敵前の協議
外に出るとまぶしい太陽と新鮮な空気が懐かしい。
太陽の位置からしてあまり時間が経っていないようだが、随分と長い間洞窟に潜っていた気分だ。
おぶわれていたベイオウルフの背から降ろされた時はへたり込みそうになったが、何とか転ばずに身を隠せる森まで歩いた。
工作所の二人が手招きしている。
「大丈夫だったか?」
「儂らはな。本隊が閉じ込められちまった」
パウルさんが腕組みをする。
「ああ、それなら大丈夫だ。ほれ、あっち見てみろ」
親父さんが指さす方を見ると、槍か何かで崩したのか、崖の途中に空いた穴からウィリアムス神官がロープにぶら下がって降りてくるところだった。
元猟師だけあって一人でするすると降りてくる。
「二層構造か、ゴブリンの巣にしちゃ豪勢だな」
「ああ、人間が上に上がれるような巣なんざ聞いたことがないぞ」
「クモがいたからな。そのせいかもしれんな」
「クモがいたのか?」
工作所コンビが驚いている。
ご安心ください。マルセロさんと私の神聖魔法コンビがかるーくやっつけてますから。まあ、私は牽制だけですけど。
「心配いらん。マルセロとジャンヌが倒してくれた」
なっ、とパウルさんがウィンクしてくる。
少々腰がふらついているが胸を反らしておく。
「なんだ。嬢ちゃんは屁っ放り腰になっているから、クモを見て腰でも抜かしたのかと思ったが頑張ったんだな」
えらい、えらい、と褒めてくれる。
素直に喜べないが、最終的に腰が抜けたのは事実だ。まあ仕方ない。
「しかし、ゴブリンがクモと同じ巣穴にいるものでしょうか。お互い天敵でしょうに」
お弟子さんの言葉にオッサン二人が考え込んだ。
クモは小さい頃はゴブリンに食べられて、大きくなるとゴブリンを食べる。
互いに手を組むとは考えにくいそうだ。
「他にボスがいるんじゃないの? ゴブリンもクモも部下に出来るようなのが」
ベアトリクスの言う通りかもしれない。でも、クモのような虫系は魔王軍にも合流しないとハンスさんやパウルさんも言っていた。
ベテランは何も言わずに腕組みをして唸っている。
「この間のレヴァナント騒動と繋がってるってことはないの?」
オッサン同様に腕組みをしているベアトリクスが、真剣な表情で言った。
死体を操れるなら、魔物も操れるかもしれない。そう考えたらしい。
「また、途方も無い話だな」
親父さんが一歩後ずさっている。
「しかし、何か背景がなければゴブリンとクモが同じ巣にいる説明はつかないですよ」
「そりゃあ、そうだが。もしあの時の化け物ならアドルフ町長が殺されかけた奴らを相手にせにゃあなんぞ」
お弟子さんがフォローしてくれるが、想像以上におっかない返事が返ってきた。
アドルフさんを超える人なんて院長先生くらいしか思いつかない。皆殺しにされる前に撤収して、応援を頼んだ方が良くはないだろうか。
「大丈夫だろう。なんせ今回は連中の天敵が三人もいるんだぞ」
「天敵?」
パウルさんが妙に楽観的だが、天敵と言う言葉に皆首を傾げた。
化け物の天敵って何だろう? しかも三人って……。
「それって、神官のこと?」
ベアトリクスが無茶を言う。確かにホーリーを使う神官は魔物の天敵と言っていいだろう。しかし、仮にそうだとしても私をカウントしてどうする。
「その通りだ。町長を追い詰めたのは多分魔物のレヴァナントの類だろう。だとするとホーリーとピュリフィケイションがてきめんに効くはずだ」
ちょっと待って! ちょっと待って! 私を数に入れないで下さい! レヴァナントにホーリーを使った時は、相手が転んだだけですよ。
私を魔物の天敵扱いするのは、いくら何でも酷すぎる。
ネズミなら一発で倒せる自信がある。しかし、魔物のレヴァナンなんてとても倒せない。ピュリフィケイションや聖水といった浄化の効果があるものとは根本が違う。
戦力外として扱ってもらわなくては困る。懸命に抗議をしていると、ウィリアムス神官がこちらにやってきた。
「皆さんご無事で何よりです。そちらはどうでしたか?」
「クモを退治したぞ。うちの神聖魔法コンビがかるーく倒してくれたよ」
「おお! それは素晴らしい。流石はカトリーヌ神官の教え子ですね。大したものです」
わ、私はタダの牽制役ですので。
なによ、ベアトリクス。なんで、私の腕をつついてくるのよ。
「ところで、神官。この巣穴のボスは何なのか分かるか?」
パウルさんが本題に入った。
「そのことですが、皆さんと相談したいことがあります。全員が揃ってからにしましょう」
最後にマックバーンさんが出てきて全員無事に集まった。
早速状況報告が始まる。ゴブリンの討伐数は六十一体に達し、クモも一匹倒した。
問題はボスの存在で、洞窟の造りが普通のゴブリンやクモの巣とは違うらしい。
やはり、何か知的で変なのがいるみたいだ。結局はウィリアムス神官の探査結果によるのだろうが、そのウィリアムス神官が深刻そうにしているのが気になる。
「現時点では洞窟の奥に多数の反応が感じられます。元々の本隊です。問題はその中にゴブリン以外の反応があることです」
皆が固唾を飲んでいる。相手によっては撤収しなければならない。生半可な相手では無いことは皆が感じている。
「恐らく、人間です」
皆が息を呑んだ。一瞬手が震えた。ある意味最悪だ。
さて、どうするか。
皆の意見を出しあった結果、主戦派と慎重派に意見が割れた。
パウルさんはもちろん主戦派だ。
「たかが四十程度のゴブリンとそいつらを操っているような者なんかどうにでもなる。逃げられる前に突っ込もう」
なかなかに鼻息が荒い。
「しかし、レヴァナント騒動の時の親玉がいたらどうする? あの時は隙をついて銀貨を貼り付けた鏃で追い払ったが、同じ手に引っ掛かるとは思えんぞ」
対してアンガスさんは慎重派だ。普通はそうだろう。ベアトリクスの思い付きに過ぎないとは言え、目の前でアドルフさんを殺しかけた魔物と対戦するかも知れない。戦って勝てる自信がある方がおかしい。
「任せろ。少々小細工がいるが大丈夫だよ」
ニタリとするパウルさんの自信は一体どこから来るのか……。
上級魔法使いって……いや、パウルさんって…………やっぱり、クレイジーだ!
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その男は既に万策が尽きていた。元々その男の作り上げたゴブリンの巣は、さらに山奥に入り込んだ猟師も踏み込まないような場所だった。
育てていたクモが産卵し、その卵が孵化したところまでは良かった。幼生が風に乗って四方に拡散され、例え数匹でも育てば彼の地盤がさらに強固なものになるはずだった。その日に限って強い北風が吹き、人里に近い方に大半が流されてしまった。
このままでは十分な準備が出来上がる前に人間が探索に来るかもしれない。目立ってはいけない。
そう思い彼の支配下にある大半のゴブリンとクモを連れて仮の巣穴を造った。クモの幼生をゴブリンに食べさせて数を減らしていたのだが、人間に見つかってしまった。
戦い方も知らないただの農夫でしかない。軍にいた時も軍馬の世話ばかりしていた。防衛戦の指揮なんか考えたこともなかった。
複数の人間が攻めて来たことを、彼の部屋の窓からが確認したときには既に手遅れだった。
いそぎ洞窟の奥に集まり作戦を立てた。ゴブリンを集め巣穴の地図を見せながら配置場所を決め、襲撃の手立てを伝えた。
しかし、所詮は素人の浅知恵であることはすぐに判明する。
洞窟内のいくつかの場所で待ち伏せを仕掛けて、徐々に数を減らしていくつもりだった。しかし、煙攻めに耐えきれなくなったゴブリンがおびき出され、逆に数を減らされる羽目になった。
天井を崩して敵を二つに分断し、切り札のクモまで使って数の少ない方を襲ったのだが、逆襲されてクモまで失ってしまった。
当初三倍以上あった戦力差は、いまや同数程度にまで減ってしまっている。
襲撃されると同時にゴブリンどもを囮にして抜け穴から撤収し、その男とクモだけでも発見を免れたなら、胡麻化しようもあったのだろう。しかし、既に死を覚悟していた男は、ゴブリンを見捨てて逃げ回るよりは、勇ましく戦って死んだ方が良いと思っていた。
ゴブリンに逃げるように指示を出したが、一匹も逃げなかった。止むを得ず、五匹の若い雄を本拠地に帰し巣を護ることを命じた。巣に帰されるゴブリン達が何度も振り返りながら抜け穴に潜り込んだ後、その穴を塞いだ。今まで敵に向けたことのない剣を抜き、最後の戦いに備えた。
巣穴に残ったゴブリンの数を数えると二十八匹いた。手に手にこん棒や粗末な石斧、弓を持ち、陰になるようなところに隠れて敵の襲来を待ち受けている。待ち伏せは洞窟で暮らすゴブリンの基本的な防衛戦術なのだろう。退路を塞いだ以上逃げ道は無い。しかし、魔物の本能なのだろうか。闘争心が滾っているようだ。
捕虜になる気はなかった。
ここで敵国の者と戦って死ねば少なくとも故郷の家族の安全は保障される。
それだけを考えていた。
その時、背後から男に声を掛ける者がいた。
不意に現れた気配に、ゴブリンが叫び声を上げる。敵意……ではない。ゴブリンから感じとれたのは恐れからくる服従だった。
後ろを振り返った男が見たものは、二つの赤く光る眼だった。その眼には覚えがある。狼と共に森の中で野宿していた時に見た。
「そなた。ここで死ぬつもりだな」
赤い目を持つ者の声は初めて聴いた。人間の声だろうと思ったが自信が無かった。
男が頷くと、赤い目を持つ者はニヤニヤと笑った。
果たして本当に笑ったのかどうか、ただ口の形でそう思えた。
「良い覚悟だ。ならばここで死ぬが良い。ただし、無駄死にはさせん。儂が力添えをしてやろう。そなたが死して後、せめて奴らを皆殺しにしてやろうぞ」
そう言うと、闇の中に姿を消した。
赤い目を持つ人とも魔とも区別のつかぬ者が姿を消した後、その男は手に持った剣を振ってみた。振りかぶって一歩踏み込み左右斜めに連続して胸元まで斬り下ろす。それを三回繰り返したら一歩引く。
かつて、故郷の村から出征した時に親切な軍の兵士に教わった。
敵に相対したら剣は左右には振り回すな。そして、なるべく柄が重く剣先の軽い剣を使うのだ。こうすれば強い敵にも対抗できる。
そして、こうも言った。相手が不用意に近づいてきたら思い切って前に踏み込んで相手が倒れるまで何度も何度も斬りつけろ。
そう教わった男は、なんとか軽い剣を見つけると、何年もの間暇さえあれば日々そればかり練習していた。
単調ではあるが何万回と振ってきた。斬撃速度はひとかどの戦士並みだ。既に死を恐れていない。それだけに人を殺すことにためらいも無かった。
剣を振るう男の姿を見たゴブリン達は雄たけびを上げた。ボスは強い。そしてさらに強いボスがいる。
その男はゴブリン達の雄たけびに囲まれながら、天を見上げた。視線の先には空ではなく暗い天井がある。その天井には一点のシミのような黒い影がこびりついており、赤い二つの目が見えた。その二つの目を見ているうちに、何となくおかしくなって笑ってしまった。
その男はひとしきり笑った後、ゴブリン達を見て最後の指示を送った。
突然笑い出したボスを囲んで首を捻ったゴブリン達であったが、その男の指示を理解すると同じように笑い声を上げ、その後不気味に静まり返った。
「戦って皆で死のう。敵は俺達の群れが全滅したと思い、この場を去るだろう。しかし、残してきた雌や幼生は生き残る。残った者が群れを再生すれば良い。そうなれば俺達の勝ちだ」




