山岳陣地防衛戦
満月に照らされた山並みがシルエットのように浮かび上がっている。
夜の森は静まり返っていて、陣地内を照らす篝火がはぜる音しか聞こえない。
野戦陣地は概ね工事が終わり、既に人が入り込んで防戦できる。
今まで上空はパウルさんのウィンドウ・バリアだけで守っていたのが、今や屋根付きの建物が増えた。
今夜のパウルさんは防御要員では無く攻撃要員だ。
月が真南より少し傾いた頃、東の方から遠吠えが聞こえてきた。
私は犬の遠吠えしか聞いたことがないのだが、きっと犬ではないだろう。
「フェンリルだ」
私と組んでホタルを扱う猟兵が教えてくれた。
フェンリルはオオカミの親玉のようなもので、氷と雷の上級魔法を使う。他国の神話に出てくるような化け物ではないが、かなり強いらしい。
「ホタルを飛ばしましょうか」
「いや、もう少し待とう」
普段は物見の合図を待って飛ばすところを先走ってしまった。
我ながら緊張している。
私達がいるのは陣地最後方になる崖の途中にある岩棚だ。
満月を良いことに上空の監視は崖の上にいる猟兵に任せて、地上専用の光を提供する。
私と組むのは三人の猟兵だ。風の魔法でホタルを操る魔法兵の二人と、偵察役の猟兵が一人だ。
護衛役として、左右に銀の剣を持つベイオウルフとキャサリン先生の槍を持つヴィル、そして背後には上空警戒のハンナさん。
ハンナさんの背中には銀の矢を入れた矢筒が一つ、足元にもう一つ置いてある。ホタルとの連携で狙撃効果が上がることを期待されている。
それ以外にも、矢を放つ弓兵と接近戦用に銀の手槍を抱えた猟兵何人かずつが待機している。
徐々に近づいていた遠吠えが、突然聞こえなくなった。
「飛ばすぞ」
「はい」
真夜中にホタルが四つ、ゆらゆらと飛んで行く。
目標地点に向けて見失わない程度に速度を上げる。
私は両手を軽く前に出し、正面に向けた手のひらを若干下に傾けた。
陣地前からくぐもった様な唸り声が聞こえると、陣地前方斜面にアンジェリカさんが作った氷の防塁が消えた。フェンリルに解除されてしまった。
「今だ。照らせ!」
ホタルの出力を上げると背の高いのが何体か浮かび上がった。
辺りの木と同じくらいの背丈、人に近い形と肌の色、こん棒、そして一つ目。
サイクロプスだ。
「足元だ。デカブツの足元を照らせ」
手のひらの角度を変えて足元を照らすと、ちょっとした小屋くらいの大きさの獣が何匹かいた。銀色の毛並みだ。
赤い目、裂けた様な口、長い舌。狼のような姿。
フェンリルは頭を上に上げると、さきほど聞いた呻き声を上げる。
途端に斜面の氷が溶けて、地肌が姿を現した。
味方から火矢が何本か飛び、魔物達の前に炎の壁ができあがる。。
斜面に掘った四本の縦堀と一本の横堀は、油を染み込ませた枯草を敷き詰め、その上を氷で覆っていた。フェンリルは味方のデカブツの足元の安全を確保する代わりに、自身と相性の良い氷から弱点になる炎に直面した。同時に自らの味方の姿を炎の灯りの元にさらけ出すことになった。
「陣地前方! サイクロプス五、フェンリル十一、鎧を着たオーク二百程度を確認!」
斥候が声を上げる。岩棚の下には隊長がいる。大声で周囲に知らせると同時に、隊長への報告も済ませた。
それにしても、一瞬で敵の数を把握した。流石だ。
魔物の群れは木が残っているところにもいるだろうから全容は分からない。
恐らくもう少しいるだろう。
オークの数字に程度が付いたのがその証拠だ。
上空にもガーゴイルが飛んでいるに違いない。
対する味方は、崖の上下を合わせて、東の原猟兵隊が百人に中の原猟兵隊が百人。そして、私達アドルフさんに依頼された支援集団が八人。残りの兵力は峠を守っている。
横堀は魔物の前面に横たわり、そこから陣地の柵の手前まで縦堀が四本並んでいる。
魔物達はどのように進むか躊躇したのだろう。足が止まっている。そこへ二台のカタパルトから打ち出された石が飛んで行った。
カタパルトの距離は調整済みで、足元を炎に炙られながらデカブツが狙い撃ちされている。顔を両腕で庇いながら、トロルに比べて高音の呻き声を上げた。
大型のバリスタに仕込まれた銀のボルトが飛んで行って、見事土手っ腹に突き刺さった。そのまま崩れ落ちる。一体倒した。
しかし、その身体が横堀の一部に覆いかぶさったせいで炎の障壁に綻びが出来てしまった。
倒れたサイクロプスの死体を飛び越えて、フェンリルが一匹陣地に向かって走ってくる。
その後ろにオークの群れが続いている。他のサイクロプスも、足元の味方を払いのけながら、同族の死体を踏み越えて横堀を渡ってきた。
一気に突破する気だ。
ハンナさんが上空に向けて矢を放った。ガーゴイルだろうか。
弓兵が射落としているのだろう。時折、石の塊が落ちてきて地上の建物の屋根にゴツゴツと当たっている。直撃を受けたら怪我では済まない。皆分かっているようで、なるべく屋根の下からは出ないようにしている。
時折パウルさんが風の魔法を上空に向けて放っている。
轟っ、と音がすると一匹のガーゴイルが落ちてきて、猟兵の持つ銀の手槍に身体を砕かれた。
じわじわと敵が迫ってくる。
一匹のフェンリルが一気に柵に近づいてきたが、銀の鏃と聖水に浸したボルトを備えたバリスタの餌食になった。針鼠の様になって動きを止めた。
魔物は縦堀の炎を避けてその間の地面を通って来る。
正面から突っ込んでくる敵を猟兵が近距離で外す訳がない。四本の縦堀の間には三本の、言わば通路があるのだが、その正面には弓兵とバリスタが待ち構えている。
後に続くオークもバタバタと倒れて、死体の山ができあがった。
それを見てとった他のフェンリルが、柵から距離を置いたところで大きな口を開け咆哮した。魔法を放ったのだろう。
しかし、魔法は柵の一部が凍った程度に過ぎなかった。猟兵隊魔法兵が二重、三重の魔法防御を展開しているからだ。フェンリルは一瞬立ち止まり、悔しいまぎれに咆哮した。
唸り声を上げながらウロウロしていたが、銀の矢が飛んでいくと飛び下がって後ろに引っ込んでしまった。
代わりにオークが流れ矢の餌食になって、またぞろ何体かが死体になった。
サイクロプスが雑草でも抜く様に、二、三本の背の低い木をひっこ抜いて、楯の代わりに身体の前に掲げながら近づいて来る。
カタパルトの投石も、大型バリスタの銀のボルトも、弾かれてしまった。
「ホタルで目を狙え!」
左手で操っているホタルの角度を調節し、足元付近を照らしておく。その上で、右手で操っているホタルの光量を一時的に弱めて一つ目に狙いを定めた後、一気に光量を上げた。
ホタルは神聖魔法のライトだ。その光は魔物の神経に作用し、戦闘意欲をそいでいく。
「グワーーーー!」
突然の目つぶしを喰らったのだ。呻き声を上げながら手に持った木で顔を覆う。胴体ががら空きになった。
弓隊が一斉に足を狙い何本もの矢が刺さると、膝をついて木を取り落とした。
ここぞとばかりに、弓矢、バリスタ、投石、さらには大型バリスタの銀のボルトが集中する。次々に命中し、どうと倒れ伏した。
それを見た魔物達は森の中へ下がっていった。
前衛から歓声が上がっている。
魔物を追うようにホタルをさらに遠くへ飛ばし、森の上空からサイクロプスの頭を照らすと、カタパルトから発射された投石が幾つか飛んでいった。
あてずっぽうだ。そうそう当たることはないだろうが、オーク辺りを何体か仕留めたかも知れない。
要は追い打ちだ。魔物と言えども、下がる時には弱気になるに違いない。出来るだけ戦意というものをくじいておかなければならない。
戦いはこちら側のペースで始まった。
一旦ホタルを消して息をつく。
全面には炎の壁がある。光量は足りている。
夜明けまでは後三時間以上はあるだろう。あと三回は息をつかなければならない。
腕をマッサージして強張りをほぐす。ヒールをかけても良いのだが、後半戦に向けて取っておかなくてはならない。ハンナさんが肩を揉んで凝りを解してくれる。
お礼を言うと、いえいえ、と返してくれた。
いつの間にか、こういう連携も取れてきた。
現時点でサイクロプスを二匹に、フェンリルを一匹倒した。代償は横堀の綻びだけだ。初撃は躱したと見て良いだろう。
「まずは撃退出来たな」
「うむ。私は活躍できなかったが、それはそれで良いことだ」
「まだまだこれからですよ。夜明けまで頑張りましょう」
ハンナさんは上空とサイクロプス目掛けて何射か銀の鏃をつけた矢を放っていたが、今のところ目立った成果はない。距離があるだけではなく、それだけ陣地が維持されているということだろう。
「次は恐らく堀を埋めて来るぞ」
猟兵の人が教えてくれた。
「大丈夫でしょうか?」
堀を埋められたら次は柵になる。元々東に向けて門は設けていないから、そこは安心だ。
しかし、柵の高さはサイクロプスの腰の辺りだ。越されてしまう。
「堀を埋められるまでに、どれだけ大物を倒せるかだな。オークの群れはサイクロプスとフェンリルを全滅させちまえば逃げて行くよ」
猟兵の人は力強く頷いてくれた。
「今の魔王が復活した時、最初の戦闘は東の原の砦の防衛戦だった。援軍が来るまで、ロバーツ様が一月支えた。その間、東の原猟兵隊も中の原猟兵隊の援軍と一緒に、山砦を中心に敵の別動隊相手に防衛戦をやっていたんだ。山岳防衛なら任せておけ」
カルテットを組む三人が笑いかけてくれた。
初めて聞いた。恐らく一般には知られていない話だ。東の原の防衛戦はロバーツ様の奮闘だけが伝わってきている。
アンジェリカさんから聞いた猟兵隊のモットーを思い出した。
「皆さんは、何のために戦っているんですか?」
物は試しに聞いてみた。
三人は顔を見合わせると、揃ってナイス・スマイルを向けた。
「決まっている。我らのマドンナ、ジャンヌのためさ」
畜生、オッサンめ。さては中の原猟兵隊に聞いたな。最近はどこに行ってもからかわれる。
顔が赤くなってしまったじゃあないか。
「そろそろ、飛ばすぞ」
「あっ、はい!」
両手のひらに二つずつ、小さい光を作る。
フワフワと漂い始めたホタルを見ていると、護衛の三人がクスクス笑っているのが聞こえた。




