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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第ニ章

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新しいネズミ退治法

 今日はネズミ退治だ。


 私とベアトリクスにパウルさんだ。マルセロ商会が魔物退治を請け負うことになってから、地下下水道のネズミ退治はベイオウルフ抜きでやっても良いことになった。


 衛兵隊の詰所に挨拶に行くと、いつもの様にハンスさんがいる。


「やあ、ハンス隊長代行。今日はネズミ退治に行くぞ」

「お疲れ様。元猟師にして下水道の専門家が行くのであれば今日は大漁が期待できるな」


 全くその通りだ。私とベアトリクスは一日最大退治数十五匹の記録を更新する気満々だ。


「ネズミ退治なんか生まれてこの方やったこと無いぞ」

「えっ?」


 パウルさん以外の者の声が被った。


「なにを驚いているんだ?」


 いや、驚くでしょう。パウルさんは確か下水道管理の責任者でしたよね?


「ネズミ退治は衛兵隊の仕事だ。上下水道管理事務所は上下水道施設の管理と処理場での下水処理だ。契約には魔物退治は含まれて無かったぞ」


 パウルさんが一人不思議そうな顔をしている。


「まあ、確かにそのとおり……」


 ハンスさんは当てが外れて言葉を失ったようだ。


「一回も無いの?」

「一回も無いな」

「点検の時とか……」

「点検の時にネズミ退治をする必要は無いだろう。相手をするのが面倒だったから見つけた時は風の魔法で吹き飛ばして終わりだ。死んだかどうかは確認しとらんな」

「なるほど」


 ベアトリクスも納得したようだ。


 元猟師の余裕と言うのか、それとも実力差と言うやつなのか。なんか必死になってネズミ退治をやっていた自分達が随分と非力に見えてくる。


 なんとなく意気消沈した状態でいると、ハンスさんに頼み事をされた。

 地下に降りたらクモが増えていないかどうか見てきてくれ、と言う。

 何のことだかよく分からないが、下水道で出くわす虫の数や大きさをよく見てこい、とアドルフさんにも言われているので、了解、と返事をして出発した。




 ネズミ退治をやったことがないパウルさんに、普段私達がやっている鳥籠作戦を体験して貰うことにした。


 パウルさんには普段ベイオウルフがやっている投石役をやってもらう事にしたのだが、流石元猟師……、いや復帰した現役の猟師だけあって、四匹囲ったネズミをあっという間に動けなくしてしまった。止めは私とベアトリクスの魔法で刺した。正確には譲って貰った。


 パウルさん曰く、投石で止めを刺す必要は無く頭を狙って昏倒させた後ゆっくりと退治をすればいい、とのことだった。とても無理だ、と言ったら、手で投げるにしろ投石紐を使うにしろ、投石での攻撃は非力な神官や魔法使いにも出来るのだから練習した方が良い、と言われた。


 確かにその通りだ。私は棒術を習っていないので近接戦闘が出来ない。当たらなくても牽制にはなると言うので、今度から練習しよう。


 なににせよ、まずは四匹。上々の滑り出しだ。このまま、後四か所同じペースで退治出来れば良いのだが、柵を落とす時の派手な音が原因で段々と出現数が減ってくる。最終的には十二、三匹くらいになってしまう。数を稼ぐためには解決しなければならない問題だ。

 パウルさんに感想を聞いても同じことを言われた。


 しかし、私とベアトリクスには音を消す魔法が使えないし、詠唱無しでは魔法を使えない。

 詠唱の声がネズミに伝わるとネズミが警戒する。集まったネズミを逃がさないためには鳥籠が必要で、その鳥籠を落とす時には大きな音がする。その後の投石や魔法攻撃でもやっぱり音が出る。


 パウルさんに聞かれるままに私達が使える魔法を伝えると、籠を落とさなくても良いかもしれない、と言われた。パウルさんが魔法を使うのか、と聞くとそうではないらしい。ネズミ退治くらいはいずれ私達だけで出来るようにならないといけないと言われ、二人だけで出来る方法を考えてくれているようだ。




 パウルさんは、針金で作った籠をバラバラにして四枚の金網にすると、ネズミを集める床に並べた。そこに地上で汲んで来た水に塩を混ぜて作った塩水を大量に撒いて水たまりを作る。後は火をつけた松明を壁の金具に設置して穴の上に上がり、私とパウルさんで餌の鶏ガラを吊るす。そのまま二人で穴の上から下の様子を伺う。これだけだ。


 ベアトリクスは離れたところにいる。詠唱しても声が鼠に届かないように距離をとっている。念のため詠唱する時は向こうを向いてもらった。

 そのままで、しばし待つ。


 ネズミが集まってきたのか、キイキイと声が聞こえてくる。

 松明を設置しているから、油の臭いで私達の臭いはかなり紛らわせるはずだ。

 合図をするとベアトリクスが向こうを向いた。魔法の詠唱を始めたようだ。

 小声なのか私達には聞こえてこない。


 手鏡をかざして下の様子を見てみると、ここでも四匹集まっている。

 

 ベアトリクスがこちらに向き直る。詠唱が完了したのだろう。差し出した両手の手のひらに、モヤモヤとしたものが漂っている。

 両手を使っているのはパウルさんの指示だ。

 両手を使って、ただし、目一杯ではなく。


 普通の魔法は利き手のひらに魔力を集中させるのだが、利き手にもう一方の手を添えるイメージで魔法を両手で扱うと一発の威力が高くなる。目一杯にするとさらに威力が上がるのだが、疲労も大きくなる。いわば同じ距離を、ゆっくり走るか、早く走るか、全力で走るかのようなものだ。


 ベアトリクスに二回目の合図を送ると、足音を立てないようにゆっくりと歩いてくる。そのまま穴に両手をかざすと魔法を放った。


「エナジー・ボルト!」


 小さな雷がベアトリクスの手から地下道の床に落ちた。

 バチン! と何かをぶつけたような音が穴の下から聞こえてくる。

 床で光が飛び散って辺りを照らす。

 一瞬の後、静寂が戻ってきて松明が燃える微かな音だけが聞こえてくるようになった。


 下を覗いてみると、ネズミが転がってヒクヒクしている。どうやらショックで麻痺したようで、死んではいない。


「止めを刺すぞ」


 言うが早いか、パウルさんが矢を放った。矢がネズミに刺さると大きな音はしない。勿論、パウルさんがこの距離で外すわけがない。二の矢も見事命中する。ベアトリクスがファイアー・ボールを、私もホーリーを放って一匹ずつ止めを刺した。パウルさんが譲ってくれた。


 要は、雷の魔法が金属や塩水を通してダメージを与えられることを利用した。勿論、直撃させた方が威力は高いのだが、ネズミを麻痺させて動きを止めるだけで十分で、止めはその後で刺せば良い。


 そう言えば、雷が鳴っている日は水たまりに近づくなと、言われたことがある。

 パウルさんに言わせると魔法の応用利用というやつらしい。


 ならば……。


「氷の魔法で足元を凍らせればネズミを捕まえられるのではないですか」

「どうだろう」


 首を傾げられた。


「ネズミの胴体が浸るほどの水槽に入っているならともかく、ごく浅い水たまりに集まったネズミを動けなくするだけの魔法を使えるなら、雷で麻痺させや後に直接ぶっ放したほうが良くはないか?」


 なるほど、確かにそうだ。しかし、せっかく思いついたのだから試してみよう、と言ってくれたので最後の穴で試すことになった。


 パウルさんの指導による稲妻作戦……密かにそう名付けた……の特徴は退治の時の音が小さいことだ。なので、次の穴に進んでも集まるネズミの数は減らなかった。最初に使うベアトリクスのエナジー・ボルトは仕方ないとして、その後はパウルさんの矢と私達の修行を兼ねた魔法一回ずつなので、各穴三回の魔法で退治出来ている。仮に五つの穴全部で同じような成果があったとしたら、夢の二十匹越えも達成可能だ。ハンスさんの率いる班が打ち立てた二十六匹は無理としても十分に一七五の会、もといマルセロ商会の名をハンスさんの胸の内に刻み込めるだろう。


 ちなみに、五つ目の穴では氷の魔法で足元の水たまりを凍らせては見たものの、全部のネズミに逃げられてしまった。


「物は試しでやってみるのもまた大切だ。やらずに考えるより、やってみて上手く出来ないことを確認し、さらに工夫をすればいい。そういうのは失敗と言わん」

「そうよ。次よ、次!」


 二人に慰められたものの、やはり落ち込んでしまう。反省しよう。




「で、結局十七匹か」


 衛兵隊詰所のハンスさんに報告をする。

 二十匹には及ばなかったが私達の記録は更新出来た。もし、最後の穴で氷の魔法を試さなかったら……と思うと、悔しい限りだ。


「記録を更新したな。凄いじゃないか」


 ハンスさんも褒めてくれた。


「いずれは私達が最高記録を打ち立てる日も近いわね」


 ベアトリクスが豊かな胸をそらす。


「もう打ち立てているよ」


 へっ?


「二十六匹じゃないの?」


 ベアトリクスが聞き返す。ハンスさんは何を言っているのか。


「あれは特別だ。通常の巡回で退治した数字は十六匹だ。だから今日破られた」

「なんだ。そんなのは記録更新の目標にならないわ。やっぱり条件抜きの最高記録じゃないとね」


 そうかい、とハンスさんがつまらなそうにしている。


 あれっ、なんかいつもと違うな。

 ハンスさんと言えばもうちょっとこう、ねえ。


「随分と大人しいじゃないか。何かあったのか?」


 パウルさんも気付いたようだ。


「なんでもありませんよ」


 目を逸らすところを見るとますます怪しい。言葉遣いも変だ。


「そう言えば、ここに来る前に出会った衛兵隊の連中が妙に真剣な顔つきでこちらを見ておったが、何かあったのか?」


 そう言えばそうだ。声をかけてくれたは良いが、何かぎこちなかった。


「分かった。どうせまた私達の退治するネズミの数で賭けてたんでしょう? で、今度こそ負けたのね」


 ベアトリクスがうれしそうに指を差す。なるほど、それなら辻褄が合う。

 ハンスさんは一つため息をつくと、分かった、分かった、と手を振った。


「今回は二十匹以上退治出来るかどうかで賭けをしてな」


 やっぱり賭けてたんだ。衛兵隊の人達ってどうしてこうなのかな。


「今回はちと金額が大きくて、一人銀貨一枚で四十二人が参加した」


 てことは、総額で金貨二枚超えてるの? 私個人の先月の獲得報酬の三倍になるわよ。


 やれやれと、疲れた様な表情でハンスさんが続ける。


「一七五の会は、うちでは人気があってな。しかも今回はパウルが加勢するときた。ほとんどの者が二十匹以上に賭けたんだ」


 あら、私達人気があるんだ。えへへ……って、あれ、この流れは、誰かの一人勝ち?


「で、俺一人だけが二十匹以下でなあ。ありがたいことに今回も独り勝ちだ」


 でも、あれ、元気がないぞ。どうしてだ?


「今回で三連勝になるんだが、衛兵隊には不文律があってな。隊内の賭けに三連勝した者は賭けに参加した皆に奢らなくてはならんのだ……」

「いいじゃない、それくらい。金貨二枚も稼いだんでしょう?」

「元を取ろうとして盛大に飲み食いするに決まっているさ。大赤字に違いないよ」


 そう言えば衛兵隊の飲み会は凄いって、ベイオウルフが言っていたな。


「なら、いい方法があるわよ」


 ベアトリクスがニヤついている。


「なにを企んでいる」

「私達これから鳥の頭亭に行くんだけど…」


 ネズミの餌に使った鶏ガラをもらったお礼に晩御飯を食べに行かないといけない。


「御主人のオーウェンさんとは仲良くしていてね。先払いの宴会コースを作ろうかって言っていたのを聞いたのよ。上手く金額を設定すれば少なくとも赤字は免れるわよ」

「ほほお。詳しく話を聞こうか」

「ただし、条件があるわね」

「条件?」


 完全にベアトリクスのペースだ。条件も大体想像が出来る。


「おい、あの娘は本当に十五歳なのか?」


 ハンスさんとヒソヒソやっているベアトリクスを横目に、パウルさんが小声でささやいてきた。


「残念ながら。本当に十五歳です」


 それを聞いたパウルさんは、両手を広げて盛大に肩をすくめた。

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