鳥の頭亭
オレンジジュースで割った白ワインのグラスで乾杯する。
今日は記念すべき魔物退治第一回目だ。しかも、三人で銀貨三枚半を稼いだ。ワイン一杯くらいの贅沢は女神様もお許しになるだろう。
ここは、鳥の頭亭。
ネズミ退治の餌に使った鶏ガラを分けてもらった食堂兼飲み屋だ。
鶏肉料理で有名な場所で、私達のテーブルにもローストチキン三人前がパンと煮野菜と一緒に並んでいる。これで何かで割ったワインが一杯付いて一人前銅貨四枚だからなかなかよろしい。
丁度、夕食の時間帯に入ったせいか結構混んでいて、エプロンを着けたウェイトレスのお姉さん二人が慌ただしくテーブルの間を行き来している。
「滑り出しとしては悪くないわね」
パンをちぎって口に放り込んだベアトリクスが機嫌良く言った。
「この調子で成果を上げていけば、ネズミ退治以外の仕事も出来るようになるだろうな」
ローストチキンを口に運ぶベイオウルフも納得だ。
町長から二週間はネズミ退治だけしかしないように言われている。ネズミ退治の結果を見て次のステップに進めるかどうか判断するとのこと。
「下水道の次ってどこになるの?」
「魔物退治の巡回路は下水道と北の森の水源地と町の外壁から少し離れた森とかだ。街道の周辺は犯罪者の取り締まりも兼ねているから、私達だけでは難しいかもな」
まあ、確かに、私達を見たところで逃げ出す犯罪者はいないだろう。麻袋を被っていたとは言え、不審人物として通報されたくらいなのだから。
「北の森はどんな感じ?」
念のために聞いておく。事前の情報収集は大事だからね。
「魔物化したキツネだね。そう強くもないが、森は隠れる場所が多いからな。突然襲い掛かってこられた場合の対処を考えておかなきゃならないな」
ちょっと待って、そんなの無理だよ、出来ないよ。
「無理。ベイオウルフはともかく、私とジャンヌは対処なんて出来ないわよ」
ベアトリクスが至極まっとうなことを言う。頷くしかない。戦闘訓練なんて受けてない。
「今が駄目でもまだ時間があるからね」
「二週間で何が出来るの?」
ベアトリクスは納得していない。
「衛兵隊の体験入隊を受けてみないか? 次の日曜日の午後に一般女性用のコースがある。私以外にも女性兵士がいるし、護身術くらいは身に付けておかないとこれから大変だよ」
思わずベアトリクスと顔を見合わせる。
確かに訓練は大事だ。今日のネズミ退治の時も、昨日からの練習が役に立ったのだから。
「どうする?」
ベアトリクスに聞いてみた。
「参加するだけでもしてみよう。駄目なら目途が立つまでネズミ退治を頑張ればいいのよ」
「それもそうね」
こういう時、ベアトリクスは決断が早い。
とりあえず、明後日の日曜日なら二人共休みだと言うので、衛兵隊の訓練場に行くことになった。
私の予定? 野良にそんな事聞くんだ。二人共マナーってものがなってないわね。
「それはそうと、今回のベイオウルフの取り分はどうするの?」
ベイオウルフは衛兵隊だから討伐報酬を手に入れることが出来ない。
黙っとけば分からないわよ、というベアトリクスの提案は、ベイオウルフによって却下された。信頼を無くすと契約違反を問われて魔物退治を請け負えなくなると言うのだ。かと言ってベアトリクスと二人で分けるのは忍びない。
「これから先、なにかと入用の物が出てくるだろう? そういったものをジャンヌに買っておいてもらえばいいんじゃないか? 私は自分の基本装備は衛兵隊で賄ってくれるしね」
「そうか、今のところ、野良やってるジャンヌが一番時間あるのよね」
「無所属神官って言ってよね!」
スプーンをベアトリクスの顔の前に突き立てて抗議した。人に言われるのには抵抗がある。
「どうだろうジャンヌ。引き受けてくれるかな?」
まあまあと、ベイオウルフが宥めてくる。
これって断れない流れね。
なにせ、週三回半日ずつのネズミ退治と、週一、二回の巻物作り以外は、今のとこ予定が無い。
「いいけど、何を買ったらいいか分からないわよ」
「分からないうちは買わなくてもいいんじゃないかな。とりあえず、今日使った分は清算してそこから出してもらえるとありがたい。それと、私は明日は夜勤だから昼間は時間がある。明日の午後に今日使った分を一緒に買いに行こう。そうだ、油は二瓶買ったほうがいいな。後始末に今日以上に使うかもしれないからね」
今日のネズミ退治のために買ったのは、紐付き麻袋三枚、油一瓶、針金ひと巻き、それに竿二本だ。松明用に竿の先に括り付けて針金で巻いたぼろきれは、昨日仕事が終わったベアトリクスと二人で仕立て屋を何軒か回って、余った布切れを山ほどもらってきているからまだ余りがある。足りなくなったのは油だけだろうから、今日買った分と補充する分を合わせても、銅貨十枚もあれば十分だ。
「じゃ、よろしく。私が預かったら絶対無駄遣いしちゃうだろうけど、ジャンヌなら心配ないわね」
ペッと、舌を出したベアトリクスは、ウェイトレスのお姉さんを呼び止めると、ワインのお代わりを注文した。
あんた自覚はあるみたいね。
食事が終わってくつろいでいると、隣のテーブルでは先ほどから年配の男性二人が討伐軍の話をしている。
「そろそろ、討伐軍の一部が帰還してくるって話だが、ありゃ、本当なのか?」
「本当らしい。ただし、負傷兵以外は村から出征した連中ばっかりらしいぞ。きっと麦の刈り入れに間に合わせるんだろうな」
私達はなんとなくテーブルの中央に頭を寄せ集めた。
「ねえ、ベイオウルフ。隣のオッサンが言ってるのは本当なの?」
ベアトリクスが声をひそめる。
「ああ、本当らしい。正確にはもっと混み入っているけどね。ここでは話せないから、孤児院に帰ってから話すよ」
ベアトリクスは納得したのか、軽く頷くと、厨房のほうへ歩いていった。
きっと、来週のネズミ退治に使う餌を貰う交渉をしに行ったんだろうな。
しばらくこの店で夕飯を食べることになりそうだけど、美味しいからいいか。
孤児院に帰ると、ベイオウルフの部屋に三人で集まった。
鳥の頭亭で話に出た討伐軍の事を聞くためだ。
ベイオウルフが衛兵隊で聞いた話はこうだった。
森に籠った魔王軍を引きずり出すのは難しい。かといって、いつまでも帯陣は出来ない。国の経済機構と治安維持機構に与える影響が大きすぎる。志願兵の多くが農家の次男三男だから、彼らを農村に返さなくてはいけない。また、徴募当時六十歳だったものが六十一歳になる。そういった事情を鑑みて、
・軽傷以外の負傷兵で移動可能な者
・今年の四月時点で六十歳以上の徴募した者
・農村から徴募した者
を、六月中に帰還させることにした。
その後、九月までに一か月おきに順次帰還してくるらしい。
帰還してくるのは負傷兵を除くと臨時徴募兵と町や村の衛兵隊のみで、王国駐屯軍が帰って来るのはもう少し後になるらしい。中央軍はそのままだろう。
帰還するにあたっては、魔王軍の反抗を阻止出来るように、あちこちに砦を築く必要があると考えられたようだが、どうやら目途が立ったようだ。
今年成人する者を追加徴募することは、最初から考えられていない。
「そうなると、私達の仕事がなくならないかな」
衛兵隊が帰ってきたら人手不足は解消される。私達が入り込む隙間がなくなるかもしれない。
「いや、そうはならないみたいだ」
ベイオウルフの答えにベアトリクスが頷いたところを見ると、頭の良い彼女にとっては予想通りらしい。もしかしたら、アドルフさんにこっそり教えて貰ったのかも知れない。
「町の犯罪抑止と街道警備が優先されるみたいだ」
衛兵隊の半分が出征して巡回が手薄になった分、街中ではすりや置き引きなんかの犯罪が増えている。
「魔物退治はどうなるの?」
「町長公認魔物退治屋の私達が頑張るしかないのよ」
ベアトリクスが笑い、ベイオウルフが力強く頷いた。




