第五話 エリクソンとセルベトゥース
月が変わって七月になった。日々蒸し暑さが増していき、外の湿気よりも洞窟内の涼しさの方が快適に感じられる様になった頃、皆が待ちに待った休暇だ。そして、私は秘本の洞窟で調査になる。その後北東の森の回復だ。
今回、ヘンリー一行は一旦セルトリアに帰るらしい。国を明けすぎたら国王様が心配するとか言っているが、きっと悪だくみだろう。ベアトリクスも宣託を受けてテレポート使いになるはずだ。ついでに一七五の会魔道具専門王都店の予定地でも見に行くのかも知れない。
ほぼ定例になった女魔族の家でのお泊り会の後、秘本の洞窟へ行って古文書の調査だ。今回で三度目だが、上手く行けば最後になる。
既にエリクソン様から色々な話を聞いて来たので、調査も早かった。プライス様とハリス様の二人がざっと見て仕分けして、新発見になりそうなもの以外は、シアーニャを除く他の三人に回された。三人はそれぞれに手分けしながら羊皮紙に概略を書き写すだけだ。そうやって、どんどん片付けて行った。
一方で、大事なものと扱われたのは、黒石関連とか、他の秘本関連とかについて書かれてあった。分かった事は、黒石は予想通り古の巫女が作ったもので五千年前から存在する。効果は要するにそれぞれの黒石に該当する光の魔法の強化……今風に言えば級別の上昇……で、副次的に身に付けた術者の魔法制御力を上げる。秘本は三千年前の魔力のうねりを受けた神官や魔法使いがドワーフに協力して作った物で、古の巫女が魔王を封印した場所を選んで作られた。そう言った事だ。具体的にどの様な方法で作ったのかまでは分らなかった。つまり、今現在分っている事や推測されてきた事の裏付けが取れた格好だ。大事と言えば大事だが、テスタメントには直接的には関係が無い事なので、その他三名が作業をしている横で、調査の中心になる二人とシアーニャがまとめていた。プライス様とハリス様が相談しながら、これはシアーニャが概略を羊皮紙にまとめた。
結果、古文書の調査自体は、特段目新しいものは無かった。テスタメントについて残された資料は、ここ一か所にまとまっていたわけだ。後は口伝として教会長から教会長へ……つい最近までは評議会長と呼ばれていたそうだが……と伝えられていたもので、それはエリクソン様から聞いた。年齢が年齢だし、幽霊をやっていた期間も長いから、細かい事で忘れている事もあるかも知れんが、ウィルソンさんとヴィルがセルベトゥースとやらから聞いた内容と突き合わせて考えれば、必要な情報はほぼ揃った。後は実際に探索するだけだろう。
一つ残念な事は、失われた秘術と呼ばれる様な技術的な事が一切残っていなかった事だ。黒石にしろ、秘本にしろ、どうやって作ったかは分からなかった。特に秘本の関連は、ドワーフがどの程度絡んでいるかすら書かれていなかった。そう言った事については、もしかしたら口伝しか残っていなかったか、もしくは別の場所に隠したかになるのだろう。エリクソン様が知らない以上は、本当に失われてしまったのかも知れない。万一の可能性として、そう言った技術を持つ者が戦いの最中に一斉にどこかに避難した可能性がプライス様によって指摘された。もし何らかの情報が残っているとすれば、フィニスかセルトーニュだろう。特に初代国王様縁の地ではロックを使った秘密保持法が見つかっている。その可能性はある。しかし、それは沈黙の誓約をしているから私からは話せない。つまり、今回の調査の延長線上にはないわけだ。
そこまでが確認されて古文書の調査……つまり、五つ目の秘本の調査が完了した。後は、ハリス様とエングリオ王都大教会長の大司教様が相談して報告の草案をまとめる事が確認された。
「この後、月に一回の務めを果たすのですよね?」
調査が終わり、砦で女魔族を交えた定例の宴会も終わった。その翌日、プライス様に聞かれた。
プライス様は、報告書の草案がまとまるまではエングリオには来ないだろう。期間は一か月程度とされた。八月の半ばくらいが目標だ。何故か私は魔王の復活する洞窟の攻略が終わらないだろうからと、報告書の確認にも参加する破目になった。その結果、シアーニャまで参加する事になり、来月下旬に再度お泊り会を開くことになった。その点は、女魔族やカーラ、アナベラが喜んでくれた。
「はい。それが終わったら、現在進行中の四層の探索に戻ります」
今の所、新型ベヒモスについては黙っておけと言われている。きっと、ヘンリー様から話が行くのだろう。
「今夜は、例の砦に泊まる予定だそうです」
「なるほど……」
「最悪徹夜でしょうが、頑張って下さいね」
「はい。分かりました」
というわけで、プライス様の予想通り、夜中に滅びの町へ行ってエリクソン様と合流し、折り返しセルトリアでセルベトゥースとか言うレヴァナントとの深夜の会見に参加する事になった。
「おお! ヘンリー一行だな。良く来てくれた。では、行こうか」
エリクソン様の所へ行くと、挨拶もそこそこにウィルソンさんの操るお椀に乗り込んで来た。良く見ると、エリクソン様が憑りつく石を持った教会長様がいる。事前に説明を受けていた様だ。
「ジャンヌ司教、こちらの石を持って行って下さい」
「あ、はい」
「済まんな、ジャンヌ。世話をかける」
何故か、石の担当が私になった。
「では、教会長。数日留守にする。後は任せたぞ」
「はい。お気をつけて」
なんか、いつの間にか自分が教会長みたいになっているな。この辺が総大司教様たる所なのだろうか。
その大司教様は、無論幽霊だ。なので、空を飛べる。飛ぶと言うか浮いている様なものだ。そのせいか、エレノア様がいつもの様に接待曲芸飛行をやってもいまいち反応が鈍い。それどころか、超高速状態で外の風を浴びたいから蓋を開けてくれとか言い出した。
「飛ばされてしまいますよ。そうなると、道に迷ってしまい元の場所に帰れなくなります」
「む。浮遊霊と言う奴か?」
「良く分かりませんが、多分そうです。居場所を失った幽霊がどうなるかはご存じですよね?」
「ふむ。意識が無い状態でただ彷徨うだけになると聞いておる」
「そうなったら、神官としては強制的に昇天させるしかありません」
「ふむ。それは困るな」
分ってくれたとおもったのだが……。
「ジャンヌ、例の魔物拘束用のロープは持っていませんか?」
「え? ありますけど」
「では、それをエリクソン様の命綱にすれば大丈夫でしょう」
エレノア様が無茶苦茶な事を言い出した。意地でも接待飛行でエリクソン様を喜ばせる積りだ。
「うむ。良い思案だ。是非やって貰おうか」
プライス様を見ると、いつの間にかヘンリー様と二人して星空を眺めている。ハリス様に至っては、立ったままで寝たふりをしている。
「どうなっても知りませんよ」
「大丈夫です。是非、エリクソン様に飛行術の奥義を楽しんで貰いましょう」
何が奥義なんだか……。
というわけで、まるで刑罰かなんかの様に、エリクソン様をロープに繋ぎ超高速でぶっ飛ばすという荒業に出た。その結果、通常は人間の格好をしたエリクソン様は、ロープを繋げた胴体の部分で半分に折れてしまい二つ折りにした長枕の様になって空を飛ぶ破目になった。しかも、前後と上下が逆さまになったから、のけぞった状態で迫りくる樹幹部を間近に見ると言う普通の人間ならまず気を失うであろう事態となった。しかも、エレノア様が、大喜びしているエリクソン様の雄叫びを聞いて高度を変えるもんだから、多分首が何度か木の枝の先っぽに当たったはずだ。
「いかがですか?」
途中休憩のために西の原の森上空で、一旦上昇して速度を落としロープを手繰り寄せたら、興奮しているのかビカビカ光っている。
「うむ! 良い! これほどスリリングな瞬間を味合うのは、生まれて初めてだ」
そりゃあスリリングだろうて。普通の人間なら首がもげている。その証拠に額に葉っぱが何枚か刺さっていたりする。抜いてあげると、そこで初めて気付いた様で、葉っぱを見ながら大喜びしている。
「お喜びの様で良かったです。頑張った甲斐がありました」
「木への接近具合が絶妙であった。日頃から練習でもしておるのか?」
「はい。お陰様で幽霊の知り合いが数名おりまして。年季の入った方はあれくらいやらないと刺激が弱い様で」
「年季が入っている者達とは、一体何年前になるのだ?」
「古い方では、古の巫女……つまり五千年より古い様です」
きっと、国境の領主と女王だろう。
「何と、それほどの方々がおられるとは。うむ、正に共存共栄よ。見事であるな」
「お褒めに預かり光栄です」
ここまでくるとは、エレノア様の接待芸も大したものだな。
結局、セルベトゥースが幽閉されている搭とやらに着くまで、エリクソン様は繋がれっぱなしの状態で曲芸飛行を満喫した。そして、そのままセルベトゥースのいる搭の窓から顔を出したもんだから、大分驚かれてしまった。
「そ、総大司教様! 一体、どうなさったので?」
「何、散歩よ、散歩」
なにが散歩だ。聞いて呆れる。
「その様に拘束されて……もしや、拉致されたのでは? お待ち下さい。直ぐにお助けしますぞ!」
とか何とか言いながら、ヘンリー様やエレノア様に大声で文句を言う騒ぎになった。
そりゃあ、そうだろう。平気で繋がれている方がおかしい。その内にプライス様まで顔を出してセルベトゥースを抑えようとしたもんだから、おのれ北の教会の手先め、などと暴言を吐いた。これにプライス様が怒って反論するなど、折角の会談の場が大荒れになってしまった。エリクソン様の一喝で皆が静まったから良かったものの、正直大物が集まったら碌な結果にはならない事が良く分かった。そう言えば、エレノア様とセルディック王もいきなり口論を始めていた。こういった人達は、もっと穏やかに過ごせないものなのだろうか。やれやれだ。
とは言え、セルベトゥースが早とちりした事に対して謝罪し、プライス様が受け入れてくれたので、無事に収まった。
「うむ。そなたらは、もう争いなぞ懲りておるはずだぞ。もっと落ち着かんといかん」
エリクソン様の言葉に、二人して頭を下げて詫びている。ただしだ、ロープで縛られてお椀から蓑虫みたいにぶら下がっている人が驚かせようなんて言い出したのが、原因と思うぞ。
その後の会談は、無事に進んだ。参加したのは、エリクソン様を筆頭に、セルベトゥース、ヘンリー様、エレノア様、プライス様、ハリス様に私だ。
改めて見たのだが、レヴァナントと言っても、ウィルソンさんとは大分違う。確かセルベトゥースは、かつての南の大教会を支援していた島最大の領主の息子と聞いた。今でいう王子なるわけだ。見た目ヘンリー様よりも年老いている様な感じだが、若かりし頃は美男子だったんだろうなと思える面影が残っている。ただ、エリクソン様と違って、穏やかな感じではない。エリクソン様と出会えたせいか笑顔を見せてはいるが、何と言うか眉間に影がある様な気もする。千年間も陰謀ばっかり企てていたせいだろうか。
プライス様とハリス様は既に会った事がある様で、初めましての挨拶は私だけだった。
「では、そなたが光の魔法の使い手か?」
「こら、セルベトゥースよ。ジャンヌと呼ばんか」
「こ、これは失礼しました」
エリクソン様が、私に向かってニカッと笑う。砕けた方だ。
「で、では、ジャンヌ司教が光の魔法の使い手じゃな?」
「はい。女神様に授かりました」
「使う魔法は、光の魔法以外は何があるか?」
「神聖魔法です」
「他には?」
「いえ、それだけです」
何故か、一瞬目を見つめられた。
「左様か。級別は?」
「一応、超上級です」
「ほほお、見事なものだな」
なんか知らんが褒められた。良く分からないが、まあいいだろう。
「では、お二人の再会を祝して乾杯しましょうか」
エレノア様が扉の外に声を掛けると、下からヴィルとボニーがワインと街道クッキーとお椀を持って上がって来た。
エレノア様が二人をエリクソン様に紹介し、初めましての挨拶をする。そのまま、エリクソン様の口添えで、一緒に乾杯する事を許された。この辺りの気配りにしろ、お優しい方なんだと思う。悪霊のふりが大根なわけだ。
「しかし、良くぞ我が住処へお越し召された」
セルベトゥースにとって、ここは住処か。これはこれで喜んで良いのだろうなあ。
「うむ。そこなプライスやジャンヌ、それに西の教会のシアーニャと話をしてな。古の恨みは忘れ、共に手を携えると決めたわ」
「左様ですか。それはご苦労様でございました」
「そなたも野望とやらを捨てて丸うなったと聞いておるぞ」
「はい。いつまでも年寄りが昔の事に拘っていても仕方が無いと思いまして」
「戦には負けたそうな」
「はい。大敗でございました」
「負けて学ぶ事もあるよ」
「はい。左様でございますな」
二人の敗戦は、非常に苦いものであったに違いない。それをこのように話せる様になったのは、白い島にとって本当に良い事だと思う。
その後は、穏やかに会話が進んだ。基本的に、話しているのはエリクソン様とセルベトゥースだけだ。他の者は二人から話をふられた時だけ喋った。ただ、私から二人に対して幾つか質問をさせて貰った。
「では、今後は、テスタメントの解放に向けてご尽力なさるわけですね」
「うむ。こう見えても総大司教であったからな。魔王の封印は義務じゃ」
「ご苦労様でございます」
「うむ。そなたも、虜囚とは言え、この国の事共について様々に相談に乗っておるようじゃな」
「はい。禁呪を復活させる気運が高まってきたそうです。己が未熟を思い知りましたし、野心は捨てました」
「ふむ」
「それに、若く有望な者がおりますので、彼らに対し未熟ながらも私見を述べております」
ヘンリー様の背後に控えているウィルソンさんとヴィルを見る。エリクソン様は二人を一瞥した後、そうか、とだけ言った。きっと、ウィルソンさんがレヴァナントである事に気付いているはずだ。
「長い道のりであったな。苦労をかけた」
「勿体ないお言葉でございます」
会談の結論を大雑把にまとめると、こんな感じだ。二人共、白い島の今後を考えるという事で前向きに生きる……という表現が合っているかどうかは知らないが……気になった様だ。
会談は夜明け前には終わった。二人きりで話をするかとヘンリー様が聞くと、不要だとエリクソン様が言った。
「どうせ、また寄せて貰えるのだろう?」
「エリクソン様は、我らヘンリー一行の顧問ですからな。必要とあらば」
ヘンリー様の言葉に満足そうに頷いていた。




