Backyard of 野良神官㉓
時系列的には、第二十章第四話前半部分辺りの話です。
このところ、プライオルディア王の朝は早い。夜明けとともに王宮の外へ出ていく。用意された馬車に乗り、郊外へ向けて走り出した。今までは、斥候隊に配属されたお椀部隊に準備をさせ、高速化したお椀に乗って国内の隅々に飛んで行けたのだが、大陸の戦争開始と共に建設された病院船艦隊に全て配置換えになってしまった。結果、王家直轄の農場を巡るために、連日早朝から馬車に乗り込んでいる。無論、公務をこなさなければならないので行動範囲が大幅に狭まり、足しげく通えるほどでは無くなった。それが、彼にとって大いなる不満であった。幸いにも、王都から遠い所は、彼が解放王と呼ばれるきっかけとなった政変後に貴族に分配した。元々、直轄地は王都周辺に固まっている。政変で処分した十人の貴族の領地は、大半が王都から離れた場所と王都周辺に二分されていた。政変後の再配分で、王都から遠い土地を貴族に分け与え、王都周辺の土地を王家直轄に組み込んだ。その結果、一番遠い土地へも、せいぜい一泊すれば特別馬車での往来でなんとか行き来出来た。
「陛下。連日のご視察、お疲れ様です。お体に障りは無いですか?」
通常、一名の担当者と一名の神官を同行させる。今朝同行するのは、顧問として国王を補佐する実の娘のシアーニャだ。シアーニャは、何時も同行する訳では無い。二週に一回程度で、カドガン大司教と週替わりで同行していた。彼女も国王に負けず劣らず多忙であった。軍事を除くほぼ全ての政治に関わっており、いざと言う時は、王太子のエドワードと共に、国王代理を務める権限を与えられている。また、彼女は顧問であると同時に神職でもある。顧問としての公務の傍ら、神官としての務めをも果たしている。希少な上級神聖魔法使いでもあることから、最近はメディオランドを中心とした魔族対策にもエドワードと共に加わった。疫病対策や生活困窮者対策を議題とした各国の主に王妃や王女が集まる会合にも参加し、その範囲での外交もこなしている。
先の政変以後、宰相職は設置していない。代りに、国王を言わば議長とした合議制を布いている。構成員は国を代表する五人の貴族に、国軍総司令官のエドワード、顧問のシアーニャ、王都大教会大司教のカドガンの三人を加えた九名になる。
「有難う、シアーニャ。大丈夫だよ。それに、儂は王宮におるよりも、こうして外に出ておる方が気も楽でな。生まれながらにして国王なんかに向いておらんのだ」
プライモルディア王は、日頃から、左右に対して同様の愚痴をこぼしている。先代国王は若くして疫病に感染して亡くなった。その一人息子が成人する年に王位を譲ると初めて発言したのは政変の直前だった。政変後年が変わって早々に同様の発表しところ、肝心の王太子から待ったが掛かった。改革を宣言した以上、完遂して欲しいと言われた。貴族達もその言に賛成した結果、未だ王位にいる。以来、事有るごとに退位を口にしているのだが、最近は周囲の反応も薄くなり相手にされなくなっている。
プライモルディア王としては、不得手な軍事や外交を新王と幕僚にやって貰い、自分は農業改革を進めつつ、好きな釣りに興じたかったのだが、そうも行かなくなった。彼が解放王と呼ばれる所以となった農奴制の廃止に伴う農業の改革は、セルトリアやエングリオを手本としたものであるが、研究を進め十分な知見を得ている者が、実質彼しかいなかった。ましてや、実際に畑を耕す農民や魔法使いですら、分っていなかった。その現実を突きつけられた結果、止むを得ず自らが指導に回っている。幸いな事に、セルトリアが作成したマニュアルがあり、最新版がプライモルディアにも送られていた。直轄地の農地では現地合流する地元の者と一緒に、一年間の計画に沿って肌理の細かい指導をしている。時として、近隣の貴族が勉強方々農民を連れて来た時は、実地の講義まで行った。
生来、剣技や体技といった武芸などよりも農業や釣り……漁業に興味を持ち、現役当時史上最強と呼ばれたセルトリアのヘンリーと並び称される戦士との誉れ高い父や兄とは正反対の道を進んだ。元々次男坊で気楽な立場だった。それが、先代国王の兄が疫病に感染して早世してしまったのだ。しかも、膠着状態に陥っていたとは言え、まだ終戦前だった。無論、その死は伏されたのだが、もう半年終戦が遅ければバレて猛攻を受けていたと貴族共に言われた。戦立てを知らぬ現国王は、周囲の貴族達に助けて貰いながら、なんとか難局を乗り切った。しかし、その代償として国内において侮りを受け、国政を完全に牛耳られてしまった。以来、政変までの間、心労多き日々を過ごしていた。その時に比べ、今の生活は充実していた。
一時間程で目的地に着いた。明日は、疫病と生活困窮者対策の会合が開催されるので、近場を選んでおいたのだ。
現地では、国王と王女が揃って視察に来るとあって、担当の行政官や村長と共に、村民総出で出迎えてくれた。
「陛下、そしてシアーニャ様。ご機嫌麗しく。御自らわざわざこの村までご視察に来て下さり、本当に有難うございます」
出迎えの行政官は、王都から派遣された騎士爵の男だ。王都で新しい農業についてみっちり仕込まれたので、農業改革の現地指導者でもある。そして、プライモルディアでは、自由農民に兵役の義務を課しているので戦時においては村の指揮官にもなる。
現役の騎士を対象に募集をかけ、人柄も良く農業経営に熱意があると判断された者が選抜されて派遣されていた。派遣された者は土地を与えられるので、就任にあたって雇入れた使用人や家族と共に、日々農作業に従事している。通常、一代限りの騎士は領地を持たない。自分で購入しないといけない。それがただで貰える。希望者は多く、人材には事欠かなかった。
「出迎えご苦労だな。この冬はどうであった? 食料は間に合ったか?」
「ご心配下さり、有難うございます。お陰を持ちまして、冬越しの間に食料不足になる事はありませんでした。家畜を数頭殺しましたが、これは元々の予定ですので、ご安心ください」
「そうか、それは良かった。他に何か不足した物は無いか?」
「今の所は特に」
「小麦はどうだ?」
「今の所、順調でございます。」
「そうか。何かあったら、いつでも申せ。何でも直ぐにとは約束出来んが、出来るだけの支援はする」
「お心遣いに感謝します」
輪作を進めるためには圃場を作物ごとに区切って栽培しなければならない。一戸当たりの一年の小麦の収量は減る。その分、牧羊を奨励していた。従来家畜の大半は餌が無くなる事から、冬を越すのが難しかった。殺して食肉としていたのだが、秋から冬にかけて株を植える事によって、冬場の餌が確保出来る様になった。蕪は土地を耕す手間が増えるが、魔法が魔法使いの賦役となって誰でも一定面積の耕起が可能になった。更に、同じ作物を植える畑は村単位での集約化を図ったので、放牧も効率的に行える。これらは全て、セルトリアから贈られたマニュアルを元にプライモルディア王が研究した結果だ。農地の改革を宣言してからほぼ三年になる。本格的な増収が期待されていた。
その後のやり取りにおいても、村側が問題視している事は無かった。まだ春になったばかりであり、収穫は夏だ。本格的な放牧も、クローバーの植え付けもこれからになる。今後も励むように伝え、聞き取りは終わった。
「では、実際に畑を見せて貰うかの」
用意された馬に騎乗し、実際に耕している農民を引き連れての現地視察になった。
プライモルディア王は、改革を始めるに当たって、詳細な村の地図を用意していた。ウインド・バリアを利用した飛行術を習得してからは猶更だ。村の地図には、家屋の配置、道路、作物ごとの区画、水路や水車等がびっしりと書き込まれている。それは、村の成人人口の把握と共に、毎年作り直されていた。
護衛の騎士二名が先導する野良道を、シアーニャと共に進む。後ろには、やはり護衛の騎士四名と、三台の荷車に乗り込んだ村の農民代表が後をついて行く。
ふと、王が馬を止め、下馬した。そのまま、畑に入って行く。
「見ろ、国王様の歩き方」
「ああ、まるで農民並みだな」
「本当に、良く畑の事をご存じでいらっしゃる証拠だ」
「立派な国王様だ。まさに解放王の名にふさわしいお方じゃな」
王の後に続こうと荷車から飛び降りた農民が、畑を歩く王を見て、口々に囁き合った。
年季の入った農民は、畑を歩く時の姿で良い農民かどうかが分ると言われている。一般人には皆目判別がつかないのだが、分かるらしい。道を歩くのとは違う。足場の悪い所だ。作物を痛めない様に配慮しつつ、それでいて早すぎず遅くない。子供の時分から畑を遊び場としていた国王ならではだった。
王は、行政官と畑の所有者を呼び、小麦の葉を数枚毟って何事かを話し合った。その後も、幾つかの畑で同様のやり取りを行った後、シアーニャを呼んだ。
「シアーニャ、アンチ・セプシスの巻物に余裕はあるか?」
「はい。農業用の巻物は確保してありますので」
「この村の小麦畑で使用する分を大樽一杯分用意してくれんか。今の内に撒いておくに越した事は無い」
「散布は手作業で宜しいですか?」
「うむ。それで良い」
「分かりました。手配します」
王が見つけたのは小麦の病気だった。それほど酷い状況では無かった。今後、どの程度の広がりを見せるかは分からないが、早めに手を打っておくに越した事は無い。そう思って、シアーニャに声をかけた。
シアーニャは村の責任者を呼んで、段取りを打ち合わせた。要は指定する日に魔法水を荷車で取りに来いと言う事だ。
「馬上で眺めていて見つけられたぞ」
「いや、大したお方じゃなあ」
様子を見ていた農民たちは、ひとしきり国王の振る舞いを褒めたたえた。
圃場の視察を終え、村民達と別れた後は、村の教会を訪れた。ここでは教会長の司教と補佐の神官一名が出迎えてくれた。
「陛下、シアーニャ神官。良くぞお越し下さった」
「儂は、話を聞くだけじゃ。委細はシアーニャと図ってくれ」
「承知いたしました」
そのまま、国王とシアーニャが教会へ入って行き、他の同行者はそのまま待機になった。
教会では、疫病対策について話をする。担当は国王では無く、同行の神官だ。今回はシアーニャが同行しているが、ほとんどの場合、隔離病棟を担当する神官が同行していた。カドガン大司教が同行する場合もある。話の内容はカドガン大司教が進める疫病対策だ。疫病発生の有無について確認した後は、カドガン大司教やアンリ司教と共に設計した村々での実験についての話になった。
「冬場に流行る肺にくる疫病は魔法水では治せないとの事でしたので、薬湯の処方を中心に対処しました」
「死者は出ましたか?」
「いえ、幸いな事に死者は出ませんでした。恐らくは、近年は冬場でもやや暖かい事と、食事事情が良くなった事が理由では無いかと」
「それは良かったですね」
「それと、ご指導にあった様に石焼風呂を設置し、日に一度は温水による沐浴をする習慣を励行しています」
「良い事ですね」
シアーニャは、そう言った後でクスリと笑った。
「どうかなさいましたか?」
教会長が怪訝な顔をしている。
「いえ、女性が屋外に設置したお風呂に入る時は、覗きが出ない様に気を付けなければいけないと、私の友人がしきりに言っていたのを思い出したのです。こちらの村ではいかがですか?」
女湯を覗く者がいる……。
司教が補佐の神官と顔を見合わせた。彼らには到底想像もつかない事だった。
「その様な不心得者がおりますか」
「いる所にはいるようです。そして、一人が覗き始めると、真似をする者が出始めるとか」
「どの様にしましょうか?」
「見張りを立てられますか」
「村の警備兵でしたら、用立てる事が出来ますが」
「男性ですよね?」
「はあ」
「羊の毛を求めて出ていったのに、逆に刈られて帰ってきた。と言います。女性の見張りを立てられませんか?」
女性の警備兵はいない。村の女性は、基本的に子を産み育て家事をしている。
「司教、我が国では永らく女性を家に押し込めてきた歴史がある。しかし、今は違う。希望者を募ってみよ。希望する者がいれば賦役の代わりにすれば良い」
「では、村長と話してみましょう」
早速、補佐の神官が呼びに行き、村長が呼ばれた。
「はあ、覗き防止ですか」
「はい。村の女性に聞いて下さいますか?」
「シアーニャ、そなたが行けば良い。男の我らはここで待っておるわ」
「分かりました」
シアーニャが村の女性を集めて聞いた結果、覗きがいる事が判明した。
「村の恥と思って我慢していたのですが……。シアーニャ様が、この様に聞いて下さるなら……」
その後は、女性陣の盛大な愚痴になった。シアーニャとて神官だ。個人的な話は他言しない。その分、安心して日頃のうっ憤を話し始めた。途中から覗きの話ではなくなってきたが、シアーニャはある程度聞いてやった。
「いかがでしょうか? 陛下が、賦役の代わりに女性陣が見張りに立てば良いとの仰せです」
「賦役の代わりで良いのですか?」
「はい。その代わり、入浴する時間と見張りの人数を決めて村の教会長に申し出て下さい」
やいのやいのと騒いでいたが、皆が交代で見張る事になった。各人均等になる様に見張りの担当を決める様に指導し、その分、全員に年間一日分の賦役を免除する旨を約束した。
井戸端会議の間、二人の十代の少女が熱心に希望していたので、ミアーナが話を聞いてやった。大柄で力の強そうな女性と、目が良く動く目端の効きそうな小柄な女性だ。二人はプライモルディア王による改革を受けて、女性兵士になりたがっていた。
「では、お二人は日を改めて王都に来て下さい。講習を受けて頂きます。経費は王家で持ちます。その後は、行政官と共に自由農民が背負う兵役の一環として、村の防衛を担って頂きます。無論、その分の賦役は免除します。ご希望と成績によっては国軍に編入されます」
「よ、よろしいのですか?」
「勿論です。我が国は、陛下の方針で女性兵士や魔法使いの育成を行っています。頑張って下さいね」
「は、はい! 有難うございます!」
二人は、飛び上がって喜んだ。
一通りの要件が済んで帰路につく。出迎えと同じで村人が総出で見送ってくれた。
「あの様に、領民が喜んでくれるのが一番の疲労回復だな」
「陛下の御威光あっての事です」
「そなたとエドワードがおるのだ。いつ儂が退位しても問題は無いと思うぞ」
「陛下。そう言えば、明日いらっしゃるセルトリアのヘンリー様御一行が、内々にハルモニアに行きたがっていらした様ですが。何か良い案がございますか?」
「あ、ああ、一応考えてはおる」
「それは、ようございました」
(最近は簡単に躱すようになりおった)
プライモルディア王は、窓の外に目をやって、小さくため息をついた。
それを見たシアーニャが、父親の心の内を見抜いたかのように、反対側の窓の外に目をやり小さく微笑んだ。




