北方の地
島の北方では争いが勃発していた。
最北端のフィニス、その南西のセプタンアクウィラ、そして南東にあるノーザン・グラムは三つ巴の争いを繰りひろげてきた。フィニスが最も領土が広い。しかし、そのほとんどが急峻な地形だ。人口は三か国共似たようなもので、互いに相争うだけでいずれか一か国を制圧するほどの国力は無かった。
フィニスは、男は全ての者が戦士を名乗っている非常に好戦的な部族で、毎年のように両国いずれかに争いを挑んでいた。魔王の復活と、セルトリアへの援軍派遣のため、しばらくは三国間の争いは無かったのだが、応援軍が帰還すると同時に行動を開始した。
軍を解散せずにそのまま国境に張り付けたのだ。元より傭兵など雇っていない。その寒冷な土地柄から、農業よりも狩猟や漁業に食料確保の重きを置いているだけではなく、他国への略奪と島外との交易が盛んだ。それだけに、北方への領土的野心を持たない南隣の二国にとっては厄介な相手だった。
そうかと言って、残りの二国は犬猿の仲も良いところで、手を組むことなど共に考えなかった。元々セプタンアクウィラの家臣が旧領主の土地を奪い取って建国したのがノーザン・グラムだ。誼を通じる訳もなく、先の戦争では敵国同士だった。
三か国の争いは均衡の崩れぬままに続いていたのだが、それが一つの変わり目を迎えた。遂にノーザン・グラムがフィニスと手を組んだのだ。
ノーザン・グラムは自ら婚姻を申し込み、共にセプタンアクウィラを倒してから雌雄を決しようと使者に言わしめた。使者と言っても魔王軍討伐軍を率いる王太子であった。
王の親書を携えフィニス王都にまで来た王太子にそう言われれば、受けなければ恥になる。フィニスはそう受け取った。これはフィニスを形成する部族の特徴で、常に対外的なプライドが外交の全てに優先してきた。そして密約はなった。
セプタンアクウィラ陣営は驚きと衝撃を持って受け止めたが、二国の連携は想定の範囲だった。国境を固めると、日頃からの盟約通り速やかに同盟国であるメディオランドに援軍を求めた。
メディオランドとしては島全体に戦域を広げる積りなど無い。北方は自らより国力の劣る三か国が相争う状況が好ましいと判断した。二国が連携した以上、残り一国に肩入れし均衡を保つのは当然だった。
検討した結果、ノーザン・グラムを支援する可能性の高いグラム王国を牽制することにした。グラムとノーザン・グラムは兄弟国と言える関係であり、しばしば、一方が他方の王を兼ねてきた経緯がある。
セプタンアクウィラとノーザン・グラムの両国の国境付近に自国の兵を集結させ、いつでも介入出来る構えを見せた。
その兵はセプタンアクウィラとセルトリア国境の兵を当てた。セルトリアが攻めてくることはあり得ないと考えており、事実そうなった。
その信頼に答えるために、セルトリアは東の原のロバーツとグラディスをしてメディオランド王と連絡を取り合い、東の原北方の魔王軍残党狩りに精を出すことを伝達していた。双方共に国境ががら空きになったわけだが、農繁期だ。恐らく戦役は長期に及ばないだろうから、常備軍さえ動かしておけば良いと踏んでいた。
セプタンアクウィラは国境を守るメディオランド兵が移動してゆくのを見て、北方を防戦のみにし、国を空にし残り全ての兵に臨時徴募の傭兵まで加えて、ノーザン・グラムに攻め込んだ。国境の砦を突破し、村々を占領すると、その後へはメディオランド兵が入って来た。これでセプタンアクウィラは後顧の憂いなく前進出来た。
メディオランドは王太子をセプタンアクウィラ王の本陣に派遣し、いわば人質となってセプタンアクウィラ側と共同作戦を練っていた。実はこれはロバーツの考えだった。俺ならばこうするとと言ったのを、そのまま採用したのだ。
この措置にセプタンアクウィラ王は喜び、勝てた場合は土地も賠償金も分け取りにしようと提案してきたぐらいだ。もっとも占領地の一部を貰ったところで飛び地になるだけなので、メディオランドは丁重に断りをいれたのだが。
元々、グラムはノーザン・グラムよりも小さい国で、両国を合わせたところでメディオランドの方が遥かに国力は上だ。援軍を出そうとしていたグラムはメディオランド軍に攻め込むわけにも行かず、手をこまねいている間に戦局が進んでいってしまった。
そのうちに、不甲斐ないノーザン・グラムに業を煮やしたフィニスが撤兵をし、一旦各国の軍は停止した。セプタンアクウィラとて長期戦は望まなかったからだ。
結局、フィニスはノーザン・グラムから花嫁を、セプタンアクウィラは占領した分の土地と賠償金の半分を、メディオランドは賠償金の半分をそれぞれ手にした。ノーザン・グラムは領有する土地の六分の一程度を失い賠償金も支払う破目になり、一人負けの形でこの戦役は終結した。
グラムはメディオランドの無言の恫喝に屈したわけだが、これはノーザン・グラムの不興を買うだけではなく、メディオランドの目先の獲物としての可能性を見せてしまった。事実、ノーザン・グラムへ侵攻したメディオランド軍の一部はグラムとの国境に駐屯し、恐らくは冬までには侵攻してくるであろう気配を見せていた。
◆◆◆◆
北方の戦役が終了し、一週間ほどたった頃、エングリオ王国では、王城の見張り台でセルディック王とセルベトゥスが相対していた。この二人が顔を合わせるのはこの眺めが良いこの場所と決まっている。
暑い夏の日差しの元、春まきの麦や豆が結実している。小麦の刈り入れが終わった畑地や放牧地で家畜が草を食んでいるのが見えた。近いうちに放牧地は耕され、夏用の畑は放牧地に入れ替わるのだろう。
「北方の騒ぎにそなた達は噛んではおらんのか?」
セルディックはにこやかに聞いてきた。彼はこの魅力的な笑顔で、国民の尊敬を勝ち得ている。無論行政手腕の伴ったものだ。
「申し訳ござりませぬ。北の端の民とは根本的に崇拝しておる神が違いますので、全く話が噛み合いませぬ」
セルベトゥスは深く頭を下げて謝罪した。
崇拝する神など何でも良いではないか、とは王は言わない。
価値ある物とは、自分の追う物と自分以外の者の追う物の二種類しか世の中に存在しない。そのことを知っているからだ。
「なれど、利用価値があるものと愚考致します」
「どういうことだ」
「メディオランドでございます」
ふむ、とセルディックが右手を顎にやり考え込んだ。
「メディオランドはグラムに攻め込んで行くかな?」
「王がメディオランドと事を構える気が無いことをお示しになれば、動くやもしれませぬ」
「西を攻めろと言うのか」
「ご賢察でございます」
「冬であろう。レグネンテスとの国境の山に雪が降るな」
レグネンテスはエングリオの北西にある国で、東をセルトリアと、西をこの島の西端の国プライモルディアと国境を接している。この三国は先の戦争での同盟国で、エングリオと戦端を開いていた。
プライモルディアの東部は険しい山地になっていて、そこから先の半島部全てを領有している。三方を海に、残り一方を山に囲まれた、いわば天然の巨大要塞だ。そこを攻めるのだ。冬になればプライモルディアの防壁である山地には雪が降り、他国との陸路による交通が遮断される。
「海から行くか」
「御意」
この王は話が早い。セルベトゥスは舌を巻いた。
「その方らの手勢は間に合うのか?」
「間に合わせてご覧に入れましょう」
王は満足そうに頷いた。西に回すのであれば、常備軍のうち西方の数千程度で良いだろう。彼らはこのところ戦っていない。休養は十分だ。
「しかし、禁呪というものは便利なものだな。他人が使う魔法を我が術とすることが出来るとはな」
「なればこそ各国に恐れられて封じ込められようとしているのでしょう。しかしながら、要は統御される方のご器量次第と愚考致しまする」
「この俺にその器量があるかな?」
にこやかな笑顔でセルベトゥスを見る。
笑顔の元は自信ではない。当然慢心でもない。この王は単に楽しんでいるのだ。内政も、外交も、そして戦争も。
だからこそ統治者になれる。そう思ったセルベトゥスは、黙って頭を下げた。
「何人が魔物を扱えるのだ?」
「今のところ五人ほどでございます」
「少なくはないのか?」
「五人いれば、二、三百は扱えるでしょう。少し工夫をすれば、砦一つ落とせるものと思うておりまする」
「そうか。作戦が出来上がったら事前に報告せよ」
「かしこまりましてござりまする」
セルディックは、頼んだぞと言い残し、その場を後にした。




