第四話 プライモルディアへ
アイラとサクスブルグがセルトリアに到着した日に、歓迎式と壮行式が王宮で行われた。
因みに、アイラは樽酒のオッサンを護衛として連れて来ており、サクスブルグはヘクサム公を連れて来た。
プライモルディアで開催される疫病対策の会合は、諸侯会議と同時に開催される様な国際会議では無論ない。ただし、視察と称して普段三か国で開いている宴会……もとい、会合とも違い、プライモルディア王都大司教様が参加される。
セルトリアからの出席者は、マグダレナ様を筆頭に、会合デビューを果たす予定のミアーナ、ハリス様、ベイオウルフ、私に加え、商人団に随行するボニーとメアリーだ。
参加者は、各国とも侍女や直属の護衛を含め数名単位で、どちらかと言うと、式典に参加していない交易を目的とした商人団の方が多い様な気がする。
したがって、式典も簡素なもので、晩餐会では王女三人が揃ってニコニコするだけに留まり、ミアーナの良い練習になりそうだ。
樽酒のオッサンは、外国の晩餐会は初めての様で、ガチガチに緊張している。頼りにしていたロバーツ様が不在と知って青塗りの顔がますます青い。ベイオウルフと一緒になって、王女の警護よろしく突っ立っている。
ヘクサム公は、商人団の一人なので執事の方と一緒に、そちらの群れに混じっている。普通は主人の斜め後ろに執事が立つのだろうが、逆になっているところを見ると、交渉には口を出していないのだろう。
王女三人と私は一か所に固まり、国王様夫妻やエヴァンス様と一緒になっている。挨拶のオッサン連中は、引きつった顔で突っ立っている樽酒のオッサンとベイオウルフに恐れをなしたのか、挨拶が終わると早々にメアリーに誘引されていった。
いつもの様に中座して、いつもの場所に移ってからが本番だ。
椅子に座るなり、どっとため息をついた樽酒のオッサンとベイオウルフは、互いの境遇を労いあい仲良く乾杯をしていた。
ミアーナにデューネとメルを紹介するとびっくりしていたが、アイラとサクスブルグに手を引かれてフワフワで飛び跳ね始めると、三人一緒になってはしゃぎ始めた。もう、大丈夫だろう。
翌日、すっかり意気投合した三人は、ベイオウルフやヴィルとも仲良くなって、船の舳先で風に当たりながらはしゃいでいる。サクスブルグは船旅用とか言って、人魚よろしく魚の尻尾の着ぐるみを足にくっつけてポーズをとっている。動けなくなると不便なので一応足が出せる様になっているのだが、歩く姿はまるで色違いの黒竜の子みたいだ。
私もリフレッシュを掛けて一緒になって騒ごうとしたのだが、マグダレナ様とハリス様に呼ばれた。事前に話しておきたい事があるらしい。
元々、疫病は大陸から渡って来る、とも言われていて、その対策や研究も東海岸の方が進んでいる。旧西海岸諸国で熱心なのは国教会制を敷いているセルトリアくらいなもので、メディオランドでさえ王妃や王女の名で寄進をしてしまえば後は教会に任せっぱなしにしているらしい。
もっとも、その方が教会も都合が良いに違いない。従来から伝わる祈祷を中心とした治療法は未だ幅を利かせていて、プライス様曰く、結果を突きつけてやるのが一番、なのだそうだ。
「ジャンヌの魔法で革命を起こすのです。疫病を払う祈祷は女神様に授かった物ではありません。人間が勝手に考え出し、祈祷の合間にヒールやピュリフィケイションを掛け、薬草を与えているだけです。確かに治った例もあるのですが、きっと薬草の効果に違いありません。対してジャンヌの魔法は、間違いなく女神様に授かったもの。教会の権威を利用しお金儲けをしている者達に、目にものを見せてやって下さい」
予行演習で出会った時に、そうおっしゃっていた。
メディオランド王都大教会でさえ、そうなのだ。レグネンテスは推して知るべし、だ。
無論、いざとなったら、国境を閉ざし、森や山で隔てられている東海岸との流通を妨げてしまえば、何とかなってきた事実も大きい。どの国もお金が余っている訳では無い。国が傾くほどの死者が出ない限りは、従来通りなのだろう。
一方で、大陸と最も近い距離にあるプライモルディアは、疫病で散々な目に遭って来た歴史がある。聞くところに寄ると、大司教様はお族様出身なのだが、ご実家はごくありきたりな小貴族だそうだ。ありていに言えば、大貴族の陰に埋もれてしまい、教会や実家の保護も無く、いわば独力で疫病との戦いを繰り広げて来たらしい。恐らくは、ほとんどが負け戦だったのではないか。古代人の血を引くだけに、失われた魔法とされていたアンチ・セプシスに大きな期待を寄せているそうだ。
と、ハリス様の説明をここまで聞いただけで、眩暈がしてきた。
元は畑のカビ除け魔法なのだ。それが、水虫の薬になり、ただの病気に効く薬になり、今や様々な疫病に効く魔法の水薬として期待されている。いやいや、ただの病気と戦場でかかる病気以外は全く結果が出ていないのに期待され過ぎだ。
絶対におかしい。
「そのくらい期待されているんだよ。ごく一部の者にな」
「ごく一部ですか?」
本当だろうな。そうじゃなきゃ困るぞ。
「ああ。今の所、魔法水を仕入れているほとんどの国は、ただの病気の治療と関係者に病気がうつらない様にするのが使用の目的だ。だから、隔離施設にしか使用していない。これは、メディオランドでもそうだ」
「でも、プライモルディアの大司教様は……」
「あの方は古代人の末裔だぞ。プライモルディアはいわばフィニスの様な国だと思った方が良い」
そう言えばそんな事を聞いたな。
「その大司教様が、それほど期待していると言う事はだ、分かるか?」
「あっ、もしかしたら、初代国王様シリーズの魔法について、お詳しいかも知れない……」
「そう言う事だ」
迂闊だった。古代人の血を引いていると言う事は、古の巫女やそれ以外の魔法についても造詣が深いかも知れない。
途中レグネンテスへ寄って、晩餐会に参加した。ボニーが参加出来ないので、翌日のハロルド様のお屋敷に呼ばれて大いに騒いだ。
王女三人は練習よろしく揃って三号店の制服を着て若手騎士に囲まれていたが、店員ミアーナはぎこちなくはあるがこなしていて、マグダレナ様を喜ばせていた。
三日間の滞在期間中、ただの病気の隔離施設や疫病対策の場を見せて貰ったのだが、レグネンテス側は王妃様や王女様も晩餐会や王宮の庭園でのおしゃべりの方に熱心で、神官同士の話し合いに終始したぐらいだ。ある意味、ハリス様の言葉が実感できた。
リフレッシュの魔法の効果もあって、無難に船の旅は進み、プライモルディアとレグネンテスの国境の峠を遠望する辺りから、海岸は砂浜がごくわずかになり、断崖が続く様になってきた。陸の風景も山ばかりだ。
プライモルディアは、国土の三分の一が山地で、特に国境の山は高く険しい。平野部が少ないせいで人口も少なくセルトリアの五分の一程度しかいない。そう言った意味では、北端のフィニスの小型版といったところだろう。大陸とも近く交易も盛んで、必定外交に長けた国になったそうな。
常備軍も二千人程度らしい。もっとも、先の戦争中に政変が起こり、現在では解放された農奴を自由農民として兵役を課し、有事の際の兵力は従来の三倍から五倍近くを計算できるらしい。しかも、軍制改革を推し進め、貴族には兵役の代わりに金銭での防衛費負担を求め、貴族お抱えの騎士を傭兵として雇う様にした結果、いまや常備軍と言う考え方が直轄軍以外無くなった。
将来的には、単純な兵力だけなら、セルトリアを凌駕するかも知れないそうな。
断崖ばかりが続く殺伐とした風景を眺めながら船は進み、プライモルディア王都の港に着いたのは、セルトリアを出発して一週間後だった。
王宮は港の直ぐ近くにあるのだが、高台にあるせいで、幾重にも折れ曲がった道を登って行く事になる。速度が上がらない事もあって、直ぐ近くに見える割には時間が掛かった。
王都は入り江にある港町を中心に出来上がったようなもので、人口も他国の王都と比べ少ないせいか、こぢんまりとしている。入江の端にある断崖の上にある王宮は、まるで海に突き出した断崖を途中で切り落とした様な巨大な岩の上に築かれていて、断崖はつり橋でのみ繋がれていた。つり橋のこちら側に居住区があるのだが、籠城する場合はつり橋を落とせば、難攻不落では無いかと思えるような構造になっている荒々しいものだ。
港から馬車に乗り、王宮に向かう坂道をえっちらおっちら登って行く。正門をくぐり抜けると玄関に着いた。そのまま謁見の間控室に案内された。
出迎えてくれたのは、諸侯会議と同時に開催された会合に参加した大司教様で、プライモルディアにおける疫病御対策の責任者になるはずだ。
「マグダレナ様、アイラ様、サクスブルグ様、そしてハリス司教。よくお越し下さいました。春の会議ではお世話になりました」
「いえ、大司教様。こちらこそお世話になりました。この度はよろしくお願いします」
「そして、アイラ様。ご婚約なさったとか。お祝いの言葉を言わせていただきます」
(ありがとうございます)
「大司教様、この二人とは初めてお会いなさいますね。まずは私の娘、ミアーナです。ミアーナ、こちらは、プライモルディア王都大教会のカドガン大司教様よ。ご挨拶なさって」
初めまして、の挨拶をしている。
「それから、こちらが……」
「ジャンヌ神官ですね。是非、お会いしたかった」
いきなり、手を取られた。
「古の巫女の使っていた魔法を使えるとか。しかも上級魔法使い。いろいろと教えて下さいね」
先に頭を下げられてしまった。
随分と、腰の低い方だ。
「こちらこそ、どうかお導き下さい」
慌てて膝まずき、大司教の位を表す指輪にくちづけた。
謁見は、ごく簡単に終わった。
別に軽視されているわけでは無く、国王様が公式行事の全てを略式にしているのが原因だ。
「略式になってしまい申し訳ないな。間もなく儂は退位する予定なのだが、皆に認めて貰えないのだ。せめてもの抵抗として、こうして公式行事を略式にしておる」
「陛下。何をおっしゃいますか。解放王と呼ばれる陛下が、その御年で退位なさるとあっては、民が嘆き、哀しみ、遂には怒り、我らの足元に火がつくやも知れません。どうか、その様な事をおっしゃらずに。荒事は私が引き受けますので、この国の安寧のため今後も在位なさって下さい」
文句を言ったのは年若い王太子だったりする。随分と背が高い。頭一個どころか鳩尾から上が飛び出している。それどころか、肩幅もあり、後ろの人が何人か完全に隠れている。引き締まった巨大な体躯だけに声もデカい。顔もデカいような気がする。
背後のお貴族達は、その王太子様に、どうだ? と聞かれると同時に、盛大に頷いている。どう考えても、巨大な王太子にビビっている様にしか見えない。
「プライモルディアの王太子エドワード殿は、現国王様のお兄様……つまり、先代国王様のご長男なのですよ」
マグダレナ様が耳打ちしてくれた。
「先代国王様と言うと、前の戦争の時にエングリオ軍を他国の援軍無しで撃退したとか……」
その戦いぶりはセルトリアまで伝わって来ている。私でも結果くらいは知っている。
「そうです。元英雄の御父上の後を継ぎ、お義父様と唯一互角に渡り合えると言われたほどの戦士でした。残念な事にご病気でお亡くなりになりました」
どうりでガタイが良すぎるはずだ。いい加減大柄なロバーツ様よりデカい。
現国王様よりよっぽど国王らしい。国王様は、今までも化け物じみた父親やその能力を受け継ぐ兄貴と比較されてきたのかも知れない。その息子まで化け物とあっては堪らんだろう。退位したがるも頷ける。
マグダレナ様が、肘で突いてきた。考えてみたらセルトリアも似た様なものだったな。
謁見が終わり、早速会合となり会議室に入る。驚いた事に、国王様が出席された。主な会合参加者は、侍女様、補佐や警備の者を除くと、プライモルディアが国王様とカドガン様、フィニスがアイラ、ノーザン・グラムがサクスブルグ、セルトリアはマグダレナ様、ミアーナの二人に加え、私だ。
「儂は軍事が苦手でな。軍権の全てをエドワード王太子に預け、その代わり内政ばかりやっておるのだ。セルトリアから教わった畑を四つに分ける方法も、農民たちの協力を得て儂がやっておる」
農作業をやっているのだろうか? 珍しい国王様だ。
「そうでは無い。土地の配分と植え付けの計画、必要な魔法使いの配置や農夫の配置、見込まれる収穫と養える人口。そういった事の農地ごとの計算をやっておるのだ。マグダレナ殿はご存じであろうが、来年の諸侯会議の場でも公表する事になっておるのだぞ」
「それは素晴らしい事ですわ。我が国でも、ヘクサム公と言う者が農業改革について研究しています。彼は疫病対策においても私と連携を取っておりますし、今回の使節にも加わっておりますので、もし可能でしたらそちらの方でも情報交換が出来ないでしょうか?」
サクスブルグだ。彼氏……いや、まだ分らんかな? ……が自領でやっているはずだ。
「ほほう。その申し出は有難いな。農業についてはセルトリアとも情報交換をやっている。是非、参加願いたい。無論、可能であればフィニスも。しかし、ヘクサム公家は軍事と裁判を職責とする家柄と聞いていたが」
「代が変わりましたの。当代は、私の幼馴染なのですが、戦いが嫌いで農業や交易、それに疫病対策や生活困窮者対策の研究に関心があるようですわ」
「儂と同じか。それは心強いな。ではノーザン・グラム王に親書を渡したい。サクスブルグ殿、預かって貰えるかな?」
「勿論ですわ」
早くも一件まとまった。セルトリアの国王様もテキパキと決断を下す方だが、国王様は皆決断が早いのだろうか。
「プライモルディア王、我が国で農業研究の主導を取っている者は、このジャンヌ神官の仲間なのですよ」
マグダレナ様だ。
「なんと! もしかして、失われた魔法を使っておられるのか?」
「いえ、使っている魔法は通常の属性魔法のみです」
「そうか、ならば安堵した。失われた魔法が農業改革に必須であったら、各国向けの雛形が出来ぬところであった」
各国向けの雛形! 素晴らしい考え方だ! まさしく共存共栄だ!
「左様。島全体が潤う方法を考え出してこそだ。今も、大司教と共に、女神様の教えに沿うようにと、貴族共にエングリオで始まった農業用魔法の賦役化を勧めておるところよ。我が国が雛形を完成させれば、各国の旧態依然とした者共の考えを改めさせる事が出来るはずだ」
諸手を上げて賛同したいところだが、各国の旧態依然とした者共には教会も入る。皆、何も言わずに頷いている。
「何事も、結果有りき、ですからね」
カドガン様もニコニコと頷いている。プライス様と一緒だ。つまり、私達と同類になる。
その後は、各国の実情の報告と共に、セルトリアでの王立医学研究所の開所と私の副所長就任が発表された。プライモルディアは既にアンチ・セプシスの巻物を買ってくれている。現状は、他国と同じでただの病気対策にしか回していない。ただし、来春から幾つかの教会に配分し、様々な病気に試験的に使う事が決まっていて、現在はそのための巻物を備蓄している最中らしい。この考えは無かったようで、マグダレナ様以下各国の代表は記録していた。
「ジャンヌ神官の使う失われた魔法に頼り切っているのが現状ではあるが、可能な限り多くの民を救う事が大切だ。大変だろうがよろしく頼むぞ」
「出来る限りの事はしたいと思っています。こちらこそ、よろしくお願いします」
その後は、視察の予定が国王様から示された。
「今日の会合はこの辺にして、晩餐会まではお休み頂きたい。明日は、大教会、その後施設をご視察頂く。そして、二回目の会合だ。二回目の会合では、今後の事を話し合いたい」
皆、異論はない。二回も会合を開いてくれるのだから、熱心に対応してくれているのは間違いない。
ところで、と国王様が切り出して来た。
「ところで、ジャンヌ神官は失われた魔法を使うと同時に、この島の事……特に、魔王の復活の阻止について、様々に調査をなさっているらしいが」
「はい。沈黙の誓約がございますから、私からお話出来る事は限られていますが、確かにその様な意図の調査に関わらせて頂いております」
うむ、と国王様が頷く。
「陛下、ご存じの通り、ジャンヌが関わっている調査は、メディオランドのジェームズ王太子殿下が中心になって進めているものです。私も参加しております。確か、プライモルディアにも協力依頼をしていると聞いておりますが」
ハリス様が救いの手を差し伸べてくれた。私に聞かれても、どう答えたら良いのか分からない。
「その調査に関係するかどうか分らぬが、古代人の末裔たる大司教から、同じく古代人の血脈を引くフィニス王家とセルトリア王家の代表として来られた皆さんとジャンヌ神官にお話したい事があるそうだ。四日目以降になると思うが、ご了承されよ。サクスブルグ殿。申し訳ないが、その場については欠席されたい。我が王家も建国以来、古代人の会合には参加せぬ。ご気分を害されるな」
「お言葉ですが、我が兄エオウィンは、正式に調査に参加する事が決まっております。私が欠席するのは構いませんが、その事ご存じおき下さい」
「陛下、今サクスブルグ様がおっしゃった事は、事実でございます」
サクスブルグがにこやかに返し、ハリス様が保証すると、国王様はカドガン様を見た。
「分かりました。サクスブルグ様が我らの会合にご出席なさりたいと思われるのでしたら、ご参加下さって結構です。ただし、本国へ照会して頂きます。ノーザン・グラム王、ノーザン・グラム王都大教会、そしてメディオランド王都大教会の承認を得る事が条件となります」
カドガン様の目は笑っていない。終始穏やかだった方の雰囲気がガラリと変わった。
「わ、分かりましたわ。そこまで話が大きくなるとは思っておりませんでしたの。そういう事なら遠慮させて頂きます」
引きつった顔のサクスブルグの言葉に、カドガン様が頷いた。
一体、何があるんだろう?




