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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第ニ章

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第十一話 戦技競技会予選

 戦技競技会が始まった。


 種目は、剣、槍、棒、徒手、弓の個人の部と武器を問わないペアの部に分かれている。個人で登録した者はペアには登録できない。そのうち、個人の部の剣、槍、弓の三種目とペアの部は人数が多いので、衛兵隊訓練所で予選が行われた。


 ペアの部は衛兵隊の参加は無く自警団員しかいない。もっとも町に住む成人全てが自警団員なので事実上の一般参加であり、結果的に大勢のエントリーが発生した。参加希望者が百組を超えたところで、予選の方法が変更になった。全体を八つのグループに分け、グループごとに一斉に戦い、生き残った一組だけが本選に出場できるのである。本選出場者は八組だから、そのようになったらしい。


 ベアトリクスとパウルさんに引きずられるように会場に行くと、自警団の面々が勢ぞろいしている。個人戦で勝ち残れるほどの自信が無い者がエントリーしたのだろうが、ほとんどが三年前まで続いていた戦争の経験者だ。木製の武器しか使わないとはいえ、生きた心地がしなかった。


 渡された武器は棒だ。まともに使ったことなどない。背丈ほどの棒の両端には負傷防止のための布が巻き付けてあるが、叩かれたら痛いでは済まないはずだ。顔面を含む頭部への打突は牽制といえども禁止、破った者は即退場、とルール説明があったが、混戦になったらなにかはずみで頭に当たるかもしれない。黒紫の頭巾をしっかりと被り、怪我をしないように逃げ回る事だけを考えることにした。


 マルセロさんはと言うと。やはり棒だ。何せ元神官だ。棒の嗜みくらいあっても良いだろうが、一般的には上級魔法を使う神官には、あまり棒術の達人は居ない。魔法の習熟に時間を取られるからだ。マルセロさんは上級魔法使いなので、棒の腕は推して知るべしだろう。

 それから、属性攻撃魔法、身体能力強化の支援魔法を使用した者も反則負けになる。


 状態変化魔法のカモフラージュが使えると良いのだろうが、マルセロさんは使えなかった。勿論、私も使えない。

 作戦が何かは知らないが、勝てる要素が見当たらない。とにかく逃げ回って、怪我をしない様にしよう。



 予選第一試合が始まった。私達は第三試合なので、まずは見学だ。

 二百人以上が二人一組になって、思い思いの場所に立っている。持っている武器は様々だ。木製で先っぽを布でくるんでいれば良いだけで、特に種類に制限が無い分たちが悪い。やたらと長い竿を持っている者がいる。相方は剣と楯だ。遠距離を竿で、近距離を剣で攻撃するつもりだろう。体の大きな人が持っているこん棒の類は要注意だ。布でぐるぐる巻きにされているとは言え、怪力でふりまわすのだから、どこに当たっても怪我をするに違いない。


 固唾を飲んで見守っていると、「始め!」の合図とともに、壮絶な殴り合いが始まった。反則を無くすため審判が大勢紛れ込んでいるが、どう見てもただの乱闘だ。

 観客も興奮して、声援と言うよりも、もはや怒号が響き渡っている。

 これは駄目だ。このままではきっと死んでしまう。逃げよう。


 こっそりとその場を離れようとしたら、ベアトリクスに袖を引っ張られた。


「どこに行くのかなあ?」


 いつの間にか、マルセロ商会の皆が集まってきて取り囲まれてしまった。


「この期に及んで逃げるんじゃないわよ」


「敵前逃亡は厳罰だな。どうだ、商会長。向こう一年間魔物退治の稼ぎの受け渡しは無しにするか?」


 ひえー、無茶苦茶な事を言う。一年間もタダ働きさせられるくらいなら教会に逃げ込んで所属神官になってしまった方がよっぽどいい。


「いえ、ちょっと、お花を摘みにね、行こうと思って……」


 アハハ、と胡麻化してみたが、ニッコリ笑った皆に腕を掴まれた。


「胡麻化してんじゃないわよ。さっき行ったばかりでしょう」


 そうだった。二人して行ってきたばかりだ。我ながら見え透いていたな。


「大体、なに上品ぶってんのよ。いつものように、おしっこ、って言いな」


 身も蓋もない言われようだ。せめて、お手洗いに行くとか、用を足すとかも認めて欲しい。


「だって、だって、あんなに大勢で殴り合ってるのよ。私なんかが参加したら死んじゃうかもしれない」


 懸命に抗議をした。命あっての物種だ。

 仕方ないわね、とベアトリクスが言ってくれた。

 会場を指さして、良く見なさい、と言う。


 会場では、既に半数が敗退判定になったのか五十人くらいしか残っていない。二人一組で戦っているのはまれで、各自が混戦の中武器を振り回している。

 こん棒をもった大柄な人が、大勢に取り囲まれていた。強者を前にした弱者の一時的な連携だろう。一対多なら勝ち目はある。


「お前ら卑怯だぞ。男なら一対一で来い!」


 こん棒を持った人がその場をグルグル回りながら叫ぶ。敵に背後を見せないためだろう。


「戦場で何寝言言ってるんだ?」


 戦場! 競技会よね、これ。いつの間に戦場になったの?

 囲んでいる一人の男の声に震え上がってしまった。

 聞いた? ベアトリクス。あそこはもう戦場なのよ!

 こん棒を持った人は、焦ったように獲物を振り回したが、あっさりとかわされた挙句に一斉に手元に入られ、中年太りの腹を滅多打ちにされてしまった。

 そのまま、地面に崩れ落ちる………。

 もう駄目だ。私も、ああなってしまうのか……。




 しかし、ベアトリクスが指さすのは戦いとは関係の無いところだった。


「会場には線が引いてあるでしょ? 戦うのはあの中だけよ。」


 会場には地面に大きな円が描かれていて、その範囲でしか競技の続行は認められていない。線から円の外に出たら退場扱いになって敗退だ。


「開始早々、線の縁にしゃがんでなさい。マルセロさんがその前に立ってあんたを守ってくれるから。で、もしマルセロさんが負けたら、そのまま線の外に出ていいわよ」


 恐る恐るマルセロさんの顔を見ると、ニコニコ笑いながら頷いている。


「それでいいの? 私戦わないよ」


 ベアトリクスもニコニコしている。


「それでいいよ。だから出場してくれるわね?」


 それならばいいかと、うん、と頷く。

 よしよし、と私の頭を撫でてくれ、顔を近づけて来る。


「作戦があるって言ったでしょ。私が今から言う通りにしなさい」


 悪い魔法使いが、ぼそりと囁いた。




「始め!」の合図と共に私がしゃがみ、棒を構えたマルセロさんがその前に立つ。

 会場は、乱戦の喧騒に三度包まれた。

 予選三回戦が始まったのだ。

 事実上の二対一と踏んだのか、楯と剣を持った一組が左右に分かれて近づいてきた。

 左右から同時に打ちかかってくるつもりだろう。ジリジリと間合いを詰めて来た。

 マルセロさんが棒をゆっくりと身体の前で垂直に立てると、ぴたりと止める。

 棒の先端はマルセロさんの頭上にある。

 今だ!


「ホーリー!」


 マルセロさんの持つ棒の先が光に包まれる。

 辺りに白い光が飛び散った。


「うっ!」


 近づいてきた二人は突然の光に目をくらまされ、おもわず顔を背ける。

 マルセロさんがチャンスを見逃すはずも無く、二人のみぞおちに棒を突き入れた。

 勝負あり、である。


 人に危害を加えない神聖魔法の使用が禁止されていない事を逆手に取ったベアトリクスの作戦である。


 しかも、マルセロさんの頭上の棒の先の布玉を狙う事によって、マルセロさんの視界には影響が無い。線の後ろからは敵は来ない。悪くても三方向なら、囲まれると同時に相手の視力を奪い、素早く突きを入れる事によって討ち取れる。後は守りに徹するだけだ。動かずにいて、近づいてきた者から順に確実に仕留めていけば良い。


 もう一つ、この作戦のメリットは、相手が背後を気にしなければならないことだ。しゃがんでいる私が相手の背後を見て頷くだけで、後ろから狙われていると勘違いして一瞬振り向いてくれる。そこに足をつついて事前に合図を送ってあったマルセロさんの一撃が入る。


 相手が複数の時はホーリーで目をくらませ、単独の時は頷きで牽制をかけて、なんとか生き残りを図った結果、無事に予選を勝ち上がる事が出来た。敗者はあっさりと場外に出されてしまい、生き残った者に情報提供できないことも幸いした。


 色々と捨て台詞を吐いていく者がいたが、寝言を言ってはいけない。ここは戦場だ。勝った者が強いのだ。

 最後の一人は全く牽制に引っ掛かってくれなかったが、マルセロさんが棒術で防いでいる最中に、相手の顔面目掛けてホーリーを使うと流石に隙が出来、遂に仕留める事が出来た。


 競技終了後の勝ち名乗りを受けるときに、観客があまり盛り上がっていなかったのは、気にしない事にした。




 同時進行していた各部門の予選も順調に終了し、参加した選手は一旦休憩となった。

 この後は、魔法部門の予選が行われた後、一旦お昼休みになり、それから魔法部門本選、戦技部門本選の順に行われる。

 本選は魔法部門も含め、各部門八人、ペアは八組が勝ち抜き戦方式で戦う。決勝に進出したものは、優勝、準優勝共に報奨金が出ることになっている。


 目標はマルセロ商会の参加者全員が各部門で報奨金を手にする事だ、とパウルさんが言っていた。

 そのパウルさんは最後の模擬戦に出るつもりらしいが、模擬戦では全ての魔法が禁止されているうえに、勝たないと報奨金は出ない。大丈夫なのだろうか。


 もっとも、他人の心配以上に私が勝ち抜けるわけがないので、考えるだけ無駄だと思った。マルセロさんには申し訳ないがこればかりは無理だろう。

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