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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第一章

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下水道の見取り図

 昼食の待ち合わせをしていたベイオウルフが合流した。

 早速ベアトリクスが下水道の見取り図の模写したのをテーブルに広げる。大きさが原本の四分の一くらいになっている。




「これは良く出来てるな」

「そうでしょ、このサイズに模写するのは結構面倒だったんだから」


 ベイオウルフのほめ言葉にベアトリクスが有り余る胸を反らす。


「でも、衛兵隊で見たものとは少し違うな」

「えっ、そうなの? どこどこ?」

「ここだね」


 ベイオウルフが、東西に長い長方形の下水道網の北東の隅に隣接して北へ延びた四角形の部分を指差した。


 神官職にある私は、その四角形の部分が何なのかを知っている。


「ここは地下墓地ね」


 中の原の町は、中の原川の湾曲部の元になっている台地上に、六十年ほど前に建設された町だ。町史によると、元々の町は川沿いにあったらしい。町の西にあった北の山の尾根から続く一段高い荒れた台地を平らに整地し、新しい町を建設して引っ越した.

 教会は、台地の東の端の突出部に町を見下ろすかのように建っていて、町の西の端にあった。今は町の東の端にある。その教会の北側の崖下には墓地があり、その地下には地下墓地が広がっている。そこは今も昔も変わっていないはずだ。




「地下墓地だから管轄外の衛兵隊の見取り図には載ってないんじゃないの?」


 ベアトリクスが言うが、ベイオウルフは意外な事を言った。


「この見取り図によると、下水道と地下墓地はここの通路で繋がっていて、行き来出来るようになっている。この印は扉じゃないのか? 今まで何度も通ったし、昨日も三人でここを通ったけど、どこにも扉なんて無かった。それに、こっちの扉は小さな部屋のもののようだけど、それも無かった」


 確かに下水道の壁には扉なんて無かった。


「ここはね、気にはなってたのよ。昨日入った時は扉なんか見なかったしね」

「扉を外して塞いだのかもしれないね」

「どうして、そんなことするの?」


 ベイオウルフの言う扉を塞ぐ理由なんて思い当たらない。


「ここを見て。きっと、この通路を使用不可にしたかったんだわ」


 ベアトリクスが指差したのは疑惑の地下通路だ。その通路は下水道への扉らしき印から東に延びて北へ折れ曲がり地下墓地へと続いている。そして、その折れ曲がったところからは、南側へ延びる通路が教会のある辺りに続いている。


「教会への侵入防止ってこと?」

「それ以外には思いつかないのよ。地下墓地へはわざわざ下水道から入らなくてもいいでしょ」


 地下墓地へは、旧市街地跡地に降りていけば誰でも出入りできる。入口の扉には鍵が掛かっているが、墓守の人に頼めば、子供だけならともかく、大人が止められることはないはずだ。孤児院で社会見学に行ったときにそう説明された覚えがある。


「まあ、分かんないけどね」

「次に行くときによく見ておこうか」




 二日後、二回目のネズミ退治をするために、衛兵隊の詰め所へ行くとベイオウルフが待っていた。

 寝坊したベアトリクスが来るまでの間に二人で松明を作ることにする。


「ねえ、ベイオウルフ。上手くいくと思う?」

「どうかな。この間は七匹倒した。今日は十匹倒せるかもしれないし、空振りかも知れない。やってみないとね」

「空振りは嫌だな。生活出来なくなっちゃう」

「弱気じゃないか。昨日の訓練で音を上げたのか」

「そうじゃないけどさ。昨日、訓練に付き合ってくれた人達が言ってたよね。ネズミに苦戦するときもあるって。あんなに強いのに」

「何事もやってみないと分からないってことさ」


 昨日は、ベイオウルフのアドバイスに従って、体験訓練を受けて来た。衛兵隊の人達は皆私達がネズミ退治をやっているのを知っていて、熱心に教えてくれた。なにせ、衛兵隊不人気任務第一位を私達が請け負っている。もっとも、それ以上に、碌に訓練を受けていない者が、魔物に立ち向かうことを心配してくれていた。


「衛兵隊が魔物退治に行く時ってさ、空振りの時はあるの?」

「そりゃあ、そういう時もあるさ」

「怒られたりするの?」


 ベイオウルフの目が丸くなった。


 あれっ? そんなに変な事聞いたかな?


「衛兵隊に入って初めてネズミ退治に参加する事になった時にね、同じことを先輩に聞いたんだよ」


 クスクス笑っている。


「でね、返ってきた言葉がね。次だ、次!」

「どういうこと?」

「上手く結果が出なくても、次に頑張れば良いってことさ。怪我をせず無事に帰ってきたら、そう言って貰えるから心配するなって」


 そう言って笑った。




 ベアトリクスが合流し三人揃った。準備を整えてハンスさんに出発を伝えに行く。


「なんだ、その黒いのは?」


 いきなり指を差される。


「黒じゃありません。黒紫です」

「……なんだ、その黒紫は?」


 ハンスさんは両手を広げ大げさに肩をすくめると、それでもきちんと言い直してくれた。


 私とベアトリクスは麻袋を被っているのだが、前回通報されたから道具屋で買った染料で黒紫色に染めて袖も作った。ベイオウルフ用も作ったのだが、勤務中だからと衛兵隊の皮鎧を着ている。

 アンジェリカさんの魔法から思いついた。


「ほう、考えたな。なかなか良いじゃないか」


 褒めてもらった! 

 嬉しかったので、どうですか、とくるりと反転して背中を見せた。

 背中には一七五の会と刺繍してある。


 なぜか大笑いされた。


 今日に間に合うように夜遅くまで頑張ったのだから、笑わなくても良いのに……。

 出発前にも関わらず既に止めを刺されたような気分になったじゃないか。




 鳥の頭亭で餌にする鶏ガラを三羽ほど貰った後、とある小屋ほどもない大きさの建物に辿り着いた。


 下水道は地下二階造りになっていて、地上から地下二階へは階段で降りていける。というか、扉の先には階段しかない。地下一階はお通じ専用の配管が通っているらしく、人は入っていけない。もっとも入る気にもなれないが。


 階段を降りて、少し離れたところにある鍵付きの重い扉を開けると部屋がある。その部屋の床に口を開けているのが、地下二階への入り口、通称竪穴だ。竪穴は階段ではない。一辺が両手を広げた程度のただの四角い穴だ。


 ネズミが魔物になって大きくなることは分かっていたので、地上に上がって来ないように竪穴にしたらしい。なので、下水道へは床に置いてある梯子を下ろして降りて行く。

 穴は二辺が壁そのものだから、梯子を掛けるのも簡単だ。


 ちょっとした仕掛けをし、縄でしっかりと縛った鶏ガラ全部を一羽ずつ壁の隅に沿って吊るした。


 下に設置した松明の光しかない穴の上でしばし待つ。


 来た!


 鶏ガラを吊るした縄が動いている。

 手鏡を手のひらに収め、そっと穴に突き出し様子を伺う。

 宙に浮いた鶏ガラを齧ろうとして後ろ足で立ち上がったネズミが五匹ほど見えた。三匹が辛うじて揺れる鶏ガラを齧っている。他の二匹は齧ることが出来る場所を奪おうと押し合いへし合いしている。


 今だ!


 無言の合図とともに、三人が手に持ったロープを同時に離した。


「ガッシャーン」


 穴と同じ大きさの柵が壁に沿ってネズミを囲うように落ちていった。

 ベイオウルフが握りこぶしほどの石を次々に投げつける。

 私とベアトリクスは詠唱を終えると、恐慌状態に陥ったネズミに向けて魔法を放った。




 新方式の成果は上々だ。私とベアトリクスの魔法で三匹、ベイオウルフが投石で二匹仕留めた。


「凄いなジャンヌ。よく思いついたね」

「五匹全滅よ。餌も無事だし。お手柄ね」


 もっと褒めてもいいのよ。頭脳担当の私の面目躍如でしょ。

 一つ目の穴でこれだったら、五つの穴全部やったら、二十五匹……は、流石に魔法が続かないか。でも十五匹はかたいわね。きっと。




 針金で自作した柵を調べてみるとかなり歪んでいるが、手で曲げて戻せば充分使えそうだ。少しの間足止め出来たらいいわけだからそんなに頑丈なものは必要ない。先に床に置いた石の袋が重石になって、中のネズミが柵を引きずって逃げるのもなんとか阻止出来た。

 二匹ほど柵に頭を突っ込んで絡まっている。縦棒だけでは心もとなかったので横にも何筋か入れた。そのせいで引っかった足が抜けなかったのだろう。


 ベアトリクスは胸元ほどの高さの柵をつついている。


「悪くないわね。これどうやって考えついたの?」

「突然ひらめいたのよ。女神さまがお救いになったのかも」

「あんた、そんなこと言ってると罰が当たるわよ」


 謙遜を美徳とする神官にとって、良いことは女神さまのお恵みだと感謝するのは当たり前なのだが、自由奔放な魔法使いにはそれが分からないらしい。


「昨日道具屋に買物に行ったんだけど、あそこって猫がいるでしょ? あの猫がね、何年か前に鳥籠に入った小鳥を棚の上から狙っていたのを思い出したのよ。同じように出来ると思ったからやってみたの」

「いきなり針金持ってきたときは何をするのかと思ったわよ」


 針金で柵を作るのを二人に手伝ってもらった。

 上下二面は必要ない。四面分作って紐で括って繋げるだけなので持ち運びも簡単だ。針金一巻きを買い足さないといけなかったが、元はとれるだろう。


「狭いところで押し合い圧し合いしていたから、十分に動けなかったのだろうな。飛び越えてくるのもいなかったね」


 流石は現役兵士。一番言って欲しいことを言ってくれる。


「大切なのは間合いよ、間合い」

「私の頭を槍でぶん殴ったあんたが言う?」


 昨日の訓練で槍を振り回したら、柄の部分がベアトリクスの頭に当たってしまった。コブにはならなかったが随分と怒られてしまった。


「失敗を反省して次に生かすのは良いことさ。ネズミを立ち上がらせて隅に集めたのが正解だったな」


 でしょ? でしょ? もっと褒めてね!




 その日のネズミ退治を終わらせた後、疑惑の場所に辿り着いた。


「この辺りね」


 ベアトリクスが松明で壁を照らと、所々に苔が生えたレンガ造りの壁が炎に照らされて浮かび上がる。


「扉なんて見当たんないわよ」


 ただの壁にしか見えない。三人で見取り図を見直してみたが、場所はあってるはずだ。


「魔力も別に感じないから、カモフラージュの魔法とかで隠してるわけでもなさそうね」


 ベアトリクスは壁に向けて右手をかざしながら壁を探った後、首を左右に振った。


「扉があるとすればこの辺りなのよね?」


 ベアトリクスの頷きを見て、手に持った松明を水路に突っ込んで火を消す。


「ちょっと、あんた、いきなりなにやってんの?」

「壁を擦ってみようと思って」


 私が持つ松明は、長い竿の先に布を巻き付けたものなので、壁を擦るのには丁度良い。下水の水では綺麗にならないだろうが、壁の表面にこびりついたのくらいは取れるだろう。




 新しい布を巻いた竿の先を、水路に漬けては擦り、漬けては擦りを繰り返していたら、段々とレンガの地の色が見えてきた。


「この辺りを擦ってくれないか」


 ベイオウルフがなにか見つけた。

 懸命になって言われた所を擦る。


「ちょっと、ここを見てくれ」


 ベイオウルフが指差したところは、石の継ぎ目だ。


「ほら、継ぎ目を境に左右の石の違いが分かるかい?」


 右の石が薄い茶色で、左の石が濃い茶色だった。

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