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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第三章

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山の砦

 テレポートの魔法陣で跳んだ先は、先月訪れたゴブリンの巣穴よりもさらに東だ。

 治安面を考慮して魔法陣は王国軍中の原駐屯地の見張り付きの頑丈な牢屋から牢屋へ繋がっていた。


「何だあ、お前ら! いってぇ誰の許しを得てここまで来てんだ?」


 着くと同時に、鉄格子の向こうから弓矢を向けられた。

 毛皮を羽織った、若かりし頃のパウルさんみたいなの五人が睨んでいる。

 中の原を発つ時に、向こうに着いたら山賊みたいな連中に囲まれるだろうからびっくりしてはいかんぞ、と事前に教えてもらってなければ腰を抜かしていた。


「うむ。中の原のアドルフ町長の使いで来た者だ。お役目ご苦労」


 威厳のあるヴィルの言葉に、ハッと姿勢を正したところは筋目の正しさなのだろう。

 一瞬の後に、しまったとばかりにほぞを噛んだようだが手遅れだ。

 牢屋の鍵を開けて貰い、うむ、と頷いて通らせてもらった。




 猟師の拠点と言われたが、まるで山の中の砦だ。高い胸壁に囲まれた頑丈な造りで、切り立った崖の上に建っている。


 北東の森に棲む魔物が中の原地区に侵入してくるのを防ぐ任務を負っていて、パウルさんが言うには、猟師では無く猟兵の拠点ということだった。


「つまり斥候ってことですか?」

「違うな。斥候は偵察が専門だが、猟兵は選抜された軽装歩兵だ。普段は猟師を装った斥候で、有事の際は敵の後方部隊を襲ったりするんだ。いわば隠れ軍隊だ」


 良く分からないが、つまり私達がいるのは砦なのだろう。


 案内された部屋には、私達の護衛として先行していたマックバーンさんの班の衛兵隊……ベイオウルフもいる……に合流できた。


「着いた時に囲まれなかったかい? びっくりしただろう?」

「それがね、ヴィルが……」


 事情を話すと、流石は姉御だ、と笑った。

 どんな所にいてもヴィルは平然としている。何も考えていないだけかも知れないが、砦の中で槍を抱えたヴィルは絵になった。




 ヴィルを眺めていたら、お頭が来る、と言われた。

 山賊のお頭よろしく熊みたいな人が出て来るのかと思ったら、颯爽と皮鎧を着こなしたルイスさんと言う名前のナイス・ミドルだ。


「パウル、久しぶりだな。よく来てくれた」

「アンジェリカ、兄上の無罪が晴れて良かったな」

「ハンナ、アンガスは元気にしているか?」

「君がヘンドリックの妹御か。目元が似ているな」


 等々、挨拶にもソツが無い。

 緑マーブルも知っていた。


「これが実物か。なかなか良い物を作ったな」


 人柄もナイスだ。

 是非とも爪の垢を貰ってハンスさんへのお土産にしよう。


 しかし、どうしてこんなにナイスな人がこんなところで山賊のお頭をやっているのか?

 不思議に思っていたら、王国軍所属の部隊長だった。

 てことは、部下の山賊も王国軍?


「そうは見えんか?」


 隊長に聞かれたヴィルが見えない旨を伝えると、満足そうに頷いている。

 部下の山賊達もまんざらではなさそうだ。ニヤニヤしている。


「我らは、王国軍にして王国軍ではないのだ。猟兵とはそういうものだからな」


 良く分からないが、本人達が喜んでいるならいいのだろう。




 なぜこんなところに来たのか? 

 魔物退治を頑張り過ぎたせいだ。中の原周辺の魔物は、ネズミを残して退治してしまった。キツネやイノシシが復活するには二か月は掛かるらしい。私の仕事は激減した。途方に暮れたところへ、アドルフさんから仕事の依頼があった。


 ロバーツ様率いる東の原兵団が、東の原北部の森に潜む魔王軍に攻勢をかけるらしい。その影響で、相当数の魔物が山を越えて中の原に逃げ込んで来ることが予想された。迎撃せねばならない。その応援だ。マルセロ商会をあげての参加が決まった。護衛として衛兵隊から一班、町役場との連絡係としてヴィルとハンナさんが派遣されることになった。




 大きな地図がテーブルの上に広げられる。

 地図は砦を中心にしたもので、砦の周囲は山と川だけだ。

 ところどころに印があるのは監視所らしい。そこから伝えられた情報を元に、魔物の動きを察知し砦の部隊が先回りして退治するのだそうだ。


 既にロバーツ様の魔物の住む森への攻勢は始まっているらしく、私達がいる側への追い上げがまもなく開始される。ルイスさんによると、今週半ばには魔物が出るかも知れないそうだ。


「魔物の群れを誘導したりはせんのか?」


 パウルさんだ。誘導と言っても相手は魔物だ。そんなことができるのだろうか?


「見せかけの陣地を作るんだ。魔物はそこを避けて行く手を変えるだろう。その先で待ち伏せるんだよ」

「差し迫っているんだぞ。大丈夫なのか?」

「まずは今日の出来ばえを見てもらおうか。それを見て決めて貰って良いぞ。この先少しずつ範囲を狭めていけば、いずれは誘導できるようになる」


 どうやらパウルさんとアンジェリカさんの間では既に腹案があるのか、自信満々だ。二人にお任せして見物しよう。




 砦から監視所は馬一頭が辛うじて通れるだけの道を一本通してあるとのことで、馬に乗って行く。

 私はヴィルの後ろに乗ったのだが、山の中を馬で走るもんじゃない。


 枝が顔を打つは、急に曲がるわ、登るは下るはで、何度も振り落されそうになる。

 あんまりの怖さにヴィルに思い切りしがみついていたせいで、がに股に加えて指までガシガシに固まってしまった。


 やっとの思いで到着した所は魔物が良く通過するらしい。

 盆地で四方を山に囲まれている。林や起伏のせいで遠くは見通せないが、山の上からなら良く見えるだろう。


「ハンナ。頼む」


 パウルさんが一声かけると、町役場人気ナンバーワン受付嬢は、はい、と返事してスルスルと木を登り始めた。流石はアンガスさんが鍛えた自慢の娘だ。あっという間に天辺まで登ってしまい、辺りを見回している。


「北の方角に峠が見えます。その西はかなり高い山。そこから、南西へ峠が2か所。2か所目の峠の南の尾根に恐らく警戒所。そこからここまでは申し訳ありませんが手前の尾根が邪魔になって見えません」


 遥か頭上から声が降ってきた。

 と思う間もなく、ハンナさんがスルスルと降りてきて、一番下の枝から迷うことなく飛び降りた。ひらりと着地し、パンパンとばかりに手をはらってニッコリ笑う。中の原の男性諸氏を魅了した受付嬢スマイルだ。


「警戒所が見えたのか?」


 ルイスさんと手下の山賊が、私とは違う意味でびっくりしている。どうもレベルが違う。


「見えた、というか、勘ですね。一か所木の高さが違っていました。不自然な段差になっていたので、そう思ったのです」


 ルイスさんがため息をついた。降参したようだ。


「確かにハンナの指摘した辺りに警戒所がある。しかし、見つかってしまっては意味がないな。どうすれば上手く隠せると思う?」


 アドルフさんがハンナさんを寄越したのは、弓矢が使えるというだけではなさそうだ。そんな単純なものではなかった。


「私見を申し上げてよろしいですか?」


 もちろん構わない、とルイスさん。


「パウルさんの話では、囮の土塁で相手を騙して他所へ誘導するとのことでした。でしたら、そこの警戒所をもっと目立たせて、そこから一番近い峠に土塁を作れば魔物の通る道を一つ潰せると思います」


 うんうん、と頷いていたルイスさんだったが、やってみよう、と同意した。


「どうだ、ハンナ。うちに来ないか。王国軍猟兵の美男子達が選り取り見取りだぞ。もちろん俺も含めてだ」


 何を考えているんだ、このオッサンは。さっきまでのナイスな対応がぶち壊しだ。

 ほら、そこの山賊! ポーズをとってるんじゃない! 


「何を言っとるか!」


 失礼な態度に業を煮やしたのだろう、パウルさんも割って入る。


「ハンナは中の原町役場人気ナンバーワンだぞ。孤児院のキャサリン神官と中の原の人気を二分しとるお嬢さんに向かって失礼だろうが! 嫁に欲しけりゃ任務期間中に口説け。恐れ知らずが信条の王国軍猟兵の名が泣くぞ!」


 あんたこそ何を言ってるんだ! って、えええっ! ハンナさんて、キャサリン先生と中の原の人気を二分してるんですか? えっ? 現在、暫定ナンバーツー? もうちょっと、詳しく話して下さい!


「もう! いい加減にして下さい!」


 とうとう、本人に怒られてしまった。

 ルイスさんとパウルさんが、すまんすまん、と頭を掻いている。


 二人の陰で、いつの間にか忍び寄ってきたアンジェリカさんが密かに聞き耳を立てていたのは、気付かなかったことにした。




 ともあれ作戦が決まり、再び馬に乗る。

 目標はハンナさんの言っていた峠だ。

 峠と言っても道なんかあるわけもない。懸命にヴィルにしがみついて、なんとか到着した。


 そして、パウルさんとアンジェリカさんの手による土木工事が始まった。


 元より隠す気なんか全くない。目立ってなんぼだ。二人していきなり傾斜地の一部を削り取って細長い平地に変えた。

 パウルさんが風の魔法で枝を刈り取って大きな木が丸裸になる。でっかい杭が一本立ってるみたいだ。その杭の根元の土を掘り上げて横倒しにし、その手前に長々と溝を掘って木の上に土を盛り上げて土塁を作る。


 とうとう、峠の左右を陣地にしてしまった。後は旗印よろしく布を巻き付けた木の枝を刺したり、草で作った人形を配置すれば出来上がり。峠を越すためには左右の陣地と戦わなければいけないように見えれば良い。


 上級魔法使いが中級魔法を使っている。作業が途切れることも無い。二時間くらいで出来上がってしまった。


「あと一か所作ったら今日は終いだな」


 パウルさんが汗を拭きながら水筒の水を飲んでいる。


 もう一か所作る気なのか? あれだけの工事なのに余裕だ。アンジェリカさんなんか、木の陰に隠れて化粧を直しているし。


 それにしても、せっかく作ったのに無人と言うのは勿体ない。


「ここは無人なんですよね。もし、ここの土塁を魔物に占領されたらどうするんですか?」


 心配になって聞いてみると、こんなもの反対側から登って上から攻めたら一発だ、とあっさり返された。


 ルイスさんを見ると、目を丸くしている。


「アンジェリカ。どうだ王国猟兵にならんか?」


 おい、オッサン。この人は人妻だよ。見境いなしかい?




 翌朝、と言うよりも夜明け前、目が覚めたので用足しに出た。丁度朝日が昇ってくるところで、ルイスさんが壁際に立って朝日を見ている。


「どうだ、ここの朝日は。素晴らしいだろう?」


 太陽が昇るにつれ、黒くシルエットの様に見えた山々が光が差し込んだところから、徐々に真夏の濃い緑色に変わってゆく。


「綺麗ですね」

「この眺めを見るために猟兵になったようなものだ。我らが女神のお創りになったこの風景は何物にも代えがたい。俺は森が好きだ。例え魔物が潜んでいようともだ。この森で戦い、そして逝けるのなら本望だ」


 きりりと引き締まった横顔、革鎧を着て剣を背中に背負い、颯爽と朝日に向かって立っている。

 歴戦の勇士とはこういう人を指すのだろう。


「ジャンヌ」

「何でしょうか?」


 見上げると女神様を信奉し戦う男の顔がある。


「どうだ。王国猟兵にならんか? この景色を毎日見ることが出来るぞ」

「……………………」

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