第十一話 ナオネント公国へ⑤
姿を消した三人の内、最初に帰って来たのはハーミット様だった。
(ご苦労。何か分かったか?)
(教会は関係ありませんでした。両教会共に特に動きは無いです)
(ふむ。では、異教徒の排他主義者では無いな)
良かった。それだけは、本当に嫌だった。傭兵なら良いと言う訳では無いが、教会同士の争いに比べたら、傭兵に誘拐された方がよっぽどマシだ。
(ところでな、シアーニャ様の御判断により、こちら側から仕掛ける事になった)
一瞬、ハーミット様の動きが止まった。表情に変化はない。
(ヘンリー達には伝えとる。もろ手を挙げてやると言いおった)
(分かりました。では、どの様に)
(敵の居場所が分かれば良いがな)
(湿地の巫女とフィオナの帰りを待ちましょう)
次に帰って来たのはフィオナだった。
(物乞いは、二人共町の西の外れにある飲み屋の裏口に行きました。そこで、来客が無事に寝た事を、中から出て来た若い男に伝えていました。やり取りはそれだけで、物乞いはお金を貰っていました。物乞いがどこかへ行った後、男は飲み屋の奥まった所にある部屋に行き、顔役と思われる年配の男に物乞いに言われた事をそのまま伝えました)
「それは良かった。護衛の騎士様もいらっしゃるし、明日の朝までは安心だな。儂も寝るとしよう」
顔役と思しき男は、にこやかに答えたそうだ。若い男の報告を受けると、顔役と一緒にいた一人の男が立ち上がった。その男は、帰って寝ると、部屋から出て行ったらしい。
それだけ聞くと、襲撃どころか、陰ながら私達を外敵から守ってくれている様な気もする。
しかし、フィオナの話はそれだけでは済まなかった。湿地の巫女と二人してその男をつけた所、家に帰るどころか、路地に入った後、町の北にある森に向かって道も無い所を歩いて行ったそうだ。今夜は新月に近い。歩いていても、そうそう人目につかないだろう。
(湿地の巫女が跡をつけています。距離的に森の奥までは入らないと言っていましたから、間もなく戻って来ると思います)
ふうむ。なかなか怪しい。飲み屋の奥の部屋と言うのは、プライモルディアのメアリーの定宿で経験がある。つまり訳ありだ。無論、プライモルディアの方は王宮が絡んでいる奴で、非合法では無い。と思う。
次いで、湿地の巫女が帰って来た。その頃には、ヘンリー様とエレノア様も上がって来た。エドワード様は大柄過ぎたのか上がって来なかった。屋根が抜けるかも知れないからだろう。
(ヤバいよ。ジャンヌを攫う気よ)
最悪だな。それは。
湿地の巫女が言うには、顔役と一緒にいた男は、森の中に少し分け入った所で、チェーン・メイルを着た男数人と打ち合わせをしていたそうだ。話の内容からすると、私を攫って軟禁し魔法水を作らせて一儲けしようと考えたらしい。ある程度稼いだら、ナオネント公に身代金をせびるのだ。払わなければ、どっか私を買ってくれる国が有るだろうと言っていたそうな。完全に奴隷扱いしている。
(我が国では無くて、ナオネント公に身代金を要求するのですか?)
(みたいよ。ジャンヌは有名人でしょ? その有名人が領内で誘拐されたら、いい恥じゃない。お金払った後で表向き何も無かった様に取り繕ったら何とかなるって思ってんじゃないの?)
外交的には両国の遺恨になるだろう。ただ、戦争には関係なさそうで良かった。
巫女が言うには、チェーン・メイルの男の使う言葉は、セルトーニュの言葉らしい。しかも、昔の白い島の発音を使ったそうな。セルトーニュの人達の先祖は白い島にいた。今でこそ、西リーベル風の発音を使っているが、地は昔の白い島の言葉だ。お貴族様は兎も角も、地元の一般人同士は昔ながらの発音を訛りの様に引きずっているらしい。これは、昔の人だった巫女だから分ったのかも知れない。つまり、セルトーニュ国内に拠点を置く傭兵だろう。
(ならば、小悪党じゃな。どれ、懲らしめに行くか)
ハロルド様が言って、ヘンリー様とエレノア様が同意した。
(護衛の騎士様に話をして、ナオネント公に協力して貰った方が良くは無いですか?)
味方は多い方が良い。それに、再発防止にもなる。そう思って、ハロルド様に言ってみた。
(時間が無い。それに、騎士やナオネント公に話すのは、ちと都合が悪い)
都合? 何だそれは?
(いや、実はな、儂がここに来る事を陛下に話しておらんのじゃ。表沙汰になったら、儂が陛下に怒られるでな。それが妻にバレたらしばらく晩飯を減らされてしまう。今は田舎で二人暮らしじゃからな。そうなったら大変じゃ)
あのなあ、オッサン。一体何を考えてんだよ。
(それはいかんな。ハロルドの立場を考えてやらなにゃならん)
(そうですね。私達だけで、こっそり解決しましょう)
老夫婦が言ってきた。それを聞いたシアーニャが笑っている。
要するにあんたらもお忍びなんだな。
結局、不良老人三人の立場を考えて、こっそり解決する破目になった。相手は傭兵団だ。人数は不明。武器も不明。居場所は森の中らしい。こんなんで本当に解決できるのだろうか。
喜々として作戦を考えるのは、不良老人三人と湿地の巫女だ。もう、この戦闘狂達に任せるしかないのだろう。
方針が決定した。最初に、私達が泊まっている部屋の灯りを点けた。その結果、見張りの物乞いが慌てて走り去った。これで、一旦足止めできるだろう。
見張りを追い払った後は、全員が壁伝いに垂らしたロープで下に降りた。シアーニャと私、それに高所恐怖症のハリス様は、ロープの先の輪っかにしがみついて降ろして貰った。
湿地の巫女を先導にして、闇の中を町はずれに向かう。シアーニャと私は、幽霊二人と合体しているから夜でも大丈夫だった。他の人達は、特に問題無く歩いていた。流石だ。
森の傍に行くと、合体を解く。ここからは、幽霊二人の出番だ。
巫女とフィオナによる偵察の結果、森の中の傭兵達がたむろしている場所を特定出来た。
人数は五十人程度、馬は十頭、弓が二十人ほど。白銀の武器は無い。魔法については分らないが、全員がチェーン・メイルと剣や槍を持っている。多分、魔法使いはいないだろう。
居場所と兵力が分かれば作戦開始だ。相手は百戦錬磨の傭兵団だ。油断は禁物だな。
偵察の結果、相手は一度出撃しようとして待機になっていた。部屋の灯りがついたからだろう。起きている時に襲撃して騒ぎが大きくなったり逃げたりするのを防ぐために、寝入るのを待っている様だ。完全武装状態だが、緩んでいる状態を想定していたわけでは無い。四人の戦闘狂が考えた作戦に沿って行動する事にした。
まずは見張りの排除だ。五人いる事が分っている。単独の相手なんか敵では無い。幽霊二人が木の棒で頭を殴り、ハロルド様とハーミット様が縛り上げた。残りは四十五人だ。相手は多少の手傷は負わせても基本殺さない。生かしておいた方が良いとの判断だ。殺そうと思えば何時でも殺せたのをあえて生け捕りにして逃がす。逃がした相手は、勝手に裏社会で噂を流してくれる。到底敵わないとの評判が立てば、再発防止になる。
見張の排除が済んだら、四方向に分散する。湿地の巫女、フィオナ、斥候三人、そして、残り六名に分れた。
まだ三月だから虫の声も聞こえて来ない。ホタルを二つ出して足元だけを照らしながら静かな森の中をゆっくりと歩いて行くと、焚火なのか明るい所が何か所かあって、そこから男どもの声が途切れ途切れに聞こえてくる。
突然、馬のいななきが聞こえてきた。始めは二頭だったと思うが、どんどん数が増えてきた。恐らくは、十頭同時だ。何かに怯える様に鳴き続けている。男達の怒声が響いた。
始まった。
騒ぎが起きたのであれば遠慮は要らない。転ばない程度に歩みを早めて一気に近づく。茂みから見ていると、チェーン・メイルを着た男達が暴れる馬をなだめようとしている。幽霊二人が次から次へと馬に合体して、直接頭の中に響く様な声を上げているのだ。恐慌状態に陥った馬は簡単には大人しくならない。
様子を伺うと、木の枝に何枚かの天幕を結び付けて屋根を作っていた。天幕の下には草を刈ったのか地面が見えていて、焚火が見える。
(右から三つ目の天幕。焚火の傍に五人います。右から二人目、一番奥の男。あいつが恐らく頭ですね)
(うむ。分かった)
エレノア様の言葉に返事をしたヘンリー様が、弓に矢をつがえた。引き絞って十分に狙いを定める。ひゅんっ、とばかりに放つと、馬のいる方向……こちらから見て左手に向かって何やら怒鳴り声を上げている男の頬に矢が突き立った。血しぶきが上がり、男が転がる。矢は頬を射抜き、口を開けたままの右頬から鏃側が、左頬から矢羽根側が飛び出している。多分何本か歯が折れただろう。死にはしないが、見た目がえぐい。相手に恐怖を与えるには十分だ。
「だ、誰だあ! 出て来やがれ!」
一瞬の間が空いた後、傍にいた男達が立ち上がり、その内の一人が矢の飛んで来た方向……つまり、こちらに向かって、怒鳴った。既に剣を抜いている。
ぼぐっ、と三つ立て続けに鈍い音がして、三人の男の頭に握りこぶし大の石が当たった。チェーン・メイルを被っているとは言え、効いた様だ。三人共そのままぶっ倒れる。
「だ、誰だ!」
残った一人が辺りを見回しながら叫び声を上げる。その頃には異変に気付いた他の天幕の男達が駆け寄って来た。
「お前達、白い島のジャンヌに手を出して、ただで済むと思っているのかい?」
森の中に女の声が響く。湿地の巫女が姿を現したのだ。いつぞやの老婆の扮装で宙に浮いている。青白い炎を纏っているから、仮に初級のホーリーを食らっても平気だろう。巫女が右手を上げると同時に、男の一人の頬に藪の陰からヴィルが投げナイフを放つ。
「ひぐっ!」
声にならない悲鳴を上げて、頬から二本の黒いナイフを生やした男がうずくまった。
矢と同じで白銀は使っていない。相手の再利用を防ぐために、飛び道具は鋼しか使わない。
「ひっ! ゆ、幽霊だ!」
巫女が両手を上げた後で振り下ろすと更に石が飛び、矢が放たれ、ナイフが投げられる。投石は頭を狙い、矢とナイフは頬か肩、足を狙う。これはチェーン・メイル対策だ。
「ほほほほ」
巫女と同じく青白い炎を纏い怖い系メイクのフィオナが、ケラケラ笑う分身のちびフィオナ三体と一緒に宙を飛び回る。男達は悲鳴を上げながら抜いた剣を滅茶苦茶に振り回すが当たるわけが無い。相手の体をすり抜けて、悲鳴を上げさせている。退魔の武器も無く、ホーリーを放つ者がいないのであればやりたい放題だ。
フィオナとちびフィオナは、逃げようとするのを先回りして消えては出現し、笑いながら飛び回っては消えてを繰り返し、傭兵達を一か所に追い込み始めた。
弓兵の持つ弓の弦が次々に切れていく。ウィルソンさんのウインド・カッターだ。同時に馬のいる方へ怖い系メイクをしたエドワード様が突撃する。鏃を外した矢を何本か着ているチェーン・メイルに差し、差したところを血のり風に赤く塗っている。馬を落ち着かせて逃げようとしているのを、木の棒でぶん殴り始めた。何せデカいし力も強い。一回振り回すたんびに、一人二人と吹っ飛んでいる。吹っ飛んだ者は、一発で気絶だ。
傭兵達は馬を諦めて、一か所に集まって来た。木を楯にしつつも円陣を組んでいるのは戦い慣れているからだろう。だが、こちらは複数の方向から狙っている。一人ずつ順番に狙い撃って倒していく。
エレノア様がファイアー・ボールを幾つか飛ばして相手を照らすと、一方的に攻撃出来る状況が出来上がった。
「お前達、白い島のジャンヌを殺す気だね」
湿地の巫女は迫力満点だ。高く掲げた右手にダークの靄を漂わせている。
「ち、違う! 殺す積りはねえ!」
「じゃあ、攫う積りかい? 同じ事だよ。どうやら、きついお仕置きが必要だねえ」
ほほほとフィオナが声を上げて腕を振る度に、投石と矢とナイフが飛び、うずくまる者が増える。演出効果ばっちりだ。パウル監督に見て貰いたいくらいだ。
「お、お頭だ!悪いのはお頭に違いねえ! 俺は何も知らねえ!」
「そ、そうだ! 俺達はお頭の言う事を聞いているだけだ! た、助けてくれ!」
遂にヘタレが出た。数を頼む輩には大体こういうのが混じっている。味方がいる時だけはいきがって大声を張り上げる。不利になっても加勢が来ると分っているからだ。こういった手合いが出て来ると、後一押しだろう。
ヘタレ二人に巫女がダークの靄を一つずつ飛ばす。二人は剣を振るって応戦するが、靄は突いても切っても途中で刃が止まる。光の壁と違って弾き返すわけでは無い。まるで粘土の塊に斬りつけている様だ。靄が目の前にまで到達した。二人は後ずさったが、腰が引けているせいで揃って転んでしまう。剣を投げつけるが、靄に当たった剣は音も無く止まり、そのまま地面にガランと落ちた。これはこれでかなり怖い。周囲の者も、ただ見ているだけだ。足がすくんで動けなくなっているのかも知れない。猶も靄が近づくと、二人はヒイヒイ言いながら咄嗟に手で頭を庇ったが、靄が触れた途端にその手が焼けただれた。
「うぎゃあああああ!」
二人は、大火傷を負った様になった自分の両腕を見て、悲鳴を上げた。尻持ちをついたままぎゃあぎゃあ騒いでいるところを更に靄が襲う。今度は顔だ。
一瞬の後に、見るも無残な状態になった男二人は、口から泡を吹いて気絶してしまった。ビクビクと身体を痙攣させている。
ダークによる攻撃はてき面で、傭兵達が蒼白になって震え出した。
流石にちょっと可哀そうになってきた。ヒールで直せるとは言え、そろそろ潮時だろう。
エレノア様を見ると、目配せしてくれた。頃合いだ。降伏勧告して、手当をしてやろう。
すくと立ち上がる。目立つ様にホタルを手に持って鳩尾当たりから上半身を照らす。
「ぎゃー! まだ、いたあああ!」
「た、た、助けてくれ~! もう、勘弁してくれえ!」
「こ、殺さないでくれ! か、家族がいるんだ!」
私を見て何人かが口から泡を吹いた。他の者は武器を捨てて土下座する。
傷の手当てをしてやろうと言うのに、素顔の私に何て失礼な奴らなんだ。このまま放っといてやろうか。
「流石はジャンヌですね。顔を見せただけで相手が降伏しましたよ。ほら、気絶した者もいます」
「うむ、見事じゃ」
ヘンリー様とエレノア様が盛大に勝利のガッツポーズをしているのだが……。なんだろう、この敗北感は……。




