第七話 滅びの町
古文書調査二回目の結果、直接的にテスタメントについて記述した様な資料は無かった。ただ、重要と思われる小箱がまだ残っているので期待しても良いだろう。そして、大判の巻物の中から幾つかの地図や見取り図が出て来た。プライス様が言うには、相当古い図面らしく、先の戦争後にメディオランド王都大教会が作った滅びの町周辺の地図とはかなり違うらしい。
「これは、この地図に載っている当時の神殿……いえ、この時期では既に教会と言うべきでしょうね。教会組織が出来上がっていたはずですから。その教会が、現在ある場所に建て直された可能性が高いですね」
建物の構造は現在建っているのとよく似ているそうだ。地図の周囲の地形が全然違うらしい。
「見てごらんなさい。教会の周囲は傾斜地の様に見えます。もしかしたら、台地の様な丘か何かの上に建っていたのかも知れません。しかし、現在の滅びの町は森に囲まれた平野部にあり、周辺は標高差の無い森なのです。一体、どこに建っていたのか?」
言われるままに覗き込むと、確かにそう見える。教会そのものがそう大きく無ければ、周囲は森だろう。そして、その先は傾斜地だ。しかし、一体、どこにあるのか? 千年前ならいざ知らず、今は飛行術がある。台地か丘か知らないが、こんなの空から見たら一発だ。恐らく、不良老人達が白い島の上空を飛び回っているから、既に見つかっているはずだ。ウィルソンさんもいるから裏付けも取れる。教会だって、調査する以上は飛行術くらい使っているだろう。にも関わらず、それらしい建物が無いとは、どう言う事だろう? 千年前の争いで壊されてしまったのだろうか?
「いえ、恐らくは、新築されたのだと思います。山の上では不便だったからではないでしょうか」
つまり、今もその神殿はあるのか?
「その可能性はありますね。しかし、上部の構造物を破壊して地下への入り口だけを残した可能性も否定できません」
だとすると、この地図と言うか見取り図だけで山の中を探しまくるのか?
「この建物があってもおかしく無い様な地形を探してその周辺を探索すれば良いのではないですか? セルディック王に依頼しましょう」
エングリオの大司教様だ。雲を掴むような話になる。人員を動員しないと無理だ。動員しても無理かも知れないが。
しかし、台地の上の神殿跡なんて、何でわざわざそんな不便な所に建てたんだ? しかも周囲は森ときた。行くだけでも大変じゃないか。
「あの、よろしいですか?」
シアーニャだ。こういう時に発言するのは珍しい。いや、国王顧問だからね。私が知らないだけか。
「はい、なんでしょうか?」
「周囲は傾斜地とおっしゃいましたが、崖はあるのでしょうか?」
「どうでしょうか? この図面からは何とも。何故ですか?」
「太陽光を引き込まないといけないのですよね? 山の上に教会もしくは跡地があり、その地下にテスタメントの魔法陣があるのであれば、近くに崖の様な所でもなければ陽の光が差し込まないのでは、と思ったのですが」
なるほど。道理だ。
「素晴らしいお考えですね。崖の有無を調査するように、現在滅びの町を管理している者に伝えておきます。もしかしたら、太陽光を差し入れるための穴が空いているかも知れませんね。それらしい崖が見つかれば、飛行術を使って探索する様に伝えておきましょう」
「ありがとうございます」
プライス様に褒められて嬉しそうにしている。
「穴のある崖は、恐らくは南もしくは東向きでしょうね」
今度はエングリオの大司教様だ。次々に手がかりらしき話が出て来る。頼もしい限りだ。
「恐らくは、正午か日の出の日差しが差し込む様に出来ているのではないでしょうか。そうでなければ、かなり大きな穴が必要になりますよね? 流石に、その様な穴が今まで確認されていないと言う事は無いと思いますが」
それもそうだな。では、目安として南向きの崖を探せば良いのだな。そうなると、大分絞れて来るかも知れない。実はプライス様に数日間の時間的余裕が出来たから、この調査の後で滅びの町に行く予定なのだそうだ。そうなれば、文献調査をやっている者が実地に検分できるから見つかるかも知れない。
調査が終わった後、砦に帰ってセルディック王に話をしたら、私も滅びの町へ行ったらどうかと言われた。
「どうせ、ジャンヌ司教は行くのだ。無所属とは言え、神官なのだから問題は無かろう。プライス大司教と共に、一度現地を見て来てはどうか?」
「魔王の洞窟はどうなるのでしょうか?」
「ヘンリー一行と一七五の会が一人いるだろう。彼らのお陰で我が軍の兵士も照明器の扱いに大分慣れて来た。三層の攻略は任せても良いだろう」
「では、お借りします。ジャンヌは、満月の時期にはセルトリアに帰って務めを果たさなければいけませんので、次に魔王の洞窟へ行くのはその後になりますが、よろしいですか?」
「構わんぞ。参加報酬についてはヘンリー一行の稼働日数分と同じ額を保証してやる」
それはありがたい。滅びの町へは教会の指示ではなく自発的に行くから手当なんか出ない。食事と寝泊まりする場所は保証してくれるだろうが。
「では、明日から一緒に行きましょうか。私も、かの地を管理している神官に、事前に色々と依頼しなければなりませんから、併せて連絡しておきます」
そういう事で、遂に滅びの町へ行くことになった。プライス様と私だけかと思ったが、エングリオ王都大教会長、ハリス様、シアーニャも行く事になった。国王顧問の身で忙しいシアーニャに聞くと日程調整済みらしい。どうやら、急遽私が調査に参加する事になったのは、現在雇用契約を結んでいる洞窟探索の状況次第で、私も滅びの町に連れて行く積りだったんだな。
滅びの町は、エングリオ王都の北西に広がる森の中にある。地理的には、北はセルトリアの中の原南西部、東はセルトリアとエングリオの国境付近、南は無論エングリオ、西はプライモルディア国境の山地帯だ。標高そのものは南の平野部よりも高い様で、全体的に北から南へ向かってなだらかに下っている傾斜地……と言っても傾斜をあまり感じないが……になっている。絵図で見た神殿がありそうな丘陵地は、北と西に幾つもある。
実際に来て見ると、教会を中心とした村だった。森の中に広っぱがあってそこに集落がある。まるで獣人の村の様な雰囲気だ。川も流れているし、池もある。それなりの広さの畑もあり、百人前後なら自活出来るだろう。森とは魔獣除けの木の柵で仕切られていて、櫓もある。櫓には警備の兵士らしい人がいる。
住居のある所は、苔むして年月を感じさせる石造りの二階建てくらいの高さの外壁で囲まれている。正門は外壁よりも一階分高くなっている。窓兼偵察用の切り込みが三つあり、その辺の砦の櫓よりも物々しい。現在は教会管理になっている。それを示す様に、託宣の神殿にいるような護衛の兵士が、門番よろしく正門を固め、外壁上を巡回している。
来る時は、セルディック王の配慮でエングリオ軍のお椀に乗って近くまで来た。そこは、教会が滅びの町を管理するに当たって新しく建てた衛兵隊の駐屯所があった。そこの隊長さんが警備の責任者だ。その隊長さんにプライス様が事情を話し、一緒に小川に沿った道を馬車に乗って行く……隊長さんと数名の騎士は騎乗だ……と正門に出る。正門では無論何の問題も無く通過し、内部に入れた。
「いかがですか? ここが、悪名高かった滅びの町です」
目の前には結構大きな教会がある。南の教会だ。一部改修はされているだろうが、現存していた。現在は大教会としての機能は無く、メディオランド王都大教会から派遣された司教様が教会長をやっている。出迎えてくれた教会長さんとの挨拶が終わった後の第一声が、それだった。
教会内部も、大体他の教会と同じだ。奥に女神様の石像がある。立派なもので背丈が成人女性の二倍近くはある。エドワード様サイズだ。右手に錫杖を持っている。錫杖は先端部に水晶が飾り付けてあった。石像の下には地下室があり、両脇にある階段から降りて行けるそうだが、無論そこも更に何かがあるかどうかについては調査済みだ。
ただ、祭壇の奥にある女神様の像の背後のガラス窓は、石像の真上にはめ込んだもので、飾り窓では無かった。千年前だからだそうだ。
「見て下さい、窓の外を。山と山の合間がありますよね。あそこから陽が差すのですよ。内陸ですから見通す事は出来ませんが、陽が昇って来ると見事な朝日を見る事が出来ますよ」
陽が昇ると女神様に後光が差す様に見える仕組みだ。時間によっては、かなり眩しかったんじゃなかろうか。
教会の周囲は、正直言ってごく普通の田舎町だ。何故森の中に作ったのかが分からないが、川に舟を浮かべて川下に行く事を考えたら、そう不便と言うわけではない。
「ここは、西海岸地域の監視拠点だったのです。そこに祭壇を設けたのが、南の教会の始まりだそうですよ」
そんな昔から、東西海岸の諍いがあったのか。
かつては北や西へ向かう街道が走っていたらしい。と言っても大昔の道だから大した事は無く、千年前に攻略されてしまった後は、街道は掘り返されて草木を植えられて潰されてしまったそうだ。現在ある街道へは、深い森を抜けて行かないとたどり着けない。
千年前の騒乱で滅ぼされたのだが、流石に教会は潰すわけには行かない。主だった者や反抗的な者を処分し、大人しく従った者を残したそうだ。文字であらわすと簡単だが、かなり酷い事があったに違いない。そして、近場の領主達の共同管理とされた。ただ、他の教会からは如何せん遠い。ある程度の自治を任せていた。その結果、完全に放置されてしまった。遂に自治会的なものが評議会と名乗り出し、色々と悪さをし始めたらしい。らしい、と言うのは、秘密が一定保たれていたからだろう。そして、近場の領主達は大陸から来た傭兵達に国を乗っ取られ、奪われ、過去の経緯を知る者がいなくなる。遂には、勃興して大きくなった異教徒のエングリオ王国国王セルディックと結ぶ事になる。その後は、私も知っている通りで、現在はただの集落だ。レヴァナントは全て虜囚扱いとされた。生きている者は、貴族領から逃げ出して来た農奴の子孫が大半で小作人として教会に雇われていた。現在も占領前と同じく農業や狩猟に勤しんでいる。時折教会へ行くと、メディオランド王都大教会から派遣されて来た神官が説法や祈祷をしてくれるわけだ。教義そのものは全く変わらないので、平穏な生活が保たれている点については同じだ。現在彼らは農奴では無い。小作人でも無い。先の戦争の結果、この地にとどまる限り、滅びの町から切り分けられた自分の農地を耕す自由農民とされた。この処置は、この地をその様な協会領にすると決めたメディオランド王都大教会のファイン・プレーだろう。住民は喜んで新たな教会長と租税制度を迎え入れたらしい。
魔王を封印するという、ある意味物騒な魔法テスタメントは、身分制のある国の農奴にとって理想郷とも言える地に眠っている。
お昼ご飯を頂いた後、教会長様に案内して貰う。教会を出て村に行くと出会う人が皆プライス様の姿を見て寄って来た。
「プライス様、お久しゅうございます。是非、祝福を」
そう言って、プライス様の前に跪いて腕を組み、頭を垂れる。
「皆様に女神様の祝福がありますように」
プライス様も慣れたもので、祝福をした後はしゃがんで目線を相手に合わせ、今年の小麦の出来や猟の具合を聞いてあげている。
教会長さんの話では、この地を現在の状態にするべく尽力し、ここまで来て人々に説明したのがプライス様だったらしい。道理で皆が慕うはずだ。祝福を受けた住民は、立ち去る姿を名残惜し気に見ている。
「私ではありません。皆を自由農民として扱い農地を解放する様にとの提案をなさったのは、プライモルディア解放王ですよ。そうすればここの住民が北の教会に信を置き、後々楽だと」
なるほど。戦後に色々と討議されたと聞いてはいたが、そう言う話があったのか。解放王の話は、ご自身の実績があるだけに説得力があっただろう。
集落へ行くと、住民が会合を開くための建物がある。プライス様は、そこにいた自治会の人達に話をして猟師を集めて欲しいと依頼した。崖探しの情報集めだ。そう遠くないと踏んでの事だろう。結果、川を上って行くと崖が幾つかある事が分った。川を上って行くと蛇行している所があって上流からの流れがぶつかっているらしい。丘陵地帯を流れる川ではありふれた地形だ。警備兵の中にはお椀使いが二人いるので、その内の一人を手配して早速飛ばして貰った。
川はプライモルディアとエングリオの国境の山岳地帯方面……つまり、北西から流れて来ている。川に沿ってお椀で飛んで行くと、なだらかな傾斜が徐々に丘陵に移っていく辺りに崖があった。川の流れは北側にある丘の様な盛り上がりの先の湾曲した崖に当たって、東から南東へと流れを変えている。つまり、崖の東側は南に面している。そう高くはないが確かに崖だ。そして、対岸は川原と草地が広がっていて、奥の方に池がある。草原は森からは少し離れている。森は段差の上から始まっている。恐らくは雨が沢山降って増水したら、池も含めて段差の辺りまで水没するのだろう。つまり、十分に開けている。正午になったら、崖は真正面から陽の光を浴びる。
一旦、崖の上空に上がって地形を見ると、こんもりとした盛り上がりの頂上部は荒れ地の様になっていて、灌木と草しかない。所々に岩が顔を覗かせている。表土が薄く、背が高い木が根を張れないのかも知れない。もしかして、少しだけ土を被せたのかも知れない。周辺の地形は森だ。何故かここだけ盛り上がっている。と言ってもそう大きなものではない。丁度平坦地の珪石鉱山やグリフィス王の墓がある盛り上がり程度だ。最高到達点で一階半か二階と言ったところだろう。盛り上がりの傾斜はなだらかで木が生えている。荒れ地の様になっている頂上部は怪しいと言えば怪しい。
とりあえず、頂上に目印の赤い布を灌木に括り付けておいた。その後、盛り上がり全体を観察し、いよいよ崖の調査を行った。結果、特に何も見当たらなかった。穴なんか無い。カモフラージュの可能性を考えて魔法探知をしたのだが、特段の反応は無かった。もっと詳しい調査が必要かも知れない。
「やはり、そう簡単には見つからないですね。でも、この川を遡って行けば、同じ様な崖はあるでしょう」
プライス様の落ち着いた言葉に気を取り直して遡って行くと、幾つかの盛り上がりがあり、川に面した個所は全部崖になっている。それらの崖を観察し、頂上に目印を設置して、その日の作業は終わった。頂上部が荒れ地の様になっていたのは、最初の崖の上だけだった。