給自足できる。ロビンソンさんと一緒にゴブリンと暮らしても良いかもしれない。
ハンナさんとヴィルが役場の人達に盛大な拍手を受けた後、ボニーを連れてアドルフさんに会いに行く。報告そのものは既にハンナさんとヴィルが終わらせている。今回はマルセロ商会だけなので、町長室になった。
受付嬢に戻ったハンナさんが出してくれた飲み物を飲みながら、パウルさんが最後の戦いを熱演した。報酬も予想通りで申し分なかった。
「これからしばらくはネズミ退治くらいしか仕事がないが、十一月になったら新しいのが出て来るだろう。冬も近いし、よろしく頼むよ」
稼ぎの良い緊急通報がないのは残念だが、それだけ平穏なのだろう。それはそれで大切だ。魔物は冬ごもりをしないらしく、村への被害も冬に集中する。食べる物が無くなって人里に降りて来るらしい。その時に備えて準備をしておいてくれと言われた。
パウルさんに、湖の方に狩りに行こうか、と誘われた。
「そろそろ、お前達だけでクマくらいは退治しておこう」
「クマ!」
これは危険だ。しかも、ただの狩猟になるから、ベイオウルフもヴィルもいない。
「立ち上がってフェンリル相手に魔法をぶちかましたくせに、今更何を驚いとるんだ」
どうやら私のことを言っている。正確には魔法をぶちかましたわけではない。顔を照らしただけだ。最後に一対一の決闘になりかけたが、引き倒されてしまった。
でも、まあいいか。無事に帰って来た。あの時本当に対決していたら、私が負けていただろうから。




