キツネ退治再び
翌日、私達三人はパウルさんと一緒に下水処理場の北の森へ行くことになった。
町の一番近くの森は共同墓地の北にあるお通じ用排水設備のさらにその奥に広がっている。
この森での仕事は、前回屈辱の撤退を強いられたキツネ退治だ。
出発前にハンスさんの生暖かい激励を受けたベアトリクスと私は、かなり緊張して出発した。
パウルさんは、猟師時代に着ていた毛皮の上着を着ている。腰の周りに幾つか革袋をぶら下げて、弓を持ち、山刀を背負った姿は猟師そのもので、とても技師とは思えない。
この格好は久しぶりだ、とはしゃぐように言っているのを見ると、余程狩りが好きなんだろう。
ベイオウルフは衛兵隊の皮鎧を装備し、私とベアトリクスは黒紫に染めた麻袋をすっぽりと被り同じ色の頭巾を被っている。勿論ネックガードも装備済みだ。背中の刺繍と併せて左頭にも、一七五の会、と刺繍をいれた。これが一七五の会の基本的戦闘服、通称黒紫だ。
相変わらずハンスさんには不評だったが、気にしないことにした。
途中、高い壁に囲まれた下水処理場のそばを通った。アンジェリカさんの仕事場だ。
外からは壁しか見えないのだが、一度孤児院の社会見学で中に入って説明を聞いたことがある。
壁の中には周囲を土で練り固めた大きな深い穴が掘ってあった。そこにお通じ系の汚水、土、そして藁を入れる。それを定期的に混ぜ返して堆肥に変えている。堆肥は中の原一帯の農家の人達に販売されていて、町の収入になっていると聞いた。
中に入った時は、お通じ用とあって相当臭いのではないか、と覚悟していた。しかし、技師達は離れた高台にある作業所から魔法を放っていて、それほでもなかった。
パウルさんの様に風魔法が使える人が一緒にいて常に風上にいるからだそうだ。
ちなみに町役場の職員の平均給与が最も高いのは下水処理場の職員らしい。
アンジェリカさんの仕事は、週に二回ここへきて、土の混ぜ返しと堆肥になった土の掘り上げとその後の穴の修復らしい。
処理場を過ぎて森に入ると道が獣道になった。
人が住まない領域だ。
人の作った道から本格的に外れるのは生まれて初めてなので、少し分け入った程度でも緊張からか喉が渇いてくる。
西側は山肌になっているらしく、所々で綺麗な水が補給出来ると教えてくれたのは、私とベアトリクスの緊張を見抜いたパウルさんの優しさだろう。
ただし、水は一口ずつ飲むようにしてがぶ飲みはするな、と言われた。体が重くなるし野ションをしたら臭いでばれる。
身体が重くなるのはともかく、野ションなんてしたくない。森の中には小屋があるらしいので何とかそこまではもたせたい。
出がけにパウルさんから森の地図を描くことを指導されている。
森の内部を詳細に把握できなければ狩りは出来ないらしい。
距離や方向はどうやって測るのか、と聞いたら、勘だ、と言われた。一回で出来るものではないから、まずは思うままに描いてみて、後々修正すれば良いと言われた。
衛兵隊も持っているのだそうだが、今後のための練習だ。
なので、私とベアトリクスは地図を作る係になった。
前衛にパウルさん、真ん中が私とベアトリクス、後ろがベイオウルフだ。狭い場所では私が二番目に進むことになった。
森の中の獣道は、一旦西へ、つまり尾根の山肌へ向けて延びている。
浄水場からはそんなに離れていないせいか、左側になるそちらの方向はかなり明るいが、右側になる森の奥の方は薄暗くなにかが飛び出てきそうな雰囲気だ。楯は左手に持っているので、右から襲われたら身を守る術がない。
パウルさんは、足元を見ながら進んでいる。短い枝でクモの巣を払いながら歩いているのだが、足元ばっかり見ている割には随分と正確だ。
後ろを見るとベイオウルフは前と右とを交互に見ながら歩いている。私達も真似をすることにした。パウルさんがいるとは言え、周囲を警戒していないと落ち着けなかった。
私達の警戒を他所に何事も無く山肌にたどり着くと、獣道はそのまま北へ曲がり山肌沿いに森の奥へと続いていく。
途中花が咲いていたりもしたが、気にもかけずに通りすぎていった。なにせ、左側は木が頭に被さる様に生えている。頭上から何かが飛び掛かってくるかもしれない、と考えただけで足元をゆっくりと見る余裕も無くなった。
突然パウルさんが右手を上げてその場にしゃがんだ。
止まれの合図だ。
何か見つけたのだろうか。
一斉にしゃがむ。緊張感が一気に高まる。
パウルさんが耳に手を当てて音を聞く振りをした。聞け、の合図だ。
耳を澄ましていると、水の音が聞こえてきた。最初の水場らしい。
水場には野生の動物が水を飲みにやってくる。魔物もだ。
パウルさんはじっと水の音がする方向を見ていたが、何もいなかったのか立ち上がって歩き出した。
後をついて歩いていくと、ほどなくして小さい滝のように清水が崖をつたい落ちている。
さっそく、水場の位置を地図に書き込む。
パウルさんは地面をつぶさに見ている。動物の足跡を見ているらしい。
兎や普通の狐は教えてもらうと区別がついたが、野鼠や栗鼠に至っては小さすぎて分からない。
一際大きな足跡があった。目標の魔物化したキツネだ。
ここの水場を利用している証拠だ。
「この足跡を追うぞ」
獣道から完全に外れる森の中を指差した。
パウルさんが山刀を振るって刈り取った草を、皆で体に巻き付ける。偽装と言うらしい。
背の高い草を紐で括って束にし、それを体の関節に括りつけた。足首、膝、腰そして肘。
そのうえで、一人ずつが持ってきた網に蔦を巻き付けて頭から被る。
しゃがんでみろ、とパウルさんが言うのでしゃがんでみた。他の三人は私をほったらかしにして少し離れた場所から眺めている。
帰ってきたのでどういうことか聞いてみた。
「悪くないわね。あんた完全に草むらだったわよ。草に覆われた黒い石みたいだったわ。問題は顔ね」
顔が問題とは失礼なことを言う。
そりゃあ、美少女とは言わないわよ。でも、問題って言うほどでもないはずよ。
「顔は目立つからな。本当は緑色の斑の服を着て、顔も同じように塗れば良いのだろうが、今のところは十分だろう」
ああ、そういうことね。勘違いしちゃったわ。
黒石が突然出現するのも確かに不自然よね。今度麻袋を緑に染めてみよう。顔は……塗りたくはないなあ。
「ミュート!」
パウルさんが消音の魔法を唱えた。
これで私達の音は聞こえなくなるはずだ。
キツネの足跡を追跡するパウルさんを先頭に森の中に分け入る。
パウルさんの歩く速度が森の中とは思えないくらいに早いので、ついて行くのに精一杯だ。時々止まってくれるので休めるのかと思ったが、歩いてきた跡を地図に描けと言われた。
どこに居るのかも分からないので適当に水場から線を引くだけになったのだが、それでも良いそうだ。
そういった調子で暗い森の中でパウルさんを追いかけていると、突然パウルさんが右手を挙げてしゃがんだ。
一斉に草の塊になる。
パウルさんが指さす方向を見ると、栗鼠が二,三匹いた。くるくると動き回っては両手に持った何かを食べている。どうやら木の根元に生えたキノコを食べているようだ。近くに巣穴があるのかもしれない。
栗鼠を眺めながらしばし待つ。
私とベアトリクスは交互に魔法の詠唱を唱えては解いた。
いつでも魔法を放てるようするためだ。
パウルさんとベイオウルフが弓を手に持っているが、毛皮に矢傷がつくと値段が下がるので魔法で倒すことにしている。
待ちくたびれて集中が途切れようとしてきた頃だ。
突然、空中から影が飛んできた。
「放て!」
魔法の準備をしていたのは私のほうだった。パウルさんの合図を聞いて魔法を放つ。
「ホーリー!」
事前にパウルさんに言われていた場所を狙って魔法を放つ。要は栗鼠達がいるところで、魔物であれば効果がある。
飛んできた影が地面に降り立った時には口に栗鼠を一匹咥えていた。獲物にならずに済んだもの達が一斉に木に登る。
そして、その頃には私の放った魔法が白い光をほとばしらせてキツネを貫いていた。
キツネは悲鳴を上げる間もなく、ビクン、と身体を震わせると、そのままぐったりと地面に横たわる。
ベイオウルフが剣を抜いて駆け出していった。
目的のキツネだ。
無事に一匹仕留めることが出来た。
以前上水道管理事務所に行く途中で退治したキツネより大きかった。
パウルさんによると、人間が頻繁に行き来している整備された道沿いは森にも陽の光が良く入る。その分魔物も魔力の影響を受けにくい。なので、そんなに大きくはならないのだそうだ。
「肉はともかく毛皮が良い値段で売れるだろう」
パウルさんの言葉に口元が綻ぶ。キツネ退治の報酬自体は安いが、毛皮が売れるとその何倍ものお金になる。
その場を離れ適当な場所を探すと、土の魔法で掘った穴の上でキツネを木に吊るし、毛皮を剥ぐことにした。
パウルさんのトルネード・ウインドが私達を包む。周囲に血の臭いをばら撒かないためらしい。
ベイオウルフがナイフを片手に皮を剥ぐ横で、パウルさんがあれこれと指導していた。
衛兵隊と猟師ではやはり手際が違う様だ。
毛皮を剥ぎ終わったら穴に死体を埋めて埋葬し、次の獲物を求めてその場を後にした。




