サボーディネーション
「さあ、準備はいい? 行くわよ!」
昇りたての朝日を浴びながら、院長先生と共に獣道を歩いて行く。行く先は、昨日戦った洞窟のさらに奥にあるゴブリンの本拠地だ。
どうしてこうなったのか。
ロビンソンさんは、ゴブリン達と一緒に暮らしている間に情が移ってしまった。もし赦してもらえるのであれば本拠地……私達が襲撃した巣穴は仮の巣穴だった……に生き残っているはずのゴブリン達と山の中で暮らしたいと言った。
しかしその本拠地は、どうやら赤目男をはじめ、何やら怪しげな集団に知られている。連中に捕まったら振り出しに戻るだけだ。
ではどうするのか?
アドルフさんが出した答えは引っ越しだった。
赤目男に知られないようにゴブリンの巣を引っ越せば良い。同時にロビンソンさんの家族の消息を確認し、あわよくば、セルトリアに拉致……もとい招聘……いや、この場合は拉致がいいのか?……する。
そうすれば皆安全に暮らせる。とのこと。
引っ越しが無事に終わった暁には、ロビンソンさんの指揮の元、ゴブリン達に仕事をしてもらう。その代わり、彼らの安全と安定した生活は保障する。との交換条件だ。
ゴブリン達にやってもらうのは穴掘りらしい。ゆくゆくは鉱山開発だそうだ。
鉱山労働は重労働と聞く。しかも、落盤事故に遭ったり、坑道の中の空気が悪くて病気になったりとかで亡くなる方も多いそうだ。
大半が懲役刑の受刑者だと言われている。自ら進んで就く者もいるようだが、借金があるとか事情がある人も多いらしい。
それをゴブリンに肩代わりさせる。地下で暮らす連中だから元気にやっていけるだろう。そうやって、人の役に立っていることが分かれば、いずれ人とゴブリンの間に和が出来るのではないか、そうすれば共存できる……。
一行は総勢十六人。アンガスさん達クモの調査をやっていた猟師が三名。一緒にゴブリン退治をやったマックバーンさんの班の衛兵隊が五名。もちろんベイオウルフもいる。マルセロ商会が四名。アンジェリカさんは今回も子守りだ。そして院長先生とエミリー先生。
院長先生は赤目男が出て来た時のために。エミリー先生は院長先生のお守りだ。
元々先生達は関係なかったのだが、院長先生が強引に割り込んできた。
止めておけと皆が言うのに、無報酬でいいからと聞かなかった。
「アドルフが殺されそうになった相手でしょ? そんな面白い……いえ、強力な敵が相手なら私が行かないでどうするの?」
異様に意欲を燃やす院長先生を止められる者はいなかったし、赤目男に勝てるのは院長先生くらいしか思いつかない。皆渋々承知した。
ジェニファー先生の出した妥協案が、エミリー先生を一緒に連れて行くことと、二人の報酬は孤児院への寄付金としてしっかりと貰うことだった。
エミリー先生が一緒に行く理由は分からなかったが、元猟師なので山歩きが得意なのだろう。
そして、ウィリアムス神官とロビンソンさんだ。
いわゆる魔法使いはパウルさんとベアトリクスの二人だけ。パウルさんはともかく、ベアトリクスは初級魔法使いだ。戦士が五人、弓兵が三人、元及び現職神官が五人、魔物使いが一人。何だかバランスが悪いような気がするが、院長先生がいれば大丈夫なのだろう。
山小屋までは再びテレポートの魔法陣を使って来た。中の原では一晩休んだだけだ。
アンガスさん達の調査期間が終了するまでに全てを終わらせたいらしい。
正直言って来たくなかった。中の原町民の為にもネズミ退治をやらなければならないからだ。
しかし、無事に事を終えたら一人頭金貨一枚出すと言われてしまった。さらに作戦中にゴブリン以外の魔物を退治したらその分は上乗せして貰えるらしい。
「今回の件は苦労の割には報酬が少なかっただろう。肩代わりのつもりだから受けては貰えんか?」
孤児院の頃から何かとお世話になっているアドルフさんにそう言われてしまっては断れない。
決して金貨一枚に目がくらんだわけでは無い。
「一人金貨一枚なら悪くはないな」
「そうね。何かあったら院長先生がいるし。私達は高みの見物を決め込んでお金だけ貰いましょ。ネズミ退治なんかよりよっぽどマシよね」
二人のなまけもの魔法使いが奉仕と勤労の二文字からはかけ離れたことを言ったのは、聞こえなかったことにした。
爆破したゴブリンの仮の巣に到着した頃には、太陽はいい高さに登っていた。
アンガスさんが言うには、この先には渓流が流れていて、そこがクモの調査の最終ポイントだそうだ。
しかし、ロビンソンさんによると、目的とする本拠地はその渓流から、さらに北に分け入ったところらしい。
つまり、クマを狩る猟師でさえ行かない所と言うわけだ。
ロビンソンさんの話では、そう大した魔物には出くわさなかったとのこと。とは言え、ゴブリンの群れやらクモやらと一緒にいた人の言葉だ。あまりあてにしない方が良いだろう。
仮の巣からさらに進むと確かに渓流が見えてきた。両岸は断崖とまではいかないが結構な高さの崖だ。
今夜はこちら側で野営をし、明日朝一にあれを越す予定だ。
パウルさんによると、基本的に猟師はその流れの向こうへは行かないらしい。渓流の向こうは魔物の領域になる。人間は余程のことがないと踏み込まないそうだ。つまり、今回は余程のことになる。
衛兵隊が天幕を張って拠点づくりをしている間に、猟師達が手分けして川や林に獲物を獲りに行く。一七五の会と先生方は食べられる草や焚火に使う枝を探して歩いた。
流石はその筋の人達だけあって簡単に材料が集まった。
持ってきたパンを齧りながら魚と鳥の姿焼きを食べた。飲み水も豊富だ。おまけに院長先生が魔物除けの結界を張ってくれた。寝る時も見張りは火の番だけで良いらしい。
人里離れた森の中でこんな簡単に野宿できるとは思わなかった。ベアトリクスなんか、いびきかいて寝ていたしね。
陽が差し始めた頃に出発だ。
まずは渓流を越えなければならない。
なんとか渓流の崖を下って流れを渡る。さらに対岸の崖を登り……院長先生を含めて皆一本のロープを伝わって昇り降りする中、私とベアトリクスはまるで荷物の様にグルグル巻きにされたまま、吊るされて崖を下ろされ、担がれたまま川を渡り、さらに対岸の崖を引き上げられた……森の中を奥の方へと進んで行く。
相変わらず、道があるんだか無いんだか、下草を踏みしめながら、苔むした木の根っこを飛び越えながら、暗い森を歩かされた。
と、開けたところに出た。大きな木が横倒しになっていて、そこだけがぽっかりと空いたように陽だまりが出来ている。
「この辺で昼飯にしましょうや」
アンガスさんが倒れた木の陰に座り込んだ。私達に声を掛けた後は森の奥を見ている。見張り役の猟師が近くの木にスルスルと登る。お弁当は木の上で食べるのだろう。
皆で倒木の陰に隠れるように座ってお弁当を広げる。パンにチーズ、それと水で薄めた蜂蜜酒だ。
まずは一口と喉を潤して一息つく。
ここまではついて来るのに一生懸命だった。
パンをちぎって口に放り込みながら辺りを見回してみて、今更ながらに森の雰囲気が変わっていることに気が付いた。
木の葉が黒っぽい。葉っぱだけではない。木の肌色も土も地面の草の色も黒い。花まで暗い色をしている。木の幹も枝も曲がっているのが多い。
名前を付けるとしたら、魔の森しかないんじゃないか。
「この辺りまで来ると珍しい薬草があるから、帰りに採って帰ろうか」
パウルさんは気楽なことを言っているがそれどころでは無い。弓を持っている者はエイミー先生を含め、弓を手から離さずに片手でお弁当を食べている。
私とベアトリクスは院長先生のすぐそばに座った。
出発の時、ジェニファー先生から、院長先生の傍を離れないようにと言われたからだ。
足手まといになりませんかと聞いたら、魔王さえ出て来なければ大丈夫と言われた。
「院長先生。蜂蜜酒を水で薄めたのでよければ飲みませんか」
「あら、ありがとう。気が利くのね」
院長先生は卒業した私達に囲まれているのが嬉しいのか、ニコニコしながら食べている。
「あなた達は、ここまで深く分け入って来たことはあるの?」
「いえ、無いです。なんか雰囲気が違いますよね」
「いい雰囲気よね。深い森の中にいると活力がみなぎって来るわ」
何か違うような気もするが、本人が気に入っているのなら良いのだろう。
どこか遠くで、変な声が聞こえる。
「鳥ね。なかなか活きが良さそうね」
院長先生、まさか獲って食べたりはしないでしょうね。
カサッ、と音がして石が転がってきた。見ると木の上の猟師が何やら手信号を出している。
良く分からなかったが、七の数字を示しているところを見ると、何かが七匹近づいて来ているようだ。
アンガスさんがゆっくりと倒木の上によじ登った。
「お客さんだな」
やおらパウルさんが立ちあがってアンガスさんの隣に座り、弓に矢をつがえた。
衛兵隊が私達を囲むように円陣を作る。
「何が出たのですか?」
ロビンソンさんが聞くと、狼だと返ってきた。
「ならば、僕に任せて貰えませんか」
やにわに倒木の上に立ち上がる。
「狼ならば大丈夫です」
そういって、口の中でブツブツ呟き始める。
「サボーディネイション!」
ロビンソンさんが、狼達が潜んでいるであろう方向に向かって両掌を突き出し魔法を発動した。見た目は何の変化も無い。
ストン、とロビンソンさんが地面に降りたつと、そのまま茂みの方へ近づいていく。ある程度歩いたところで、地面を指さした。
なんと、茂みから現れた一匹の狼がロビンソンさんの指さしたところに座り込んだ。その後、狼は次々に現れると、ロビンソンさんの周囲に集まってくる。
思わず息を呑む。これがサボーディネーションの威力……。
狼達はロビンソンさんを囲んで座っている。まるで躾られた犬だ。
「ジャンヌ神官。こちらに来て下さい」
「へ?」
突然呼ばれた。どうして私が……。
院長先生を見ると頷かれた。ベイオウルフを見ると大丈夫と言われた。パウルさんを見ると狼達の方向を指差された。ベアトリクスを見ると狼達の方向へ顎をしゃくられた。
行くしかないのか?
なんとか頑張ってロビンソンの背後まで行くと、気のせいか狼達は皆私を見ている。いや、どう考えても私を見ている。なにか機嫌を損ねてしまったのだろうか……。
「その袋を貸して」
言われるままに背中に背負った物入れ袋を差し出すと、ロビンソンさんはおもむろに私の袋に手を突っ込んだ。
「ちょ、ちょと! 女性の持ち物を無断で……」
取り出したのは一塊の干し肉だ。
オーウェンさんに貰ったものの、使いどころが無いままに部屋に置いてあった。今回は野宿になると聞いて持ってきた。
大きな肉の塊を元に、大陸の東の果てへ旅した人が伝えた製法で作ったもので、軍の保存食用にと頼まれたらしい。燻製にしては叩き、燻製にしては叩きを繰り返して袋に入るサイズにしたものらしく、欠片を切り取ってお湯に入れて煮るだけで美味しいスープが出来上がるという逸品らしい。
「何? あの子。いつもあんな大きいの持ち歩いてるのかしら? 食い意地張ってるわね」
「うむ。華奢な割には大食いだな」
ベアトリクスとパウルさんが聞こえるようにヒソヒソ言っている。
「あの、人の荷物は……一応……その、……断りを入れて下さい……」
恥ずかしさのあまり、腰砕けになってしまった……。
ロビンソンさんは人の気も知らないで、ナイフを取り出すと肉の塊から一掴み程度の大きさの欠片を切り取った。
一番大きな狼の口元に持っていく。最初に近づいてきたやつだ。
一瞬躊躇した後、干し肉を咥えて食べ始めた。
それを見た他の狼達が吠え声を上げ始める。
思わずひっくり返りそうになった。
手伝ってくれと言われ、ロビンソンさんが切り取った欠片を両手に持たされた。
狼達にやってくれと言われて、恐る恐る手近な一匹の口元に持っていく。
大人しく食べてくれた!
撫でろと言われたので座って撫でると、犬とあまり変わらない。首の周りがふさふさしている。そこを触ると気持ちが良い。
なんとなく嬉しくなってきて、次々に餌をあげて撫でてあげた。
干し肉が全部なくなった頃にはすっかり懐いてくれた。




