山岳陣地防衛戦③
轟っっっ!
突風が吹き荒れた。
フェンリルがアンジェリカさんの飛ばした氷の塊を飛び跳ねて避けたところに、パウルさんがいきなりウィンドウ・バリアを開放した。
咄嗟に四肢を踏ん張り飛ばされまいとしたところに、マルセロさんのホーリー・ランスが突き刺さった。
よろめいたところに銀の矢が集中する。
ようやく、一匹目だ。
一匹のフェンリルが三人に飛び掛かってくる。
しかし、着地した先には何もない。
既にテレポートで一旦柵の手前に跳び、そこから大外に残った縦堀のさらに外側に移動しているからだ。
ホタルを柵より少し高めに設定し、さらに後方に下げた。こうすれば、正面を照らして三人が移動する両サイドを暗く出来る。神聖魔法の光に目がくらんでは、普段なら障害にならない闇も見通せまい。
上級魔法使いの三人は、テレポートを駆使した遊撃戦を展開して、陣地外での奇襲を繰り返している。柵の中からでは互いの魔法障壁が邪魔をして全力を出せない。
固有の魔法防御力が強く属性攻撃魔法が通用しにくい敵だ。神聖魔法なら十分なダメージを与えることができても、障壁を通してしまうとやはり効果が弱い。
ならば敵陣内に入れば良い。
無謀と言えば無謀だが、テレポートで移動する場所を慎重に選べばなんとかなる。
兎に角フェンリルを柵内に飛び込ませないようにしなければならない。白兵戦になれば、かなりの被害が想定される。
いずれは飛びこまれるのだろうが、減らせるだけ減らした方が良い。
マルセロさんとパウルさんの移動を確認した弓兵が、一斉に聖水の矢を放つ。
銀の矢ほどの効果は無いが数が揃っている。面を制圧して足止めするなら充分だ。
崖上の援軍要請を受け、既に半数程度の白兵戦要員が崖に刻まれた階段を駆け上がって行った。
私達と一緒に岩棚にいた部隊も皆上がった。
「ベイオウルフ、ヴィル、お前達も上に加勢に行ってくれ」
私とカルテットを組む猟兵の一人が後ろを振り返る。
「しかし、ここの守りは……」
二人共戸惑っている。本来の役目はホタルを扱う私の護衛だ。
「二人共行って! ここは柵から遠いし三人の猟兵とハンナさんがいるから大丈夫。もし上を取られて攻め込まれたら、こんな陣地一発よ!」
確かパウルさんがそんなことを言っていた。間違ってないはずだ。
二人は一瞬躊躇したが、頷き合って立ち上がった。
「ハンナさん、皆さん、ジャンヌをお願いします」
そのまま階段に向かい駆け上がって行く。
「聞いたか、我らのマドンナは陣地防衛を知っているぞ」
「ああ、頼もしい限りだな。やはり我らのマドンナだ」
「ハンナ、後は任せたぞ。ジャンヌに敵を近づけるなよ。マドンナは俺達で守るんだ」
「はい! 任されました。私達のマドンナには敵を近づけません!」
もういい加減にして欲しい……。
ていうか、ハンナさん、あなた二位ですよね?
ハンナさんを見ると、舌を出して笑った。
五人だけになった岩棚から見ていると、味方は善戦してはいるが足止めが精一杯のようだ。
何とか一匹を倒したのは良いが、攻撃というのは、やはりパターンがあるのだろう。
ある程度予測されてしまっているようで、残りの六匹には躱されるようになってきた。
それに三人共魔法を使いっぱなしだ。魔力切れも心配だ。
遂に一匹のフェンリルが柵を飛び越えてきた。
しかし、それも罠だ。
着地点と思しきところには、銀の手槍が何本も穂先を宙に向けて地面に埋め込まれている。
図体がでかいのが災いした。人間が簡単に通り抜けて行ける程度の間隔を空けているのだが、小屋の大きさでは躱せない。
しかも、低空で照らしているホタルに向かって突っ込んで来る形になったので、多少は目がくらんでるはずだ。
それでもフェンリルは、咄嗟に空中で身体を捻り回転しながら穂先の山に転がり込んだ。むろん何本かは刺さっている。しかし、転がった分距離を稼ぎ、かなりの数の手槍を倒した。
転がったままで鎌首をもたげ、一声、二声咆哮すると、轟音と共に雷が柵に二発落ちてきて柵の一部を壊してしまった。そのままの姿勢で何本もの手槍を喰らい、首を地に伏せる。
「野郎、咄嗟に自分を犠牲にして仲間の侵入点を確保しやがった」
狼は家族で暮らすと聞いた。皆が互いに庇いあっているのだそうだ。魔物とはいえ、フェンリルも元が狼なのだとしたら同じかもしれない。
「いよいよ来るぞ。ハンナ、良く狙えよ」
「はい!」
突入する気か。
一旦後ろに下がると、まずは二匹が、次いで三匹が、二列になって一斉に突っ込んで来た。
森からはオークが叫びながら走り出して来る。
マルセロさんがフェンリルを狙って断続的に魔法を放つ。
ホーリー・ランスが直撃し、一匹脱落した。
白い光が狙い撃ちにする。
弓隊は柵の上目掛けて一斉に矢を放った。空中では飛んで来る方向は変えられない。矢の防壁を作って、射落とすなら着地するまでが勝負だ。
何本か当たってはいると思うのだが、速度を落とさずに、柵を超えようと飛び上がる。
「四番! 解放―――!」
柵から、いや、柵の前後に並べた魔法陣から、真上に向けて何本もの白い光が打ち上がる。
一匹を捕えた。
着地に失敗して転倒した奴を銀の手槍を持った猟兵が群がり襲う。
これで残りは三匹になった。
オークの群れは、アンジェリカさんとパウルさんが押さえ込むつもりだ。
一旦テレポートで柵内に退避した後、魔法障壁が無くなったのを良いことに、グレイシエイトをぶちかまして防壁を作る。パウルさんが土を積み上げて崩れた壁を埋めようとしている。
一方で柵内に侵入した三匹のフェンリルは荒れ狂った。
魔法障壁の再展開が間に合わなかった。
咆哮すると、陣地内の櫓に雷が三発落ちた。
バリスタを設置した櫓が直撃を受けて四散する。
「や、櫓が……」
思わず立ち上がった。ベアトリクスとリュドミラは櫓にいたはずだ。
「しっかりしろ! 光が弱くなってきたぞ!」
「だって、ベアトリクスとリュドミラがいたのよ!」
こんなところでオオカミの化け物なんかに……
「大丈夫だ! ジャンヌ。落ち着け! 人がやられたようには見えなかった。事前に退避したんだ!」
「そうですよ。お二人は猟兵隊と一緒にいたんです。きっとお二人を護ってくれています」
猟兵隊とハンナさんの言葉に気を取り直して立て直すが、目の焦点が合わなくなくなってきた。
満足に息が出来ない……。
このままでは光が維持できない……。
立っていられなくなって両膝を落としてしまう。
「落ち着いて、ゆっくり息をしろ」
「私がお二人の様子を見に行ってきましょうか?」
その時、幾つかの火の玉が空中で輪を作っているのが見えた。
ベアトリクスだ!
輪の真ん中をくぐり抜けるように火の玉が一つ飛んで行く。
きっとリュドミラだ!
二人共無事だ。それどころか光量を落とした私の尻を叩いてきた。
あっという間に消されてしまったが、きっと大丈夫だ。
こうしてはいられない。後で二人に怒られる。
落ち着いて片膝立ちになって、なんとか光量をあげた。
フェンリルが咆哮する。パウルさんが土を盛った部分に雷を落としたが、代わりにマルセロさんのホーリー・ランスが命中した。
一瞬の隙を狙って至近距離から投擲された銀の手槍が何本も体に刺さり、一鳴きして崩れ落ちた。
その時には、マルセロさんはもう移動している。
フェンリルの敏捷さにテレポートで対抗している。
柵はパウルさんとアンジェリカさんがいる。オークの二百や三百、きっと大丈夫だろう。
後二匹だ。こいつらを倒せば勝てる。
何本か矢が刺さっているが、動きは敏捷だ。
猟兵が追っているが、次から次へと場所を変えるのでマルセロさんの魔法も当たらない。
猟兵は同士討ちを避けるために弓矢を捨て、皆が手槍を手にした。
四、五人が一組になって対峙している。
一つの組が手槍をフェンリルに向け足止めし、他の組が後ろから手槍を投擲している。
フェンリルは猟兵に向かって唸り声をあげ、投擲された銀の手槍を躱すと、飛び掛かってかみ殺そうとする。
白兵戦を挑むにも人数が足りない。やられないようにするので精一杯で、討ち果たすまでにはいかない。
建物はほとんどが壊されていて、身を隠す場所もほとんどない。
牽制のためにホタルの光量を上げると、あっという間に消されてしまった。
陣地内から光が消えた。
満月の光だけではフェンリルの動きに味方は対応できないだろう。
このままではやられる……。
「姿勢を低くして下さい!」
私は咄嗟に岩棚の四人に声を掛けて、立ち上がって両手を前に突き出した。
「ライト!」
両手を使った全力のライトだ。
目一杯にして一匹のフェンリルの顔めがけて、細い、しかし強烈な光の筋を放った。
流石のフェンリルも目を背ける。
狙った通りだ! 隙が出来た!
ハンナさんが伏せた状態から弓を横に構えて二本一遍に放つと、矢の一本がフェンリルの眉間に、もう一本が首筋に突き立った。そのままばったりと倒れる。
仕留めた!
ハンナさんは二射でクマを倒したと言っていた。そういうことか。
最後の一匹が咆哮すると、私のライトはまたも消されてしまった。
遂に陣地の最後方まで魔法障壁が及んでしまった。もうホタルは使えない。
満月に照らされたフェンリルは、あちらこちらに方向を変えながら向かってくる。
動きを追いきれないのか、数が少ないのか、投擲される手槍が当たらない。
狙いは私達だ。
眼下で四肢を踏ん張った。ハンナさんが矢を放つが牽制だった。軽く躱された。
隊長が身体ごと突っ込んで銀の手槍を横腹に突き刺したが、フェンリルは倒れない。逆に隊長を蹴り飛ばした。
ハンナさんがもう一射したが、避けずに首を低くし肩に矢を受ける。
二人三人と手槍を持って体当たりするが、もはや避けようともしていない。
こいつ……私と刺し違える気だ。
改めて口を開けた。
魔法がくる……。やられる……。
反射的に皆の前に立ちはだかると、ハンナさんに引き倒された。猟兵三人が私達二人に覆いかぶさってくる。
五人共やられる……。
が、あれ? 何ともないぞ……。
「ジャンヌ。無事だったかい?」
ベイオウルフの声だ。上から聞こえてくる。
「あ、うん。なんか大丈夫」
庇ってくれた四人にお礼を言いながら上を見る。
「危ないところであったな。キャサリン先生に借りた槍が無ければ間に合わんところだったぞ」
ヴィルの声もする。
フェンリルを見ると、魔法を放つ時の格好のままで動かない。
槍が一本、こちらに向けた口に突き刺さっていた。
ヴィルが上から白銀の槍を投げて仕留めたようだ。
二人は階段を降りてきた。
「上はかたがついたぞ。そちらはどうだ?」
恐らく意図的に大声を上げたヴィルへの返答は、一斉に上がった味方の歓声だった。




