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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第三章

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祭りの後

 水も滴るとは、女性にも当てはまるのだろうか。


 間近で見るグラディス様は、本当にお綺麗だ。

 聖水を頭から被ったせいで、しっとりと濡れた感じがなかなか良い。

 ブリジットさんやキャサリン先生も結構な美人なのだが、迫力と言うか何と言うか王族だけに何か圧倒的な違いがある。対抗できるのは黙っている時のヴィルくらいか。


 普段はおしゃべりなベアトリクスがうっとりと鑑賞している。ヴィルと違って中身がオッサンの訳もなく、安心して眺めていられるのだろう。きっと、瞼の裏に焼き付けておいて、似顔絵にして売りさばくに違いない。




 私とベアトリクスは、お二人と院長先生と共に自警団の集会所でテーブルを囲んだ。

 なぜこのようなことになったのかと言うと、つまりは院長先生がお二人を打ち上げの場に連れて来たからだ。 

 お二人はアドルフさんに直接会って話す用があったらしい。せっかく祭りがあるのだからと、わざわざ日を合わせて来たそうだ。


 ベイオウルフやヴィルと落ち合うつもりでテーブルを確保していたら、院長先生に押しかけられてしまった。自警団は、お互いに聖水をぶっかけ合っただけに拍手喝さいで出迎えた。ロバーツ様の音頭で盛大な乾杯をしたところだ。

 今は私達と関係のないところで邪魔にならない程度に騒いでいる。隣のテーブルにお付きの兵士が座っているとはいえ、入り口付近に屈強な男達を配置する辺り、さすがはオーウェンさんだ。




 そこへヴィルがやって来た。私達がどなたとご一緒しているのかは知らせていないので、反応が楽しみだ。意地が悪いと言うことなかれ、会場警備に忙しいベイオウルフとヴィルには、出がけに打ち上げに参加することだけを伝えて以来会えなかった。


 私達を見つけるや否や、そこか、そこか、と大声を上げながらズカズカとテーブルに近づいて来た。私の横にどっかりと腰を下ろしビールを注文する。

 いつもどおりだ。ベアトリクスが耳を塞いでグラディス様だけを見ている


「院長先生もご同席でしたか。珍しいですね」


 ニッコリと微笑む姿は絵になるのだがなあ。


「して、こちらのご仁は? ご紹介いただいてもよろしいですか?」


 院長先生がお二人にヴィルを紹介しようとする前に、ロバーツ様がお辞儀をして手を差し出した。手のひらが上を向いている。


「ロバーツだ」

「ヴィルヘルミナと申します。よろしくお願いします」


 ヴィルの差し出す手をさりげなく取り手の甲に触れるか触れないかの接吻をする。

 それを受けてヴィルが軽く会釈した。座ったままの略式ではあるが、平民では見られない光景だ。


「グラディスです。初めまして」

「お初にお目にかかります。よろしくお願いします」


 互いに軽く微笑んで会釈をする。


 ベアトリクスがため息をついている。優雅さではヴィルも負けてはいない。流石は元大陸のお貴族様だ。お喋りさえしなければヴィルは完璧なのだ。


「カトリーヌ司教のお知り合いですか?」


 それもそうだが、とロバーツ様がニヤニヤした。


 そこの……、と私を見やる。


「そこの戦友と是非一杯やりたくてな」


 ブッ!


 思わず噴き出した。グラディス様が笑いをこらえている。


 冗談ではない。確かに成り行きから東の原側で水撒きをやった。それだけで戦友扱いされたら、今後町でどんな噂が立つか分からない。


「では、ネズミ退治のお仲間か?」


 どんな解釈だ。そんなわけはないだろう。


 ロバーツ様が噴き出した。グラディス様まで笑い出す。

 ロバーツ様達には既に私達がネズミを始めとする魔物退治をやっていることをお伝えしてある。それが分かったうえでのことだ。良く怒らなかったものだ。


 これ以上は規約違反を問われるので、ヴィルに説明をしてあげた。

 ガタッ! とヴィルが席を立つ。

 じっと、グラディス様を見つめている。

 グラディス様も目を丸くしている。


「では、あなたがあの噂に名高い……」


 ヴィルは信じられないと言う表情でグラディス様を見ている。


 それもそのはず、ロバーツ様とグラディス様のロマンスは有名だ。

 幼い時からのひたむきな恋心に思いを巡らして、数多の中年の乙女達はかつての麗しい恋心を思い出し、その後傍らにいる相方を見やり現実にためいきをつくのだった。もちろん年若い未婚の乙女達にとっては憧れの未来だ。


「あなたがあの噂に名高い、槍の鬼嫁グラディス様か」


 ロバーツ様や隣のテーブルに居るお付きの人は、これはいい、と大笑いしている。


 ヴィル……あんた、もう黙ってな。




「心外です。私はこの国ではそのように噂されているのですね……。最近はこれでも刺繍に精を出しているのですが……」


 グラディス様がすっかりしょげ返ってしまった。


「あ、いや、これはご無礼を。噂では、麗しいながら槍を持たせれば鬼より強い花嫁グラディス様と……」


 略し方がおかしいでしょ。あんた他の国なら吊るされてるよ。


「ロバーツ。そんなに笑わなくても良いでしょう?」


 ロバーツ様はツボにはまったのか、笑いすぎてむせている。

 まあまあと院長先生が宥めに入った。


「この娘は大陸の生まれだから、言葉遣いが少し変わっているのよ。大目に見てやって」


 そうなのだろうか。とてもそれだけとは思えないぞ。




 要するに、ヴィルは同じ女槍使いとして、誉れ高いグラディス様に憧れていると言うのだ。

 それを聞いて気を取り直したグラディス様は、あなたも槍を使うのですか? と聞いた。


「はい。しかし、どうも攻撃に偏ってしまうようで隙が出来ると言われます。どうすれば良いのでしょうか」


 グラディス様がロバーツ様を見ると、ロバーツ様が軽く頷く。


「ならば、あなた。今から稽古の時は全く攻めずに守りの型だけを繰り返しなさい」

「攻撃してはいけないのですか」

「そうです。相手に一方的に打ち込まれるでしょうが耐えるのです。半年、弱くなった積りで耐えてみなさい。そのうち守り方が身について今よりも強くなれるはずです」


 凛とした声。その説得力。お付きの方達もニコニコしている。

 ヴィルも姿勢を正し、ご指南ありがとうございます、と頭を下げた。


「実は小さい頃にロバーツに教えて貰ったのですよ。私もあなたと同じだったのです」


 グラディス様がはにかんだ。少し頬が赤い。

 これはもしかして、グラディス様の初恋の話かもしれない。麗しい思い出話だ。数多の乙女達が聞いたら目を輝かせて続きをせがむに違いない。


「実は俺も小さい頃にカトリーヌ司教に教わったのだ。俺も同じだった」


 ロバーツ様が院長先生を見てニヤニヤした。


「あなたは随分と出来の良い生徒でしたよ」

「その割には何度となく尻を錫杖でぶっ叩かれましたな。子供の時分だったので随分と痛かった。一度兄上が叩かれた勢いで吹っ飛んで行って、頭から壁に叩きつけられたこともありましたな」


 とんでもない暴露話が出てきた。ロバーツ様の兄上と言うと今の国王様だ。果たして周囲の人達は知っていたのだろうか。

 グラディス様が口に手を当てている。きっとメディオランドでそんなことがあったら、下手人は生きていられないに違いない。


「そうだったかしら。あの頃は加減が分からなかったから、そんなこともあったかも知れないわね。でも今は大丈夫よ。きちんと手で、泣かないように手加減してね。おかげで私も良い経験になったわ」

「兄上の尻と俺の尻は練習台ですか」


 やれやれ、と首を振る。お付きの人達も俯いて肩を震わせている。

 声を上げなかったのは、聞かなかったことにしないといけないからじゃないか?

 もしかして院長先生が中の原にやって来たのは、その辺が原因ではなかろうか。


 それにしても、麗しい初恋話がいつの間にか尻の話になってしまった。これでは、夢見る乙女達には聞かせられないな。




「ところで、アドルフと話はついたの?」


 矛先が悪いと思ったのか、院長先生が話を変えた。


「そうですね。明日にでも細部を詰めて、実行は来週末くらいですな」

「色々忙しいわね。グラディス、あなたも同行するの?」


 いつの間にか他国からきたお姫様を呼び捨てだ。これも英雄の貫禄なのか。


「はい。そのつもりです」


 グラディス様は、チラとロバーツ様を伺い、頷いて貰ったのを見て嬉しそうに答える。


「カトリーヌ司教にもお力添えを頂くかもしれませんぞ」


 院長先生はちょっと考えた後、無理かもしれないわ、と言った。


「その代わりアドルフが代わりの人間を人選するから大丈夫よ」


 院長先生の代わりなんてこの世に存在するのかは分からないが、私には関係ない話だろう。気にしないことにした。




 その後、ベイオウルフが合流した。何故かアドルフさん、パウルさんにマルセロ夫妻も一緒にきた。狭くなったので、お付きの方の座っているテーブルをくっつけてオーウェンさんに追加の椅子を出してもらって大勢で飲み食い、もとい、夕餉を頂くことになった。


 パウルさんが、本当に儂も座って良いのか? 後で自慢して回るぞ、と言っていたのがおかしかった。


 アドルフさんが店内のオッサン達の歓迎を受けて、あらためて乾杯をし、その後はお二人に聞かれるがまま普段の魔物退治の話をした。お二人共パウルさんの話を面白そうに聞いていた。酔っぱらっていてもゴブリンの話を別の内容にすり替えたのは流石と言って良いだろう。


「どうだ? 一度大物を狙ってみるか?」

「マルセロ商会が受けて立とうではありませんか!」


 武勇名高いロバーツ様が言う大物なんてとんでもない。ネズミどころの騒ぎではない。勢いに乗ったパウルさんを慌てて皆で止める一幕もあったが、楽しく時を過ごせた。素晴らしい方々だった。




 孤児院に戻って気付いた。

 ヴィルやベアトリクスはロバーツ様から貴婦人に対する礼を受け、手の甲に接吻を受けていた。ベイオウルフは兵士として握手をしてもらっていた。それなのに、私は首に手拭を巻いた継ぎはぎだらけの作業衣のまま、名前を名乗って貰って聖水のぶっかけ合いをしただけだ。


 もしかして、王族に、始めましての挨拶をして貰う、千載一遇のチャンスを逃がしてしまったのかしら? 

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