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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第ニ章

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パウルの作戦②

 私とウィリアムス神官は、楯役になってくれている衛兵の後ろに隠れて様子を見守っていた。

 その間も、マックバーンさん達は次々にゴブリンを仕留めていった。

 普通の男なら一対一で負けることは無い。マルセロさんが言っていた通りだ。

 聞いた話と違うのは、だからゴブリンは数で攻めてくると聞かされた部分だ。


 ゴブリン達はボスを倒せば逃げるかと思っていたのだが、そんな気配もなく攻撃してくる。

 今や数の差は無いにも等しい。にも関わらずだ。


 石斧のような物を振りかざしたゴブリンが叫びながら向かってきた。

 衛兵が頭を蹴飛ばして転がした後、剣で胸を貫いて止めを刺す。

 ゴブリンに刃が突き立つ度に、その小柄な身体から血しぶきが飛び散り、悲鳴を上げながら息絶えていった。


 矢を使い果たしたのか壁に空いた穴から石を投げつけてくるゴブリンに、猟師たちが弓矢で応戦している。


「矢が尽きたぞ!」

「こっちもだ。石だ石! 石を投げつけろ!」


 とうとう手持ちの矢が無くなったようだ。猟師たちは飛んでくる石ころやら棒切れやらを避けながら石を投げ始めた。


 互いが石を投げ始めたと思ったら、一匹のゴブリンが叫び声を上げた。

 手にこん棒を持ったゴブリンが一斉に飛び出してくる。白兵戦を選んだ。

 猟師たちは手に山刀を持ち身構え、衛兵達と共にゴブリンに突っ込んで行った。


 楯に弾かれる鈍い音。ゴブリン達の甲高い断末魔。

 肉を切り裂き、骨を断ち切り、頭を潰す。血しぶきが上がるなかで殺戮が続いてゆく。


 どうして逃げないのか。ゴブリンは臆病ではなかったのか。

 相手が魔物とは言え凄惨な光景に目を背けたくなったが、ウィリアムス神官にしっかりと見ておきなさいと言われた。

 人間社会が繁栄するというのは綺麗ごとではない。多くの死の上に成り立っていることを知らなければいけないと。


 確かに私は成人して以来魔物退治屋になり生き物を殺してきた。今更自分だけが綺麗に生きているなんてことを考えてはいけないのだ。

 ましてや神官だ。

 どの様な形であれ、そして相手が何者であれ、死を看取る義務がある。




 戦いが終了し、ようやく悲鳴が聞こえなくなった。

 皆が集まった。

 荒くなった息を整えているなかで、勝利の歓声は無い。

 皆、途中で嫌になったのだ。


 今更ながらに気づいたのだが、洞窟の中は意外とひんやりしている。緑マーブルを脱ぎ捨てて肌着の上に作業衣だけを着ているせいかもしれない。


 争いの喧騒が収まり、妙にそれぞれの声が反響するなか、被害の確認が始まった。

 幸いなことに死者はいない。怪我人はいたが、簡単な切り傷と打撲傷だ。


 投石を受け頭から血を流している者と手や足に斬りつけられた猟師が数人。早速回復魔法を使い治療する。


「初級魔法しか使えなくても流石は神官だ。助かるよ」


 パウルさんが殊更にそう言って褒めてくれた。


 戦闘中に足をとられて転んだ拍子に足首を捻った者が一人いた。私の手には負えないので、マルセロさんがテレポートで外へ連れ出した。

 完全装備の衛兵隊は無傷……軽度の打撲傷や裂傷は無傷なのだそうだ。

 幸い毒を受けた者はいなかったので、皆しゃんとしている。


 パウルさんが魔力を喪失して魔法が使えなくなったと言っている。

 上級魔法使いが魔力を喪失するのだから、一方的なように見えて相当な死闘だったのだろう。




 後は工作所の二人に穴を爆破してもらうだけだと、マックバーンさんが言った時だ。


「そうはいかんな」


 突然天井から声が聞こえてきた。

 人間の声だと思うが変に耳障りな感じだ。

 思わず手が震えた。心臓が鼓動を早くするのが自分で分かる。


「何者だ!」


 天井に向けたマックバーンさんの誰何の声が響き、皆一斉に天井を見るが何もいない。


「どこを見ている。こっちだ」


 今度は洞窟の出口への通路の方で聞こえて来る。退路を塞がれた。


「出たな。妖怪!」


 マックバーンさんがウィリアムス神官を庇うように立ち白銀のナイフを向ける。刃の先には、黒く長いローブを着た上から、何やらマントの様なものを羽織った影の様な姿と二つの赤い目が見えた。

 ウィリアムス神官が、両手で衛兵の一人にしがみついた。


「無礼な奴だな。我を妖怪と呼ぶとは」


 どうも怒らせたようだ。白銀製の武器を持っているとは言え、強気すぎたのではないか。


「お主はアドルフを追い詰めた奴だな」


 今度はパウルさんだ。わざとらしく肩をなびかせながら、私の少し前まで歩いてきた。


「儂が相手をしてやろう。皆後ろへ下がれ」


 皆一斉に壁際に下がる。パウルさんの後ろにいた私のさらに後ろまで下がっていく。


「儂は中の原の猟師にして上級魔法使いパウルだ。この辺りでは少しは名の知られた者だ」


 自己紹介を始めた。決闘を申し込むつもりなのか。


「パウル? 聞いたことも無いわ。魔力の尽きた魔法使い風情が儂の相手をすると言うのか」


 口の形が変わった。声を立てずに笑っているようだ。


「儂の名を知らぬと言うか。ではよく覚えておくが良い。パウルと言えば……」


 パウルさんが私の目の前で不意に片膝をつく。


「クレイジー!」


 私が合言葉を叫ぶと、私の胸から二本の光が放たれて赤い目の男の身体を貫いた。


「ぐわーーーーーー!」


 男が驚愕の表情で地面に崩れ落ちる。その身体からは煙のような物が立ち上っている。

 ホーリー・ランスが効いた……。パウルさんの予想通り人間ではない……。


「き、貴様ら……」


 苦しそうなうめき声をあげる人影は、それでも膝立ちになり、うめき声とともによろよろと立ち上がった。

 赤い目は力を失っているのか、消えかかっているようにも見える。


「パウル! 覚えておけ! この屈辱忘れぬぞ!」


 轟! と風が巻き起こり皆思わず顔を背ける。

 そして、顔を上げた時には人影は消えていた。




「逃げられたか」

「まあ、追い払っただけでも良しとしようや」


 パウルさんは悔しそうだが、アンガスさんの言う通りだろう。誰も死人が出なかっただけでも良かったのではないだろうか。

 パウルさんが、いつの間にか取り出した街道クッキーの焼き印を押す板を眺めた後、元の通り懐に納めた。


 結局、パウルさんの作戦が上手くはまった。


 謎の赤い目の男がいるのであれば、どこかで戦闘を見ているだろうとの想定の元、猟師達が矢をパウルさんが魔法を意図的に使い切る。テレポートのマルセロさんは誰か負傷者もしくは負傷者のふりをした者と一緒に後退する。そうやって相手を油断させ、マックバーンさんが殊更に白銀のナイフを見せびらかした後に後退する。ウィリアム神官は両手が使えない状態を相手に見せる。


 その上で、パウルさんが相手の気を引いている間に、私が服の中の胸の部分に二枚仕込んだホーリー・ランスの魔法陣…………いや、マルセロさんが魔法陣を描いた街道クッキーの焼き印を押す板が、合言葉と共に魔法を発動した。


 流石はマルセロさんの魔法だ。効果は絶大だった。まさか初級魔法しか使えない神官から致命的なダメージを与えられるとは思わなかっただろう。

 正直、失敗すれば私が真っ先に狙われるとこだった。ドキドキだったのだが、上手くいって良かった。相手の捨て台詞もパウルさんに向けたものだったから、付け狙われることもないだろう。…………多分。


 パウルさん曰く、アドルフさんを殺し損ねた時の相手の態度から、随分と芝居がかっていてプライドが高そうだ。そこら辺を刺激して、かつこちらが弱いと油断させれば引っ掛かるだろうとのことだった。

 確かに、アドルフさんの時も今回も、奇襲されれば簡単に殺されていたはずだ。


 作戦会議の後半は、パウルさんの演技指導だった。

 レヴァナント騒動の時に自警団を騙した演技力は、ここでも発揮された。


 全く、何がどこで役に立つのか分からないな。

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