山岳陣地防衛戦②
陣地前の森が揺れている。
二回目の攻撃が始まった。
合図に合わせて照らすとサイクロプスの頭が見えるが、木の陰に隠れて出て来ない。
木を引っこ抜いては横堀の手前に放り投げて積み上げている。防御壁を作る気だ。
壁が出来ると、その向こう側から土やら何やらを掘に放り込み、本格的な埋め立てが始まった。
この手順で堀を埋めながら、徐々に近づいて来る気だ。
このままでは矢も投石もバリスタも全て防壁で食い止められてしまう。
大物を揃えているくせに随分と地味な戦い方を選んだが、堅実なだけにたちが悪い。
いまや横堀は完全に埋められてしまった。
サイクロプスは外側の二本の縦堀は無視して、真ん中の二本の堀を埋めにかかっている。
半分ほど埋まった頃には、防壁の向こうにオークが集まってきた。フェンリルもいる。
「カタパルト用意!」
崖下の隊長の号令が響く。様子を見ていた味方が反撃を開始する。
ガタン、ガタン、とカタパルトが動き出す。
放たれた石は壁の向こうへ飛んで行く。
サイクロプスは防壁に隠れ、オーク共は森の中へ逃げ込んだ。
今までのものと違い、あまり転がらない。三角錐だったか四角錐だったかで、角から地面に落ちてそのまま刺さっているのもあった。
都合二十個ほど飛ばしたところで打ち止めになる。
ほとんど成果は上げられなかったようだ。
サイクロプスが作業に戻り、オーク共が返って来た。
効果の無かった投石を馬鹿にしているのだろう、集まって足で蹴ったりしている。
怪しんで臭いを嗅いでいるフェンリルもいる。
「三番! 解放―――!」
突然、大声が響き渡る。五人の猟兵の合唱だ。
大声選抜だ。この日のために声の大きい者を五名選んでおいた。
転がった石の各面から腕程の太さの白い光がほとばしる。
「ギャヒン!」
聖なる槍に貫かれたオークは即死だ。フェンリルやサイクロプスも、喰らった奴は死なないまでもかなりのダメージを受けてよろよろしている。
動きの怪しくなった奴に向けて、銀の矢や聖水の矢が一斉に飛ぶ。弓兵が三射から四射、都合百本以上の矢を飛ばした結果、遂にフェンリルとサイクロプスを一匹ずつ仕留めた。ハンナさんが放った銀の矢もサイクロプスに命中した。
なんとか錐の面に魔法陣を描き、マルセロさんのホーリー・ランスを仕込んでおいた。
魔法陣発動の合言葉は、一番から五番まである。今回飛ばしたホーリー・ランスは三番だ。
魔法障壁は味方の前面に張るのだが、カタパルトの投石なら簡単に突破できる。
地面に石板が無いから足元は安全だと思ったら大間違いだ。
もちろん、地面にくっついた部分は空振りになるが、元より百発百中など期待していない。そんなもの当たる方がおかしい。
それ以降、フェンリルとオークは森の中に引っ込んでしまった。ただの石を一つ飛ばしただけでも、サイクロプスは作業を中止し、味方はある程度の時間稼ぎをすることができた。
とは言え、攻撃が収まったわけでは無い。縦堀は徐々に埋められていき、残り三分の一程になってしまった。魔法防御を張っているのはフェンリルだろう。そいつを何とかすればかなり迎撃オプションが使えるが、九匹も残っている。素早いので飛び道具は避けられてしまう。何とかしなければならない。
なので、まずは残る三体のサイクロプスを始末する。フェンリルを砦の近くにおびき寄せるためだ。
右手のホタルを一匹のサイクロプスに近づけて、光量を上げる。
サイクロプスは狙われたのが分かったのだろう。防壁の向こうで屈んだまま木を掴んで、追い払いように振り回している。十分な距離をおいている。当たるわけがない。
執拗に照らしていると、遂に頭に血が上ったのか立ち上がって木を投げつけてきた。
思うツボだ。
即座に一基のカタパルトが投擲する。
ただし、飛ばすのは石ではない。壺だ。
それも聖水の入った壺を元神官のマルセロさんがセットして発射した。
顔に聖水を浴びせられたサイクロプスは悲鳴を上げて膝立ちになった。両手で顔を押さえ、うめき声を上げている。
こちらが付け入る致命的な隙だ。
がら空きの胸板に銀のボルトを二本打ち込んで討ち取った。
残るは二体だ。
それを見たフェンリルが一匹出て来て一声咆哮すると、サイクロプスに近づけていたホタルが消えてしまった。
「き、消えました! ど、ど、どうしましょうか!」
もう使えないかもしれない。光が無ければ接近戦では味方は圧倒的に不利になる。
今や陣地前方は左手のホタルしか残されていない。
「落ち着けジャンヌ。右手で一つ、作ってみろ」
カルテットを組む人に言われて、やってみる。
出来た! どうなることかと思った。
「恐らく、魔法障壁を今までよりもこちら側に張り直したんだろう。魔法の干渉を防いだんだ。あのフェンリルなかなかやる。ビビってた残りのサイクロプスが元気になっちまった。左手のホタルをいったん下げる。これからは、左右のホタルに前後差を設けるぞ」
片手で連続してホタルを出せない。一旦ホタルを消して息をつき、もう一回出した。
ホタルを消されてしまっては、味方が素早いフェンリルを追いきれない。前後差を設けた上で、柵の内側で止めた。柵の内側には魔法兵が潜んでいると思うだろうから、そこを追い越す魔法防御は張れないだろう。これで灯りそのものは保てるはずだ。
あれ? ちょっと、待てよ?
「あの、魔法障壁って、上はどのくらいまで張れるんでしょうか?」
「上?」
「はい。障壁って言う以上は壁ですよね。まさか、ずーと上まで張っているわけではないと思うんですけど……」
「そりゃあ、そうだな。それが、どうかしたのか?」
「障壁を超えるくらいの高さまで上がれば、飛び越えられるんじゃないでしょうか?」
「まあ、そうだな」
「だったら一つ思いついたんですけど」
三人の護衛も呼んで、七人で相談する。
「どうでしょうか?」
「ふむ。それくらいなら失敗しても大きな影響はないな」
「はい。行き当たりばったりですけど、上手くいったら儲けものということで」
「よし、試してみよう」
賛成してもらえた。
「ありがとうございます。じゃあ、ベイオウルフよろしくね」
「わかった。ちょっと行って来る。ハンナさん、ヴィル、猟兵隊のマドンナをよろしく頼んだよ」
「いいから早く行って!」
「はいはい」
ベイオウルフまでからかってくる。
「良い相棒じゃないか。しかも、彼女の言葉には真実があるぞ」
また顔が赤くなってしまった。猟兵隊ってどうしてこうなんだろう。
左右のホタルの位置を低くする。
より器用に動かせる右手のホタルで前に出て来たフェンリルを狙う。
近づけると、また打ち消されてしまう。前後左右に動かしながら光量を強くしたり弱くしたりして、ひたすらにつけ狙う。我ながら意地が悪いとは思うが、これも勝利のためだ。
フェンリルはイライラしているのか唸ったり吠えたりしているが、挑発に乗っては損だと分かっているのだろう。近づいて来たりはしない。
聖水の鏃も、ポツリ、ポツリ、と飛んで行く。これもわざとだ。当てるつもりはさらさらない。タダの意地悪だ。
かなり、イライラしている。グルグルと同じ場所を回りながら、ホタルに向かって牙をむき始めた。
突然一体のサイクロプスが野太い悲鳴を上げた。一つ目を手で押さえて蹲る。
弓兵が追い打ちをかけると四つん這いになって逃げだした。
がら空きになった背中に向けて一斉攻撃し、倒してしまった。
これでサイクロプスは一体だけだ。
何が起きたのか分からないのだろう、フェンリルはやたらと吠えたて、サイクロプスは木を掴んで顔をガードしてこそこそと隠れている。
唸り声を上げていたフェンリルは、四肢を踏ん張るとホタルに向かって咆哮した。
ゆらゆらと漂わせた右手のホタルは、残念ながら消滅させられたが、フェンリルにとってその代償は高くついた。
「バシャアアアアンン!」
大量の水がフェンリルのいる範囲に面となって落ちた。
アンジェリカさんだ。
魔法障壁があるとはいえ、聖水の威力には関係ない。
干渉を遮断されても、聖水そのものは遮断される前に加速を得ているから、飛んで行く。
ならば、コップ一杯程度の聖水をサイクロプスの目にぶっかけるくらいはできるだろうと企んだ。どうやら上手くいった。
念の為、一時的に味方の障壁を後ろに下げて、その前にアンジェリカさんが出て行った。相手が魔法を唱える気配を見せれば、すぐに引っ込めば良い。
実はこれはアンジェリカさんとマルセロさんが考案したものだった。フェンリルを狙っているように見せかけて、サイクロプスを油断させる必要があった。こちらと連携を取ろうとしていたので、丁度良かった。
フェンリルへの攻撃は、こちらで皆と相談した本命案だ。
上空高くまで大樽一杯分の聖水の塊を動かして壁を乗り越えさせ、解除すれば勝手に落ちてゆく。
前面に展開された障壁の上を超えるまでの間、魔力の干渉を阻害されなければダメージを与えられる。
外れたらお終いだったが、アンジェリカさんが上手く当ててくれた。
サイクロプスへの攻撃に慌てたフェンリルは、びっくりした挙句に魔法防御を再展開するために一か所に長く立ち止まった。それが運の尽きだ。
全身に聖水を浴びて無残に焼けただれた身体を晒したフェンリルは、動かなくなってしまった。銀の矢を何本も射込んで止めを刺した。
さらに、再度クランプ・ウォーターで運ばれた聖水の塊は、びっくりしたのか尻もちをついている最後のサイクロプスの右足を直撃した。悲鳴を上げて這って逃げ出したところを狙い撃ちにして、これも倒した。
味方から二度目の歓声が上がる。
サイクロプスがいない以上、砦の柵を壊すだけのパワーを持つ魔物はいないと見て良い。
柵の向こう側はパウルさんとアンジェリカさんが深い堀を掘っている。魔王軍は攻城兵器を持たないと聞いた。オークの群れがいくらいても、柵を乗り越えられない以上は戦力外だ。残るはフェンリルだけだ。
「流石はマドンナ。ドンピシャリじゃないか」
猟兵の人達が喜んでくれるが、マドンナ呼ばわりはちょっとなあ。
「いえいえ、私がマドンナなんてとんでもない。元一位、現在三位のアンジェリカさんのお蔭ですよ」
ここは上位の人に花を持たせよう。実際アンジェリカさんがいなければ成立しなかった。
「うん。全くその通りだ。流石は我らのマドンナのアンジェリカは大したものだ」
あれ?
「うん? どうしたジャンヌ。変な顔をして」
「えっ、あっ、いえ、何でもありません。やっぱりアンジェリカさんは凄いですよね」
さりげなく、目を逸らしてアンジェリカさんがいる辺りを見る。
ヴィルとハンナさんが後ろから突っついてくる。
何かと思ったら、猟兵の三人の顔を見ろ、と言う。
振り向いたら、揃ってニヤニヤしていた。
「なんだかんだ言って、自覚があるんじゃないか。流石は我らのマドンナだ」
「全くだ。そうじゃないといかん」
「やはり、我らはジャンヌのために戦わねばならんな」
畜生……。どうして、こうなった……。
「来たぞ!」
顔を真っ赤にして俯いてしまったが、それどころではなかった。
フェンリルは最後の突撃を敢行するようだ。残りの八匹が揃って森から出て来た。何匹かは上を見上げて上空を警戒している。
犠牲は覚悟の上で柵を飛び越えて乱戦に持ち込む気だ。撤退はプライドが許さないのだろうか。自らが生きるか死ぬかの博打を打ちにきた。オークを引き連れての占領は諦めたのか。
その時、頭の上から悲鳴のような叫び声が振ってきた。
「ガーゴイルに運ばれた多数のオークが上空から降下! 崖上は苦戦中! 至急応援を求めます!」




