第十六話 テスタメントの探索③
戦士達の健闘が実って、無事に五体目を倒した。最初に飛び込んだグウィン様が手傷を負ったが、ヒールで回復出来る範囲だった。
驚いた事に、ライトで照らさないと消えない壁が完全に消えてしまった。今や照らさなくても壁無しだ。どう言う理屈なのか分からないが、解除の魔法か何かが発動したのだろうか? しかし、これでテレポートの魔法陣がここまで使える事になる。帰路は楽が出来そうだ。ただ、ゴーレムを倒した先には、通路がある。もうこれで終わりにして欲しい。
例によって騎士団が先行した結果、通路の先に広間があり、そこには見慣れた祭壇があった。仕掛けは分る。秘本の洞窟にあるのと同じだろう。徴をずらして祭壇を動かすと、祭壇の下には通路がある。その先に進むと、下りの階段がある事が判明した。
ある程度下るのは想定の範囲だ。出発点の魔法陣のある所よりも南の大教会のある所が標高も低い。びっくりするほどではないが、教会の地下室から真下に向かって光が差し込む。少なくとも教会よりはずっと低い位置にあるはずだ。
下りの階段の先に石の扉がある。偵察の結果、扉の向こうには魔物らしきものはいない。ただ、女神様の石像を置いた円形の部屋があり、石で作った小箱らしい物があるだけらしい。
ロバーツ様とエドワード様の二人が扉を押し開けて、中に入る。部屋が狭くて全員は無理なので、対面にあるもう一つの扉前にロバーツ様、扉の向こうに先行の騎士達、プライス様、エリクソン様がくっついたウィルソンさん、ハリソンさん、巫女と合体したシアーニャにフィオナと合体した私の神官勢と斥候としてグウィン様が中に入る。
神官勢は女神様に祈りを捧げ、調査を開始する。
部屋自体には特に仕掛けがなかった。
グウィン様が石造りの小箱を調べて開けると、中に巻物が一本入っていた。
グウィン様は巻物をプライス様に渡し、プライス様が開いた。
「うーん……」
巻物を見たプライス様が、どう考えても良い内容ではないと分る様な声を上げている。
「何かあったか?」
エリクソン様が聞くので、ウィルソンさんに手渡している。ウィルソンさんと一緒になって見た結果、二人して同じ様なうめき声をあげた。
まさか、また女性限定ではなかろうな。
巻物の中身は、ライトの使い手に向けて書かれたもので、ここから先の事について触れていた。要するに、テスタメント解放にあたって、それに相応しい者かどうかを確認したいらしい。この先に待ち受ける十四の試練に打ち勝った者だけが辿り着けるのだそうだ。恐らくは、おとぎ話に出て来る様な詩的なものなのだろうが、残念ながら私の古代語力では意味を理解するのが精一杯だ。
「十四の試練とは、なんじゃろう? 不思議な数じゃな」
エリクソン様が首を捻っている。ただ、それは簡単かも知れない。
「五足す五足す四は十四ですよね?」
「ジャンヌは分るのか?」
「はい。テスタメント解放に相応しい者と言えば、光と闇の両方の魔法十個を全部使える者、そして、五番目の精霊の誕生に相応しい四大精霊と互角の者。ではないでしょうか? 既にライトは使っています。だとすれば、残り十四個ですよね?」
今まで私が聞いてきた内容から推察すると、そうなるはずだ。
「てことは、私がいなきゃ駄目って事だね! よっしゃ、やったるよ!」
シアーニャの顔と声でその話し方をしたら、プライモルディア王がびっくりしないか?
「巫女は、光の魔法に対抗する闇の魔法五つ全部使えるの?」
初代国王様シリーズに対抗する闇の魔法では、ダークとアンデッドの二つだけのはずだ。巫女はネクロマンシーも使えるが、それは神聖魔法の反対側に位置する魔法だから、今回は関係無いと思う。
「あ、そっか。じゃあ、私だけじゃ足りないんだ」
後はウィルソンさんがいるのだが……。
こっそりとウィルソンさんを見ると、目で駄目だと合図して来た。チラと黒い指輪を見ると、首を横に振った。視線を下げるから下を見ると、指を三本伸ばした後、親指と人差し指で丸を作る。その後、二本の指を立てたまま左右に振った。つまり、魔封じの指輪を解放しても三つしか使えないわけか。アンデッドを使うのは見た。後一個だから、ダークじゃなくても二つ足りない。残りは、ブラインド、アトラクト、それにモルドだ。その内の一個が使えないのだろう。モルドは、女魔族が使えたな。でも、流石に魔王封印には誘えないな。
「でも、五つ全部覚えてなきゃ、入っても駄目なのかな?」
巫女が聞いて来た。
「今回は偵察でしょ? だったらさ、入るだけ入ってみない。何とかなるわよ」
何とかなるのか?
「うむ。行けるとこまで行けば良いと思うぞ。別に入って良いのは一回だけとは書いとらんし、それに突破出来なかったとしても死にはせんじゃろう。貴重な光の魔法の使い手を無下に殺すわけがないからな」
エリクソン様も巫女の言葉にのってきた。どうも千年前の人はポジティブだ。
「そうですね。今回は偵察です。エリクソン様がおっしゃった通り、可能な所まで進みましょう。駄目で元々です」
元英雄もポジティブだ。
「ならば、先に進みましょうか。グウィン、悪いがエドワードを呼んで貰えないか。この扉を開けてしまおう。皆で押しかけてなんとかしてしまおう」
ロバーツ様、少しポジティブ過ぎませんか?
ヘンリー様とエレノア様を交えて相談した結果、結局押しかける事になった。闇の魔法に人数で挑むとはなかなか良い度胸だ。
「元より失敗は覚悟の上です。古の巫女が作った試練なのですから、現代に生きる我々が一回で突破出来る訳がありません。失敗の都度情報を持ち帰り、何度でも挑戦すれば良いのです」
エレノア様のこの言葉に皆が賛成した。失敗ありきで行けば良いと言われると、何となく気が楽にもなった。
「ではロバーツ、エドワード殿、お願いします」
先行した幽霊達の話では、扉の向こうには下りの長い階段があり、その先にはまた石の扉があるらしい。まずは一個目の試練だろう。何が来るかは分からないが、腹をくくって行こうか。
次の石の扉を開けると、女神様の石像がある部屋に出た。石像の前には、石造りの小箱がある。神官皆で祈りを捧げる。部屋の対角にはやはり石の扉がある。その扉は幽霊の通り抜けは無理だった。小箱を開けると。またもや羊皮紙がある。
「そなたを妨害する者達を倒し、出口を見つけよ。そう書かれていますね」
プライス様が読んでくれた。要するに魔物退治だろう。
戦闘が待っているはずだ。戦いに先立って作戦を立てる。敵は、属性魔法以外にも光と闇の魔法を使ってくる可能性がある。ライトは幽霊には有害だ。なので、騎士団員のほとんどが人間と合体し、いざとなったら飛び出して戦う事になった。やはり魔法を使えない者や使えても級別の低い者は、幽霊の術にも通じていなかった。ただし、二人分の目で周囲を見る事になるから、警戒は厳重になる。そして、三人程上級並みの者がいたので、その三人は、プライス様、ハリソンさん、ハロルド様の三人と合体した。それと、魔法を使えない騎士団長たっての願いでグウィン様と合体する事になった。グウィン様は、ハロルド様と共に、斥候として最前に位置する。右手をかざせば手のひらから青白い光が出て周囲を照らせるのは便利だろう。それ以外の六名は石に戻った。とは言え、その石は、シアーニャが首にかけているネックレスのパーツになっている。なので、シアーニャか巫女の一声があれば何時でも飛び出して来れる。きっと、プライモルディア王が考え出した護衛方法に違いない。
編成は、最前にハロルド様、グウィン様、ボニーの斥候三人。前衛が、ロバーツ様、エオウィン様、エドワード様の戦士三名。中央に、ハリソンさん、エリクソン様がくっついたウィルソンさんに私。後ろから二列目が、エレノア様とシアーニャ。最後列が、ヘンリー様とプライス様になった。
「では、参りましょう。ロバーツ様、エドワード様、お願いします」
プライス様の言葉に、二人が石の扉を開けようとするが、びくともしない。
「くっ……」
「う、動かん……」
二人が無理ならと、エオウィン様とグウィン様が加わるが、全く動く気配がない。
これは違うパターンだな。
ぬおおおお、と四人が懸命に押している横からライトで照らすと、下から消え始めた。
「大変失礼しました。ジャンヌ、よろしくお願いします」
「は、はい」
前途多難だな。
ライトで扉改め壁を消すと、中は真っ暗だった。そのまま照らし続ける。
「がらんどうだな。何も見えないぞ」
ぼわあっと、ハロルド様とグウィン様の体から青白い炎が上がる。二人はそのまま中に入った。
「幽霊の目で何か見えるか」
ハロルド様が、合体している幽霊に聞く。
私は壁……正確には、ライトを消した時に壁が出現する所……を目一杯で照らし続けないといけない。拡散させるので照らす距離を稼げない。そうしないと壁が出来上がってしまった場合、中の二人が閉じ込められる。しかも、私と合体しているフィオナを始め、幽霊達は私のライトを通して中をみないといけない。フィオナが良く見えないと言っているから、光が邪魔をしているのだろう。中に入った二人と合体している幽霊に任せるしかない。
「奥に何かいますね」
流石は幽霊、見える様だ。
「見えるか?」
「はい。まだ距離があります。あれは……ゴキブリ……」
「何? ゴキブリじゃと?」
「はい。かなり数が多い。近づくのは危険です」
よりにもよって、ゴキブリだ。まだアリの方が可愛い。
「レヴァナントですか?」
後ろからプライス様が聞いた。
「恐らくは」
「では、ピュリフィケイションで倒しましょう」
「数が多すぎます。皆様が腕の立つ神聖魔法使いと存じていますが、何千……いや、何万もの敵を倒せますか?」
無理だろう。しかし、何千何万ものゴキブリの群れなんて、想像したくも無いな。
流石のプライス様も、これには困った。
「ウィルソン、属性魔法で何とかなりますか?」
今度はエレノア様が聞いた。
「無理かも知れません。この様な場所で、例えばプロミネンスを使えば人間は死ぬ可能性があります。氷や水では倒せないでしょう。キュムロニンバスで麻痺させるしかないかも知れませんが、全てまとめてとなると難しいですね。発動前に突進してきたら、突破されます」
土は落盤の恐れがある。風も一時的に追い払えても殺すのは難しいかも知れない。キュムロニンバスで麻痺させるか……。
いや、相手はムシだな。ならば……。
「メイルシュトロームはどうでしょうか?」
「水圧では死なんぞ」
「いえ、そうでは無く、レペレントとの合わせ技でムシを殺す薬を作りましょう。グレイシエイトで堤防を作り、水を貯めます。その水にレペレントを放てばどうでしょうか?」
レペレントは余り知られていないが、虫よけ魔法だ。基本、人間にかけて蚊が来ない様にしたり、農業用の殺虫魔法水にしたりして使う。しかし、蚊避けには値が張り過ぎるし、畑に撒くとなるとかなりの量を頻繁に撒かないといけないので、余程酷い場合でなければ使わない。今回の様に、水槽に漬け込めるのであれば効率的に使えるはずだ。
私の提案に勝る対案が思いつかなったようで、やってみようと言う事になった。
エレノア様、ウィルソンさん、そして幽霊の一体がグレイシエイトで堤防を築き、水を貯める。扉風の物は見当たらないという事で、天井まで届く堤防になった。もはや水槽だ。一部凹んだ所があるので、メイルシュトロームを放つ。これも、別の幽霊一体がメイルシュトロームを使えると言うので、三人で放った。天井ギリギリまで溜まった所で、八斉射のレペレント……レペレントで八斉射使うとは思わなかった……を休みながら放ち、氷で凹みを塞いで出来上がりだ。氷の堤防とレペレントの水であれば幽霊にはダメージを与えない。石に入っていた戦士を呼び出し監視役として潜って貰い、後の者は休憩する事にした。
「どの位で滅びますか?」
プライス様に聞かれるが、分からない。レペレント水は魔法水だ。虫をも殺す毒薬ではない。レヴァンナントだから、魔法防御も強いだろう。幽霊達に様子をみて貰いながら待つしかない。
滅ぼした後も、水を外に出さないといけない。そうしないと、水の中でライトを放つことになるから威力が弱くなり、向こうの扉を開けられないかも知れない。
「交代で見張りを置くようにして、一旦撤収しませんか? 水を跳ばすための魔法陣も作りたいですし、これが使えるかどうかも実験したいです」
ヘンリー一行が、簡易魔法陣を取り出した。ライトで消す壁の向こうまで行けば使えるだろう。
見張の編成は、斥候一、戦士一、魔法使い一、神官一、の基本四名で、半日単位で組む事になった。最初の見張りは、ハロルド様、エドワード様、エリクソン様がくっついたウィルソンさんにプライス様だ。私は壁を消さないといけないから、交代の度に休憩が途絶えてしまう。その分当番からは外してくれた。
幸いな事に、簡易魔法陣は壁の外に出たら使えた。多少移動しなければいけないが、問題無い。そのまま、最初のテレポートの魔法陣の所に出た。魔法陣がむき出しなっているので、適当に並べ替えてひっくり返した。そのまま、池のほとりで休憩する。水の量が多いのでレペレントを結構放った。出発して半日も経っていないのだが、エレノア様が今後の攻略は明日にしようと言ってくれた。
池の水で顔を洗う。晩秋なので水も冷たく気持ち良かった。
「お疲れ様、ジャンヌ」
シアーニャが、ワインの水筒を差しだしてくれる。こういった気配りが嬉しい。
「ありがとう、シアーニャ」
受け取って、一口……のつもりが、ごくごくと飲んでしまった。思ったよりも疲れているかも知れない。
「長引きそうね」
「うん。でも、どうせ全部は攻略出来ないわ」
闇の魔法でなければ突破出来無い様な仕掛けがあるに違いない。なにせ相手は五千年前の古の巫女に違いない。簡単ではないだろう。
「五千年前の巫女が作ったのかな?」
「だと思うわ。あの石の扉なんかが、プライモルディアの遺跡と同じじゃない」
うーん、とシアーニャが考え込む。
「何か、あるの?」
「うん。女神様の石像があったでしょ?」
「うん」
「ジャンヌと一緒に入った、キーラと出会った洞窟にもあったよね?」
「うん。あったね」
「確認しないと自信が持てないのだけれど、今回見た石像とは何となく雰囲気が違うのよ」
「そうなの?」
「うん」
女神様の石像は、時代によって違いが出ると聞いた。シアーニャが言うのであれば違うのだろう。
「でも、ジャンヌが言う様に、鉄の扉が無かったよね」
三千年前に造られたと思われる秘本の洞窟では、鉄の扉があった。
「つまり、三千年より古くて、五千年前よりも新しいって事かな」
だとすれば、四千年前が怪しい。北東の森で流出事故が起きた後に発生する様になった、新しいうねりの影響を受けた世代かも知れない。
「もし、そうだとしたら、それほど厳しくないかも知れないわね」
シアーニャが目を丸くした。
「そうね。その方が良いわね」
明るく笑って、何故か抱きしめてくれた。




