魔物狩り
ほわっ、と床に描いた小さな魔法陣が光った。
魔法陣の傍に描いてある数字は三だ。
「昼間に正面から来たか。大物かもしれんな」
横目で見ているパウルさんが独り言の様に言った。
「そうなんですか?」
「ああ、ある程度自信がなけりゃ昼間に動かんだろうからな」
「正面てことは誘導できたんですよね?」
「ああ、北の方に逃げられずに済んだな。おかげで走って行けるよ」
四日目にして遂に来た。しかも、いきなりの大物らしい。
確かトロルがいるんだっけ? どうしよう。やっぱり、行かなきゃ駄目よね。
「お頭、来ました。正面、三番。トロル一、オーク約二十」
猟兵が魔法陣で届いた紙きれを手に取り読み上げる。
「よし! 皆出るぞ。初戦だ。派手にやろうか!」
おう! と皆一斉に立ち上がる。
「ジャンヌ。行くよ。私とヴィルの後ろにいるんだよ」
ベイオウルフがヴィルを引っ張ってきた。ハンナさんも一緒だ。
まずは中央部隊の出撃だ。隊長を先頭に三十名ほどの猟兵が山砦の正門をくぐると、右に回りそのまま斜面を徒歩で駆け降りて行く。パウルさんとアンジェリカさんもいる。次いで、左右の弓兵併せてこれも三十、そして後衛部隊の順だ。
私はヴィルの操る馬の後ろに乗って衛兵隊と一緒に駆け下りていった。
馬は体力に乏しい私とベアトリクス専用だ。みっともないが仕方ない。
しばらく走ると正面部隊が待っていた。
馬を降りて合流する。
「いいか、ここを降りていったところで足止めをする。弓隊は左右に分かれて陣取っているから、我々の前には出るな。流れ矢にあたるかもしれんからな。パウル、アンジェリカ、頼んだぞ。マックバーン後衛は任せる。皆を守ってくれ」
ベイオウルフに掴まってそろそろと降りていくと、正面部隊が藪の中に潜んでいる。待ち伏せ地点だ。
パウルさんとアンジェリカさんが姿勢を低くして正面部隊の後ろにくっついている。
初手は魔法の先制攻撃か。
地響きのような音が聞こえてくるのは、トロルの足音だろうか。
木の陰に隠れて様子を見ていると、見えた!
でかい! 灰色の頭が木と同じ高さにある。
その頭が徐々に近づいてきた。
皆、それぞれに木の陰や茂みの後ろに隠れて様子を伺っている
足音に変化が無いところをみると、気付かれていない様だ
「グレイシエイト!」
いきなりアンジェリカさんがぶちかました。
不意を打たれたトロルがみぞおちの辺りまで氷漬けになる。これで完全に足を止めた。
足元近くにいたオークも巻き添えだ。
トロルは、喚きながら闇雲にこん棒を振り回しているが、当たるわけがない。
「ウィンドウ・バリア!」
次いでパウルさんだ。
こん棒を止めるのか、と思ったら違った。
トロルはこん棒を放り投げて顔をかきむしるようにしていたが、そのうちにぐったりとなって、遂に動きを止めてしまった。
まさか、とは思うが……。
その間にも正面部隊はオークの群れに打ちかかっている。
オークも雄叫びを上げながら、突進してきた。
その左右から矢が飛んで来る。狙い定めた弓兵の矢は鎧を着たオーク共のむき出しの足をとらえ、あっと言う間に十匹以上を地面に転がしてしまった。
ルイスさん以下正面部隊が一斉に背中の剣を抜く。
その刃はほの白く輝く白銀だ。
残ったオーク共がたじろぎ、致命的な隙を作ったところへ、弓兵の第二射が飛んできた。
正面部隊が突進し乱戦になった。
オークも武装している。獲物は槍だ。
白銀の剣とは言え、相手は魔物だ。数はこちらが多いが、やはり強い。一進一退となった。
乱戦になると弓や魔法はあまり役に立たない。
味方に当たるかも知れないからだ。
乱戦を抜け出して、こちらへ来ようとしたオークには、アンジェリカさんとパウルさんの魔法によってダメージを与え、衛兵隊が止めを刺している。二人とも大技は最初だけで、初級か中級魔法を使っている。
無詠唱で放てるし、数が使える。
アンジェリカさんが、混戦地帯にスルスル近づくと、味方と味方の間から正確に魔法を放って、オークを一匹氷漬けにした。
オークの一匹が猟兵を突き飛ばすと、アンジェリカさんに槍で殴りかかってきた。
危ない! 一瞬目を見張ったが、アンジェリカさんは左手に大きな氷の楯のような物を作りオークの槍を受け止めると、次いで右手で魔法を唱えてオークの首を凍らせてしまった。
眦が鋭い。
これが鬼のアンジェリカなのだろう。普段の笑顔は微塵も感じられない。
突き飛ばされた猟兵がすぐさま立ち上がって、頭が凍ってもがいているオークの喉に剣を突き立てた。
アンジェリカさんは、既に後ろに飛び下がって安全なところに移動している。
「ジャンヌさん。しゃがんで」
後ろのハンナさんの声がしたので、言われたままにしゃがむと、ハンナさんが矢を一射放った。狙い違わず、一匹のオークの眉間に矢が突き立つ。のけぞったまま、木でも倒れるように地面に倒れた。一発で仕留めた。
地面に転がったそのオークは羽飾りのついた兜を被っている。恐らく部隊長だろう。
それを見たオークの群れは一斉に逃げ始めるが、先回りした弓兵の矢に左右から狙われて浮足立ったところを、背後に迫った猟兵が襲い、遂に全滅させてしまった。
「ジャンヌ。来てくれないか。負傷者が出た」
「はい! 今行きます!」
ルイスさんに呼ばれて行くと、四人が怪我をしていた。幸い重傷者はいなかったので、預かっていた巻物を使う必要もなく、私の魔法で治療できた。
一人が肩の骨をやられていた。両手を使って目一杯でやらなければならなかったが、大丈夫だった。
「すまねえ。恩に着るよ」
痛めた肩をゆっくりと回しながらお礼を言ってくる。
皆に感謝されるのは嬉しいものだ。
本来の役割で役に立てて、戦闘中見ているだけだった私も面目躍如だ。
弓兵達が矢の回収を始めた。銀の矢を使っているので使い捨てには出来ないのだろう。
ハンナさんも部隊長らしいオークの所に行って矢を引き抜いている。
「二人がトロルを最初にやっつけてくれたので、後が楽になった。礼を言う」
「何あれしき。大したことないよ」
パウルさんが謙遜し、アンジェリカさんはいつもの笑顔に戻っている。
「あれは一体どうやって倒したのだ? 確か使った魔法はウィンドウ・バリアだっただろう?」
ルイスさんが、下半身を氷漬けにされて立ったまま死んでいるトロルを指さした。
トロルは、口をだらしなく開けて涎を垂らしている。
「あやつの顔の周りをウィンドウ・バリアで包んでやって窒息させたんだ。アンジェリカが足元を固めてくれたので物は試しにやってみたんだ。上手くいったが、ちと時間を食ったな」
やっぱりそうか。パウルさんが突き出した手のひらを何かを軽く握るように動かしていたのでそうかとは思っていた。
「そんなことが出来るのか?」
ルイスさんがびっくりしている。そりゃあ、そうだろう。考えてみたら、かなり凶悪な魔法だ。
「カトリーヌ司祭に教えて貰ったんだよ。魔法の応用利用だ」
「院長先生が?」
「そうだ。この間カトリーヌ司教の講義に参加してきたんだ」
院長先生の講義とは、負傷した帰還兵に対する魔法の応用利用の講義だろう。口から魔法を放ちたいパウルさんは有料で受けているはずだ。
「英雄カトリーヌの講義は凄いぞ。参加した者一人一人に一番応用可能な手持ちの魔法は何かと聞いてきたから、ウィンドウ・バリアだと言ったんだ。密室なら魔物を窒息させられる、と答えた。そうしたら、外でも出来るでしょう? と言われた。やり方が分からんかったので聞いたら、バリアの形を変えたらどう? ときたもんだ」
「だから、発動した後に手の形を変えていたんですね」
「良く見ていたな。相手の顔をこうな、鷲掴みにするようなイメージで包み込んでやるんだ。その後でさらに壁を厚くして窒息死させる」
破戒のカトリーヌの名にふさわしい講義だな。もう、魔法の応用利用とかでは無くて、単純に敵を倒す方法じゃないか。
「ただし、これは弱点があってな」
「弱点?」
「ああ、相手の顔が小さすぎると、流石に隙間が出来てしまって駄目だ。大物専門だな。今日はトロルだから成功したんだ」
でも、切り刻んだりするよりは死体の損傷が少ない分、後が楽と言えば楽なのか。
「アンジェリカも良くやってくれた。流石は、鬼…………いやいや、流石はアンジェリカだ」
一瞬アンジェリカさんの目が鋭く光ったところを見ると、かつての二つ名は禁句らしい。
ルイスさんが言い直すと、ニコニコ顔に戻った。
「それから、ハンナだ。良くあの状況でボスを狙えたな。大したものだ」
「いえ、こう見えても元は猟師ですから。それに、たまたまです」
謙遜しているが、ボスは乱戦の中、手下に囲まれるように立っていた。そこを射通した。やっぱり凄腕なのだろう。
「それから、ジャンヌ。流石は神官だ。良くやってくれた。おかげで部下も元気だし、値の張る巻物を使わずにすんだ」
「いえいえ、これが務めですから。それに重傷者が出なくて良かったです。そういう方の治療は私には無理ですから」
ゴホン、とルイスさんが咳払いをする。
「ところで、どうだ。王国……あっ、おい、どこに行く?」
ここから先のセリフは聞くだけ無駄だ。
女性三人は背を向けた。
「トロルが一匹にオークが二十二匹か。しめて銀貨二十七枚だな。良い儲けになった」
パウルさんが笑いながら締めくくった。




