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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第ニ章

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ゴブリンの罠

 その男は物心ついた時から、動物の気持ちが何となく判った。

 小さな村の農家の次男坊で、様々な家畜や番犬が周囲にいた。

 動物の好悪の感情が分かり動物の喜ぶことをする。当然のように動物は男に懐き、十歳になる頃には父親より上手く動物を扱えるようになった。


 父親や周りの者達は優秀な若い世代の成長を喜び、放牧のたびに家畜を任せるようになった

 男は自分が動物をある程度操れることを知っていた。そして、それを誰にも話さなかった。話さない方が良いと思っていた。他人が持たない力を持つ者は、村を領有する貴族の使用人としてこき使われるからだ。


 家族の安全を楯に取られてしまえば誰も逆らえない。

 確かにごく平均的な農民よりはましな生活は保障されるが、生まれついた素性に左右される。家畜を操るのが上手いと言うだけで、貴族が評価するとは思わなかった。誰にもバレないように静かに過ごそうと思っていた。




 十五歳になった頃、とある国の話を聞いた。


 その国には身分というものが無く、貴族も農奴もいない。素性に関係なく選抜試験に受かった者が成績の順に施政者となる実力主義で、王を含めた合議制で政事を行っている。


 自分の土地を持たない小作農民は、契約農民として国の土地を借りて農耕を営んでいる。借りた土地で何を栽培しようが自由であり、租税の人頭税と賦役さえこなせば良い。買い上げるだけの額の金を持ち、年に一度土地の所有についての税金を支払う能力があれば、自分の土地にすることも出来た。

 もちろん、広大な土地を持つ農家に雇われて働く者もいるが、全ては雇い主との契約に基づいて賃金が決められる。不当に安い賃金で働かせている農地は国に没収される。

 


 男はその国に行きたいと思った。

 そこに行けば、広大な放牧地に放たれた羊や牛を一人で自由に操れる。きっと高い賃金で雇ってもらえるだろう。食うや食わずの状態で冬越しをしなくても済むのではないか。


 しかし、その国は他国の領民を受け入れないらしい。見つかったら元の国に送還されると言うのだ。自国の食料を護るためだと言う。流民として国境を越えた者は、山賊にでもなるしかない、と言われていた。第一、自分一人だけ逃げては家族がどんな目に会うかは明白だった。

 男はあきらめた。




 男が二十一歳の頃、戦争が起こった。

 島全体を巻き込んだ大戦になり、男にも兵役がかかった。軍での彼の仕事は軍馬の飼育係で後方での仕事だった。

 戦争は長期に及び幾度も招集された。村の力自慢が前線で死んでいく中、彼は生き延びた。


 

 ある時敵国の領内深くに侵入した時に、手ひどい負け戦を被って味方は散り散りなって逃げた。

 その時、遂に脱走を決意した。

 そういった時は捜索されないことを知っていた。戦死扱いになるからだ。

 

 しかし脱走兵は郷里に帰ると捕縛され、家族共々厳しく処罰される。ほぼ家族揃って死罪は免れないだろう。止むを得ず山に入った。


 男の能力は山や森において最大限に発揮された。獣を操り、鳥を従え、森の中で小さな王国を作った。




 ある日、共に暮らす獣達が警戒の唸り声をあげ、鳥達が騒いだ。

 何か異変が起きたようだ。

 見に行くと狼がいた。猟師に狙われたのだろう、右前足に刺さった鏃が抜けないようだ。そのままでは肉が腐って死んでしまう。 

 

 男を見ると狼は敵愾心を明らかにしたが、恐れず近づいていった。そして語りかけた。

 手負いの獣に意思を伝えるのは初めてだったが、どうやら上手くいった。

 狼は大人しくなり傷の手当てを男に任せた。

 以来、狼は共に行動するようになった。


 猟師が近くにいるかもしれない。棲み処を移ることにした。

 狼のみを連れて、山から山へと渡り北東を目指した。北東には噂に聞いた身分差別の無い国がある。そこでまた動物達と暮らせば良いと思った。


 目標としている国とは国境を接してはいたが、平野部を通らなければならなかった。人目を避けるために一旦他の国に入りその国から目指す国に入ろうとした。

 かつて従軍していた時の敵国だったが、街道を避け山沿いに進み難なく抜けて行った。


 夜は狼と共に野宿した。狼が気付かない敵ならば殺されても仕方ないと思っていた。

 そのまま山沿いに北上を続けたところ、途中で古びた神殿があった。

 関わらない方が良いと思い遠ざかり、離れた地で野宿をした。

 そして捕縛された。




 気が付くと、とある部屋の中に入れられていた。石造りの粗末な部屋だが清潔だった。扉には鍵が掛かっていた。窓は小さく、とても人間がくぐり抜ける大きさではなかった。窓の外には森が広がっていて、捕まった場所とそう離れているとは思えなかった。


 覚えているのは、森の中で就寝中、ふと目を覚ますと赤い二つの目が覗き込んでいた。目を見ているうちに引き込まれるように意識を失った。


 目覚めるまでの間、単に眠っていたのかどうか。

 ただ夢を見た。小部屋で黒いローブの男と話をしていた。今までのことや家族のことを聞かれるがまま答えた。




 不意に扉がノックされた。

 返事をすると、夢で見た黒いローブの男が部屋に入って来た。


 ローブの男は頼みがある、と言う。クモを育ててくれと言うのだ。

 何のためにと聞くと、知らぬほうが良いと返された。


 断れば脱走兵として母国に引き渡す。ただし協力して成功すれば黙っておくし、立場をくれると言う。

 今後この神殿で静かに家畜や魔物を飼育して暮らす立場だ。

 狼の行方を聞くと、殺してはいないと返答があった。


 承諾せざるを得なかった。脱走という自分の我儘が原因で、家族を危険にさらす訳にはいかなかった。

 しかし、その男は知らなかった。生まれ育った村は、敵国兵の一時的な占領を受けた際に略奪と凌辱の対象になり、村人は虐殺されていた。


 翌日、白い服を着た女性が部屋に来た。

 能力を視て貰うらしい。

 そうして魔法を覚えた。

 魔物を意のままに操る魔法だと言う。

 練習を命じられた。そして彼が飼育するクモの幼生を手渡された。


 外に出た時、森の中にある石造りの一軒屋に自分がいることを知った。 

 どこなのかは分からなかった。




 半年ほど経った。

 クモは子犬ほどの大きさに育ち、新たな命令が下った。

 とある山中に行きクモをもっと強力な魔物に育てろ、と言うのだ。

 理由は知らされず、どこなのかも分からず、ただ承諾した。

 翌朝にはいつの間にか場所が変わっていた。

 クモと共に移り住み、月に一度どこからともなく現れる黒いローブを着た男に監視されながら、クモを育てた。


 クモが牛ほどの大きさになった頃、南に山を三つ越えたところに魔物の群れが巣を構えたと、黒いローブの男に教えられた。そして、その群れを統率しろと命令された。

 人に見られないようにし、クモを育てていることを知られた場合は容赦なく殺せ、とも言われた。


 そして、ここは敵国の領地内であり、その男にしか出来ない特殊作戦だと知らされた。

 その証拠の文書……その男は文字が読めなかったが、押されている紋章は見慣れたものだった……を見せられ、結果はどうあれ忠誠を尽くせば家族に褒美をやると言われた。


 大義名分と父母への孝行心が行動に正統性を与え、心の内には命令遂行への意欲と、作戦の遂行を邪魔する者に対しての敵愾心が沸き起こった。

 魔物の群れを従え、その地の主になり、敵国の兵士を撃退してやろうと決意した。

 この期に及んで命を惜しむつもりも無かった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 マックバーンは、松明に照らされた薄暗い洞窟の中、部隊の先頭を進んでいた。

 左手に皮の楯をはめ、右手には得意とする小剣を持っている。


 ゴブリンの巣は、マルセロ商会の面々と別れてから、一旦入口から遠ざかるように続いた。その後右に大きく半円を描いた。つまり入口に向かうように延びていた。


 ウィリアムス神官による探知では、その先の、しかも上に八匹のゴブリンがいるとのことだった。

 油断なく洞窟の天井にも気を配った。


 ゆっくりと進むうちに行き止まりになった。

 洞窟の奥を照らすと登りの階段がある。少なくとも二層構造になっているようだ。

 階段は右回りの螺旋階段になっていて、階段の部分には崩れないように石が埋め込まれている。


 ウィリアムス神官に聞くと、ゴブリンは斜め上にいるらしい。

 天井は今までと変わりはないように思えた。

 短槍を持った部下に天井を突かせてみたが、これと言って変化は無かった。 

 マックバーンが階段を指差すと、アンガスが首を捻った。


「珍しいな。ゴブリンの巣にしては随分凝った造りだ」

「魔物がこういったのを作ったのを見たことがあるか?」

「いや、知らねえな。もっとも、魔物でも魔王軍の中央にいるような上等な連中の棲み処に入ったことがねえから、なんとも言えねえけどな」


 マックバーンは次にウィリアムス神官を呼んだ。


「上にいるらしい八匹はゴブリンで間違いないですか?」

「間違いありません。我々の真上にいますよ」


 マックバーンは少し考えたが、意を決したように他の者に向き直った。


「俺を含めて二人上に上がる。お前達はここにいてくれ。ゴブリンの真下には絶対に近づくなよ。俺が上に上がっている間、ここでの指揮はアンガスに任せる。撤退の判断もだ。撤退する時の殿は衛兵隊が務めろ。何があってもウィリアムス神官をお守りしてくれ」


 その言葉を受けて衛兵隊の一人が前に出た。


「班長、俺が行きますよ。班長は残って下さい」

「駄目だ。階段が右螺旋だ。右手で武器を持ったらまともに使えなくなる。左手でも武器が使える俺が先に立つから、お前は俺の後からついて来い」


 マックバーンはそう言うと、楯を右手に持ち替え、武器代わりの松明を左手に持った。




 螺旋階段は人間の建物の二階建て分の高さがあった。

 ゴブリンに襲撃されることもなく、階段の終わりまでたどり着いた。

 アンガスの声が聞こえる。

 ゴブリンが奥の方へ移動したことを伝えてきた。


 松明をかざすと、階上はやや広い部屋になっていて、ゴブリンでもなければ入って行けないような狭い通路が一本続いている。

 驚いたことに部屋には小さな窓があり、外から明かりが漏れていた。


 マックバーンが外を覗くと、木の葉の陰から右斜め下にパウルが入り口前に掘った穴が見えた。

 どうやら偵察されていた。

 しかし、神官による探知では突入した時点からここにいた八匹は動いていない。

 なんのための窓なのか。しかもゴブリンは奥の方へ移動したらしい。外に別動隊がいたとしてもここから伝達出来る範囲は限られているから、斥候に見つからないわけはない。ここは人か何かが造ったのか……。




 突然、ゴブリンが逃げたと思われる狭い通路から、何かが崩れるような大きな音が響いた。


「大変だ! 通路を崩された! 外に出られねえぞ!」


 アンガスの焦った声を聞いて、マックバーンは思わず階段を駆け下りた。

 下では階段付近に集まって何本もの松明でをかざしている。

 見ると土砂が崩れてきて通路が完全にふさがっていた。


「何が起きた。被害は出たか」

「いや、被害は出てない。しかし逃げ道を失った」


 マックバーンはゴブリンの動きをウィリアムス神官に確認した。


「マックバーンさんが上がっていった後、ゴブリンが奥の方に移動していったのですが、あの辺りで止まったな、と思って皆でこちらに避難しました。そうしたら、急に天井が崩れました。その後ゴブリンはさらに奥に進んで行きました。もうこの辺りにはいないようですから、奥の本隊に合流したのではないでしょうか」


 ウィリアムス神官が、天井を指さしながらゴブリンの動きをなぞるように説明する。


 どうやら罠にはまった。被害が出なかったのは幸いか。パウル達は大丈夫だろうか、今の音で察してくれればいいが……。


 マックバーンは、今までのことに色々と違和感を覚えたが、頭を切り替えた。

 脱出して味方に合流することが優先されるからだ。

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