弓隊の新編成
夜が明けて、マルセロさんとベアトリクスの三人で見て回る。
「魔物とは言え惨いわね」
ベアトリクスが眉根を寄せている。
累々たる死体。
特に最後のクランプ・ストーンの損傷は酷かった。
身体の一部を潰され、内臓のはみ出た死体があちこちに転がっている。
魔物の血は黒い……正確には黒に近い赤なのだが……ので、そこら中が黒く染まっている。
「これはどうするんですか?」
「このままにしておくわけにはいきません。魔物の血を放っておくと、変な病気が流行りかねないですからね」
「早く処理した方がいいんじゃない?」
「数が多すぎるんですよ。アンジェリカに氷を溶かして貰った後で、陣地の外に大穴を掘ってもらうしかないでしょう」
パウルさんも崖の上から降りて来た。
「酷い有様だな。どうやら、クランプ・ストーンが原因か」
「数からいけば魔法や矢で仕留めたものが大半ですね」
「ほとんどがオークか」
「そうですね。それ以外はトロルが3匹。あとゴブリンも結構いたみたいです」
そうだな、とパウルさんが俯いた。
「見る限りでは、オークは鎧を着とるがゴブリンはぼろきれを体に巻き付けとるだけだな」
「ゴブリンの死因は魔法と矢ですね。恐らく先頭に立たされていたのでしょう」
「今は仕方ない。ロビンソンがいたところで、攻め寄せて来る魔物に殺されるだけだ」
パウルさんは足元のゴブリンの矢を抜いている。
「マルセロさん」
「なんでしょうか?」
「ゴブリンは精霊ですから、魔物として数えるのはどうかと思うんですけど」
「そうですね。討伐報酬にはカウントしないことにしましょうか。ベアトリクスはそれでいいですか?」
「いいわよ。お金貰うわけにはいかないわよね」
ベアトリクスがパウルさんを手伝い始めた。
パウルさんに確認すると、肩を優しく叩かれた。
マルセロさんと二人で負傷者を探すと、一か所に集まっていた。
治療所の人が巻物を沢山持ってきている。
「どんな具合ですか?」
「ほとんどが軽傷だよ。僕と助手の魔法で直しているところだ」
「じゃあ、僕とジャンヌも手伝いましょうか?」
「そうしてくれると助かるな」
幸いなことに、こちら側の被害はごく軽微なものだった。最後の突撃に至るまでにほぼ片がついていたこともあって、四人の回復魔法だけで対処出来た。
魔法陣を仕込んだ足元からの魔法攻撃が功を奏した。
マルセロさんが、経費はマルセロ商会が肩代わりする、と宣言したものだから、猟兵隊で魔法を使える者はこぞって参加し、石畳が出来るんじゃないかと思うくらいの魔法陣を半日がかりで仕掛けた。
崖の形が弧を描くようになっている。魔物を平坦地の奥に引きずり込み、左右からも攻撃できた。地形が勝敗を決めると誰かが言っていたが、その通りだ。
東の原猟兵隊の隊長が私を探しに来た。
「ジャンヌ。とりあえず魔物の死体を一か所に集めておくから、御祈祷だけでもあげておいて貰えないか」
「はい。分かりました」
丁度良い。隊長とも相談して精霊のゴブリンの死体は、魔物とは別に一か所に集めた。墓石の代わりに乗せた石には何も書かなかったが、何本かの花を手向けた。猟兵達も皆何とはなしに集まって、お祈りを捧げてくれた。
アンジェリカさんが来て土木工事が進むのかと思っていたら、そうでも無かった。
皆の魔力が尽きた今は、魔物にとっても狙い目になる。氷の山はそのままにして崖の上で守りを固めつつ身体を休めた方が良い、と言われた。
土木工事もお休みになり、パウルさんが平坦地前の斜面に生えた木をある程度切り倒して陣地前の見晴らしを良くし、そこをアンジェリカさんが凍らせただけで終わりになるそうだ。
隊長から魔法を使う者は早く休めと指示が出た。
ベアトリクスと二人で休憩所に帰るとリュドミラがいた。
緑マーブルを着ている。
アンジェリカさんに連れてきてもらったらしい。店番はアンジェリカさんのお母さんに任せてきたようだ。
「お疲れさま」
労ってはくれたが、いつものように飛びついて来ない。
「どうしたの? つれないじゃない?」
「服、汚れてるよ」
確かに泥まみれだ。汗臭くもある。
二人で囲んで、ほらほら、と抱き着く振りをしてやると、きゃっ、きゃっと笑いながら逃げ始めた。小柄な見た目もさることながら完全に子供だ。
ひとしきり遊んだ後、魔物退治に来たのか、と聞くとそうでもないらしい。
いい物を持ってきたと床の麻袋を指差した。
中には矢筒が二つ入っている。漏水対策が施されていて、聖水を中に入れて鏃を浸せる。対魔物用だ。
聖水は樽に詰めたものが、残りの矢筒と共に今日中には届くらしい。
ベイオウルフがいる方に行って衛兵隊に見せるように伝えた。私とベアトリクスは寝なければいけない。休憩も仕事だ。
「お湯、沸かしておいたよ」
盥が湯気を立てている。お風呂代わりに湯あみが出来るようにしておいてくれたらしい。
「ありがとう!」
思わず抱き締めると、臭い! 汚い! と散々だった。
そんなに嫌がらなくてもいいのにね。
新開発の聖水の矢の威力を試す機会は、日を置かずして来た。
合図を受けて夜空に漂わせたホタルの出力を上げると、闇夜にコウモリの様な姿が浮かび上がった。
突然の光に両手で顔を覆い、バタバタしている。
ギャッ、ギャッ、と随分と耳障りな声で鳴いている。
黒い石像の様な身体。角を生やした頭に、でっかい翼、手足が長く、爪も長い。ガーゴイルだ。
昼間に偵察に来たやつかどうかは分からない。数も数匹では効かない。三、四十といったところか。
半月とは言え月の光がある。夜戦に慣れた猟兵に見つからない訳がない。
「今だ、撃ち落としてやれ!」
隊長の号令一下、対魔物用として用意された聖水に浸した鏃が一斉に魔物に向けて放たれた。銀の鏃なら一射で仕留められるのだろうが、そうはいかない。それでも、何本も矢を受けると、石が砕ける様にバラバラになり、崖の下に落ちて行った。
翼を複数の矢に射抜かれた者は、風を捕えることが出来なくなったのか、姿を保ったままグルグルと回りながら墜落していく。この高さから落ちたらただでは済まないだろう。
鳥が絞められるような声が徐々に小さくなったかと思うと、大きさの石を壁にぶつけた時みたいな音が聞こえて来た。
森の中から細く白い光が断続的に打ちあがる。
マルセロさんのホーリーだろう。
それ以外にも、林の中からいろんな魔法が飛び交っている。
空を飛ぶ魔物は敏捷なので数を撃つ。面を制圧するようにと言われた。
崖の上に陣取った私達は十人一組の弓矢隊三班を組んだ。崖に向かって一班を先頭にし、三角形に並べて正面を固めた。ハンナさんもそこにいる。
私は最後方にいるから味方の動きが良く分かった。新しくトリオを組んだ猟兵隊所属の魔法兵の人が宙に漂わせるホタル……いまや強烈な光を放っているのでホタルとは言えないが……の光量と照らす方角を維持していると、陣地に向けては光を放射しないので味方の視界は奪わない。
目の良い猟兵の指示に従い、身体の前で広げた両手の平の角度を変えて、照らす方向を調節する。覚えたての頃とは違い、左右両方の手で二つずつの光をそれぞれ別の方向に向けることくらいは出来るようになった。
傍にはヴィルとベイオウルフが槍を構えている。この二人が私の護衛として傍にいてくれるのは心強い。
峠から崖の上に通じる道は左右が森になっている。
側面の森に足場を組んで魔法兵と弓兵を配置したのも、木の枝が障害になるからだ。
つまり、奇襲されるとすれば真上と正面からになる。
真上はパウルさんがウィンドウ・バリアを展開している。
隙あり、とでも思って突っ込んで来るのだろうが、こちらの思うつぼだ。壁にぶつかった奴はマルセロさんのホーリーの餌食になった。
後方は、木と木の間に黒く塗ったロープを何本も渡してあるの。引っ掛かるなり、切ろうとして止まるなりした段階で味方が攻撃できる。
三角陣地の外側には銀の手槍を抱えた兵士が、矢と魔法の攻撃を突破してきたものに備えて列を作っている。いわば最終ラインで、ここまで来られたら白兵戦になる。幸い今のところは翼をやられて地面に落ちてきたやつの止めを刺すところまでだ。
皆、腰ほどの深さに掘った溝の中で姿勢を低くしている。
ガーゴイルの武器は両手両足の鋭い爪だ、最悪陣地に突っ込まれても、身を伏せればいきなり引っ攫われるのは防げる。
アンジェリカさんが氷の魔法で作った障壁のおかげで、来るならば空からと予測出来た。そこにタイミングよく、樽詰めの聖水と漏水仕様の矢筒が送られてきた。
矢を放つ音、石をノミで穿つような音、各班の指揮官の声、ガーゴイルの叫び声、いろんな音の中で、ひたすらにライトを維持し続けた。
小一時間程の対空戦闘の末、ついに敵は諦めた。
魔物達は撤退していった。
「よーし。やめえ!」
攻撃停止の命令が下る。
一瞬、互いに隣の者と顔を見合わせた後、歓声があがった。
勝った。
火矢が夜空に一本上がる。
それを受けて中の原猟兵隊が守る峠からも火矢が上がった。どうやら私達のねぐらも無事らしい
一夜明けて、ハタと気付いた。
ガーゴイルは砕けた石のようになってあたりに散らばっている。戦果はどうやって確認するのだろう。
マックバーンさんに聞くと、くっつけて元の頭が四分の三以上綺麗に復元できればそれが証拠になると言われた。
報酬を貰う為には頭を探さないといけない。
アンジェリカさんが来るまでの間、宝探しになってしまった。
ガーゴイルはオークやオーガと同じで一匹銀貨二枚だ。
銀貨二枚を探すつもりで、マルセロ商会総出で探した。ハンナさんやヴィルも探してくれた。猟兵隊と衛兵隊も、手持無沙汰の何人かが手伝ってくれた。
結局、十三個しか見つからなかった。頭の一部とか、元に戻せない半分ずつとか、中途半端なものが結構あった。何分自分達で崖の下へ撃ち落としたのだから文句は言えない。
パウルさんが頭上に作ってくれた空気の壁にぶつかったやつは、ホーリーで仕留めたのでほぼ完全な形で残っていた。
翼をたたみ、身を護るように両手を交差している。目は閉じているが、牙を生やした凶悪な顔だ。
「これはいいな。是非一体持って帰って院長先生へのお土産しよう」
ヴィルがとんでもないことを言いだした。
「そんなもの持っていて、呪われても知らないわよ」
ベアトリクスの言うとおりだ。第一、動きだしたりしたら大変だ。
「私は大陸の生まれで、魔法が使えないのだ。この島の魔法や呪いは効かないのではないか?」
なるほど。そう来たか。怪我をした時に回復魔法で直してもらったのは忘れているようだ。
仕方がないので、ベアトリクスに目くばせをする。
しょうがないわね、と出力を抑えた雷の魔法を放つと気絶してしまった。
加減を間違えたな。
地面に転がしておくわけにもいかない。アウェイクの魔法で起こしてあげた。
起き上がってキョロキョロしているヴィルに、ベアトリクスが謝りながら事情を話す。
「そうか。勘違いしていたな」
怒るどころか、ワハハと笑っている。
やはり、宰相を目指すだけあって大物だ。
さて、完全体のガーゴイルはどうするか? やはり砕くしかないのだろうか?
相談しているとパウルさんがやってきた。
「何をやっとるんだ」
「砕くしかないかと思って……」
「勿体ないことを言うな。幾らで売れると思っているんだ」
「売れるんですか?」
驚きでだ。ヴィルがニヤついている。
「世の中にはマニアがおるんだ。これだけのものなら金貨十枚にはなるぞ」
「十枚!」
二つあるから二十枚だ。ヴィルもびっくりだ。
「大事にとっておけ。心配せんでも一度動きを止めたら動きだしたりはせん。これはマルセロが仕留めたんだ。儂らの戦果として持って帰るぞ」
しげしげと、今や石像と化したガーゴイルを見る。
五年間の待祭生活で貰ったお手当やお駄賃をほとんど使わずに貯めたお金が、金貨十枚だった。
どうやら私の五年間は、この角を生やした石の塊と等価らしい。
世の中には色々な価値観があるんだな。




