ゴブリンの巣穴
先発隊が奇襲に成功した。
穴の入り口付近に、緑色をした人型の生き物が何体か倒れている。見張りをしていたゴブリンだろう。既に戦闘が始まっている。
ゴブリンの巣穴の入り口は土の魔法で造った掘と土塁が囲んでいる。
衛兵隊が土塁に並べた楯の後ろで弓を構えて身構えている。猟師達が入口正面の斜面に身を潜めている。
パウルさんが土塁の陰から両手を入り口に向けている。
ウィリアムス神官が言うには、パウルさんは送風と吸気担当らしい。
送風は分かる。煙でいぶすと言っていたから焚火でも焚いているのだろう。
吸気ってなんだ? そんなことで出来るのか? そう驚いていると、そんなことが出来るのはパウルさんくらいだと笑った。
穴の奥の空気を圧縮してウィンド・バリアを作り、穴の外に出して解放するのだそうだ。
小さい穴なら、空気の壁を作るだけで相手を窒息させて倒してしまうとのこと。
とんでもない話だ。密室でパウルさんを怒らせてしまったら、まずは部屋の壁に穴を開けよう。
突然ゴブリン三匹が穴から飛び出して来た。
耐えられなくなったのだろう。煙攻めの上に、パウルさんの吸気のせいで空気が薄くなったところを進んできたせいか、フラフラしている。
そのまま掘の中に転がり落ち、弓矢で仕留められていた。
それが三回ほど繰り返されると動きが無くなった。どうやら煙攻めの限界らしい。
そのままの状態で包囲を解き、身を隠して穴の煙が薄まるのを待つ。
待つこと二時間。その間にゴブリンの突撃が数回あったが衛兵隊と猟師が弓矢で迎撃し、さらに退治した数が増えた。
パウルさんが土の魔法で一旦穴を塞いだ。
マックバーンさんがこちらに向かって合図を送ってくる。
いよいよ私達の出番だ。
倒したゴブリンは今のところ三十五匹。
痩せた子供のような体形、皺だらけの老人のような顔、肌は緑色で耳が長くとがっている。毛深い体、腰に粗末な布を巻き付けている。
武器にしていたのだろう棒切れや棒の先に石を括り付けたハンマーが辺りに転がっている。先を尖らせ粘土をくっつけた細い棒が何本か落ちているのは矢なのだろうか。
こと切れて地に伏しているゴブリンを穴に落とし、ウィリアムス神官と共に冥福を祈る祈祷を捧げた。
どうして殺し合わなければならないのか良く分からないが、今は頭を切り替えなければならない。
まだ終わってはいない。
全体の三割程度を倒したはずなので、六割残っている。
算段としては、穴の入り口を開放し煙が薄まるのを待つ。センス・ライビングで中の様子を伺いながら突入する。全部退治したら穴を火薬で爆破する。そのようになる。
突入するのは、ウィリアムス神官、衛兵隊五名、中の原猟師五名、クモ調査団のアンガスさんの班の猟師三名、それにマルセロ商会の四名だ。
万一に備えて伝令役が一班置かれた。工作所の二人は、女性猟師のメイベルさんとロウリさんを含む怪我人の介助班と共に、穴の反対側の斜面で見張りをすることになった。
センス・ライビングが発動された。
いよいよ突入だ。
アンガスさんが火矢を飛ばすと、燃え続けたまま奥の壁に刺さった。
火矢で出来た臨時松明が消えない内に巣穴に侵入する。皆顔を手拭で覆っている。
考えてみたら黒紫のほうが良かったが、今更どうにもならない。
煙が残っていて目がチカチカするが、これもどうしようもない。
穴の断面は地面を底辺とした角の無い三角形で、高さが無いから屈まないといけない。先が思いやられた。
臨時松明にたどり着くまでの間に横穴があり、その奥でゴブリンが二匹うずくまったまま死んでいたそうだ。
邪魔にならない死体の供養は後にすることになっている。
目印に杭を一本壁に埋め込んだ。カンテラを引っかけそのまま進む。
猟師が火矢を放って臨時松明を作る。マックバーンさんが楯を持って火矢の所まで進み、問題無ければ松明を掲げて合図を送ってくる。そうやって尺取虫の様に進んで行く
足元に白い塗料を垂らしていて、最短距離が分かるようにしてある。
センス・ライビングでは穴の形状までは分からないので、衛兵隊の一人がマッピングしている。
奥に進むにつれ天井が高くなってきた。ついに屈まなくても歩けるようになった。
あんな小さな体で良くもこれだけの穴を掘ったものだ。
爪が随分と強靭らしく、碌に道具も持たずに手で穴を掘るのだそうだ。
穴は粗末な割には頑丈で、今まで落盤の形跡があった穴はごく稀らしい。
崩れやすい箇所を見抜く本能のようなものがあるのだろうか。そのせいだろうか、通路は直線ではなくやや蛇行している。
何本目かの臨時松明の所で左右に分岐した。
ウィリアムス神官の判定では、左斜め前に十匹、正面奥に多数、右に八匹、右斜め前に六匹だそうだ。正面奥は多すぎて良く分からないらしいが、多分ゴブリンの本隊だろう。
右の八匹が穴を掘って背後に回り込む可能性があるらしく、右の八匹を先に退治することになった。
進んで行くと小さな部屋に出た。そこで六匹のゴブリンと遭遇した。
楯をかざした衛兵隊は、部屋に入ると同時に三人が散開した。そこを死角になる入口の左右から襲われた。
しかし、いると分かっていた。
事前に松明を放り込んで明るさを確保しているので、衛兵隊は落ち着いたものだ。
数では二倍の差なのだが、訓練を積んで装備を固めた衛兵にとって敵ではなかった。あっさりと戦闘は終了し、新たに六匹が退治された。
ゴブリンとの近接戦闘を初めて見た。
その光景は衝撃的だった。
色こそ違え、人間によく似た小柄な体が突進した衛兵隊に楯で弾き飛ばされ、剣で刺し貫かれるのを見るのは愉快なものではなかった。
部屋を占領し、選択肢が発生した。
最初の分岐点で別れた先に居るであろう十匹のゴブリンをどうするかだ。
ここまできたのは崖に近い八匹を倒すためで、今や私達はその八匹より奥まったところに位置している。もっとも、この奥がどう繋がっているのかが分からない以上、この先どこで八匹のゴブリンと遭遇するかは分からない。
センス・ライビングがあるとは言え、後ろから迫ってくる可能性があるのは怖すぎる。
マックバーンさんとアンガスさんの協議にパウルさんまで加わった末、二手に分かれることになった。
今現在いるこの部屋に残留するものと、八匹を退治しに奥に進んでいく者だ。
マルセロ商会とベイオウルフが残留、それ以外が前進となった。
私達の役割は後ろから来るかも知れない十匹に備えることと、この広間を前進拠点として活用できるようにすることだ。
ここまで来ると煙は届いていないから苦しくはない。
マックバーンさん達を見送ると、早速拠点にするべく活動を開始した。
センス・ライビングによる探知結果では、現在のところ十匹に動きはないそうだが、この後ウィリアムス神官の進む方向によっては把握出来なくなるかも知れない。気を付けろと言われた。
一瞬焦ったが、パウルさんとマルセロさんは二人して気楽そうに返事をしている。お陰で安心出来た。
手始めに、ゴブリンの死体の処理だ。
パウルさんに魔法で穴を掘って貰い、死体を運んで埋葬する。丁度入口に近い穴に垂直の角度で畝になるように盛り土もしたから、いざとなったらその後ろに身を隠せるようにした。
その間、マルセロさんは十匹の襲撃に備えて罠を作った。
入口先の通路に杭を打ち、緑マーブルの上から草を巻き付ける時に頭から被る網を水平に張る。ゴブリンが網の下を匍匐前進で進まないと入ってこられないようにだ。地面と網には枯葉を散らばしてあるから、ゴブリンが来たら音がする。
この状態で入口の左右の壁に背持たれて座って待つ。
勿論、部屋全体を松明で明るく照らしてある。
奥へ向かう通路は部屋から出てすぐに右に曲がっているので、私達の目の前には穴の先の壁だけが見えている。
ベアトリクスが肘をつついてきた。
「街道クッキー出しなさいよ」
「あんた、こんなとこで良く食べる気になれるわね」
魔法使いってのはホントに……。
一人一個だと多いと言うので、半分に割って皆に配り、蜂蜜酒を回し飲みする。
「焼き印は集めてるんですか?」
マルセロさんが聞いてきたので、物入袋から木の札を取り出した。
「これからですね」
ニコニコ笑いながら、自分の木の札を見せてくる。
十九個だ。しかも四周目らしい。四の数字の焼き印が一番上に押してあった。一枚分全ての焼き印を集めると、詰め合わせが貰えるうえに二枚目の札を貰える。それを二周目と言うらしい。つまり、マルセロさんは既に三個の街道クッキー詰め合わせを貰っている。
「なかなか頑張るな」
どうだ、とパウルさんが、自分の木の札を見せてきた。
六個だ。しかし六周目だ。
「街道クッキーマニアの嗜みだ。十周を達成すると、詰め合わせデラックスが貰えるんだぞ。知っていたか?」
マルセロさんが大いに頷く。
マニアって……。どんだけ好きなんですか。そして、デラックスって何ですか?
少々悔しいので、パウルさんに今後の見通しを聞いて話題を変えた。
「一番簡単なのは、このままゴブリンを倒しきることだな。この先にいる八匹を倒したところで行き止まり。取って返して儂らと一緒に十匹を倒す。仕上げに、その先にいる本隊とボスを全滅させる」
そうあって欲しい。
「じゃあ、一番難しいのは?」
世の中には、人の不安を煽るのが好きな輩がいるものだ。例えば魔法使いのように。
「そうだな。例えば十匹が入口を塞いだ状態で、敵の一部が先に進んだ味方を足止めする。挙句に総力こぞってここへ攻めて来る。とかだな」
ひいい! それって、私達が敵のボスの目標になるってこと? 止めて下さい!
「儂らは今三手に分かれている。外の連中、マックバーンの本隊、そしてここ。穴の中の敵が個別に襲うとしたら一番狙われやすいのはどこだ?」
ゴブリン達にとって把握しにくい巣穴の外へ攻めて出るのは愚策だ。穴の中で待ち伏せするか不意打ちするかだろう。となると、マックバーンさん達の本隊が十三名、私達が……。
思わず息を呑んだ。背中に冷たい汗が流れる。そう、私達は囮なんだ……。
「襲われるのが分かっていて、ここに残ったんですか?」
ベイオウルフの声は穏やかだが、眼差しは真剣だ。動揺していないのは、流石は衛兵隊と言うべきなのか。
「可能性の問題だ。そうと決まったわけでは無い」
「ゴブリンはこちらの動きを把握できないのでは…」
こちらにはセンス・ライビングがあるが、あれは神聖魔法だ。魔物のゴブリンは使えない。
「こちらの動きくらい足音で把握しとるよ。ゴブリンを侮ってはいかん」
私の希望的観測はあっさりと崩された。
「ここに攻め込んできたら勝てるの?」
ベアトリクスの声がやや上ずっている。
「負けると分かっていて仕掛ける訳がないだろう。心配いらんよ」
パウルさんは、ニヤリと歯を見せてウィンクした。マルセロさんはニコニコしている。
そう言えば、二人とも先の戦争では従軍していた。
かたや斥候、かたや奇襲専門……敵地での少数の戦いは慣れているんだろうな。
それに比べると、私達は……。
「良い物を見せてあげましょう」
意気消沈していると、マルセロさんが懐から何かを取り出して来た。
何かと思っていたら短剣だった。鞘を払うと刃が不思議な色を放っている。
「凄いな。白銀の短剣か。店から持ってきたのか?」
「いえ、こんな高価なものはうちでは扱っていませんよ。せいぜい銀の短剣です」
マルセロさんはニコニコ笑っている。
それでも大したものだ。銀製の武器なんか王国中央軍兵士しか持っていない。
あれ、そう言えば、院長先生とキャサリン先生は白銀製のやつ持ってたっけ?
「どこで手に入れたの?」
「アドルフ町長が貸してくれたんですよ」
ふーむ、と魔法使いが二人して頷く。パウルさんは何か得心がいったのか、満足そうにしている。
「流石はアドルフ町長だな。儂らが要ということを分かっておるな」
私達が要ということは、敵の本隊の囮になるということ?
駄目だ。不安しかない……。




