思わぬ戦闘
突然大きな音が洞窟の奥から聞こえてきた。
「な、何があったんですか。も、もしかして、本隊が攻めて来たんじゃ……」
慌てて皆で立ち上がる。
て、あれ、パウルさん。座ったままだし。
「行かんでも良い。相手の罠にはまるだけだぞ」
「我々をおびき出すための音ですか?」
いつもニコニコのマルセロさんが真剣な表情をしている。
「それは分からんが、今の音は崩落だ。恐らく敵が意図的に起こしたものだ」
「なんでゴブリンがやったって分かるの?」
ベアトリクスの言う通りだ。味方がやったかもしれない。
「ゴブリンの巣穴が自然崩落したって話は聞いたことが無い。連中はそれだけ巧みに穴を掘っているんだ。地震でもない限りそれは考えなくても良いだろう。ましてや、味方が崩すと思うか?」
皆が首を振る。あれ?
「でも味方が巻き込まれてはいないでしょうか? だとしたら救助に行かなくては」
「行かんでも良い。ベテランの猟師が何人もおるんだ。崩落の気配くらいは察するだろうから全滅は無い。敵の出方が分かるまではここを確保するんだ。ここが奪われたら今生きとる者も殺られるぞ」
パウルさんはベイオウルフの人道的な配慮にも動じなかった。
マルセロさんとベアトリクスの二人がパウルさんの横に座った。それを見たベイオウルフは、片膝立ちになると、剣を抜いて音のした方の通路沿いに身構えた。
「どのくらい待ったら良いの?」
しばらく待ったが変化が無い。ベアトリクスが焦れてきた。
「待て!」
ベアトリクスが聞くのを遮るようにパウルさんが言うと、奥の通路からカサカサと音が聞こえてきた。
パウルさんが詠唱を始める。
ベイオウルフが剣を握りしめ、私とベアトリクスも片膝立ちになり詠唱を開始する。
全て事前に打ち合わせた通りだ。
音が止まった。そのまま何も聞こえて来なくなる…………。
来たのか…………。
「パウルと言えば?」
マルセロさんが通路に向かって合言葉を投げかけた。
返事が無い。
「ウィンド・バリア!」
パウルさんが容赦なく魔法を放った。
通路の方でバタバタと音がする。重い感じがするのはきっとゴブリンが瞬間的に周囲の空気を奪われてその場に倒れたのだろう。
パウルさんが前にかざした右掌を地面に向けて少し下げる。空気の壁が床に伏せられたはずだ。
「マジック・リフレクション!」
マルセロさんの神聖支援魔法だ。魔法を跳ね返す中級魔法を無詠唱で唱えた。
「エナジー・ボルト!」
「ホーリー!」
続いて私とベアトリクスが壁に向けて魔法を交互に三発ずつ放つ。
私達の放った魔法は、マルセロさんが創った魔法の壁に鏡に反射した光の様に跳ね返されて通路の奥へ飛んで行った。
手ごたえは分からない。悲鳴が聞こえてきたような気もする。相手の数が多かったら一つくらいは当たってるだろう。道中で何度か練習はしたのだが、何分相手が見えない。
ウインド・バリアを操るパウルさんの右手が動く。
轟っっっ!
洞窟の中を突風が吹き荒れる。
カタパルトから発射された巨石を弾き飛ばすほどの固さに凝縮された空気が、ゴブリンに向けて一気に解放された。
剣を持ち楯を構えたベイオウルフが立ち上がった。
「インクリース・ディフェンス!」
「インクリース・アジリティ!」
マルセロさんがベイオウルフに向けて支援魔法をかける。守備力アップと素早さアップだ。
ここからは白兵戦だ。
ベイオウルフが通路に進むと敵がいる方に向かって姿勢を低くする。その後ろでは立ち上がったパウルさんが左手に松明を掲げている。腰にぶら下げた革袋から尖った石を右手に取った。
「いけっ!」
パウルさんの指示を受け、ベイオウルフが前進を開始する。
パウルさんも後に続いた。
奥の方で、トオー! とか、キエー! とか、パウルさんの雄たけびが聞こえてくる。
ドスン、バタンと音もする。
きっとパウルさんが叫び声と投石で牽制し、ベイオウルフが剣を振るっているのだろう。
パウルさんの叫び声が段々と遠くなり、遂に聞こえなくなってからやや時間がたった頃、マルセロさんがふいに松明を通路のほうに投げ込んだ。
「パウルと言えば?」
前回は何の反応も返ってこなかった。
「クレイジー!」
満足そうな顔をしたパウルさんが部屋に戻ってきた。ベイオウルフも一緒だ。
自覚があるのは良いのだけれど、もう少しなんとかならなかったものか……。
「八匹ほど倒したぞ」
どや顔だ。
ベイオウルフが既に剣を鞘に収めている。
「大丈夫だった? 怪我してない? 回復魔法かけようか?」
「ありがとう。大丈夫だよ」
良かった。無事だ。
「ゴブリンはどうだった? 強かった?」
ベアトリクスの顔が青白い。
「いや。戦ってないんだ。皆の魔法で倒れていた奴の止めを刺してたんだよ」
「えっ? でも、叫び声とか、いろいろ音が聞こえてきたわよ」
ベアトリクスと二人顔を見合わせる。
「ああ、あれはパウルさんだ。ゴブリンの死体に向かって声を上げたり、死体を飛び越えた後に転がってわざと音を立ててたんだよ。死んだふりをしてる奴や潜んで待ち伏せしてる奴らへの牽制らしいよ。結局、全部魔法で倒せていたんだけどね。私が止めを刺したのも念の為さ」
なるほど。合言葉は正しいのだな。納得した。
「本隊はどうでした?」
マルセロさんが聞くと、ほれ、と何やら泥まみれの布切れを取り出した。
文字が書いてある。
ゴブリンが天井を崩したり壁を崩したりするのは、常套手段なのだそうだ。本隊は対抗策としてロープを垂らして進んでいたらしい。何かあった場合にロープの先にメッセージを書いた布を括り付けておけば、後ろから来た者がロープを引っ張りメッセージを取り出すことが出来るわけだ。
布には、「被害なし、脱出可能、撤退せよ」と書いてあった。
引っ張り出せたということは、崩落の範囲は狭いのだろう。
本隊が無事に脱出できるのであれば長居は無用だ。
パウルさんによると人間が通れないような細い穴が崩落したところに空いていたらしい。
背後から敵の新手が来るかもしれない。撤収となった。
道中は松明が消えずに残っている。スムーズに退却出来るだろう。
念のために、パウルさんが松明を持って前衛に立ち、ベイオウルフがやっぱり松明を持って後衛になり、前後を警戒しながら進んだ。
パウルさんの猟師の感覚を邪魔しないように、道中は無言で進んだ。
と、パウルさんが右手を上げる。
「ベイオウルフ、前に出ろ」
ベイオウルフが前に出て楯を構えた。
その後ろではパウルさんが弓に火矢をつがえている。
洞窟は所々に松明が残っていて、結構先まで見通せる。
正直何も見えないのだが、念のため私とベアトリクスも詠唱を始める。
パウルさんが火矢を放つと。天井すれすれを飛んでいって松明を設置していない暗がりの方まで飛んで行った。あの先には十匹のゴブリンがいるはずだ。
火矢は何かに突き立った後地面に落ちた。いや、突き立ったものが倒れた。
「ハール・ストーン!」
パウルさんが魔法を唱えた。
飛んで行った石礫が何かに当たる。
炎に照らされた子供くらいの影が幾つかバタバタと倒れた。
ゴブリンだ。
そして、その後ろには何か大きな黒い影が見えた。
なんか洞窟一杯の大きさのかなりヤバい感じの……。あれは、ゴブリンではない……。
「ウィンド・バリア!」
瞬間的に相手の周囲の空気を奪って窒息させるのだろう。こういった狭いところでは最凶だ。
しかし、その大きなものは少しの間動きを止めた後にすぐに動き出した。
パウルさんが作り出した空気の壁に阻まれてこちらへは進んでこれないようだが、ダメージを受けた気配がない。瞬間的に空気を奪われたくらいでは平気なんだ。
「ベイオウルフ。火矢を足せ!」
ベイオウルフが火矢を二,三本続けて放つと、空気の壁に跳ね返されて地面に落ちたが、壁の向こうが明るくなった。何やら黒いものがゴブリンの死骸の向こうでうごめいている。
近づくと様子が分かってきた。
空気の壁の向こうの生き物は、なんかとげとげしい感じとか動き方とか、見るからにおぞましい。
「クモだなこれは」
空気の壁を維持するために手をかざしたままのパウルさんが教えてくれた。
「クモ!」
確かDランクの……。何でゴブリンの巣にこんなのが……。しかも、ゴブリンと一緒に行動していたような……。
クモは空気の壁を抜けようとしているのか、後ろ足四本で身体を支え、前足の四本で壁を探っている。
こちらに来ようとしているのだろうが、壁は洞窟全体を塞いでいる。
正面に大きなクモの顔とワサワサと動く足。
かなり気持ち悪い光景が目の前に広がっている。大人になったから大丈夫だが、小さい頃に見たらひきつけを起こしていたかもしれない。
ベアトリクスが落ちた火矢を拾って、クモにかざすとさらに気持ちの悪い姿がはっきりと見えるようになった。
頭にズラリと並んだ赤い目が妙に艶々と光っていて、二本の交差した牙をカシャカシャ動かしている。
向こうにもこちらが見えているのだろう。前足を、ガツン、ガツン、と壁にぶつけ始めた。
ぬううううん! パウルさんが力を込めるとクモの姿が一瞬歪んだ。どうやら壁をさらに厚くしたようだ。
「普通のサイズでも気持ち悪いのにこんなにおっきくなったら、まともに見れたもんじゃないわね」
言葉とは裏腹に、ベアトリクスが松明をかざして、マルセロさんと二人してしげしげと見ている。
よくも、こんな気持ち悪いの観察できるわね。
「そろそろケリをつけましょうか」
観察が終わったのか、マルセロさんがパウルさんに声をかけた。
「いや、それがな。ちょっと近づき過ぎた。ここまで近かったら魔法を解除すると同時に間違いなく襲われる。なんとかこのままで倒す方法を考えてくれんか?」
えーーーーーーーー! なんで、そうなるの? 私達ずっとこのまま?
「どのくらいもちますか?」
「そろそろ限界だ。目一杯固くしたから、このまま維持するので精一杯だ。すまん、ちょっと調子に乗りすぎた。危機的状況だ」
パウルさんの額には脂汗が浮かんでいる。
ちょっと待って。調子にのったって……。私達そんな理由で危機的状況に陥ったの
マルセロさんが私の横に立つと、私の腕を掴んだ。
「仕方ありませんね」
え? 何? 何?
「ジャンヌ。ホーリーをいつでも唱えられるようにして下さい」
「あ、はい」
なんだか分からないが、言われるがままに詠唱する。
「行きますよ」
「へ?」
私の右腕を持つパウルさんの左手に力がこもる。右手には……白銀のナイフ?
「テレポート!」
えっ? 一瞬目の前が真っ暗になった。
「ジャンヌ! 今です! ホーリーを三連発です!」
気が付くと、目の前にはクモの後ろ姿があった。その向こうには、ベアトリクスの持つ松明の炎が揺れている。
クモが一瞬で向きを替えた! このままでは食べられてしまう!
「ホーリー! ホーリー! ホーリー!」
半ばやけっぱちで私がホーリーを三発クモにかましている間に、マルセロさんがクモの頭の上に瞬間移動する。そのまま白銀のナイフを振りかぶってクモの頭に突き立てた。
「ギシャーーーーーーーーーーーーーーーー!」
背筋が凍りつくような声を立てたクモの頭から体液がほとばしる。茶色と緑と黒を混ぜた様な……なんか気持ち悪い色だ。
「ホーリー・ランス!」
マルセロさんがかざした手のひらから、広げた手一杯の太さの白い光が放たれて、クモの頭を貫通した。
ナイフで傷つけたところに極太のホーリー・ランスを炸裂させた。
凄い! 私の魔法とは太さ……破壊力が違う。
流石のDランクもひっくり返って、足を縮め丸くなってしまった。ピクとも動かない。
マルセロさんは既に私の横に飛び降りている。
あっさり倒してしまった……。これがマルセロさんの力……。
まさに一瞬の出来事だ。
これが奇襲と言う奴なのか……。
ともあれ、囮兼牽制役とは言えDランクの魔物を倒した。
これは誇ってもいいはずだ。
それはもう、そっくり返ってハンスさんに自慢してやろう。
「あんた、大丈夫? 足ガクガクじゃない。こんなところで腰抜かさないでよ」
勝利の余韻に浸る私の気分を台無しにする、空気の読めない魔法使いの声は聞こえなかったことにした。




