なるようになる
その後二週間近く特段のこともなく過ぎた。
パウルさんが木を切って陣地周辺を丸裸にし、アンジェリカさんが縦堀横掘りを穿ち、皆が切った木を並べて柵を作り、土木工事が進んだ。その間に峠周辺部も整備され、関所の様相を呈してきた。もはや天幕で寝泊まりしている者は誰もいない。
最終的には、崖の下が前進陣地、峠が本拠地、峠周辺の傾斜地を側面防御陣地と作業が進み、最終的には東の原と中の原の山砦を繋ぐ東西に走る街道建設と進んで行くらしい。
散発的に十数匹程度のオークやガーゴイルが攻めてくるが、そんな偵察部隊なぞ物の数ではない。
毎日のように訪れてくれるリュドミラが、木を伐採して地表が露出した地面に土砂崩れ防止用の雑草を植えたり、陣地周辺を張ハンナさんと散策して新しい水源地を見つけたりと、平穏とも言える日々を送った。
そんなある日、エミリー先生とキャサリン先生が陣中見舞いに来てくれた。エミリー先生が、アドルフさんから直接の依頼を受けて、聖水を大量に成聖しに来てくれたのだ。
水はマルセロさんの魔法陣のおかげで豊富にある。崖下でも使えるようにと、水かけ祭りで使った大樽四つに移している。
「どうだ。元気にしてるか?」
「お陰様で皆元気です」
「ヴィルヘルミナはいる? こいつを預けに来た」
キャサリン先生が持って来た槍をヴィルに渡した。穂先がほの白く輝いているから白銀製だ。
「よろしいのですか? 先生が大切にされている槍ではないのですか」
「まあそうだけど、折角あるのに使わないと損だろう? ヴィルは私の弟子みたいなもんだしね」
ありがとうございます、とヴィルは大喜びだ。
「ところで、随分とのんびりしてるようだが大丈夫なのか?」
流石は中の原の新戦女神だ。簡単に見抜いた。
これこれだ、と説明すると、腕組みしながら、近いうちに一戦でかい山があるだろうから気を抜くなよ、と言われた。
キャサリン先生と話していると、エミリー先生に呼ばれた。
手伝ってくれと言う。
一緒に崖下に降りて行く。
「あの石は何?」
ゴブリンのお墓を指さしている。
説明すると頭を撫でられた。
樽の前まで行くと足場が組まれている。エミリー先生が聖水を成聖するためだ。
私の役割は唱和だ。なにせ大量にあるから時間もかかる。別の神官が唱和することによって集中力を切らさないようにする。
三つ終わらして、立ち上がったところで足を滑らせて樽に落ちてしまった。神官衣のままで頭から落ちたもんだから、溺れそうになった。
猟兵に助け上げられて、ゲホゲホとむせかえった。
「沢山聖水を呑んだのだから、きっとご利益があるわよ」
そうエミリー先生に笑われた。
一樽分やり直しになったが、皆さん今日はこの水で身を清めて下さい、とエミリー先生が言うものだから、その日は皆聖水風呂に入ることになった。
そんな風に比較的のんびりと過ごして来たのだが、徐々に緊張感が高まって来た。
満月が近いからだ。
陸空共に圧勝ともいえる内容で撃退し、陣地も徐々に規模を拡大している。
一方で、ガーゴイルの偵察もややしつこくなってきた。
「そろそろ来るぞ」
パウルさんも警戒している。
「今度は本気で来るぞ。何が出て来るか分からんから気を付けておくんだぞ」
怖いことを言う。
二回の戦闘は相手も経験している。今までのように意表をついて混乱させるのは、そう簡単ではない。
いよいよ満月の日の昼間、一七五の会で集まった。
「何か強いのが来るみたいね」
仕切りはいつも通り私達の最年長の魔法使いだ。流石に緊張している。
「衛兵隊じゃ、覚悟しとけ、みたいな話はしているね」
「強いのって言うと、サイクロプスとかフェンリルとか?」
止めな、ベアトリクス。口に出したら本当に来るよ。
「歩いて来るのは大丈夫ではないのか?」
ヴィルの言う通りだろう。石の魔法陣は沢山作って仕掛けてある。今や足の踏み場もないくらいだ。
「それが強い魔物は神聖魔法以外あまり効かないらしい」
ベイオウルフが心配なことを言う。
「ということは、こいつが役に立ちそうだな」
ヴィルは白銀の槍を持っている。キャサリン先生が貸してくれたやつだ。
「あんた、それ持って突っ込んで行くつもり?」
ベアトリクスが呆れている。
「実は私もこれを渡されたんだ」
ベイオウルフが鞘から抜いたのは、銀の剣だった。
「本気度高いわね。衛兵隊全員分?」
「東の原から届いた。ロバーツ様の兵団が貸してくれたんだ」
接近格闘戦が得意なブリジットさんは、白銀のナイフ二本を腰に差しているらしい。
「じゃあ、白兵戦主体になるのかな?」
急に不安になってきた。乱戦になったら魔物の方が強い。
「元より望むところだ。正面から当たってかたをつけてやろうではないか」
「勇ましいだけじゃ勝てないわよ。グラディス様に守備重視って言われてたでしょ?」
ベアトリクスに釘を刺されて、ヴィルが腕組みをしてしまった。グラディス様の教えを思い出したのだろう。
「飛んで来るのはいないの?」
歩いて来るのは、いざとなればアンジェリカさんの氷の魔法で近づけないようにすれば良い。警戒すべきは飛行型だ。
「ワイバーン見たいなあ」
「リュドミラ、あんたは帰るのよ。幽霊屋敷の掃除をしてなさい」
「やだ、今夜は残るもん」
リュドミラが珍しくベアトリクスに反発している。
「駄目よ。帰りなさい。明日ネズミ退治するんでしょ?」
いくら言っても、やだ、の一点張りだ。
皆で持て余していたら、パウルさんが来た。
「何をやっとるんだ?」
「井戸端会議ですよ。リュドミラが帰らないって駄々をこねてるんです。パウルさんからも言ってやって下さい」
リュドミラがふくれっ面でパウルさんを見ている。
「いいんじゃないか。リュドミラもマルセロ商会の一員だ。今日はアンジェリカも残るらしい。皆で一緒にいようか」
やったー! とリュドミラは喜んでいるが、他のメンバーの顔色が変わった。
今夜が勝負だ。アンジェリカさんが残るのがその証拠だ。
「作戦はあるの?」
「今まで通りだ。訓練をしとらん作戦なんか、あったところで失敗するのが落ちだぞ」
大丈夫だろうか。皆で顔を見合わせる。
「それよりお前達。まさか強い魔物の名前を出して、来るとか何とか言っとらんだろうな?」
思い切り出した。
思わず、皆で下を向く。
「出したのか……。こういう時はな、名前を出したのは大概来るんだ。一体何の名前を出した? 言って見ろ」
えーと、確か、サイクロプス、フェンリル、後ワイバーンだっけか?
「よりにもよってDランクの上位種ばっかりじゃないか。儂はもう知らんぞ! 出てきたらお前らが責任もって倒すんだぞ」
憤然と立ち上がって行ってしまった。
「どうしようか。怒られちゃったわね」
パウルさんに怒られたのは初めてだ。流石にベアトリクスもしょんぼりしている。
「ううん。大丈夫だよ」
リュドミラがニコニコしている。
「パウルさん、立ち上がる時にこっち見て、舌出して笑ったもん」
「?」
パウルさんが立ち去った方を見ると、こっちを向いて立っていた。
私達が気付いたと思ったのだろう、舌を出した後、かかか、と笑いながら行ってしまった。
畜生! からかわれた。そういや、演技するのが異常に上手かった。
ヴィルが大声を上げて笑い出した。
「何が来ようとやることは変わらないのだろう。我らに必要なのは腹をくくるだけのようだ」
その通りだな、とベイオウルフが笑い出す。
ベアトリクスと顔を見合わせてお互い思わず噴き出してしまった。
がらにもなく深刻に考えるもんじゃない。どうせ行き当たりばったりでここまできた。なるようになるだろう。
リュドミラを見るとニコニコしている。
この子は全部分かっていたのかもしれないな。
「楽しそうですね。どうしました?」
ハンナさんだ。
こうこうだ、と話をすると、うふふ、と笑っている。
「それよりも見て下さい。凄いでしょう?」
銀の鏃が入った矢筒を見せてくれた。
「こちらのほうが身軽に動けるだろうって、渡してくれたんですよ」
ハンナさんの矢筒は銀が二つになったらしい。
「やっぱり今夜ですか?」
念の為に聞いてみた。
「どうでしょう? 皆さんそうおっしゃっているみたいですね」
やっぱりそうか。腹をくくらないといけないのだな。
「それよりも皆さん気付いてらっしゃいます? もし今夜相手の本格的な攻勢があった場合、勝てば一週間以上何もせずにのんびりできるかもしれませんよ」
思わず吹き出してしまった。確かに私達の契約は来週一杯まである。魔物だって二回も本格攻勢をしのがれたら諦めるだろう。
「お互いに良い休養目指して頑張りましょうね」
ニコニコと手を振りながら立ち去っていく。
「流石は町役場人気ナンバーワンの戦う受付嬢ね。あれはジャンヌが追い抜くのは難しいわよ」
関係ないからね。私はランキングを意識したことなんてありませんから。
「腹がくくれているね」
ベイオウルフの言うとおりだわ。流石はランキング二位様よね。八位の私とはだいぶ違うわ。
「うむ。あのくびれは伊達ではないようだ。見事に腹もくくれているな」
オッサンは黙ってなさい。
「ワイバーン見たいなあ」
お子様も黙っていようね。本当に来たら怖いからね。
皆で顔を見合わせる。誰とはなしに笑みがこぼれた。
「仕方ないわね。頑張って稼ごうか!」
「よっしゃあ!」
ベアトリクスの掛け声に合わせて、皆で気合いを入れた。




