砦のコウモリ退治
翌日、中の原南部のとある砦に向けて出発する。
ハンスさんからコウモリ退治の依頼が入ったからだ。
監督官はベイオウルフだ。今までは衛兵隊がやっていた。何度か参加したことがあるそうだ。
交通費は出ないが馬を貸してくれた。
ゆっくり走らせて片道二時間くらいらしい。私はベイオウルフの後ろに乗り、ベアトリクスはパウルさんの後ろに乗った。
砦は町から南下する南中の原街道沿いの村の近くの丘の上にあって、丘の周囲に先を削って尖らせた木の柵を配置していた。なんでも有事の際には三百人以上が籠れるらしい。村人全部だろう。
村の衛兵隊詰所に行くと、駅逓の駅長さん兼砦の管理人さんがいた。年配の方だ。左足の膝から下が義足で、杖をついていた。丘の上の砦に上って行くのはさぞかし不便だろう。
窓口になるベイオウルフが挨拶に行くと、顔馴染みなのか笑顔で話をしている。
私達のことも紹介してくれた。ここはしっかりとマルセロ商会を売り込まなければいけない。
「こんにちは。中の原衛兵隊のハンス隊長代行のご指名で魔物退治に来ましたマルセロ商会の者です。よろしくお願いします」
こういった挨拶は神官の私にお任せだ。
管理人さんはニコニコしながら、良く来てくれた、と言ってくれた。
「ところで、あんたら変な格好で歩いとるが、腰でも痛めたのか?」
私とベアトリクスは馬に乗り慣れていない。足が強張ってしまって、がに股になっている。
いや、これは……、ご心配なく……大丈夫です……はい……。
コウモリの様子を聞くと、十匹以上いると返ってきた。村の衛兵隊が外に出て来ないように地下道の入り口を塞いで回っているとのこと。
「外に出て来るんですか?」
恐らくでっかい奴に違いない。飛び回っていたら恐怖だ。
「連中は昼間巣で寝ていて、夜になると餌を取りに来るんだ。魔物になって大型化すると家畜が襲われる。そうなる前に退治せにゃならん」
魔物化する前からそういう生活を送っているせいか、魔物になるのに時間が掛かる。二,三年に一回この時期に増えるらしい。普段は村の衛兵隊が頑張って退治している。しかし、増えてくると被害が出るので、中の原町の衛兵隊に応援を頼むのだそうだ。
「風の魔法が効果的だと聞いています。今回は上級魔法使いを連れて来ましたから大丈夫ですよ」
「そうか、なら安心だな」
ベアトリクスと私のがに股が治った時点で案内して貰うことになった。
遠目に見ている分には普通の丘だったが、近づいていくと斜面のあちこちに穴が空いている。砦の反対側の壁は石垣になっていたから人の手で掘ったのだろう。そのせいか、真っ直ぐに登って行けず、馬に乗って砦への道をグルグルと右回りに丘を三周ほどして登っていかなければならなかった。
入口の扉は二重構造だ。一つ目の扉と二つ目の扉の間には隙間があって、門の上の櫓に鉄格子が吊るしてあった。敵が攻めて来た時は引き下ろすらしい。
中に入って驚いた。外から見ると木の柵に囲われているのだが、中は石垣だ。中の原の街壁と同じで上を人が通れるくらいの厚みがある。木で出来ていると思った櫓も全部壁に木を吊るしている。なんでも、尖らせた丸太のほうが見た目雰囲気を出せるそうだ。
砦の中には石造りやら木造りやらの建物が幾つかあり、その内の一軒に案内された。
中には村の衛兵隊が集まっていて、板やらなにやらで入り口を塞ぐ準備をしている。小川に繋がっている地下道の出口は既に塞いだらしい。
今は地下道に繋がる地下室への扉やその周辺を塞いでいるのだが、地上の施設の大半に地下室があるとのことで大変そうだ。
コウモリの居場所を聞くと、小川に続く地下道の中だ、と言われた。
地下道は元々あった洞穴を利用して作ったらしく、所々に人間が届かない天井の高いところがある。そこに棲みついているらしい。
寝ているはずなので寝込みを襲う。
今までも寝込みを襲って弓矢や魔法で退治しているらしいからだ。もっとも、天井の高いところにあるくぼみに潜んでいて、なかなか当たらない。気付かれて飛び立ってしまえばスイスイと避けながら逆襲してくるそうだ。
地下室にある螺旋階段を降りていくと、四、五人が並んで歩ける幅の、緩やかとは微妙に言い難いスロープになった所に出た。地下道だ。思ったより広い。壁も天井も石造りでしっかりとした造りになっている。両側の溝は排水溝だろう。
灯り用の松明が燃えているが、行く先は曲がっているのか闇に閉ざされていて何も見えない。これでは魔物も出るだろう。
「ライト!」
早速新しく覚えた魔法を唱えた。先日宣託を受けて覚えた。右手の平にモヤモヤと白い光の玉が浮かび辺りを照らす。初級神聖支援魔法だ。このところ牽制よろしくやたらとホーリーを光らせていたので、覚えたのかもしれない。
松明よりも光が遠くに届く。闇の中ではなかなか便利だ。使いこなせれば、光の玉だけをあちこち自由に飛ばせると聞いた。牽制にもピッタリだ。
管理人さんも、便利な魔法だなあ、と言ってくれた。
緩やかに蛇行している地下道は、途中から壁や天井がむき出しになり、地下道と言うよりは洞窟だ。天井も高いところや低いところがある。
足元も敷き詰めた石から土になったが、しっかりと踏み固められているので不安はなかった。
寝込みを襲う。皆無言だ。
ルイスさんが義足でコツコツと歩く音と、時折天井から落ちて来る水のしずくの音が、やたらと響いた。
随分と天井の高いところに出た。梯子では届かない。
天井と壁は、石のひだと言うか、溝と言うか、あちこちに隠れる場所がある。蝙蝠がコウモリになるはずだ。これでは魔法も弓矢も当て難いだろう。
右手を高く上げて上を照らす。
真っ黒な人間のような物が頭を下にしてぶら下がっているのが見えた。
赤目男!
一瞬緊張したが、よく見ると耳が長い。コウモリだ。
小柄な人間くらいの大きさだ。しかも何匹もいる。あんなものが空を飛んで襲ってくるなんてとんでもない。早くパウルさんに何とかしてもらわなければならない。
そのパウルさんを見ると腕を組んで考え込んでいる。
「どうしたの? とりあえずなんかやってみようよ。トルネード・ウィンドとかさ」
ベアトリクスもせっついているがのってこない。
と、私の方を見る。
「ホーリーを使うか。それが一番良いと思う」
「ホーリー?」
パウルさんが言うには、ここで風の魔法を使うとすれば、トルネード・ウィンドが一番手っ取り早いらしい。が、いかんせん竜巻なのでコウモリの身体に沢山の傷がついてしまう。そうなると、コウモリの羽という値の張る実入りが駄目になる。
稼ぎが減るのは嫌なので、パウルさんの作戦に乗っかることにする。
まずはベアトリクスだ。私がホーリーを使う以上、代わりの灯りが必要だ。
ベアトリクスは、新しく風の魔法ウィンド・カッターを覚えた。敵に剣で斬りつけた程度のダメージを与える魔法で、上級魔法使いクラスになれば大木をあっさり切り倒してしまう。ゴブリン達と共にオークの群れと戦った時に風の魔法が使えたらもう少し役に立てたのに、と悔しがっていたから丁度良かった。
残念だがここでは役に立たない。しかし、その分魔法制御力が上がっている。いまや、魔力切れを起こすことなく、ファイアー・ボールを複数に分裂させられる。
「ファイアー・ボール!」
ベアトリクスが両手で火球を出して平泳ぐと八つに分裂した火球が宙に浮かんだ。高いところで篝火を沢山焚いているようなものだ。
「ウィンドウ・バリア!」
次いでパウルさんの風の魔法だ。これでコウモリが逃げない様に壁を作る。最後は私のホーリーで順番に倒していけば良い。
私はパウルさんのコントロールする空気の壁の隙間から這い出てこようとするコウモリ目掛けて、狙い定めたホーリーを放った。コウモリはFランクだ。しかも、飛ぶから華奢だ。一発で倒せた。
パウルさんの作った壁のおかげでコウモリたちは狭いところでジタバタしているだけだ。
わざと作った狭い隙間から逃げようとして同じ場所に集まって来る。ベイオウルフが何本か竿を繋げた特製の木槍で逃げないように押さえているから、面白いように当たった。
パウルさんが壁を動かして隙間の位置を変えて右往左往させているのを、全部倒した。
後は壁の上で死んでいるコウモリを、壁ごと降ろせば良い。
全部で十三匹だ。なかなかの成果だ。
管理人さんにも褒められた。無傷のコウモリの羽が手に入るのはそうは無いらしい。天然防水の薄い皮素材として使えるらしく、破れていないやつは一匹で銀貨二枚になるそうだ。
ということは今日一日で金貨一枚超えの稼ぎだ。
村にいくばくかのコウモリを置いていくのが礼儀らしいので、三匹置いていくことにした。
私達の実入り分は銀貨二十枚見込みなので、討伐報酬と併せてネズミ五十三匹分の稼ぎだ。
地下道から出てくると、退治が終わったと聞いた衛兵隊が塞いでいた隙間を元に戻し始めた。
また戻って来るのでは、と聞いたら、意外な答えが返ってきた。
なんでも蝙蝠は畑に湧く虫を食べてくれる益獣で、ある程度はいた方が良いそうだ。魔物化しても上手くいけば村の現金収入になる。家畜や人間に被害が出る前に退治して、また小さいのが帰って来るのを待つつもりらしい。
どうりで衛兵隊の仕事がなくならないはずだ。
コウモリ退治は今後もマルセロ商会に依頼したいと手紙を書いておくよ、と管理人さんにウィンクされた。他の砦にも伝えておくと。
なるほど、ウィンウィンだな。
村に置いていくコウモリを一匹追加する。
「毎度ありぃ!」
ベアトリクスがしめて依頼完了だ。
「で、結局十三匹か」
村で解体してもらったコウモリの羽と管理人さんの手紙をハンスさんに見せながら、ふんぞり返って報告する。
「随分と手際が良かったそうじゃないか。ここまで鮮やかな手並みは初めて見たから今後もマルセロ商会にお願いしたい、と書いてあるぞ。商売繁盛だな」
「コウモリなら私達に任せて貰っていいわよ」
「人数が増えたんだからネズミ退治を手分けしてやって貰えたら助かるんだがなあ。そうしたら来週までに後二か所回せるんだが……」
随分と信頼されている。きっと管理人さんの手紙が効いたのだろう。
「何かあるの?」
疑り深い魔法使いが勘繰りを入れている。
「いやな、次の日曜日は、ほら、例の祭りがあるだろう。噂と言うのは伝わるのが早いもんでな、前日の土曜日は宿の予約も一杯なんだ。行商人も集まるだろう。衛兵隊も街道警備に駆り出される。町の警備もせにゃならん。人手が足りんのだ」
祭りと言うのは水かけ祭りだろう。そう言えば次の日曜日だ。
優先順位を聞くと、一番がネズミ退治だった。私達がいない間は衛兵隊でやっていたらしいが、人手が足りないので不評極まりなかったようだ。
それはそうだろう、人の生活に与える影響が大きいはずだ。大いに納得してベアトリクスとパウルさんを見ると、目を逸らされてしまった。
二番目はコウモリだった。なんでもこの時期に大量繁殖する。夜に大挙して襲ってくる時もあり、村をあげての戦争のようになってしまう。黒い相手が夜空を飛んでいる。苦戦するだろう。
そうなる前に退治しなければならないのは当然だ。
加えて、キツネとイノシシは一か所二週に一回ずつで良いと言われた。
ということは、この先、ネズミ三回、キツネ二回、イノシシ一回、コウモリ二回がノルマになる。巻物作りを二回加えても十二日中十日の労働だ。お祭りにもいけそうだし、何とかなるだろう。
「それならば、コウモリ退治を両方受けてやろう。ただし注文がある」
「注文?」
「何簡単さ。この先、馬一頭と荷車一台を貸してくれ。この有様ではみっともないからな」
ハンスさんが、がに股の私とベアトリクスを見る。
だって、仕方ないじゃない。馬なんか乗り慣れてないんだから……。




