第八話 ヘビとカエルとナメクジと
十一月も後半になると、湿地の風景も変わってくる。黄色と薄茶色になった草の色と黒ずんだ感じの水の色だ。中州にある木立の中に紅葉が混じっているのか、赤と茶色が混じった様な色合いの葉が風に揺れている。細く背の高い薄茶色の雑草がフワフワした穂を出している群落がそよいでいる。冬はもう目の前に来ている。
「ジャンヌ様、そして、ヘンリーご一行の皆様方、遠路はるばるお越し下さったところ誠に申し訳ありませんが、実はヘビやカエル、それにナメクジは既に冬眠に入ってしまいまして、湿地で実物をお見せする事は叶いません」
普通の女子なら目を逸らす戦いを、しっかりと確認せんものと勇躍ノーザン・グラムに乗り込んだのだが、エオウィン様の丁重な謝罪を受ける羽目になってしまった。
「大丈夫ですよ。相手が居眠っている今こそ、この様な実験を進める時です。是非ご助力下さい」
エレノア様は強気だ。この時期にこうして乗り込んで来る以上、作戦は考えて来ている。
連中は穴を掘って地面に潜っている。それを掘り出して事前に焚火を焚いて温めた場所に移す。そうすれば、あら不思議。冬眠していたのが起き出して活動を開始する訳だ。
ノーザン・グラム側は、出来るかどうか半信半疑だった。それはそうだろう。言い出しっぺのエレノア様自身がやった事無いのだ。ただエレノア様は、北東の森の真ん中にある白銀鉱山の地下でナメクジを飼育している。飼育係にアレックスの兄弟達を雇っているが、時々見に行っているらしい。地下は温度が安定しているらしく、夏も冬もそう変わらない。ナメクジは一年中元気に活動しているそうだ。一方で王都域にある魔物の研究所のナメクジは、きっちり冬眠する。以前から、温めたら元気になるのでは無いか、とリッチーと話をしていたらしい。無論、これは内緒の話だ。
結局は、やって損は無いからと言う事で、無事に協力して貰える事になった。
まずはナメクジを温める場所だ。ノーザン・グラムは、以前魔族が潜んでいた湿地中央の砦跡を改修し、二つ頭対策の中間拠点にしていた。前回、全壊と言って良い程に壊したのが良かったらしく。地下室を持つ二階建てを建設中らしい。現在工事中ではあるが、中洲の護岸工事と地下室用の穴掘りまでは終わっているとの事なので、そこを温める場所にした。お椀一個分の兵力……お椀使い一人と魔法陣が描ける魔法兵一人、四人の斥候……を派遣し、地下室で焚火を焚いて貰う。
次いで、ナメクジとヘビとカエルを探す。連中は穴を掘って冬眠しているはずだから、センス・ライビングで探知出来る。ノーザン・グラムにもセンス・ライビングを使う者が二人いるらしいので、超高速で迎えに行き、一日限定で急遽参加して貰う事になった。二人共災害対策要員の神官だった。洞窟の崩落や土砂崩れで土砂に閉じ込められた人達を探すのが仕事だ。土の向こうを探すのは慣れているだろうから、手分けして探す事になった。それぞれのイメージを伝え、一番難しいであろうナメクジを私が担当した。
手順としては、まず掘り起こし、スリープの魔法をかけて熟睡させ、網で包んで砦へ運ぶ。問題はヘビだ。大きさが違う。しかも二つ頭だから子ヘビと言っても大きいし重い。中型お椀二つで吊るして運ばないといけない。ヘンリー一行とノーザン・グラムの超上級魔法使いが担当する事になった。
因みに私は、エオウィン様と共にノーザン・グラムのお椀部隊に乗せて貰った。
「ジャンヌ様。ジャンヌ様は、ゲルマニア公国のテレジア公とお親しいと聞いております」
砦を出発する他のお椀を見送った後、エオウィン様に別室に呼ばれた。
「はあ、私が何度か治療に関わらせて頂きましたので」
「ご訪問もなさったとか?」
「はい。プライモルディアにいらっしゃるアンリ様……ご存じかとは思いますが、そのアンリ様の提唱なさった疫病対策の大同団結会議に参加しました」
ノーザン・グラムは参加していない。この国で疫病対策を推し進めているのは、王族のアイラとサクスブルグだからだ。
「テレジア公とは、一体どのような方なのでしょうか? あ、いや、難しい事では無く、ジャンヌ様がいだかれた印象で結構です」
ははあ、これはあれだな。外交上の判断材料にする気だな。
「そうですね。新しく公国のご領主になられて、随分と気を張っていらっしゃる様でした。なんでも、国民に慕われ、かつ他国から侮られない立派な国をお造りになりたいとか」
テレジア様の国造りの方針は、アンリ様に大きな影響を受けている。大量死から国民を護るための領主たらんとしているはずだ。大量死には、当然戦争が含まれる。
「ご存じかと思いますが、ゲルマニア公国は、政治、そして軍事的に難しい場所に位置しております。私個人としては、東西リーベルの戦争のあおりを受けて、ゲルマニア公国が参戦する様な事にならなければ良いと思っているのですが」
我が国と言わずに、私個人と言った。つまり、告白ではないが、私的な話だから神官の私は他者に口外出来ない。
「疫病で最も被害を受けた地域はどこでしょうか?」
エオウィン様なら答えられるはずだ。ノーザン・グラムは巻物を工面したのだから。
「西リーベル領の内……現在のゲルマニウム公国と、ローランド公国の西半分を含む沿岸地域でしょう」
「その地域の方々が、来春早々に戦争を望むと思われますか?」
「いえ、領主を含め嫌がるでしょうね」
「つまりは、そういう事ではないでしょうか? 私は、そう思います」
テレジア様には来春早々に宣戦布告なんか出来ないだろう。西リーベルが戦争を再開した場合、最初に自領が戦場になるのだから。初代ゲルマニア公国の領主として、良い国を作ろうとしている熱意は信じて良いと思う。
「ジャンヌ様、お話を聞いて下さり、有難うございました」
「貴方に女神様の祝福がありますように」
それ以降のエオウィン様は、そう言った話は全然してこなかった。
出発して、早々にナメクジを見つけた。実はエレノア様に事前に内緒で教えて貰っていた。
ナメクジは、塩気が苦手らしい。なので河口近くにはいないし、汽水域にもいない。それどころか湿地よりも山の中の方が多い。川を遡って湿地を抜けた先で捜索した。洞窟の中が一番良いのだが、捜索に時間が掛かる。岩の下の窪みに潜っていたりするらしいので、森の中の大きな岩や崖を探して地際の窪みがありそうなところを狙ってセンス・ライビングを放ったら三か所目で何匹かかたまっているのを見つけた。魔法兵にスリープをかけて貰い、網を掛けて三匹を捕まえた。お椀に吊るして中間拠点に帰ると、出撃したお椀の中では一番だった。
地下室用の穴にナメクジを放り込む。焚火で暖まった場所に放たれたナメクジは、既に描かれたワームの魔法陣にヌメヌメと集まった。いるだけで暖かくなれるし、微量とは言え魔力を吸収出来るから嬉しいに違いない。
「ワームを使ったのは良い方法ですね」
私もワームが使えるのだが、思いつかなかった。
「温めると良いのならと使いました。先月集めた時も使っています」
魔法陣が描ける魔法兵が返してきた。どうやらエオウィン様は、二つ頭対策として専用の部隊を作ったらしい。旧グラムの兵を中心に組織しているから、熱心にやってくれるのだろう。
二番目に帰って来たのは、カエル班だ。見つけたのは早かったのだが、運ぶのに苦労したそうだ。冬眠と言っても、まだ十一月だ。本格的に眠った訳では無い。スリープを掛けようにも跳んで逃げる。そうなるとスリープは掛かりにくくなる。何度も失敗した挙句、アイス・キューブで頭を凍らせたらしい。実際にその状態で吊るされて来た。起きて暴れたら厄介なので、そのまま穴に放り込んだ。
三番目は二つ頭班だ。予想通りと言えば予想通りだ。氷の島で副魔王が持て余す程に元気にしているくらいだ。カエルでさえ飛び跳ねたのだから、二つ頭も同じだろう。話を聞くと、中洲に穴を掘って何匹も固まっていたので、掘り出すと同時に戦闘になったらしい。対抗する人間側もお椀使いのウィルソンさんを除いても、二人の超上級魔法使いがいる。ノーザン・グラムの班も、そうなる事を想定して始めは斥候が小型のお椀を操っていたから、凄絶な魔法合戦が繰り広げられた。そうなると生け捕りどころでは無い。ただの討伐だ。幸い、超上級の神聖魔法使いがいなかったのでメギド・ファイアーやアルティメット・フライング・なんちゃらを繰り出す事は無かったらしいが、一旦上空へ退避してキュムロニンバスを放った結果、全部死んでしまった。いっその事と、その後三か所ほど全滅させた。五か所目で、囮役のヘンリー一行が低空でウインド・バリアを使って敵の攻撃を防ぎつつ、もう一班が直上方向からグレイシエイトを連発して凍らせて、眠った時分を見計らって解除し、スリープをかけて熟睡させた。実験用は一匹だけで良いので、残りはキュムロニンバスで退治したそうな。
「時間がかかりましたが、今日一日で三十匹以上は倒しましたよ」
エレノア様以下、参加した者達が勝ち誇っている。
もしかしたら、頑張ってナメクジなんか増やさなくても、お椀使いが一人と楯用のウインド・バリア、それにクランプ・サンドとキュムロニンバスを使える人が居れば解決するかも知れないな。
二つ頭の子供やカエルが跳び出して逃げない様に、地下室用の穴の周囲に、他所から持って来た土で土塁を作った。三者が混じらない様にウインド・バリアで仕切りをし、更にバリアでウインド・バリアと出力を絞ったライトの壁で蓋もした。ファイアー・ボールを幾つか放り込んで、部屋を暖め、スリープを解除したら実験開始だ。
「どれが一番強いか、皆で賭けをしませんか? 掛け金は銅貨一枚です。参加者には観戦中のビールを一杯進呈しましょう」
エオウィン様が言ってきた。
こういった事は神官としては断るべきだろう。そう思っていたのだが、ノーザン・グラムの神官は二人揃って参加を表明した。どうも国によって違うのかも知れない。盛り上がっているのに水を差すのもアレなので、私も参加する事にする。
秘本にはナメクジがヘビを倒すなんて書いていなかった。前代未聞の戦いになるわけだ。
本命は無論ヘビの二つ頭だろう。カエルがナメクジを呑み込んだ後で、カエルを襲えば良い。しかし、エングリオで見た事例からすると、ヘビはナメクジが自分より強いと思っていないかも知れない。それに、ヘビがナメクジよりもカエルの方へ食いつく事は、既に確認されている。間違って先にカエルを襲ってしまえば、ナメクジが勝利する。ただのヘビより強い二つ頭がある程度頭が良くて、先を見通す力がある事が前提になる。そして、カエルが意外と頭が良いのなら、両者とも動かないだろう。ナメクジは積極的に戦いを挑む事は無いだろうから、引き分けだ。なかなか難しい。
皆が個別に相談を始めた。何となく聞こえてくるのから判断すると、一番人気はやはりヘビだ。しかも圧倒的一番人気の様だ。エレノア様は、日頃から世話をしているナメクジを買いそうだ。だからヘンリー一行は、皆ナメクジを買うだろう。
しかし、こういった時は、人気薄を買って一獲千金を狙うべきだ。どう考えても勝ち目の薄いカエルを買う事にして、銅貨一枚をカエルに託す事にした。参加人数は、ヘンリー一行に私を加えて六人だ。ノーザン・グラム側は作戦に参加したエオウィン様以下十二人に、砦の守備隊長さんと副隊長さんを加えて十四人になった。つまりカエルが勝って一人勝ち出来れば銀貨一枚になる。
「申し訳ありません」
予想どおりナメクジを買ったエレノア様が声を上げた。まさか、カエルに変更する積りか?
「我々は無一文ですので参加出来ません。どなたか、この街道クッキー・デラックスを買って頂けませんか? 半額で結構です」
相変わらず無一文なんだな。しかも、ヴィルやボニーにまで伝染している。もしかしたら、新種の病気かも知れないな。
街道クッキーは無事にエオウィン様のお買い上げとなり、全員が賭けに参加出来た。ビールを片手にいざ勝負だ。
ウインド・バリアの障壁が覗かれると同時に、二つ頭が動いた。狙いはカエルだ。舌をピルピルさせながら、ゆっくりと進んでいる。カエルはナメクジを見ているが二つ頭を警戒して動かない。片方の目玉だけを二つ頭に向けている。ナメクジはワームの魔法陣から動かない。
二つ頭が鎌首をもたげた。ただ、ライトの壁を貼り付けた天井があるので余り高く無い。
いいぞ。ヘビが襲い掛かる時は、立てた鎌首が相手に向かって行く。体が伸びる訳では無いし、飛び掛かるわけでは無い。立てた鎌首が低い位置にあると言う事は、襲う時に頭が進む距離が短くなる。その分カエルが警戒しやすくなり、逃げやすくなるはずだ。
ジリジリと二つ頭がカエルに近づく。カエルは距離を測っているのか動かない。そろそろ、一回跳んで逃げた方がいいんじゃないか?
遂に二つ頭が仕掛けた。カエルは跳んで逃げた。が、二つ頭の攻め方が良くて、角に追い込まれた。更に二つ頭が追い詰める。カエルは上を見たが天井がある。いかん、逃げられない……。
哀れカエルは二つ頭にかぶりつかれ、飲み込まれてしまった。残念ながら私は負けだ。まあ、仕方ない。
その後、カエルを食べて満足したのか、二つ頭は動かなくなった。そのまま半時間が経過した。協議の結果、カエルの一人負けの裁定が下り、私が負けただけになった。他の人は払い戻しだ。銅貨一枚は、胴元とも言えるエオウィン様の物となった。
「まずはカエルを集めます。氷室で保管しておけば春以降の餌にも使えます。そうやって、カエルとアンフィスバエナを減らしていきましょう。ナメクジの投入はそれからにします」
エオウィン様と幕僚達の協議が終わった。結論として、カエルの寝込みを襲う事になった様だ。




