第三話 魔王の復活する洞窟の魔境(モランディーヌ)前哨
ヘンリー一行のお椀に乗って平坦地の農場に帰る。ミアーナ、ベアトリクス、ベイオウルフ、メアリーも同乗した。
一休みした後で、私だけがエレノア様に呼ばれた。話題は、以前モランディーヌで夜逃げをさせたオーク共の事だ。やはり、エレノア様も気にしていた。
「前回の宴会の時、ヴァイオレットに話をしておきました」
流石だ。仕事が早い。
「何て言っていました?」
「ギガントと話をすると言っていましたが、あまり気にしていない様でした」
気にしていない……。
あの時はヴィオレットも絡んでいた。自分が夜逃げの交渉をしたオーク達を人間が殺しても良いのか?
「ヴィオレットが言うには、あの時は、オークも負けを認めていました。でも今は新しい所へ行き、強力な味方……多分、味方だと思いますが、兎も角も、魔物の群れと共にいます。ですから、人間と闘うのは当たり前だと思っているはずだと」
うーむ。なんと言うか、魔物だからか? 魔物ってそういうものなのか?
「人間でも同じ事は起きます。こっぴどく負けて砦から撤退しても、次の砦では、仕返しをしようと敢然と戦いを挑んできます」
なるほど。人間らしいと言えばそうなるのか。
「ヴァイオレットが言うには、戦う事自体は気にする事はないと」
微妙な表現だな。あっさり気にしなくて良いと言われた方が分かりやすい。
「もし、今回も人間が圧倒して魔物達に降伏を勧める時が来た場合に、初めてそう言う話が出来るだろうとの事です。ただし、強力なボスがいて交渉をした場合だそうです」
「ボスがいない場合は、どうなるんですか?」
「全滅するまで戦うか、逃げるかでしょうね」
逃げる……か。そう言えば、東の原から逃げて来たのを捕捉して倒した事があったな。
「一応、ギガントに相談してくれると言っていましたから、これから話を聞きに行きましょう」
そう言うと、またお椀に乗せられて、ヘンリー様と三人で中の原湖へ飛んだ。
中の原湖北岸のゴブリンの洞窟近くの岸辺に着陸すると、ヴァイオレットが出てきた。
「えーとね、ギガントが言うには、放っといても良いだろうって。ただ、降伏したい奴がいたら逃がして欲しいってさ」
「どこに逃がすのですか?」
「問題はそれだね。ギガントがある程度は引き受けてもいいって言ってるけど、百は無理だって」
二桁か。ほんの少しじゃないか。
「オークだけですか?」
「うん。デカいのは食料が多めに必要だし、フェンリルは子沢山だし、これ以上はかなり難しいみたいよ」
「あまり無理は言えないですね」
「正直言って、あてにしない方がいいと思うよ。元々、あんま数が多いとまとまらなくなるしね。かなり強いボスがいないと、群れの中で争いが起きちゃうから」
魔物は、人間よりも一集団あたりの個体数が少ないらしい。そう言えば、獣人が似たような事言ってたな。平坦地の北に棲んでる野良オークも、五百以上の群れはいなかったはずだ。その辺りが限界なんだろう。ギガントが率いているオーク達も、三、四百くらいだったはずだ。
「分かりました。この話は無かった事にして下さい。他を当たります」
「うん。言っとくよ。多分、その方が喜ぶと思うし」
人間との違いが出たか。なかなか難しいものだ。
「どうされますか?」
他に当てがあると言えばある。ノーザン・グラムのデュラハンのいる魔境とエングリオの女魔族が仕切っている魔境だ。しかし、もう冬になる。特に北方は獲物も少ないから移住は歓迎されないだろう。もう一方は、エングリオになるからセルディック王の許可が必要だろう。もっとも、セルディック王だからこそ、受け入れてくれる可能性はある。
「ジャンヌは、月に一回程度、例の魔境にお泊りに行くのでしたか?」
「行きません」
誇張にも程がある。砦の守備隊長さんに、春になったら蜂蜜酒を届ける契約をさせられただけだ。ただ、考えている事は同じらしい。上手く減らす事が出来れば、互いの被害が少なくて済む。後は、魔王の洞窟だが、そこは今までのノウハウがあるから、そんなに沢山の兵力は要らないだろう。所詮は狭い洞窟だ。魔石の粉があると言っても、棲める数には限りがある。広い森の中に散らばって自活しているほどではあるまい。
「どうします?」
「今回の調査で数や配置を調べ、来年の攻略に備えて作戦を立てます」
「はい」
「今はそれだけですね」
「それだけですか?」
「ええ、どの程度数がいるのかは分かりません。多すぎると移住先でも養いきれないでしょう」
やはり、そうか。しかしだ。果たして移住だけが共存共栄なのだろうか? フィニスの火竜、エングリオやノーザン・グラムの魔境が上手く行っているのは、互いが不可侵の領域を決めたからだ。そう言えば、フィニスでイノシシの聖域を作った。あの精神が人間に無ければ駄目なんじゃないか。
「一番良いのは、森のオーク達はそのままで、魔王の洞窟だけを攻略済みにする事だと思いますが」
「そうですね。その通りだと思います」
「難しいでしょうか?」
「分かりません。ただ、今回の調査の結果次第だと思います」
結果次第では可能なのか?
「現在、我が国では、魔王の棲む洞窟の周辺だけを要塞化し、洞窟を封鎖する計画が進んでいます」
「はい」
王都域の獣人やドライアドとの和平交渉の時に聞いた。そうすれば、森の木を伐採する必要もない。王都域南西部は、緑の壁と称する生け垣を境に人間と獣人やドライアドの領域を区分けしている。同様の事が隣の魔境の森で出来れば、ほぼ手つかずのままで、棲み分けが出来るかも知れない。
「様々な筋の話を聞きながら、概ねの設計案が出来上がった所です」
それは凄い。少なくとも超上級魔法に耐えうるだけの強靭さは必要なはずだ。様々な筋と言うのは、さぞかし様々なのだろう。
「出来れば、各国の魔境も同様に処置したいところなのですが、簡単には行きません。討伐が基本の魔王軍を封じ込めにかかるわけですから。各国は教会を中心とする討伐派を説得せねばなりません。その点、我が国は解決済みですから問題は無いのですが、まずは我が国で雛形を作らなければなりません。しかし、それも予算の捻出がなかなかに大変なのです。ましてや、他国への提案となると……」
確かに、口先だけで何を言っても信用されない。金も出さない。しかしだ。
「セルディック王なら協力してくれるかも知れないですよ」
真顔で見据えられてしまった。ヤバい事を言ったかな。
「そう思いますか?」
「え、ええ。なにせ、魔族との共存共栄を平気で成し遂げる様な方ですし、それに今回の件の言い出しっぺです。お金で解決するなら出しそうな……」
聞くところによると、先の戦争で大勢の騎士を失った結果、騎士を失って養成しなければならない貴族から、養成する代わりにお金を取って傭兵を雇う様にしたらしい。その方が安くつく。今では、ごく一部の大貴族を除き、大半の貴族がその制度を有効利用し、浮いたお金を領内の経営に回してしているそうな。
「陛下と相談した結果、今回の調査の結果によっては、次回の諸侯会議で、各国の共同出資の可能性についての提案をするかどうか検討する事になりました」
共同出資……なるほど。そうすれば、一国の負担は少なくなる。魔王が復活する洞窟は現時点で五か所ある。一番北の奴は、実質フィニスとノーザン・グラムの国境だから両国にカウントするとしても、レグネンテスとプライモルディアには無い。しかし、五か国が協力し合えば出来ない事は無いか。
「順番は、どの様に……」
どこを最初にするかは、揉めるだろう。どの国だって、自国を一番にしたがるはずだ。
「既に攻略が完了している我が国かエングリオが妥当だと思いますが、私が考えているのは、モランディーヌです」
なるほど。現在、色々な意味でもっとも不安定な国だ。
「あの森周辺の地形を覚えていますか?」
「えーと、放牧地にしか出来ない土地と荒れ地に囲まれてたんでしたっけ?」
「そうです。その荒れ地も、森からかなり離れた辺りまで広がっていました」
「なんか、所々に岩が飛び出ている様な傾斜に沿って、森の端までお椀で登って行った覚えがあります」
あそこは、上空から見た。
モランディーヌは、エングリオ南部と同じで起伏に乏しい。ただただ平べったいだけの所に、丘とも言えない様な盛り上がりがあった。その傾斜を登った先が魔境の森だ。森自体は北東の森と同じか少し狭い程度の広さだった様に思う。
「魔物が出て来るのは荒れ地までです。その先にある放牧地まではそれほど姿を見せません」
「では、あの荒れ地の内側を……」
「ええ。森を包囲する頑丈な胸壁を作り、森を完全に囲んでしまえばどうでしょうか?」
なるほど。猟師さえ入らない森だ。荒れ地も利用されていないだろうし、隔離した所で困る人はいないかも知れない。全部石造りにするのは時間が掛かるだろうが、魔法で空堀でも掘って、その土を積んで土塁を作るくらいなら各国の魔法兵を動員すれば可能だろうな。
上級以上の魔法に対抗しようとすれば、無論それだけでは無理だろう。頑丈な石造りの壁で取り囲み、王都大教会並みの結界を張り巡らせる必要がある。砦を上げて退魔の装備も相応に用意しないといけない。無論、上級以上魔法使いや神聖魔法使いも配置する必要がある。
「工事中に攻撃して来ないでしょうか?」
「明らかに囲まれると分っていれば、一当てくらいはして来るかも知れないですね」
「何度も来たりはしませんか?」
「ボスがいればそうでしょうね。でも、もし、いなければどうでしょうか?」
オークだけなら、一回撃退すれば大丈夫かも知れない。
「今回の調査は、その辺りも含めて入念に行います」
「分かりました」
要するに、強いのがいたら倒すって事だな。
モランディーヌへ行く前にフィニスに飛んだ。玉に魔法を込めるのとお久しぶりの会合に参加するためだ。今回は、フィニスでの用が済んだらモランディーヌへ行くため、船に乗らない。なので、会合だけに参加するマグダレナ様、ミアーナとベイオウルフの三人も一緒に跳んだ。三人の帰りは船になるからだ。船自体はセルトリアを出発しているらしいから、丁度良いのだろう。
そして、会合はいつもと何となく感じが違った。通常、議題は疫病対策が先で生活困窮者対策が後だ。今回は逆になった。そして、会議の終わりに、議長国のフィニスから意外な話が出た。
「今回の会合をもって、疫病対策については議題から外そうと思います。今後は、生活困窮者対策を中心に各国の情報交換を行いたいと思います」
グウィン様の奥方様だ。既に王妃様は出席すらしていない。アイラの代わりとして、義理の姉に当たる王太子妃が十分やれると踏んだのだろう。元々穏やかで口数の少ない方だったが、それだけに芯の強さを感じさせた。サクスブルグから聞いた話では、最近は、人知れずグウィン様を尻に敷いているらしい。
しかし、会合から疫病対策を外すのか。まさか、私がこのところ欠席だからとかじゃないだろうな。
「構わないと思いますわ」
フィニスの提案を最初に肯定したのは、ノーザン・グラムのサクスブルグだ。サクスブルグは、婚約者と共に国内の疫病対策に取り組んでいたはずだ。
「疫病対策は、もう既に諸侯会議で大きく取り上げられるようになりました。今や白い島全体での取り組み、いいえ、大陸も絡んでいるからもっと大きな枠組みですわ。教会も私達がやっている手法に賛同し始めましたので、頃合いかと」
意外にもサクスブルグが賛成した。いや、フィニスとノーザン・グラムの関係を考えたら、両者合意の上での提案だろう。だから、早々に賛意を示した。
「セルトリアとプライモルディアのお考えは?」
グウィン様の奥方様が更に話を進めようとする。
「プライモルディア、そして、西の教会としては、フィニス、ノーザン・グラムのお申し出に賛成致します。すでに、白い島の疫病対策は、大陸との外交折衝の場でのカードとなっています。我らの手は離れたものと」
シアーニャまで賛成した。後は、マグダレナ様だけか。
「ジャンヌ、実はこの話は、夏に開催されたセルトリアの会合でも話し合われたのですよ」
「へ?」
「ただ、この会合と近年の疫病対策の最大の功労者でもあるジャンヌ不在の時に決議するのもどうかとの意見が皆様から出て」
最大の功労者なんて言われると困ってしまうな。諸侯会議にかけたのはカドガン様だし、外交絡みになったのは、ノーザン・グラムの動きが大きい。それに、教会が動いたのは、アンリ様やテレジア様、後はやっぱりカドガン様だ。
「どうですか?ジャンヌの考えは?」
そう言われても、結果は出ているんじゃないのか?
「皆様が、そうおっしゃるのであれば、それで良いかと思います」
反対なんてするわけがない。元々、諸侯会議の議題にすべく情報交換を進めてきていたのだから。
「では、当国からの提案通りとしてよいか、採決致します」
薬草関連で特別参加のメアリーを含めて、全員が賛成になった。
そして、次回以降の私の参加は必要に応じて、とされた。最近、色々と忙しくなった私に配慮してくれたのだろう。