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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第五部 第二十五章

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第一話 テレジアとリチャード

 五月祭りは、かつて大陸西部で盛んだった多神教の崇拝者による春の到着を祝う祭りだ。今や大半の者が大陸中南部でおこった一神教に改宗しているが、祭りそのものは行事として残っている。現在、東、西そして南の三か国に分かれているリーベル王国は、三人の兄弟に分割相続されるまでは、巨大な一つの国であり、改宗するまでは地域ごとに多神教崇拝と精霊信仰を組み合わせた様な宗教を信奉していた。その名残が、祭りといった形で残っていた。もっとも、白い島の各国で教会が実施している儀式めいたものはほぼ無くなっている。単に民衆が昔から伝わる衣装を身につけパレードをした後で、広場で踊ったりしながら酒樽を開け、杯を酌み交わしていた。王侯貴族達も大目に見ており、領主は自分の領有する土地の祭りに酒樽を提供したりしていた。


 東ゲルマニアの首都カールブルグのゲルマニア公邸では、昨年秋にゲルマニア公に任命された王女テレジアが、自らも祭りに繰り出さんと、侍女たちと共に多神教崇拝の女神に扮した衣装の着付けを行っていた。既に、領内の村には酒樽と菓子を送り届け、民衆が繰り出すであろう公邸前の広場にも、それらを振る舞う場を設けている。準備が出来次第、駆け付けるだけであった。


 テレジアが、私室で侍女たちに手伝って貰いながら髪飾りの具合を鏡で直していた時だ。


「テレジア様、セルトーニュ国王から使者が来ているそうです。謁見の間においで下さいとの事ですが」


 侍女の一人が、扉の外にいる侍従から頼まれた言葉を伝えてきた。現在、祭りの衣装に着替えている最中なので、男子禁制とされている。侍従は止むを得ず、扉の外で見張っていた侍女の一人に、急な公務の発生を伝えざるを得なかった。


「セルトーニュ国王が?」

「はい。侍従がその様にお伝えするようにと」


 セルトーニュから使者が来る……。

 テレジアは耳を疑った。セルトーニュへは、公国の領主になってほどなく、そして年末年始、更には三月の末と、既に三回も使者を送って軍事同盟の締結を目指して来た。返答は極めて素っ気ないもので、交易さえ確保出来れば良いと言われ続けている。その交易は、公国建設当初から確保されている。特段セルトーニュ王の方から使者を送ってくる理由が考えられなかった。


「直ぐに行く」

「御召し物は?」

「このままで良い。そうだ、皆も一緒に来るが良い。五月祭りの最中だからな。このくらいで丁度良い。ああ、宰相も呼んでくれ。そのままの格好で来る様にとな」


 そう言うと、髪飾りの位置を確認して使者に会いに行った。




「使者殿、待たせたな」


 目の前にいるのは、セルトーニュ王の側近の一人で、外交を担当している者だ。テレジアは、休戦前に軍司令官として何度か会っていた。


「これは、これは、ゲルマニア公におかれましては、見事な扮装ですな。そのお美しさ、さしずめ花の精ですかな?」


 テレジアは白を基調とした絹のドレスを着ている。袖と裾には黄色の糸で幾何学的な模様を、スカートの部分は淡いピンクの糸で花びらが舞うかの様に、刺繍をしている。銀の腕輪を嵌め、同じく銀の髪飾りは籾の木をあしらったものだ。ゴテゴテに飾り立てていない分、春に相応しい清涼感があった。引き連れている四人の侍女も、若い木の枝と木の葉、風、水、火をあしらった模様の刺繍をしている。宰相がこげ茶色の服を着ているのは、土であろう。さしずめ、四大精霊、そして木と花の精霊だ。


「いや、五月祭りに参加しようと、春らしい装いにしたまでだ。特に意味は無い。皆で朝から準備し、ようやく着込んだところでな。装いを改めるには時間が無かった。貴殿を軽んじた訳では無いから、ご容赦願いたい」

「軽んじるなどと、その様に考えてはおりませぬ。当方としましては、ただただ、眼福にございます」


 一神教では、精霊崇拝そのものが異端とされる。だから、西リーベルの五月祭りでは、女神の扮装こそすれ、表立って春の女神を名乗っていない。テレジアは、あえて春らしい装いと言う事で、教会に、そして祭りの代表になる女神の扮装をしている者と被らない様に、配慮しているのだ。


 祭りは民衆のものだということを、良く分かっていらっしゃる。女神崇拝が故に、町や村で選んだ子女の扮する春の女神と精霊の集いの儀式を公然とやっているセルトーニュから来た使者は、テレジアに好感をもった。


「して、何用かな?」

「はい。お忙しいでしょうから、手短に申し上げます」

「済まぬ」




「ふむ。では、その傭兵団五十名ほどを我が国で引き受けろと」

「はい。本来なら縛り首になる者達でございますが、貴国と我が国との懸け橋になると思えば安い買い物かと」

「セルトーニュの者達で間違い無いな?」

「はい。身元の確認については取れております。セルトーニュ王都郊外に拠点を置いていた者達で、休戦前は南部に移動して西リーベル軍との陸戦に向けて用意をしていた様子」

「稼ぎ損ねたか」

「はい。南部は、幸いにも戦闘が起きませんでした。互いに関所を閉ざしていただけでして」

「水面下の取引が上手くいったのだな」

「はて、その様な取引には私は関わっておりませんが」


 他の者が関わっていたとでも言うのか? 

 テレジアは、内心可笑しかった。無論、表情には出さない。口元にやや笑みを含み、視線は鋭く。ただし、眉根を寄せてはならない。


「まあ、良い。しかし、何故、我が国なのだ? その様な者、貴国でタダ働きさせれば良いではないか」

「そこはそれ、裏がございます。ここから先はお人払いを。勿論、宰相様と近衛の方はご同席下さって結構ですぞ」




 侍女を下がらせた後にテレジアが聞いたのは、驚愕すべき内容であった。


 白い島の各国の内、エングリオとモランディーヌを除く国々で結んだ北西海岸条約と言う同盟の存在は彼女も知っていた。現在休戦中の東西リーベル間の戦争については、中立を保っている。その北西海岸条約が、新たにセルトーニュを加えた上で西リーベルに与する可能性が有ると言うのだ。その場合、セルトーニュは、現在東リーベルの支援を表明しているプライモルディアと共に西リーベル包囲網から脱し、中立を維持する。そして、それは、ゲルマニア公国と西リーベルの不戦同盟如何による。


「我が国は、ご存じの通り、プライモルディアと強固な同盟関係を築いております。また、メディオランドやセルトリアとも、同盟こそ結んではおりませんが、極めて友好的な関係を築いております。そして、セルトーニュ西海岸部の対岸とも言えるゲルマニア公国と友好関係を結ぶ事さえ出来れば、後は西リーベルだけ。そして、共存共栄の教えを信条とする我が国には領土的な野心はありません。何かと我が国にちょっかいを出して来た西リーベルと友好的な関係を築く事が出来れば何も言う事はございません。そして、現在、南部方面は平穏です」


 北西海岸条約の真意は不明だが、ゲルマニア公国が西リーベルと不戦同盟を結ばねば、東リーベルが作り上げた西リーベル包囲網は瓦解する。


 ゲルマニア公に任じられ、属邦とは言え、初めて国主になった。テレジアは良い国を作ろうとし、良い領主たろうとしている。そのために、宰相も穏健派を選び、アンリ司教を臨時とは言え顧問とした。西リーベルとの不戦同盟は願ってもなかった。ただし、西リーベルに野心を持つ東リーベル王の承認が得られるとは思えなかった。それが、しかし、実現するかも知れないのだ。


「つまり、今回の傭兵団は、手付の様なものか?」


 セルトーニュを拠点にする傭兵団は他にもいる。そして、もしかしたら傭兵だけとは限らない。


「その様にお思い下さっても結構です。無論、そうはお思いにならなくても結構です」


 父上がどの様に思うか……。いや、現時点でセルトーニュは同じ側だ。問題あるまい。どうせ、傭兵の募集はかけている。今の所、全く集まらんが。


「宰相、そなたは如何に思うか?」

「ゲルマニア公のお心のままに」


 穏健派らしい言葉だな。彼は彼で私の事を考えてくれている。私の心が既に決しているのを読み取ったのだろう。


「分った。セルトーニュ国王に、その傭兵団の受け入れについて承諾した旨伝えてくれ」


 テレジアは、明快に言い切った。


 ◆◆◆◆


「宰相、先ほどのセルトーニュで、予定されていた来賓は終いか?」

「はい。先ほどの者で最後です」

「分った。では、ここを頼む」

「リチャード様は、どちらへ?」

「俺か? 俺は祭りを見に行くさ」


 ローランド公リチャードは祭りが好きだった。エングリオ王都にいる時も、東リーベルに滞在している時も、そして王太子となってエングリオ東部に赴任した後も、宗教には関係無く、土地の祭りに顔を出している。これは、彼の父親であるエングリオ国王セルディックも同じだ。周囲の者は、やはり血を引いていると噂していた。




「では、近衛をつけましょう」


 宰相が目配せすると、玉座の周囲にいた近衛兵が、ローランド公に随行しようと前に進み出た。


「いや、近衛は良い。一人で勝手に行く」


 ローランド公リチャードは、手で近衛を制する。四名の近衛は、戸惑いながら宰相を見た。


「いけませんぞ、リチャード様!」


 宰相は憤然として言い放った。


「貴方様は、この公国の主になったばかり。群衆に紛れ、お命を狙う者が潜んでいるやも知れません。本来ならば、四人と言わずもっと多くつけるべきところですぞ」


 リチャードは、公国内の民衆……特に、彼が拠点を構えた西部地域の……にとって、英雄であった。現在、ローランド公国領となった地域は、東リーベルや西リーベルの元になったリーベル王国を建国した者達とは違う部族が住んでいる。強大な武力で征服されたのだ。東西に分割後も、両国に虐げられ重税を課され、幾度となく反乱を起こしては討伐されていた。その様な背景があるなか、リチャードは、西リーベル軍との戦いで、内陸部……つまり、公国領に住まう人々とは違う、彼らを侮蔑的に扱っていた部族の地で多くの町や村を襲い、救援の西リーベル軍を散々に打ち破った。三倍の敵本軍までも打ち倒し、東リーベル本軍の南東方向での攻略戦を大いに助けた。撤退すると見せかけて重要な港町をあっさりと攻略し、圧政の象徴でもあった領主を殺しさらし首にした。民衆の疫病対策も無償で行った。ローランド公となった後、打ち出したリチャードの内政施策は、農奴を含めた民衆を富ます事によって国を富ませるエングリオを模範とし、減税……正確には、妥当な税率に引き下げただけだが……を実施し、犯罪行為を働いた者には貴賤の別なく、断固たる処置を取った。

 リチャードは、民衆にとって尊敬を集める存在であっても、命をつけ狙われるような者では無い。宰相は、そのリチャードに向かって、領内を出歩くのは危険だと言うのだ。


「爺、父上がいつも仰っていたではないか。自国の民衆に殺されるような者は領主の資格が無いと」


 リチャードは、うんざりした様な表情で、父親であるエングリオ国王の言葉を引き合いに出した。宰相を爺と呼んだのは、宰相がリチャードの教育係を務め、成人後も付き従っているからだ。リチャードは、彼の忠誠に報いるために宰相職を用意した。


「それとこれとは、話が違います。セルディック王のお言葉は、比喩でございます。普段、この爺めが申し上げている様に、暗殺者の中には頭のおかしい者も含まれるのですぞ。民衆の事をお考えになればこそ、御身の安全をお図り下さい」


 全く、宰相にしてやったのに、これじゃあ子供の頃と変わらないじゃないか……。大体、父上なんか、放蕩王子と呼ばれた遊び人で、王太子を廃される寸前だったと噂される人だぞ。それに比べれば、俺なんか、まるで神官の様に品行方正じゃないか。

 とは、リチャードは言わない。言ったら、爺が鳴りやまなくなるのを彼は良く知っている。


「俺は、平服に着替えて行くのだぞ。完全装備の近衛なんか連れて歩けるか。折角の祭りに水を差すじゃないか」

「では、近衛も平服に着替えさせましょう。それならば、よろしいですな?」


 まあいいか。途中で撒いてやろう。リチャードは、ここは大人しくしておくべきだ、と思った。


「それから、爺めもご一緒致します。この年寄りを憐れと思し召しなら、群衆に紛れいずこともなく行かれ、群衆の只中に放置する様な事はなさいますな」

「爺!」


 結局、平服に着替えた宰相と近衛兵四名、そして、群衆の中にばら撒かれた二十名ほどの斥候に警護されながら、リチャードは五月祭りに参加する破目になった。




 公邸として使用している砦の裏口からでたリチャード一行は、そのまま町の広場に向かった。


 広場では、伝統的な祭りの衣装に扮した男女を中心に、民衆がペアになってダンスをしている。楽器奏者が何組もいて幾つかの場所に分かれて演奏している。一曲弾き終えると少し休む。その後でまたリクエストがありと、ひっきりなしに演奏している。皆ビールを飲み、歌い、踊り、楽し気に騒いでいた。


「爺、俺もダンスをしてくる。爺はここで見ていろ」

「お気を付けください」


 ダンスは男女一組のペアになる。リチャードは、相手となる娘を物色していたが、気に入った娘を見つけて、ゆっくりと近づいて行くと、簡単な礼の作法に則り、右手を前に出してお相手の申し込みをした。

 一般人に紛れ込むために市井で手に入れた平服を着ているとは言え、王族だ。見まがうばかりの美男子にダンスの相手を申し込まれ、断る娘はいないだろう。他の娘たちの羨望のまなざしも心地良さげに、リチャードの手を取り曲に合わせて踊り出した。


 軽快、かつ優雅に踊る姿は、あっと言う間に周囲の注目を集める。どんどん、真ん中に進出していったリチャードペアは、何組かのペアと共に他の者の手拍子を受けながらダンスをする。


「おい、リチャード様だぞ」

「ああ、分ってる。邪魔をするな。お忍びだ」


 宰相は、周囲の者の言葉に耳を疑った。皆気付いていながら、邪魔をすまいと知らぬふりをしている。皆楽し気に、時折、リチャードペアを指差し語らいながら、手拍子を送る。


 一曲終って、ペアが互いに礼をし終えた頃、大きな拍手が沸き起こり、同時にリチャード・コールが起きた。最早群衆に取り囲まれて、宰相も近衛も近づけない。掻き分けて近付こうとするがリチャードは人垣の向こうで姿も見えない。


 リチャードは、両手を上げて群衆を鎮めた。


「今日は、皆のための祭りだ。出来れば俺も混ぜてくれないか?」


 盛大な拍手が鳴り響き、別の曲が演奏される。集まった群衆がばらけると、複数の娘が駆け寄る。リチャードは、最初に彼の正面に立った娘に向かって礼をし、右手を差し出した。

 つんと澄そうとした娘が、失敗して満面の笑みでリチャードの手を取った時、ようやく宰相が近づけた。


「爺、一緒にダンスをしよう。誰か、この男の相手をしてくれないか?」


 リチャードが声を掛けると、宰相の年齢相応の女性が近づいて来た。


「お母さん、頼めるか」

「まあ、お母さんと呼んで下さるなんて、感激ですわ。私に申し込んで頂けるのであれば、是非」

「爺、ここで誘わないと男がすたるぞ」

「わ、分っておりますとも」


 宰相が礼をして右手を出すと、お母さんと呼ばれた女が受ける。

 歓声が上がり、改めて曲が奏でられ始めた。

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