八月になって
いつもの三人でいつもの食堂に行きお昼ご飯を食べる。そこに彼女も来る予定だ。
カランと扉の開く乾いた音がすると、ベイオウルフが立ち上がった。入口に向かって手を振っている。
視線の先には夏の日差しに輝く豪華なプラチナブロンドをたなびかせた、まるで彫刻の様に美しい娘が、少しはにかんで立っている。
白い頬がいつもより少しだけ赤みが差している様に見えるのは、始めてくる場所だからかもしれない。
一瞬、先客の男性達が息を呑む。彼女はやはり、田舎の小さな食堂には場違いなのだ。
「ヴィル! こっちだよ」
ヴィルと呼ばれた娘は、私達を見つけるとニッコリと微笑んだ。
もちろん、あわてて駆け寄ってきたりはしない。優雅なそぶりでゆっくりと近づいてくる。そしてその綺麗な緑色の瞳で私達を見て、穏やかに声を掛けてくるのだ。
「もしかして、待たせてしまった?」
ベアトリクスがヴィルを睨んでいる。
「やっぱり、そのくらいはやって欲しかったわよねえ」
実際のところ、優雅もへったくれも無かった。扉を蹴破る様な勢いで店に入ってきた挙句、私達を見つけて大声で歓声を上げた。そのまま、周囲を一顧だにせずドスドスと足早に近づいて来た結果、一杯のビールを手に午後のくつろぎを楽しむオッサン達の顔をしかめさせたのだった。
「そんなことを言ったって仕方ないではないか。私はこういう性格なのだ」
ヴィルの中身は天性のオッサンで、ベアトリクスは天性のオッサン使いだ。
美しいヴィルの寝起きを見ようと珍しく早起きして寝顔の鑑賞を楽しんでいたベアトリクスの目の前で、起きると同時に大あくびをしながらボリボリとお尻をかくという醜態を演じて以来、ヴィルはベアトリクスに頭が上がらない。
「あんたは悪くないわよ。ヴィル。この娘が勝手に妄想してんだからほっとけばいいの」
美人には絵になるような振る舞いをして欲しいという気持ちは分からないでもないが。
「この外見よ。大口開けて騒いでるのはもったいないじゃない。私が何枚この娘の似顔絵を描いたと思ってんの? 背景は必ず薔薇だったのよ」
なるほど。で、その似顔絵は誰に幾らで売ったんだっけ?
怪しげな似顔絵売りは途端に目を逸らして窓の外を見た。
「ところで、ヴィル。面接はどうだったんだ? 上手くいったのか?」
優しいベイオウルフが話題を変えた。
成人したヴィルは今日が町役場の面接の日だった。
採用試験は毎年七月にある。町役場では見習いはとらないので、農家の手伝いに行きながら勉強していた。結果はトップ通過と上々で、後は成人後の面接試験を残すだけだった。
案の定合格らしい。
「最初はどこに配置されるんだ?」
「住民対策だ。住民に何か問題があったら乗り込んでいって解決するのだ」
フフフと不敵に笑っている。
出入り専門か。だとしたら、ハマりすぎにも程がある。
若い美人の女の子と思っていたらとんでもない。彼女を舐めた態度を取った途端にボコボコにされるに違いない。
実際にこの目で見た。
ヴィルが孤児院にやって来たのは二年前。私達が十三の年だ。
院長先生に連れられて皆の前で挨拶を促された時に、彼女は右足を、どん! と前に踏み込み、言ってのけたのだ。
「私の名はヴィルヘルミナである」
堂々とした態度。大陸にある由緒正しい王国の女王様の様な名前。彫像の様な美貌。そして、そのセリフ。その瞬間、ベアトリクスは理想とする似顔絵の題材を見つけたのだった。
院長先生が去った後、姫様、姫様、と彼女に寄ってたかってからかう男子達を、どういう技なのか、あっという間に投げ飛ばし、一番ボス猿面していた奴の喉元に手に持っていたナイフを突きつけていた。
この様子も大いにベアトリクスの琴線に触れたようだった。
彼女は一日目にして孤児院の男子を制圧し、ボス猿達から孤児院の姉御として特別待遇を受けることになった。
ヴィルは大陸の生まれだ。
元が由緒正しい大陸のお貴族様だ。詳しくは本人も良く覚えてないらしい。なんでも、お家騒動後の勢力争いに敗れ去って家族滅亡後、逃げ延びたお兄さんに連れられて来たそうだ。
その後、お兄さんはセルトリア王国軍の兵士となり、ヴィルを連れて中の原に駐屯してきた。しかし、先の戦争で戦死してしまった。それなりの財産はあったようだが、本人の希望もあって財産は院長先生に預けて孤児院生になった。
財産持ちが本人希望で孤児院に来るのも珍しい話だが、なにせお兄さんが没落後槍一筋で身を立てた。自分もやってみようと思ったらしい。
同い年なので一七五の会の会員だ。
彼女の夢は何か。頭が良くて教養もある。武芸も出来る。皆期待した。
お家再興か? と聞くとそうではないらしい。
亡くなったお兄さんは、元の国の貴族なんかに戻るなと言っていたそうだ。大陸を離れ、セルトリアまで逃げて来るくらいだ。くだらない勢力争いなんぞに嫌気が差したのだろう。
では何だ? と聞くと、良き為政者になりたいと言った。
難しすぎて誰も言葉の意味を知らなかったが、要するに宰相だそうだ。
皆が固まった。
孤児院出身の者が一国の宰相を目指すと言うのだ。普通の子は考えない。
しかし、一人の夢は全員の夢だ。誰もが信じてはいないが応援することになった。
そして、宰相への第一歩として、行政官になるために町役場に就職した。
ヴィルの仕事には私達の監督官も含まれるらしい。
私達がオークと戦っている間に、魔王軍討伐軍の第二次帰還があった。衛兵隊も出征していた者の約半数近くが帰ってきた。中の原衛兵隊からは五十人が参加して六人が戦死した。そして戦傷者はその二倍を超えた。
十数人が近々の内に任務に復帰するのだが、魔物退治のウェイトを減らして町の治安維持と街道の警備に重点を置くのだそうだ。
ベイオウルフもご多聞に漏れず勤務内容が変わり、私達の監督官が不在になる状況が想定された。その穴埋めがヴィルだ。しかも、早速今日から参加だ。
きっとアドルフさんが気を回してくれたのだろう。町役場に提出した一七五の会の名簿にヴィルも加えなければならないな。
しかし、一国の宰相に成らんとする者が、ネズミ退治なんかやっていて良いのだろうか。国の将来が心配だぞ。
マルセロ商会に行くと、パウルさんが意外なことを言ってきた。
「今日から、ネズミ退治は二人でやって貰うからな」
「えっ? 無理でしょ」
その通りだ。ベアトリクスが無理と判断してるんだから間違いない。
「無理なもんか。今までも雷の魔法を一発かまして二人の魔法で倒して来たんだろうが」
「パウルさんだって石投げてんじゃない」
「そんなものは勘定に入れんでもいいだろう。要は二人で倒せるかどうかだ。新しい監督官も一緒に行くんだろう? ネズミくらいは大丈夫だ」
「そんなこと、いきなり言われたって出来なかったらどうすんのよ」
話し合いの末、今日の分についてはパウルさんにも同行してもらうことになった。ただし、儂は見ているだけだぞと言われてしまった。本当に二人で出来るかどうか試験されるのだろう。
ヴィルが私とベアトリクスの肩をポンポンと叩いてくる。
「先輩がいなくて不安な気持ちは良く分かる。私も出来るだけの協力をするから頑張ろう」
気遣ってくれるのはありがたい。とりあえず礼は言っておく。
満足したのか、ヴィルは青空に向けて両手を突き上げ伸びをした。
「狩りの獲物は食べるのだったな。今日の夕餉はネズミのステーキかな。初めて食べるぞ。楽しみだ」
ヴィル…………。
パウルさんが口をあんぐりと開け、ベアトリクスがため息をついた。
「ほう、新人か。随分と美人だな」
ハンスさんの所に行くと、早くもヴィルに目がいった。
「ヴィルヘルミナと申します。ヴィルと呼んで下さって結構です。よろしくお願いします」
ヴィルは右手を胸に当てて、左手を気持ち広げ、足を交差させると軽く頭を下げた。
美人と言われても、全く意に介さずに優雅に挨拶している。流石だ。
槍兵の格好をしている時は男子として、平服の時は女子としての挨拶を使い分けるらしい。随分と面倒くさいことだが、ヴィル曰く、気品と威厳とは面倒くさいことをさりげなく出来るようになってこそ保たれるのだそうだ。
ハンスさんは一瞬怪訝な顔をした後、珍しく微笑んだ。
初めて見る優しい笑顔だ。
美人相手だとこれだ。きっと、娼館に行った時はこんな笑顔をお姉さん達に振りまいているに違いない。
「そうか。ヘンドリックの妹だな」
「兄をご存じなのですか?」
うむ。早合点は良くないな。気をつけよう。
ヘンドリックさんはヴィルのお兄さんの名前だ。ヴィルの部屋の机の上に小さな肖像画が飾ってある。騎士の正装をしていて、ヴィルと同じプラチナブロンドの超絶美男子だ。
「一緒に良く飲みにいったもんだ。あいつは酒が弱くてな。散々に酔い潰してやったよ」
どういうわけか、窓の外に向かって大笑いしている。
「ヘンドリックのような奴がいるなら、案外貴族とやらも嫌な奴ばかりじゃないんだな、と思ったもんさ。惜しい男を亡くした」
「過分な言葉です」
向き直ったハンスさんの言葉に、ヴィルが俯いた。
ハンスさんもヴィルが私達に同行することを知っていた。それどころか、ヴィルの分の黒紫は無いのかと聞いてきた。
ヴィルは役場の事務服はまだ貰ってないようで、自前の黒っぽい灰色の地味な平服を着ている。
まさか私達と同行するとは思わなかったので、黒紫なんか用意していない。
ヴィルに聞いてみると、一七五の会で揃えているなら欲しいと言ってきた。
てことはあれか。八人全員分作らなくてはいけないのか。
後で工作所に行って、頭巾とネックガードを頼んでこよう。
刺繍をしなければならないので、何色が良いかとヴィルに聞いてみたら、何でも良いぞと返ってきた。
これだからオッサンは……。
気を使っているつもりなのかもしれないが、選ぶ身にもなって欲しい。他の仲間が絶対に選びそうにないネズミ色にしてやろうか。
ともあれ、竪穴に行っていつものように鶏ガラを吊るす。
ヴィルにはとりあえず見学して貰う方が良いだろう。二か月程度の差とはいえ、私達はネズミ相手に白兵戦も魔法戦も経験してきた。一日の長がある。ここは先輩の手順というものを見て貰おう。
そう思っていたのだが、私も手伝うぞ、とヴィルが言ってきた。
何やら黒い布を腕に巻き付けている。細身の投げナイフが差し込まれている。投げる専用のやつで、普段使いはしないらしい。切れ味が良くないのだそうだ。片腕に四本だから両腕に八本装備出来る。ベアトリクスの魔法で気絶したネズミ相手なら有効かもしれない。
まあ、ものは試しに挑戦するのは良いことだ。失敗したところで次に頑張れば良い。
しかし、これが大当たりだった。最初にかかった五匹全部をナイフで倒してしまった。
使った魔法は最初のベアトリクスの雷一発だけだ。しかも、静かにするようにと言ったのを律義に守っていて、口元に笑みを浮かべるだけで一言も喋らない。パウルさんの誉め言葉にも、頭を軽く下げただけだった。
「悪くないわ、ヴィル。やっぱりあんた最高よ!」
あっけにとられるように見ていたベアトリクスは、満面の笑みでヴィルに抱きついた。
とはいえ、ヴィルにばっかり頼っていては私達の魔法の練習にならない。ヴィルにお願いして、その後は一匹ずつ譲って貰った。なにか立場が逆転しているようだが、気にしてはいけない。
念のために、下水のネズミは汚いから食べないからね、と言うと黙ったままで頷いてくれた。
一瞬、驚いたように目を丸くしたのは、気づかなかったことにした。




