第六話 何人をも退ける壁
ヘンリー様御一行が到着するのが、会合の再開のようなものだった。沈黙の誓約の時間も終わった。入場制限が解除された結果、樽酒のオッサンも参加を許され、警護よろしくアイラの後ろの壁際に立っている。
ヘンリー様達が、一通りの挨拶を終えて私達の側の空いている場所に座る。早速エレノア様が話し始めた。
「皆様方の協力を得て、エングリオとの国境付近において調べた事についてお話しします。数年前、魔物……ガーゴイルに襲われた後、魔王に破壊されたと噂される砦についての事です。その砦は、今から四年前、まだ魔王の討伐が終わっていなかった頃に……」
あくまでもシラを切り通す積りらしく、噂に基づく話しかしない。プライモルディアの人達も噂を信じているのか、神妙な顔つきで聞いている。
エレノア様の話を要約すると、現在、魔王や魔族の呪いは確認されず、街道を掘り起こしても差し支えない、との事だ。
そりゃあ、そうだろう。元々、魔王なんか絡んでいない。ベアトリクスやボニーが、山賊と一緒になって火薬を爆発させて崩しただけだ。呪いも魔力もありっこない。
「既に、プライモルディア国王から皆様にお話があったかと思いますが、あの街道の周辺には古代人の遺跡があった可能性があります。街道回復工事を早々に開始し、遺跡の安全を確認するべきと考えておりますが、いかがでしょうか?」
わざわざここで説明すると言う事は、西の教会の許可が必要なのも知れない。
「エレノア様のお考えは十分に理解できます。陛下からお話があった時に、我々は是非協力しようと、まとまりかけました。しかし、異論もございます」
カドガン様がプライモルディアのお貴族様の一人を見ると、その人が立ち上がった。
「儂は、先代国王と共に国境線でエングリオ軍と戦ったのですが、任務は例の砦の守備隊長でした。ご存じの通り、あの時は、砦を拠点に崖上を我らの軍勢で確保し、エングリオ軍を撃退したのです。それだけに、偵察や地形の観察も十分にした積りです。しかし、エレノア様がおっしゃった様な遺跡は見つかっておりませぬ。元より、我らの伝承に無い事自体が不思議であり、元々存在しなかったのではありませんか?」
「つまり、あの辺りには遺跡が存在しない事を保証されるのですね?」
「ほ、保証までは致しかねますが、可能性は低いかと」
エレノア様に見つめられたお貴族様は、やや引き気味になって答えた。
「それでは、急いで掘り返す必要は無いと?」
「そ、そうですな。ご尽力の結果、魔王の呪いも無い事が分かったとの事。現在我が国は農奴を解放し、貴国からもたらされた新しい農法による改革を行っている最中。時を見て、大きな負担にならぬ範囲で回復を目指すのが妥当かと」
元英雄の圧に負けまいとしているのか、やや俯き加減にエレノア様を見ている。
「しかし、このお屋敷は先代の国家宰相の持ち家との事。私が耳に入れた話では、この屋敷で不定期に行われた会合に参加されていた方は、皆反逆罪で処刑されたとの事でした。伝承の再調査などは必要ないのでしょうか」
「ご、ご心配は尤もな事。しかし、我ら西の教会を奉ずる者達の会合には、常にプライモルディア王都大教会の歴代大司教により記録され、管理されております。我ら五人は、確かに先の管理人であった者とは家格も落ちますが、カドガン様からの引継ぎを受けていておりますし、何よりも今ここにカドガン様がいらっしゃるのです。先祖の遺した遺跡について見逃しがあろうとは思えません」
交錯する視線……二人共無言のまま互いの目を見ている。
「そうですか! そうですよね。皆さんのご負担になるやもと、思い悩んでいたのです。お話を伺って安心しました。ええ、地元の皆さんがご存じないのですから、恐らく無いのでしょう。無いに決まっています」
エレノア様が破顔した。きっと、自分のせいで遺跡の入り口が埋まっていなさそうなので安心したのだろう。
「ご理解頂き、有難うございます」
お貴族様も、自分の意見を聞いて貰って嬉しいのか、ホッと一息つくと笑顔を見せ、やや大げさに騎士の礼をした。
その後は、埋まった街道の向こう側、つまりエングリオ側の偵察結果が話された。今の所動きが無いようだが、埋まった所までは猟師が行き来しているらしい。秘密のやり取りくらいは始まっているかも知れない。既にプライモルディア王家にも報告したとの事で、皆フンフンと聞いているだけだった。
「ところで、ヘンリー様やエレノア様の様なご高名な方に、わざわざここまでご足労頂いたのは理由があります」
カドガン様だ。
確かに、先ほどのやり取りだけなら王宮で十分だ。
「何かあるのでしょうか?」
エレノア様も平然としている所を見ると、何かかがあると、ある程度予想していたのだろう。ヘンリー様も、全く動じていない。
「この屋敷の傍らに古い祠があるのをご覧になりましたか?」
「ええ。拝見しました。歴史のあるお土地柄だけあって、雰囲気のある祠だと思っていたのです」
「あの祠には地下道があるのですが、その地下道は何人をも退ける壁があるのです」
「まあ、何人たりとも?」
「はい。既に、マグダレナ様やアイラ様にはお話しさせて頂きました。その壁の先に何があるのかは伝わっておりません。しかし、我らの推測では、ジャンヌ神官の魔法で解除出来、探索できるのではないかと」
ヘンリー様とエレノア様が目を合わせる。何となく、二人とも嬉しそうだ。
「そして、一つの伝承があります」
今や、好奇心の強い老夫婦は身を乗り出している。
「女性限定なのです」
エレノア様がガッツポーズで立ち上がり、渋面を作ったヘンリー様が項垂れる。
「分かりました。今すぐ、行きましょう!」
エレノア様、早すぎます!
何故、女性限定なのか?
聞いて見たら、よく分からない、と返ってきた。
「巫女の一人がこの地で暮らし生を終えた事は確かなようです。もしかしたら、その巫女は男性嫌いだったのかも知れません」
そんな曖昧な理由で後世の人間の探索に制限をかけても良いのかね?
この謎の縛りの影響は大きい。もしも、壁の先に魔物が待っていたら……。
ジェームズ様以下、元英雄と英雄を中心に組まれた祭壇の調査隊から参加出来るのは、グラディス様と私だけになる。しかも、グラディス様は最近おめでたが発覚した。来年の春には生まれる勢いなので、動けない。
ところで、肝心のプライモルディアからは参加しないのか?
古代人の遺跡探索にあたって、古代人の末裔であることを誇りにしている地元が参加しないのは少々可笑しいのでは無いか?
「貴国からはどなたが参加されるのですか?」
ハリス様も気になった様で、真正面から聞いている。
「我が国からは、神官が一人参加致します」
カドガン様が言うには、上級神官らしい。
「わが国は、人口も少なく、超上級魔法使いが一人もいません」
それ以外にも、貴族しか神官になれないとか、特に戦争前の体制は考え方が古く、女子は早めに結婚して子育てにいそしむのが良いとされているとか、魔物と戦える女性の育成という意味では様々な制約があるらしい。国民皆兵のフィニスとは真逆だ。
ただ、現在の新体制下では、国王様やカドガン様の主導で、農奴の解放を始め、改革が図られている最中らしい。しかし、一年や二年で解決する問題では無い。今回、参加する女性神官はとっておきなのだそうだ。
「大丈夫です。攻撃面では現在プライモルディアにいる我々のメンバーでも十分に手が足りています。回復と支援の中心になる神官がジャンヌ一人だったのですが、そこを補強して頂けるのであれば十分です」
エレノア様は気遣いと共に自信を見せている。
前衛はベイオウルフとヴィル。斥候兼軽装歩兵がマグダレナ様とボニー、そして切り札のフィオナ。魔法使いがエレノア様と王都にいるメアリー、回復役の神官は私だ。全員が戦争もしくは魔王討伐戦の経験者で、魔法中心に戦う者は皆上級以上だ。八人いる。問題があるとすれば、回復役が私一人というところで、そこに一人加わると安定感が増すだろう。歴代英雄は常に二人体制だった。洞窟探索はそう甘くないのだ。
俯いていた五人の貴族も、エレノア様の言葉に救われた様で、互いに笑みを交わし合っている。
(私も参加してよろしいですか?)
アイラだ。確かに徒手格闘の技術はある。剣術もある程度のレベルにあるかも知れない。
(私とてフィニスの女。徒手格闘には少々自信があります。戦神を奉ずる者の一人である以上、参加せずして国には帰れません。それに、詳しくは話せませんが、北方に伝わる秘術を使い、超上級のヒールとホーリーを使う事が出来ます。勿論、巻物ではありません)
玉だ。持って来ていた。これは頼もしい。
アイラを見ると、微笑んできた。
「では、アイラ様にもご参加を願います」
(有難うございます)
参加の決まったアイラが頭を下げた。
「ねえ、玉、持って来たの?」
こっそり聞いてみる。
(うん。父上と母上が持って行けって。巫女様の許可も頂いたわ)
超上級魔法使いの込めたホーリー、ヒール、インクリース・ディフェンス、それに私が渡した初級ライトの四つらしい。アイラ専用の玉として込められたので、中に入っている幽霊も女性らしい。つまり、フィオナの分身も入っている。背後に立っている樽酒のオッサンが背中に担いでいるそうだ。道理でデカい荷物を背負っているはずだ。壊れない様に、毛皮にでも包んで樽詰めにして来たのだろう。何せ徒手格闘の技術を持っている。超上級のインクリース・ディフェンスを二重がけにし、ベイオウルフや私の二重がけのディフェンドとシールドを合わせて六重がけにすれば、向かう所敵無しかも知れない。
ややあって、プライモルディアから参加する女性神官が案内されて入って来た。
「神官のシアーニャです。この様な場に参加させて頂き大変光栄です。そして、セルトリアとフィニスから来られた方々のご助勢が出来るとの事。どうかよろしくお願いします」
見覚えがある。晩餐会に出席していた。
「既にご存じの通り、国王陛下のご長女になります。当代陛下は、即位の折から兄君のご子息であるエドワード王太子に跡を継がせようとして、三人の御子を全て神職にしました。無論、還俗すれば王位継承権を持ちますが、神職にある以上は一神官に過ぎません」
お兄さんと弟さんがいるそうだが、二人共神官らしい。
しかし、古代人の末裔とか言っておきながら、こういった時に大陸から来た王族の娘が出てくるところを見ると、余程手が足りていない様だ。
「今後の身分の壁を少しでも崩そうとする努力の一環だと思っていただいて結構ですが、腕は保証します。何せ、魔王討伐部隊では後衛として参加していたのですから」
それは頼もしい。確か、プライモルディアは、レグネンテスとの合同部隊で参加したはずだ。レヴァンナントの襲撃に遭い苦戦していた本命を、ハロルド様と一緒に救出した戦歴の持ち主になる。
「では、こちらからも応援を何人か要請しても良いでしょうか? 本人達が了承すれば、の話ですが」
エレノア様だ。沈黙の誓約は解かれた。他国の者が加わる壁の攻略は島全体で共有される。
「どちらの方でしょうか?」
「ノーザン・グラムのサクスブルグ殿と我が国の王女ミアーナ。そして、商人団として参加しているメアリーとボニーと申す者です。メアリーとボニーは魔王討伐部隊に参加しています。王女二人なのですが、アイラ殿の使う術には補助する者が必要でしょう。その点、その二人はうってつけです」
いや、二人が玉を使ったなんて聞いた事無いし。
しかし、嘘では無い。エレノア様は二人がどの様にうってつけなのかは言っていない。
マグダレナ様を見るとニコニコしているが、果たしてミアーナが来るかどうかだな。
案の定、王都に帰ってミアーナに話をすると真っ青になってしまった。一方、サクスブルグは大喜びだ。
「ミアーナ。貴女が自分で決めなさい。私とマグダレナは、貴女がどのような決断をしようとも支持します」
二人はそう言ってくれたのだが、折角仲良くなった他の王女が参加する中、一人だけの留守番は寂しすぎるだろう。
アイラ、サクスブルグ、メアリーが囲んで作戦会議を始めた。
状況を伺うに、恐らく、サクスブルグが積極的に誘い、アイラが励まし、メアリーはミアーナの決断を待っている様に見える。
エレノア様とマグダレナ様は、離れた場所でワザと視線を逸らして世間話をしている。
その二人が私に言っていた。ミアーナは第一王位継承権者だが、もし当代陛下に万一の事が有った場合速やかに女王に即位しなければいけない事は無い。王位継承権者第二位のロバーツ様がいるからだ。そして、後二年もすると長男が成人し、四年経つと次男も成人する。四年後の王位継承権は、一位がミアーナ、二位が長男、三位が次男、四位がロバーツ様になる。順番は所詮順番であり、王に向いている者がなれば良い。第一王位継承権者が、女王では無く女子の店の店長を目指しても問題は無い。
当代陛下の場合は、長女のアン様……ジェニファー先生……が神職になり、ロバーツ様が成人すると同時に王位につかない宣言をして東の原に行ってしまった。止むを得ず国王様が渋々引き受けたらしい。同じ事が繰り返されたところで問題は無いのだろう。
この事は、ミアーナだけに当てはまるものでは無いのだが、本人には伝えていないらしい。
メアリーが私を呼んだ。私の意見が聞きたいようだ。結論が出ないのだろう。
仕方ないな。
「ちょっと、待ってね」
エレノア様とマグダレナ様の所に行く。
「どうなりましたか?」
「まだ、決まっていません」
「そうですか。では、待ちましょう」
「あの、お二人にご了承を得たい事があるのですが」
二人は目を見合わせて首を傾げた。
「王位継承権の順位は絶対では無いとおっしゃいました」
「そうです。早く生まれた者が先に決断する権利を持つだけです。無論、どの様な立場であろうと王族としての務めは果たして頂きますが」
「その話をミアーナにしても良いですか? その方が決断も早くなると思います」
「ミアーナが断ると」
「いえ、逆です。店長メアリーを見習わないといつまで経っても四号店長にはなれないぞって」
首を傾げていた二人だが、任せる、と言ってくれた。
その場を離れ、ミアーナを呼んで二人だけで話す。
メアリー達はこちらを伺っているが、エレノア様とマグダレナ様は知らんふりで雑談を再開した。
「決まった?」
「皆が行くみたいだけど、中級魔法が使える程度の私が行っても……」
すっかり小さくなって縮こまっている。思った通りだ。本音は皆と一緒に居たいのだろう。
内緒の約束をして、王位継承権の話をする。
「先に決断できる権利……」
「そうみたい。それでおばさんに当たるアン王女殿下は神官になったそうよ」
「そっか。義務じゃ無かったんだ」
ほっとしたのか、少し元気になった。
「メアリーが上級魔法使いなのは知ってるでしょ?」
「うん」
「なぜ上級まで上がったか知ってる?」
「魔王討伐部隊に参加して……」
「そうじゃなくて、動機よ」
「動機……は、知らないわ」
「恩返ししたかったからよ」
メアリーはグラディス様に憧れて魔法を覚える事に意欲的になったが、その後は娼館のお姉さん達への恩返しが動機になった。普段は王都にいるが、ベアトリクスと交渉し、夏場には氷室用のアイス・キューブの魔法を差し入れて貰っていた。今ではベアトリクスが作ったアイス・キューブ、シャワー、ミストの魔法陣に魔法を込めている。販売用では無いのでお礼はレグネンテスの村での農業用魔法を無料で使う事だ。弟子もいるし名目だけだが、要はベアトリクスもタダにしてあげたかったのだろう。
「戦争が大嫌いな平和主義者だけど、もし何かあったら店や店の娘を守るために戦う娘よ」
「強くならないと店長になれないの?」
「うーん。要は気持ちね。私達が王都で店長を任せていられるのも、護るべき者を守ろうって気持ちを持っている娘だからよ。後は、どんな状況でも自分が出来る事を頑張る。それだけよ。だって、自分が出来る以上の事なんて、英雄だって出来ないわ。難しい事は任せて、皆の補助をするだけでいいのよ。知ってる? メアリーの初戦。荷物持ちだったのよ」
練習で参加した時は、何もしなかった。
本戦になった砦のネズミ退治では、事もあろうに油と間違って火薬を投げつけネズミをバラバラにしてしまった。
スティーブンスさんが優しい方だから良かったものの、そうでなければ六十匹分の報酬がパアだった。ミアーナは、こっそりとメアリーを盗み見して笑顔になった。
「見学がてらに荷物持ちだけでもしていかない? 来てくれたら凄く助かるんだけど」
そう言うと、うん、と唇を引き結んで頷いた。




