第三話 王立医学研究所副所長就任式
プライモルディアに行く前に、私は王立医学研究所の副所長に就任する事になった。
と言っても、研究所の建物自体が未だ建築中で、患者は愚か職員もいない。
どうやら、フィニスでの騒動を受けて、国王様が私に一日も早く肩書を付けようとしてくれたらしい。
例によって控室で待たされたのだが、既に所長に就任したフィリップス様と同席になった。副所長なので大司教様はいらっしゃらない。幸いな事にこじんまりした式典で、所長就任と異なり晩餐会も開かれない。
「北方では、大変だったようですね」
副所長就任の経緯を聞いたのだろう、フィリップス様が労ってくれた。
「結果オーライでしょうか。ヘンリー様達がいらっしゃったので、不思議と平気でした。水竜で慣れていたせいか飛竜もそれほど怖くありませんでした」
「大したものです」
英雄の一人は、穏やかに笑っていた。
謁見の間には、国王夫妻と偉いさん数人がいて、ミアーナもマグダレナ様の隣にいた。ヘンリー様とエレノア様はいない。
私一人を対象とした就任式が終わると、そのまま、現地視察をする事になった。要は作業員の督励だろう。
参加者は、マグダレナ様を筆頭に、エヴァンス様、フィリップス様、王女のミアーナ、侍女様二人と、ベイオウルフに私だ。
ミアーナだが、王女様の時は、マグダレナ様譲りの見事過ぎる金髪を結い上げ、おでこも全開、メイクもばっちりだ。胸元の開いた白い刺繍を施した深紅色のワンピースのドレスを着て、薄ピンクの上品なショールを羽織っている。胸元には、白銀の鎖の先に、これまた白銀の地金に大きな赤い宝石を付けたペンダントが輝いている。元が可愛いのもあって、目立つ事この上ない。
「普段は染めているの」
昨日、お店で意気投合して笑顔で話していた娘が、おどおどと小さな声で言う。
それでも、式典が終わり、現地視察へ出る頃には、濃紺のコートを上から羽織ったので多少なりとも地味になり、ある程度元気になってきた。本当は前髪を下ろしたいのだろうが、作業員のオッサン連中を督励するためには、顔を見せてあげないと意味が無い。ここは頑張るしかないのだろう。
王国軍兵士が守る地下のテレポートで跳んだ先は砦の地下で、工事現場はそこから南へ馬車で一時間ほど走った所らしい。砦の周りは畑しかない。所々に蕪が植えてある。リュドミラ方式も大分広まってきたようだ。
砦の守備隊長さんに飲み物を振る舞って貰う事になった。工事の指揮を執っている方だ。無論、作業員は請負の業者が雇っているのだろうが、魔法兵団や重装歩兵も工事に関わっている。軍民一体の特別編成部隊を作り、守備隊長さんが部隊長というわけだ。
初めまして、の挨拶をして、ひとしきり工事の説明を受ける。
静かに聞いた後は、お約束の質問タイムだ。
「あ、あの。さ、作業員の方の食事とかは、どうなっているのですか?」
驚いた事にミアーナが最初に聞いた。
テーブルの下では、両の拳が握りしめられている。
「はい。ミアーナ様。工事現場には常時百人程の作業員がいるのですが、彼らは王国軍と違い食事が保証されておりません。したがって、生活困窮者対策として始まったお弁当サービスと契約を取り結び、現地で臨時の弁当屋を開いています。王国軍兵士の代金はまとめて軍で支払い、作業員の代金は、当人たちが直接支払っております。食材は、ジャンヌ神官も深く関わっていらっしゃる腐敗防止用の木箱に食材を詰め、この砦から運んでいます」
「あ、あの、もし宜しければ、そのお弁当作りと作業に関わっていらっしゃる方にお弁当を配るのを私がお手伝い出来ないでしょうか? エ、エプロンは持って来ました」
マグダレナ様以下が目を見張った。
お母さん達は王女と一緒になってお弁当を作り、作業員はそのお弁当を労いの言葉と共に手渡して貰えるのだ。
「だ、駄目でしたら、結構……」
「素晴らしい提案です。ミアーナ」
ミアーナの声を遮って、マグダレナ様が声を上げた。
「ま、全くもって。皆喜ぶでしょう」
視察日程と警備計画の変更を余儀なくされた守備隊長さんも、拍手せざるを得ない。
ミアーナはニコニコしているベイオウルフと目を合わせると、はにかんで笑った。
もしかしたら、メアリーとベイオウルフにアドバイスされたのかも知れないな。
通常なら、工事の進捗状況やら、不足している物はないか、とかのやり取りが行われるのだろうが、そんな形式は全部すっ飛ばして、ミアーナ支援の方向で王宮から来た皆が動き出した。守備隊長さんは明らかに戸惑っているが、仕方が無い。
まずは、エプロンをつけたい、と言うミアーナのために別室が用意され、侍女様やベイオウルフと共に着替えに入る。
エヴァンス様がテラスに出て手を上げると、上空警戒のお椀が一基姿を現し、現場に駐屯している王国軍へミアーナが厨房に立つことを知らせる伝令として飛んで行った。
その間に、ミアーナ以外の役割分担について話をする。ミアーナ様一人が奮闘するのは良くない。
「どの様に視察と平行させるか、ですね」
マグダレナ様の言う通りだろう。時間があるわけでは無い。
「お弁当を作っている間に視察をしましょう。作業中の督励はマグダレナ様にお願いします。そして、お二人並んでお弁当と……そうですね、何か渡せる物があれば良いのですが……」
列を一列作って皆に王妃と王女から一つずつ渡して貰った方が良い、とエヴァンス様が言う。
「お湯で手拭を濡らして絞ればいかがでしょうか? 食事前に汗を拭うのに丁度良いと思います」
マルセロ商会の冬場のサービスだ。夏なら冷やすのだが、冬なら暖める。もっとも、氷室ならぬ暖房室を用意する程寒くはない。
「いいですね。ではお湯の調節は私がやりましょう」
エヴァンス様だ。超上級魔法使いなら、水でもお湯でも温度の調節は自在だろう。
「侍女様お二人とベイオウルフと私がいれば渡して貰った手拭を絞ってマグダレナ様が手に取れる様に並べる事は出来ると思いますが」
「ジャンヌと私でクリーン・アップを交互に掛けませんか? 渡して貰った手拭を何本かまとめてお湯に浸し、綺麗にしてから絞って渡した方が良いですよね」
フィリップス様も参加して、分担が決まった。
次いで、マグダレナ様とエヴァンス様が、警備の計画を調整し始めた。二人共、国王様と一緒に戦争指導をやっていただけあって、次々と変更点を見つけ出し、新たな指示を下していく。オロオロしていた守備隊長さんも、次第に細かい点を確認しながら修正点を見つけて二人に相談し始めた。
何だかんだと言っていると、着替え終わったミアーナが別室から出て来た。
髪型とメイクに変化は無いが、初めて三号店で出会った時と同じ服だ。エプロンと制服はわざわざ持って来たのだろう。つまり、今は王女ならぬ店員ミアーナだ。
「どうも、お待たせ致しました」
表情まで明るくなった。
「あら、ミアーナ可愛いですね。良く似合いますよ」
人前では一七五の会の店の制服を着ないマグダレナ様も褒めている。
ニッコリ笑うと席についた。
早速、段取りが話し合われ、ミアーナ、侍女様二人に私の四人は、警備役のベイオウルフと共に、現地に着くと視察から外れ、お弁当サービスのお母さん達と一緒にお弁当作りをする事になった。
予定も切り上げ、食材と一緒に出発した。
王立医学研究所の予定地は、緩やかな起伏が広がる所にあった。
南側には森が広がり、その先には中の原との境目になる山脈が連なっている。
研究所へ向かう道は森へ向かっていた。
西側には放牧地よろしく羊、山羊、牛が日向ぼっこをしている荒れ地が広がり、その先には畑地があった。
サイトをかけると、蕪が植わっているところと、半分は茶色くなった草地が見えた。きっと、ウィルソンさんが所長をやっている王都域農業試験場だろう。畑の向こうには石造りの建物が幾つか見える。
かなり広い。畑二十枚近くあるのではないだろうか。生活困窮者対策として男女を問わず雇っているはずだ。
黒い服を着ている人が多い。槍を持った警備員までいる。以前、中の原を襲撃したレヴァナント使いは、神殿で祈りを捧げつつ、王都域農業試験場で農作業をしていると聞いた。もしかしたら、セルベトゥスとか呼ばれる大物も混ざっているかも知れない。
途中から森の中を進む。
研究所は、様々な疫病患者を収容する予定だ。隔離する必要があるので、森の中に伐採した平地を作り、そこに建設するのだろう。
砦の守備隊長さんの案内で現地に着くと、警備の兵士が居並ぶ中、馬車から降りる。
森の中に、私達の農場規模の広っぱが出来ている。
建設現場は、冬に入る前に粗方片付けようと計画されているせいか、教会を中心に色々な石造りの建物が既に出来上がっていて、今は外壁を作る作業が中心になっていた。
私の知っている限りでは、普段は椅子に座って作業を眺め時折野次をとばしている程度の班長が、立ち上がってあちこちを歩き回り、大声で指示の声を上げている。普段は夕べの飲み屋のお姉さんが、どうたらこうたらと話ながら仕事をしている作業員は、目の色を変えて仕事に打ち込んでいる。
「しっかりやれよ、おめえら! 今年の冬は早いかも知れねえぞ!」
「分かってまさあ、班長! 一日でも早く終わらせましょうや! なあ、おめえら!」
「おう! 当たりめえだあ!」
工期が短縮されたら、その分日当が稼げない。普段はもっとのんびりしていて、ともすれば遅延すると聞いている。
きっと、視察中に頑張れば、晩御飯にビールの一杯も奢って貰えるに違いない。
掛け声も勇ましく工事が進む中、お弁当組と視察組に別れた。
お弁当組は厨房になっている小屋が目標だ。中に入ると、お母さん達が拍手で出迎えてくれた。
「本日のお昼のお弁当作りを手伝わせて頂きます。ミアーナです。どうか、よろしくお願いします」
今度は、お母さん達がはしゃぐ番だ。
もっとも、お弁当サービスを始めとする生活困窮者対策事業は、王妃のマグダレナ様が仕切っている。視察というか現場での語らいは慣れているだろう。
挨拶を済ませてレシピを確認すると、ミアーナは幾つか作れるらしい。
「でも、味付けが違うかも知れません」
「ここは現場ですから、男どもは皆汗をかきます。その分、塩っ気が強い方が良いですよ。加減は……」
早速、教えて貰っている。
普段は若い女子用ばかり作っている。ごついオッサン相手の味付けや盛り付けには発見があったようで、熱心に聞いていた。
複数のおかずを手分けして同時進行的に大量に作るお母さん達の手際も、大いに参考になった様だ。料理が好きとは言え、普段厨房に立つ時は一品一品を丁寧に作っていたのだろう。
一旦、厨房に立つと生き生きとして、テキパキと料理をこなしている。三号店では、食材の仕入れもメアリーと一緒になってやっているようで、最近は、何が安くなっただの、高くなっただの、と盛り上がっている。
「王女様ともなると、お勉強とか刺繍とかやってらっしゃるイメージがありましたけどねえ」
「でも、ほら、グラディス様は軍人だし、アン様は神官だし、人それぞれじゃないの」
「そう言えば、そうね」
「私達にとっては、料理が好きな方の方が親しみは持てるかなあ」
赤くなって俯いている。笑っている所を見ると嬉しかったのだろう。
いざ出来上がりを渡す段になると、昼食の合図と共にオッサン達が走って来た。
丸々一個と言うわけではもちろんないが、王女の手作りなんてそう食べられるものでは無い。
おまけに、王妃と王女が並んで手渡してくれるのだ。皆、鼻の穴を満開にしている。
誰が一番に手渡して貰うのか?
この争いは熾烈で、押し合い圧し合いやっていたが、大柄の一人のオッサンが、胴体に組みつくのを引きずりながら、両手で追いすがる者を払いのけつつゴールした。因みに二番は、一番のオッサンに組みついていた人だ。
守備隊長さんが順番を伝え、護衛の兵士が号令を掛け、一列に並んで貰う。
順番に手拭を渡して貰い、お湯に浸したのを棒に引っ掛けて広げる。
十本ほど広げたところで、クリーン・アップで綺麗にする。
侍女様とベイオウルフが十分に絞って並べ終えると同時に、ミアーナがお弁当を渡し、マグダレナ様が暖かい手拭を渡す。
「お疲れ様でした。ごゆっくりどうぞ」
「使い終わったら持って来て下さいね。乾かしますから」
一人目が渡された瞬間、オッサンの列からどよめきが起こった。
「うおー! 見たか! おめえら! 俺は王女様から弁当を、王妃様から綺麗にした暖かい手拭を手渡されたぜー!」
鼻の下が伸び切った顔をして、その場で飛び跳ねて後ろの者に自慢している。
無論、弁当と手拭は、落とさない様に両手でがっちり持っている。
「ちっ! いつまでも自慢してんじゃねえよ」
「いいから、早く行け。後がつかえてんだぞ」
「そうだよ。俺だって一番じゃないがちゃんと貰えるんだからな」
二番手以下が、自慢するオッサンに文句を言っている。
「あの、転ばない様に気をつけて下さいね」
ミアーナが言うものだから……。
「心配してる。や、優しい」
「今の表情見たか?」
「いいなあ、いいなあ。俺も心配されてえなあ」
「ああ、あんな可愛い顔で心配なんかされて見ろ。もう死んだっていいぜ」
転ぶのを心配されてんのに、死んでどうする。
もう一言声を掛けて貰おうと、オッサン達は飛び跳ねたり、その場で回ったり、歌を歌ったりと喜びを行動で表し始めた。ミアーナがもう一言を添えると、マグダレナ様が争う様にさらに一言を掛ける。お陰で、全員にお弁当を配り終わった頃には、お昼休みの半分が終わっていた。
「いい気なもんだねえ。あいつ、この間私に粉かけて来たんだよ」
「妬くな、妬くな、相手が悪すぎるよ」
「や、妬いてなんかいないよ。なにさ、あんなの」
「まあ、王妃様と王女様だからね。たまには夢を見たいんだよ」
「それも、そうね」
お母さん達も笑いながら見ている。
「それでは、私達も頂きましょう。今日は天気が良いですから、ここで良いでしょう」
マグダレナ様の指示で、お昼休みが延長された。
皆さんもご一緒にどうですか? と、マグダレナ様がお母さん達に声を掛けると、今度はお母さん達が飛び跳ねる番だった。
作業時間もへったくれも無い。
盛大なお見送りを受けて、帰路についた。
「ミアーナ。貴女を見直しました。立派でしたよ」
馬車の中では、マグダレナ様に褒められたミアーナが、嬉しそうに笑った。




