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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第三章

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水かけ祭り

 今日は水かけ祭りだ。


 いつのまにか八月の第二日曜日が国の記念日になっていて、戦没者を弔う日になっている。

 初代国王が山賊よろしく旗揚げして、最初の戦死者が出た日の週末らしい。

 急な決定だったので、中の原は予定通り第一日曜日に実施することになった。来年以降は合わせるようだ。




 町を挙げての宣伝が功を奏したのだろう、出店も沢山出て、文字通りごった返した。


 聖なる槍を振るう女神官が主人公の人形劇もやっている。

 モデルは言うまでもなくキャサリン先生だ。対するレヴァナントはいつの間にか魔物になり、魔物を操るのは魔王と取引した悪しき皇帝だ。

  クライマックスは神の啓示を受けた女神官が泉の水を聖水に変え、その水で町の衆と共に魔物を撃退して町を護り、悪しき皇帝の所へ乗り込んで行って改心させる、というお話だった。

 因みに、悪しき皇帝のいる国の名前はエングリオ帝国だ。外交問題にならないだろうか。心配だ。


 午前中は聖水の成聖、死者を弔う教会での儀式、と一般人不参加の儀式が続き、午後になったら町の衆も参加するパレード、最後に水撒き合戦と続く。

 日没前にはお開きになるのだろうが、オッサン達の第二部に備えて、飲み屋は大分仕入れたようだ。




 マルセロ商会の売り物は、言うに及ばず髪の毛を染める魔法だ。お祭りを楽しむ奥様方に一日だけの変身を楽しんでもらう。巻物と違って大変お安いので好評だ。


 魔法を使うのはアンジェリカさん一人だけなので、当然人数制限がある。それだけに、未経験者に限るということで、普段そういう贅沢を出来ない人限定にしたのも評判になった。


 それ以外にもベアトリクスが似顔絵を描いている。その場で注文を受けて即興で描くのだが、流石と言うくらいに似ているので評判が良かった。

 何故かキャサリン先生を描いた似顔絵も売っていて、オッサン達に飛ぶように売れていた。


 私も出品した。緑マーブルだ。先月の遠征の時、アンガスさん達猟師に随分と好評で何枚か注文が入った。それに目をつけたベアトリクスの企みだ。本人は何もしないのだが、幸いにもアンジェリカさんが手伝ってくれたので三十着ほど用意出来た。値段は銅貨十枚にした。


 希望者には刺繍を銅貨二枚追加で受けていたのだが、買いに来るオッサン達の中には自分の名前ではなくキャサリン先生の似顔絵を刺繍してくれ、という人が何人かいた。糸をたくさん使うからと、冗談で銅貨十枚を刺繍代として追加請求したらあっさりと払ってくれた。もう何も言うまい。




 十枚ほど売れたところで二人のお客が来た。カップルだ。


 女性の方はびっくりするほどの金髪美人で何故か皮鎧を着ている。周りがどよめいているところを見るとやはり場違いなのだろう。恐らく外国から来たに違いない。鎧を着ているから傭兵と言ったところか。


 男性の方は随分と大柄な人で、髪を短く刈り込んでいた。同じく皮鎧を着てマントを羽織っている。お付き合いしている騎士様かも知れない。水かけ祭りは今年始まったばかりだ。きっと、面白半分に見物にきたのだろう。


「これはなんですか?」


 青い目を輝かせて珍しそうにしている。そりゃあ、そうだろう。何と言っても先月私が開発したばかりだ。


 後ろで弓を持ったパウルさんが早速ポーズを取り始める。

 威力を見せつけようと、わざわざ小さな木を3本鉢に入れて持ってきた。弓を構えたまま、木の間から出たり入ったりしている。張り切っているのだろう、いつになく紅潮し鼻息が荒い。


「あなたが作ったのね。鎧の上からも着られるのですか。試着してみても良いですか?」


 ヴィルみたいな話し方をする人だ。もしかしたらお貴族様かもしれない。


 早速着て貰って腰のところを紐で括る。元々鎧を着ている人だ。やたらと格好良い。アンジェリカさんが手で持ってくれる姿見に映す仕草もなかなか優雅だ。

 周囲のオッサン達もため息をついている。


 どうですか? と騎士様に見せると、いいじゃないか、と笑っていた。精悍に日焼けしたハンサムな人だ。屈託のないとはこういう笑顔だろう。


「買いましょう。これで足りますか?」


 いきなり金貨を出された。これはお貴族様確定だ。


 値段を言うと、手持ちが無いと言われた。お貴族様だけあって金貨と銀貨数枚しか無いらしい。しかし、銀貨があればお釣りは銅貨十枚だ。それならなんとかなる。


「そっちのお兄さんも一緒に買ってくれたら銀貨一枚で事足りるわよ」


 抜け目のない魔法使いが言うと、あっさりと買ってくれる。


 男性用の大きなのも作ってあるので、試着してもらうと丁度良かった。普通の男性が着るとブカブカで裾も膝が隠れるのだが、大柄なせいか膝上半分くらいで、その上から剣を帯びると動き易そうだ。


 念の為、格式の高い騎士様が着ても良いものかと恐る恐る聞いてみると、元は猟師だと返ってきた。他国では猟師が騎士になるのは余程のことだと聞いていたが、出世したのだろう。騎士爵とか言う一代限りのやつだろうか


 背中の刺繍は時間が掛かり着払いになる。女性は食いついてきたが、渋々断念した。旅行中かも知れない。


 結局、刺繍無しで二枚のお買い上げだ。

 二人して着たままで歩き去っていく。

 その後お客が殺到して、あっという間に売り切れた。美男美女が着ている。良い宣伝になったのだろう。一割ぐらい値引きしておけば良かった。




 そうこうしているうちに、パレードが始まった。

 何をするのかと思っていたら、馬が引っ張る飾り立てた荷車に特大の樽を積んでいる。乗り込んだ二、三人の人が、桶からお椀に汲んだ水を辺りに振りまいている。きっと聖水だろう。


 驚いたことに先頭は孤児院の先生方だ。三人とも赤い祭衣を着ている。当日一緒に戦った自警団の面々が、荷車を護るように取り囲んでいる。オーウェンさんもいた。


 ジェニファー先生が退魔の唱を詠唱し、エイミー先生とキャサリン先生がお椀に汲んだ聖水を周囲に振りまいている。

 普段公式の場にはあまり出て来ないキャサリン先生の顔が真っ赤になっているのは、お酒を飲んだからではないだろう。


 見物人は、ご利益のある聖水を浴びようと荷車の近くに近寄っていた。

 キャサリン先生の刺繍入り緑マーブルを注文した人が集まっていたのは気のせいだろうか。


 二台目は詠唱役の神官の横で町役場の制服を着たハンナさんが水を撒いていた。

 そう言えば七体倒したとか言っていた。


 アンガスさんが土砂崩れた笑顔で荷車の護衛役として歩いていた。アンガスさんは隣村の人なので町の自警団では無いのだが、細かい事は気にしてはいけないのだろう。


 その後も何故か聖水を振りまく係は女性で、かけてもらおうと荷車の周囲に集まっているのは何故かオッサン達だった。




 十台ほど続いたパレードの行先は、教会裏の広場だ。孤児院の裏を抜けて樽が運び込まれていく。

 そこから本番が始まる。


 レヴァナント退治の再現で、自警団を中心に皆で思う存分桶で聖水をぶっかけ合う。

 どう考えても水浸しになる。参加したくなかったのだが、終わった後集会所で打ち上げをやるらしい。

 一七五の会は奢ってやるからな、とオーウェンさんに声を掛けられてしまった。

 どうやら、仕出しパーティー形式の調整を上手くやったことで飲み屋から感謝されていて、私達は特別扱いだそうだ。全部ベアトリクスが悪い。


 奢ってもらう以上は逃げるわけにはいかない。腹をくくった。

 首に手拭を巻き継ぎはぎだらけの古い方の作業衣を着て会場に向かった。ベイオウルフとヴィルは周辺警備に回されているので、ベアトリクスと二人で行った。


 会場には、パレードで運んでいた樽があちこちに置かれていて、皆桶を持っている。パウルさんやマルセロ夫妻も自警団員だから既に桶を手にしていた。やる気満々だ。皆ニヤつきながら合図を待ち、ぶっかける相手を選んでいる。


 これはいけない。標的にされる前に安全な場所を探さなくては……。




 ベアトリクスを撒いて会場をウロウロしていたら、人にぶつかってしまった。緑マーブルを着ている。

 よく見ると先ほどのお貴族様の二人だ。見物に来たのだろう。


「この服を売ってくれた娘ですね。これはなかなか良いものです。気に入りました」


 ぶつかったことを誤ると悠長なことを言っている。それどころではない。


「もう少し遠くにいないと水浸しになりますよ」

「水を被ると色が落ちるのですか?」


 そんなことは無い。これでも一着一着丹精を込めてアンジェリカさんと作った。聖水を浴びたからと言って色落ちするようなやわな出来ではない。断固としてそう言ったのが間違いだった。


「では大丈夫ですね。ここで出会ったのも何かの縁でしょう。一緒にもう少し奥へ行きましょう」


 いきなり人の手を引っ張って会場の中ほどに連れて行こうとする。

 いつの間にかどんどん引っ張られてしまった。会場のど真ん中に行くつもりだ。


「ちょっと待って、ちょっと待ってください」


 逃げようとするが女の人の手が外れない。どこをどう持たれているのか、抵抗できないままに引きずられてしまう。


 これはいけない。皆がこちらを見ている。このままでは絶対に標的にされてしまう……。


 逃げようとあがいていると、会場がどよめき始めた。

 ロバーツ王弟殿下だ、と皆口々に言い始めた。


 王族なんて見たことが無い。見ておかなくては……。

 キョロキョロと探していると、名乗っていなかったな、と男の人が言ってきた。


「ロバーツだ」


 えっ?


「グラディスです。よろしく!」


 もしかして、王弟殿下とメディオランドから来たお姫様……。まさか、そんなベタな……。


 よく見るとお付きの人らしい騎士風の男が四人付き従っている。

 もしかして、私、王族に、しかも隣国からお嫁に来たお姫様にも麻袋売りつけちゃったのかしら……。




 突然、何者かがいきなりロバーツ様に水を浴びせてきた。

 私も道連れだ。


「久しぶりね、ロバーツ。元気だった?」


 いつの間にか院長先生が忍び寄ってきてぶっかけたようだ。流石は破戒のカトリーヌ。容赦がない。


「お久しぶりです。カトリーヌ司教」


 お付きの人がずぶ濡れのロバーツ様に桶を渡す。


「お元気そうで何よりですなっ!」


 言いざまに院長先生にぶっかけた。院長先生はひらりとかわし、代わりに後ろにいたオッサンが濡れ鼠になっている。


「まだまだ。甘いわね。そんなんじゃ私には勝てないわよっ!」


 今度はグラディス様が標的になった。

 私も道連れだ。


 お付きの人がグラディス様に桶を渡す。


「グラディスと申します。お初にお目にかかります。カトリーヌ様っ!」


 院長先生はまたもひらりとかわし、別のオッサンが濡れ鼠になっている。


 お付きの人が今度は私に桶を渡してきた。

 二度もぶっかけられた。ヤケクソだ。


「院長先生! 風邪ひいても知りませんよ!」


 院長先生はまたもひらりとかわし、その後ろにはマルセロ夫妻をはじめとする見知った面々がいた。


「ほほう。やってくれるじゃない……。あんた、覚悟は出来てんでしょうね?」


 水浸しの魔法使いが桶を構えた。しまった。狙いは完全に私だ。




「ええい! 皆の者! 桶を持て! 今こそ我ら東の原兵団がセルトリア最強であることを示すのだ!」


 ロバーツ様の言葉に、グラディス様やお付きの人達が桶を構えた。ニヤニヤ笑っている。いつの間にか私の桶にも水が汲んである。


「皆さん! 今こそセルトリア王国発祥の地、中の原自警団の底力を見せるのです! 私がついているから大丈夫です。恐れることはありません! 東の原なにするものぞ!」


 対する院長先生の言葉に、自警団もときの声を上げた。

 王族に水をぶっかける機会なんてそうあることではない。一生自慢できる。


 かくして、参加者全員による笑いながらの壮絶なぶっかけ合いが始まり、両陣営の真ん中にいた私は肌着までビショビショになったのであった。


 私……何も悪いことしてないよね……。

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