洞窟の防衛戦①
体を誰かにゆさゆさと揺すられる。
院長先生の声がする様な気もするが、もう私は孤児院の生徒ではない。きっと夢だろう。夢なら起きなくてもいいかな……。
「ジャンヌ。起きなさい。敵が来たわよ」
うーん。院長先生、人の夢に出てきちゃ駄目ですよ………あれっ?
「寝ぼけてないで早く起きるの!」
ハッと気が付いて目を開けた。院長先生の顔が見える。
そうか。ここはゴブリンの洞窟だった。で、敵って……敵!
慌てて起きた。隣ではベアトリクスが寝ている。奥ではロビンソンさんがゴブリンに起こされている最中だった。
「この洞窟は魔物の群れに囲まれました。戦いになりますよ。支度なさい」
洞窟を見回すと既に宴会は終わっていた。マックバーンさんとウィリアムス神官が広間の入口を固めている。ベイオウルフ、マルセロさんとエミリー先生の姿は既になかった。
「ベアトリクスを起こして。貴方は私の傍を離れない様に」
魔物の群れ? 囲まれた? どういう事?
私達のいる洞窟がオークの群れに襲撃された。時間は夜明け前。朝駆けだ。寝起きを襲われた。
最初に気づいたのは狼達らしい。
唸り声を上げ始めた狼の様子を見た衛兵隊とアンガスさん達猟師が、院長先生に支援魔法をかけて貰って、洞窟の入り口付近を固め迎撃戦の手筈が整えられるまでを支えたようだ。
かなり激しく戦ったようで、すでに負傷者が出ている。院長先生がいる以上は命に別状は無いと思うが、やはり心配だ。
院長先生と私が負傷者の治療の担当だ。
さながら野戦病院か。
運び込まれた負傷者は衛兵隊の一人で、体のあちこちに手傷を負っていて血塗れだ。革鎧もボロボロになっている。
野戦病院は広間の奥の小部屋が当てられた。ゴブリンのお母さんと子供の部屋だ。ゴブリン達が怪我をした場合に備えて、お母さんたちの何人かが薬草を取り出し病院スタッフに加わった。
動けるゴブリンはマクバーンさんの指揮の元、ロビンソンさんが指示を出して偵察を担当するらしい。
光が無くても先が見通せるゴブリンなら偵察にうってつけだ。
それに、この洞窟にはゴブリンでなければ潜り込めないような狭い通路が何本も掘られている。幾つか用意されている罠を発動させるのは彼らにしか出来ない。
狼達は最後の防衛部隊になる。ロビンソンさんの判断で病院の前で待機している。
正面攻撃だけに限定される通路では魔物には通用しないからだろう。
ゴブリン達による偵察の結果、相手の規模が分かった。槍や両手剣を持ったオークが六十匹以上にオーガが五匹以上。
どうやら以前この巣にいたオークが逃げ延びて、どこからともなく別の群れを連れて来たようだ。
お礼参りと言ったところか。
ということは敵の目標はロビンソンさん、つまり人間になる。ゴブリンは生かしておいて手下としてこき使う積りなのだろう。
対する私達の戦力は、人間が十六人にゴブリンが三十二。しかし、身重なお母さんや子供を除くと雌雄合わせて十だ。いや、長老を除いて九だ。概ね七十対二十五なので、三倍近い差がある。劣勢もいいところだ。
オークは残虐な魔物で、降伏しても何人かは嬲り殺しにされて食われるらしい。何がなんでも勝たなければなければならない。正直言って足が震えてまともに歩けない。
院長先生は、私の傍に立ち、ゆっくりと私の頭を撫でてくれている。
子供達が泣き声を上げないまでも、涙を流しながら抱きついてくるので怖がってばかりもいられない。
私が怖がれば子供達に伝染する。神官として踏ん張らなければならない。
「オークやオーガは一匹銀貨二枚だ。稼ぐぞ!」
クレイジーな魔法使いの能天気な声が、今更ながらに頼もしく思えた。
そのパウルさんも今や前線に出ていて、この場にはいなかった。
◆◆◆◆
マックバーンは、魔物の群れに囲まれたとの報告を受けた後、カトリーヌ達と協議して迎撃の手立てを考えなければならなかった。
オークは強い。
魔法は使えないが、大柄な人間程度のサイズにしては、とにかく力が強く武器の扱いも上手い。一対一では普通の人間に勝ち目は無いとされている。
狼達のかなり早い段階での敵襲の予報にも関わらず、味方の態勢を整えるまでの間に負傷者を出してしまった。通路が狭いために一挙の侵入を許さない代わりに先頭に立つものが交代できなかったからだ。
通常はチェインメイルや鋼鉄の楯を装備して戦う相手に、支援魔法を受けたとはいえ俊敏なゴブリン用にと軽い革の装備をしていたのも影響している。
それでも先頭に立った者は時間を稼ぐために踏ん張った。少なくともマルセロとエミリーが最初の交差路を横切り二階の見張り部屋に向かうまでの間、最初の通路を維持しなければならなかったからだ。
通路が狭いおかげで互いに獲物を振り回すことが出来ず、攻撃は単調な刺突と体当たりが中心になった。それを楯でそらし、槍ですらし、出鼻を抑えて腕力差を埋めた。
最初の一人は懸命の防戦にも関わらず、槍を叩き折られ、楯も半壊状態になり、致命傷にはならないとは言え複数の手傷を負った。
カトリーヌの支援魔法を受けているとは言え、せいぜい元の身体能力の五割増し程度では魔物との個の格差を逆転できない。もっとも五割増しの身体能力上昇はカトリーヌのような超上級魔法を使う神官でなければ成し得ないほどの効果なのだが。
最初に楯になった者の後方には、三名の衛兵隊と三名の猟師が控えていた。
オークの槍を右肩にまともに受けた。そのまま体当たりで弾き飛ばされたところで、パウルがウィンド・バリアで空気の壁を作った。即座に解放し、窒息死したオークもろとも一旦相手を吹き飛ばして、間合いをとった。
そして、土の魔法で穴を掘り、掘った後の土を穴のこちら側で土塁にしてなんとか足止めした。衛兵隊が楯をかざし、その隙間から猟師が矢を放ち、ようやく遅滞戦闘が可能になった。
敵にオーガが混じっているのも厄介だった。力の強さもさることながら、連中は魔法防御に長けている。カトリーヌの支援魔法を受けており、パウルの魔法防御があるから敵の攻撃魔法によるダメージは無視できるほどに軽減できるが、こちらの魔法の威力も半減させられた。
ロビンソンが居ながらにしてオーク共を操るのを断念した理由も、オーガの存在だった。失敗した場合、ロビンソンが殺される可能性が大きく、それでは今回の探索の目的が達成できなくなるからだ。
パウルの魔法でさえ、オークを弾き飛ばすだけで止めを刺せなかった。いわんやベアトリクスの魔法は牽制にしかならなかった。
一方で、射撃では十分なダメージを与えることできた。
土塁の後方からパウルのフェイヴァラヴル・ウィンドで起こした風に乗せて放った矢は、松明を背景にしているからオーク達からは見えづらく、ベアトリクスの石礫を飛ばす魔法ハール・ストーンによる牽制の効果と相まって威力を発揮した。
一旦加速を得た矢や石礫に魔法防御は関係ない。狙いが正確な猟師の腕もあって、一つ目の土塁で五匹倒した。風の勢いで相手の矢を失速させたことも被害を抑えるのに役立った。
穴の縁に積んだ土塁は、穴の底からではオークの身長より高かった。最前の衛兵隊が土塁をよじ登ってくる敵を槍で突き落としつつ、その陰に隠れて矢を放つ事で互角の戦いに持ち込んでいた。
それでもオークの剛腕によって投げつけられた人頭大の石によって頭から血を流し意識を失った兵士は、一番若く実戦経験の少ないベイオウルフに担がれて後方に下がる破目になった。一人が負傷すれば一時的にしろ、さらに一人が前線から下がる事になる。ベイオウルフが帰って来るまでは、少ない人数で相手の攻撃を防がなければならない。
掘った穴が数匹のオークの死体で埋まり、新手がその上を踏み越えてくるようになった。
パウルが風を起こして相手を吹き飛ばし、次の十字路まで下がって新しい穴と土塁で防壁を作った。
作戦では、この形を最初から数えて三度繰り返して最後の大広間での迎撃になる。
カトリーヌの魔法で一気にケリをつけるのだが、そこに引きずり込むまでになるべく多くの敵を倒そうとした。




