ゴブリンの本拠地へ
私達の一行は、十六人と七匹になった。
餌付けが効いたのか、狼達はロビンソンさんと私を囲んでいる。
私の左右には狼が歩いていて、手を延ばせば好きな時に頭を撫でることが出来る。
一匹を撫でると、他の狼達が、撫でてくれとばかりに寄って来る。
ロビンソンさんが言うには、狼達は単純にお腹が空いていたらしい。そこに肉の臭いをさせた何かが来た。
「それにしても、人間の臭いがするところへ狼が来るってのはなあ……」
アンガスさんに言わせると、有り得ないらしい。よっぽどお腹がへっていたのだろう。
「エミリー。どう思う?」
今までニコニコと私と狼を見ていた院長先生が、突然口を開いた。
「なにか生気が感じられません。この森は何か変です」
やっぱりここは変なんだ。
「獣の気配が無いな。何かとんでもない魔物でもいるんじゃないのか?」
アンガスさんだ。しかも恐ろしいことを言っている。院長先生のそばから離れない様にしなければいけない。
「ロビンソンさん。この辺りは以前からこうだったの?」
院長先生が今度はロビンソンさんに聞く。なにせこの辺りに住んでいた。
「いえ、狼達が飢えるようなことは無かったはずです。僕がゴブリンの群れの大半を連れてクモを減らしに出たので、逆に獣は増えていると思っていました」
「狼の群れは巣の近くにいたの?」
「いえ、住み分けていましたね。狼達はもう少し遠くのほう、これから行く巣の向こうにいたはずですが……」
ふむ、と聞いた院長先生が俯いた。あまり良い表情ではない。
「急ぎましょう」
元猟師のエミリー先生が歩調を早めた。それどころか皆がそれに倣う。私とベアトリクスは小走りに近い。これでは直ぐに息が上がってしまう。
ちょっと、皆さん早すぎますよ。もう少しゆっくりお願いします。
ありがたいことに、私とベアトリクスの息が切れた頃を見計らっては休憩になった。ただし、座っては駄目だ。立ったまま木にもたれて休む。水を飲むにも一口だけだ。それ以上は足が重くなると言われた。私達以外誰一人息を切らしていない。エミリー先生はどこで鍛えてるんだろう。
気が付くと既に夕方だ。怪しい雰囲気の森の中で夜を過ごすのは少々、いや、かなり心配だ。
それでもゴブリンの洞窟の入り口が見えた時は安心できた。つい一昨日はゴブリン攻めに加わっていたにも関わらず。
我ながら都合良く考えるものだな。
ウィリアムス神官がセンス・ライビングで中を探ると、ゴブリンの反応が三十近くあると判定された。
「少し待っていて下さい」
松明をもったロビンソンさんが一人で洞窟の中に入って行った。ゴブリンと合流するのだろう。
「大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ。元ボスなんだから」
ベアトリクスが随分と気楽そうにしている。
「でもさ、勢力争いとかあったりしたら」
「魔法があるし何とかなるんじゃないの?」
「でもさ、一応魔物の巣よね。たった一人じゃ危なくないかな」
「逆よ。他の人間が入って行ったら一遍に敵認定されちゃうじゃない。第一、ここで大丈夫じゃなかったら、ここまで来て報酬無しよ。考えたくも無いわ」
それは大変だ。良い経験にはなったが、空振りは悲しすぎる。ここはなんとかロビンソンさんに頑張ってもらおう。
ベアトリクスとヒソヒソ話をしていると、ロビンソンさんがあっさり出て来た。
「皆さん、お待たせしました。中に入っても大丈夫です」
皆、顔を見合わせながら尻込みしている中、院長先生が先頭を切って洞窟に入っていく。
流石だ。ニコニコして手に持った錫杖を片手で杖代わりにして普通に歩いて行く。その後ろをエミリー先生が慌てて追いかけた。
院長先生が余裕綽々と入って行くので、皆も安心したのか手に手に松明を持って続いた。
本拠地の洞窟はやっぱり天井が低くて狭かった。
ロビンソンさんによれば、洞窟の構造は前回戦ったとこと同じらしい。あれは仮陣地だったらしいので、何かに襲われても戦いやすいようにわざと同じに作ったのだそうだ。その点は私達にとってもありがたい。
入口から真っ直ぐ奥に行くと、途中で左に短い通路があってその先はT字型の三叉路になっている。確か右に行くと途中に部屋があって、前の洞窟では私達一七五の会が魔法を反射させて戦ったところだ。今回は奥に入り込むために左に向かう。クモと戦ったところに進む。
その先は十字路になっている。
二方向はダミーだ。右に折れて進む。再びの十字路でまたも右に折れる。前回はパウルさんの掘った直通路を通ったので簡単だったのだが、実際に通路に沿って攻めていたら、苦戦したかも知れない。二つ目の十字路の先の曲がり角を左に右にと曲がって行くと、その先は大きな部屋になっている。
本拠地の大広間とでも言うのだろうか、そこは前の洞窟よりも少し広く、そしてやや高く感じた。壁は二階建て半くらいで、沢山の穴が空いているのも同じだ。
ロビンソンさんは部屋の中央に立っていて、その前にゴブリン達が私達を警戒しつつたむろしている。ゴブリンの雄と雌の区別は良く分からないが、お腹が大きく子供を抱いているのはきっと雌なのだろう。全部で三十体ほどいるのだが、大半が雌と子供みたいだ。
子供の顔は皺なんかなくツルツルだ。なんでも、成熟すると雄雌に関わりなく皺が増えるらしく、人間で言う成人になるとかなり皺が増えているらしい。
立って歩ける大きさの子供たちはおびえた感じで母親にしがみついている。
無理も無い。私達は群れの大半を殺したのだから。
正直、ロビンソンさんに案内させて本拠地のゴブリンの所に行くと聞いた時は、全滅させるのかと思った。いくら何でもそういうだまし討ちは起きないと思うのだが、何分生々しい戦いの記憶がある。
勝者は敗者に寛大になれるだろう。しかし、圧倒的に敗北した側の心証はどうなのだろうか。そして、ゴブリン達が人間達の条件を呑んで労働することを良しとしなかった場合は…………。
果たして、どのように説得するのか?
ロビンソンさんは、ゴブリン達に全部話した上で提案したらしい。
我々は戦いに負けたと。
自分も仲間と共に死ぬつもりだったが囚われの身になってしまった。そして、人間の仲間になれと言われた。仲間になれば手伝いをするだけで報酬として住む土地と食料と綺麗な水を与えて貰える。必要な道具もくれるらしい。相手のボスと契約した。
ここから移動して魔王から離れて人間と手を組み、群れを大きくするのだ。
出来過ぎの様な気もするが、長老がボス……つまりロビンソンさんの交わした契約を信用し、群れ全体の意思が決定したそうだ。
元々ゴブリンは弱い魔物だ。ボスが倒された場合、別の強い何者かをボスに戴き、その命令に従って生きることに慣れている。そういう背景があってのことだとロビンソンさんは言った。
「ジャンヌ神官」
ロビンソンさんが私を呼んでいる。
なんだろうと思ってそばに行くと、私の背負った物入れ袋を指さした。
「確か、お菓子が入っていたね」
街道クッキーの残りだ。湿気に気をつければ日持ちするので二つほど食べずに残していたのだが、狼にやった干し肉を取り出した時に目敏く見つけられていた様だ。
「子供達に分けてやってくれないかな」
なるほど。それはいいかも。
狼達を手懐けた方法と同じだ。いや、人間だって美味しい物には気を許すだろう。
「あの子まだ持っていたのね」
「うむ、どこまでも食い物に執着しているようだな」
ひがみ屋の魔法使い二人の声を他所に、袋からクッキーを取り出す。
子供の数が多いので、一つのクッキーを四つに割って八つの欠片にして、その内の一つを手のひらに乗せて手近な子供に差し出した。
子供は怖がって母親にしがみついた。母親は子供を背後に庇ってロビンソンさんを見ている。かなり警戒されている。
止むを得ず、一つをさらに割って自分で食べた。毒見だ。
うん。美味しい。
そうして私が食べた残りを母親に差し出した。
母親はロビンソンさんを見ている。ロビンソンさんが頷いたのを見ると、意を決したように私の手からクッキーを取った。目をつぶって口の中に入れる。
果たして、人間の味覚とゴブリンの味覚は一致するのか……。
答えは…………母親から返って来た満面の笑みだった。
結局、私はクッキーを頬張るゴブリンの子供達に囲まれた。
頭を撫でてやるとニコニコとしてくれる。人間と変わらず子供は可愛いな。
「くそう! 街道クッキーマニアの儂が後れを取るとは……」
何やら、怪しげな単語を使う可愛げのない魔法使いの言葉は、聞こえなかったことにした。
場が和んだところにアンガスさん達が入って来た。皆手に兎やら鳥やらなにやら獲物を持っている。
相変わらず腕が良い。
「まずは、飯にしようや。話はそれからだ」
いつの間にか焚火が焚かれ、人もゴブリンも輪になって座り、兎や鳥を炙りながらパンやチーズを皆が取り出した。狼達も一つずつ何かを貰っていた。
全員が手に持ったものを半分に分けてゴブリン達に渡した。
薄めていない蜂蜜酒といくつかのお椀まで出て来た。出所は院長先生だ。完全に宴会になってしまった。
パンとチーズと兎の肉を見張りのベイオウルフの所に持っていくと、お礼を言うなり立ったまま食べている。少々行儀が悪いが、これも仕事のうちだと言っていた。他の場所にいる衛兵隊には院長先生が配って歩いた。暗い洞窟の中を恐れもせずに一人で歩けるのは院長先生ぐらいだ。
焚火の傍に帰ると、いつの間にか私の周りに子供達が集まって来た。
クッキーはもうないんだけどなあと思っていたら、皆手に兎の肉の欠片を刺した棒を持っていた。
どれもこれもこんがりと炙ってある。
見せに来たのかと思っていたらどうも違うらしい。
食べてやれとエミリー先生に言われた。
口元に突き出してくるのでパクリと食べて、おいっしい! と微笑み頭を撫でて頬ずりしてあげると喜んでくれた。クッキーのお返しのようだ。お母さんたちもニコニコしている。
エミリー先生が仕込んでくれたのだろう。
枝に小さく切った肉を刺して炙ったのを、子供達に見せて私を指差しただけで伝わったようだ。
孤児院の子供達人気ナンバーワンだけあって、子供達が何をしたいのかが良く分かっている。
ジェニファー先生がエミリー先生を名指ししたのは、院長先生だけではなくて子供たちのお守りも兼ねていたようだ。
大人たちは蜂蜜酒で盛り上がっている。
どうせ、夜明けまではここに籠っている。酔っぱらわない程度ならば親睦を兼ねて酒盛りになった方が良い。
中心にいるのは、思った通り魔法使いの二人だ。
「中の原猟師組合準備体操第一! はじめえ!」
パウルさんが立ちあがって変な動きで踊ると、猟師もゴブリン達もゲタゲタと笑っている。どう見てもただの酔っ払いだ。始めは敵意を持っていたような感じだった大人のゴブリン何匹かも、ロビンソンさんと一緒に笑っている。オッサンは種族を超えてもオッサンだ。
「かんぱーい」
立ち上がったベアトリクスが大声を上げて蜂蜜酒を飲み干し、空の器をゴブリンに渡して、続けとばかりに注ぎ入れる。オッサン相手ならベアトリクスは無敵だ。
器を渡されたゴブリンも立ち上がって何やら叫ぶと、一気飲みした。人間とゴブリン両方のオッサン達から歓声が上がる。
やんややんやとゴブリン達との宴会は続き、私はいつの間にか寝てしまった。




