第二話 王女ミアーナ
王都に行かなければいけない。
プライモルディアに公式訪問するからだ。
メアリーに、王宮に行く前に三号店に来い、と言われた。
ミアーナ様の事だろう。
三号店は王宮からそう遠くないので、王国軍のテレポートで跳んだ後、迎えに来たベイオウルフ、ヴィルとメアリーに合流した。
「ベイオウルフは、もう会ったの?」
「ああ、私も四号店員になるからね。出張扱いで王都に来て、見習いよろしく店番もやったよ」
ベイオウルフが着れる制服があったのだろうか?
「当り前じゃない。小柄な女の子から重装歩兵まで全部のサイズ見繕えるわよ。体の大小で区別していたら平等な女子の店にならないじゃない」
お見逸れしました。
考えてみたら、見た目子供のリュドミラやメルから長身のデューネやヴィル、大柄なベイオウルフ、と素材は一通り揃っていた。
「それだけじゃないわよ。お揃いからグランデまでちゃんと見繕えるんだから」
お揃いと言うのは止めて欲しい。
「あら? 好評よ。他にも沢山いるんだって、皆安心しているもの」
なるほど。確かに同志は多い方が良いかも知れない。
「ちなみに、ミアーナ様はどのサイズなのだ?」
オッサンのヴィルが聞く。確かに少し興味はある。
「それがね、店の娘達と一緒に慰安旅行で温泉に行った時に一緒に入って全部見ちゃったの」
辺りを見廻し小声になる。
皆で額を寄せ集めた。
「一見目立たない感じなのに、脱いだら凄いのよ」
将来は、オーバー・グラディス様かも知れないそうだ。
ヴィルが口笛を吹く。反応が完全にオッサンだ。
「普段はゆったりした服を着てるから、余り目立たないよね」
ベイオウルフが言うと、そうなの、とメアリーが腕を組む。
「商品着てモデルやって、って言っても嫌がって着ないのよ。他の子なんか大喜びしてくれるのに」
兎に角、目立ちたくないらしい。
なるほど、女王候補者としては、なかなか深刻かも知れないな。
アイラに一度相談してみよう。
そのミアーナ様とは、王都三号店で会った。
開店前に紹介されたのだ。
午前中の半ばになってようやく開店する本店とは違い、三号店の朝は早い。
お店で朝食を食べるお客さん用に開店時間が早いのだ。
まだどの店も開いていない時間から、その日のパンを焼き、店前の掃除を終わらせて、開店準備をしているらしい。下町とは言え、閑静な住宅街の一角にあるせいか、通りを通勤の人達が歩いている。もっとも、その分閉店が早い。お客さんの主体をなす若い女子が安全に帰れるように日の入り一時間前には閉めるらしい。夜の部が無いのだ。
開店前だと言うのに、既にマーブル染めやチェックのスカートを身につけているお客さんが三人ほど、たむろしている。
「おはようございま~す」
メアリーが陽気に声をかけると、一斉に振り向いた。
「あっ、メアリーさん。おはよう!」
「おはようございます!」
きっと、常連だろう。
「きゃー! 今日、ヴィルさん店番よ!」
「あっ! ホントだ!」
「やーん! 格好いい!」
「やあ、美しいお嬢さん方。良い朝だね。おはよう」
何か世界が違う様な気もするが、まあ良いのだろう。
「ご朝食ですか?」
メアリーが聞くと、そろって、はい、と返事をする。
「ご注文賜りますよ。今日はミアーナの新作が出来ているはずですから、ご朝食でご試食頂いた方は半額で結構ですよ」
「本当! やったあ!」
「ミアーナだったら外れないじゃん!」
「ラッキー!」
いきなり、王女様の名が出てきた。どうやら、パンを焼いているらしいが好評の様だ。
「その代わり、感想お聞かせ下さいね。辛口で結構ですよ」
「分かってまーす!」
きゃいきゃいとはしゃぐ娘達に、もう少しお待ちくださいね、と手を振り中に入る。
そして、入った三号店は、今まで見た事も無いようなお店だった。
店は王宮方面に向かう通りの角にあるのだが、二つあったはずの入り口が一つ塞がっている。唯一の入口は通りに面していて、もう一か所はその通りと交差する少し狭い通りに面していた。一応、王宮方面に向かう広い通りの側が正面らしい。そちらだけしか入れない様にしてある。
建物の真ん中にある正面の入り口から入って直ぐ、左手に通路があり、通路の右手に店番の子がいるカウンターが、天井までは無い仕切り壁を背にしている。店員が待機するカウンターの真後ろは通り抜けられるようになっていて、仕切り壁の向こうへも店員は自由に出入り出来る様になっている。
こちら側は四人掛けのテーブルと椅子が並んでいる。食事や飲み物を提供する場で、右手奥には事務室と簡単なキッチンとパン窯が置いてある部屋になっていて、焼きたてのパンとほのかなスープの香りが漂っている。キッチンの床下には食材の鮮度を維持するための腐敗防止用の木箱や氷室も設置している様だ。
カウンター横の通路を抜けて行くと、もう一つの入り口跡がある部屋なのだが、そこには、マーブル染めを始めとした服飾やアクセサリー類が陳列されていて、仕切り壁にカウンターがあり、奥に姿見が置いてある試着室がある。
表向き女子向けのファッションの店だが、隠れ家の様に軽食と飲み物を楽しめる場所がある。仕切り壁で隔てられてはいるが、中で繋がっているのだ。
元々、二階建てで、上にメアリーとヴィルそれにお店の子達が住んでいるから広いのだが、その広さを十分に活かした設計になっていた。
「食べている横で服選びなんてしていたら埃が飛んで来そうじゃない。それに、色々な人が出入りしたら、おしゃべりも楽しめないし」
三号店の開店とメアリーの店長就任は、初めてフィニスに行った時にバタバタと決まったはずだ。狭いからとは言え、服飾部門と休憩部門が一体化している本店の改善計画を、店舗を入手する前から考えていたに違いない。もしかしたら、当初からこれだけの構想を持っていた事も、ベアトリクスがメアリーを店長に推薦した理由の一つかも知れない。
「皆、ちょっと来て!」
メアリーが呼ぶと、はーい! と四人の女の子が集まって来た。
制服の上からエプロンを着たのが一人、制服が二人、モデルよろしく商品を着ているのが一人だ。
「ベイオウルフとヴィルはもう知っているわね」
二人とも人気の様で、きゃいきゃいと囲まれている。
「今日は、もう一人、私の仲間を紹介するわ。神官衣を着ているからもう分かるわね? ジャンヌよ」
おー、とどよめきが上がる。この違いは何だろう?
「噂のドラゴン・キラーよ」
「後、有名な悪霊と戦ったのよね?」
「思ったよりも、背が低いわ」
一体、私はどういう評判を立てられているのか? 院長先生と間違えてるんじゃなかろうか。
「でも、耳の不自由な方をお話出来る様にしたり、難病を治したりされているって聞いたよ」
一人、違う事を言ってくれた娘がいる。エプロンを着た娘だ。
「へー、本当に凄いんですね」
「流石ミアーナ。物知りね」
「ねえねえ、他に何か知ってる?」
私に聞かず、エプロンを着た娘に聞いている。どうやらミアーナ様の様だが、皆から浮いているわけでは無いようだ。
しかし、他の店員がばっちりメイクを決めている中、ほぼノー・メイクだ。特に、モデルよろしくお店の商品を着ている子との差は顕著だったりする。
体系そのものは他の娘達と遜色ないような気もするが、緑マーブルに似た、膝まで隠れるアッシュ・グリーンのエプロンをゆったりと着けているせいで、将来のオーバー・グラディス様候補とは、とても思えない。軽くウェーブのかかった髪色もくすんだ金髪なので、目立たたない。梳いているから目はちゃんと見えるのだが、前髪が長く、毛先が鼻までかかっている。俯いたら表情そのものまで分からないかも知れない。身につけているアクセサリーも簡単で、胸元に一七五の会の会員証をつけ、銀の指輪を一個つけているだけだ。
「今度ミアーナが中の原に引っ越しするでしょ? ジャンヌは私と一緒にプライモルディアに行くんだけど、王宮に行く前に挨拶がてら来て貰ったのよ」
一通り挨拶した後、店の娘達は、今度はミアーナ様を取り囲んでいる。
「明日行っちゃうんだね」
「うん。お店の経験積むのに丁度良い研修かなって。それに、中の原に叔母さんがいるの」
表向き、転勤では無く長期研修扱いだ。
「そっかあ、寂しくなるわ」
「また新しい娘が来るわ。お仕事の事教えてあげてね」
「それよりも貴女よ、ミアーナ。大丈夫? 新しいお店はオッサンも来るんでしょ?」
「うん。頑張ってみる。それに、店長さんのリュドミラさんとか、ベイオウルフさんとか、メアリーさんのお仲間が近くにいらっしゃるから」
ベイオウルフが、軽く片手を上げる。
「ベイオウルフさん。ミアーナ、人見知りするからお願いしますね」
「そうそう、この娘、大人しいから。変なオッサンが絡んで来たらやっつけて下さい」
「分かってるさ。家も同じだし、お店でもいつも一緒だから大丈夫だよ」
嘘では無い。ミアーナ様は、三号店から応援で来た四号店店員として、幽霊屋敷のメアリーの部屋に住むことになる。基本的な調度は残してある。ベッドのように追加で必要な物は王家が用意するらしい。王都に引っ越したのはヴィルとメアリーの二人だが、二人共家賃は払っているから問題は無い。
「手紙書くからね」
「私も書く!」
「私も!」
送別会になってしまった。
ひとしきり話をした後、メアリーがパンパンと手を叩いて開店になり、私とミアーナ様が別室で話す事になった。因みに、ヴィルは商品を着てモデルをやっている。
「よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。この度はお世話になります」
正式な挨拶などしない。あくまでも、一七五の会の一員としてだ。
それでも、ミアーナ様は初見の私が相手とあって、緊張している。
「マグダレナ様から、プライモルディアにご一緒されると伺ったのですが」
「は、はい。母からその様に聞いています」
ますます、俯いてしまった。
「失礼ですが、何をすれば良いか、ご存じですか?」
「あ、あの、会合に参加して、それから晩餐会に出なければいけないのですよね?」
育ちが良いせいか文句は言わないが、ため息をついている。随分と苦にしているようだ。
成人のお披露目で出席した時は、挨拶のオッサン連中が群がって来て怖い思いをしたようだ。どうせ、見た事も無い婿の候補者の宣伝だろう。外交優先のろくでもない話に違いない。見かねたメアリーが自分用に貰ったアルラウネの石を身につけて誘引している間に、ヴィルが救出したらしい。
「そうですが、晩餐会なんか適当でいいですよ」
「え?」
メアリーと相談して、アイラとサクスブルグに連絡を取って貰い、王女三人が勢ぞろいする事にした。アイラは婚約者がいるが、サクスブルグは表向きフリーだ。二か国の未婚の王女を前にして婿を斡旋する者などそうはいないだろう。外交上の企みがばれてしまう。それに、私の周囲には何故か王族が集まって来る。その他オッサンはメアリーに誘引して貰えば良い。
アイラにはソート・コミュニケーションを掛けるのだが、プライモルディアでは上級は使わない。なので、基本ニコニコして黙っていてくれる事になった。つまり、一緒になってニコニコしていれば良いのだ。
そのうち、中座を装って別室に避難すれば良い。大切なのはその後だ。主な目的は、アイラやサクスブルグと仲良くなることだからだ。
「良いのですか?」
「いいでしょう。アイラとサクスブルグが揃った時はいつもそうらしいですから。表向き肝心なのは会合ですが、マグダレナ様がご出席されるのですよね? 居眠りさえしなければ大丈夫ですよ」
「まあ、居眠りなんて」
ようやく明るく笑った。女の私が、思わずハッとしたくらい可愛い笑顔だ。
ノー・メイクでこれだ。系統が違うとはいえ、いずれは人気もオーバー・グラディス様かも知れないな。
その後も色々と話したのだが、分かった事が有る。
まず、十五歳にして中級属性魔法二個使いだ。将来が楽しみだ。
問題は自分に女王になる資格が無い、と思っている事だ。
先代のエレノア様は、白い島最強の大魔法使いの呼び名を欲しいままにした元英雄。しかも、王妃兼魔法兵団長として辣腕を振るい、二度の戦争でもヘンリー様と一緒に前線で戦った。
当代のマグダレナ様は、元王国軍軽装歩兵だ。この間の戦争では国王様と一緒になって全体の作戦を指揮していたらしい。
対して自分は中級魔法こそ使えるが、戦いが嫌いで、家庭的な事が得意だったりする。かと言って、神聖魔法が使えるわけでは無いので、叔母のジェニファー先生の様に神官にもなれない。
要は自分に自信が無いのだろうが、元英雄エレノア様や元祖鬼嫁マグダレナ様と比べる方が悪い。
「あの、済みません。ジャンヌ神官は聞き上手だ、と父に聞いていたのですが、私もつい話し過ぎてしまった様です」
この面談はメアリーに頼まれたのだが、どうやら国王様が噛んでいる様だ。
「大丈夫ですよ。私は神官ですから、他言は一切致しません。安心して下さい」
「お願いします」
はにかんでいる。どうやら信用されたかな。
「でも、安心しました。ミアーナ様が平均的な王女様で」
「平均的? 私が?」
「ええ。エレノア様は魔王を討伐する様な、いわば人間離れした化け物ですよね? マグダレナ様なんか、十代の頃は、国王様やロバーツ様と一緒になって、下町で柄の悪い連中に喧嘩を売って歩いていたそうですよ。ボコボコにして手下にしていたとか。まるでチンピラです。二人共どう考えても普通ではありませんよね? ああいった方と同類では無くて良かったです」
「お母様が?」
知らなかったようで、口に手を当てている。
王都大教会の大司教様に愚痴を聞かされたのだ。間違いない。
「私が言ったというのは、二人だけの内緒ですよ」
「はい。多言しません。こう見えても王女ですから、口は堅いですよ」
そう言うと、お母さまが、と笑っている。
「私はフィニス王女のアイラやノーザン・グラム王女のサクスブルグと友達付き合いをさせて頂いているのですが、二人共ミアーナ様と大差ないですよ」
無論、ミアーナ様は二人を知っている。随分としっかりされた方達だ、と思ったそうだ。
確かにしっかりとしてはいるのだが、私の知っている二人はそれだけでは無い。
アイラは、私の使うソート・コミュニケーションに出会うまでは、晩餐会にはほとんど参加しなかった。それどころか、工作所にかかり切りで、公式の場に出る事すら無かった。初めて会った時なんか、道案内の娘でしかなく、王女として紹介されていないのだ。
サクスブルグは、エオウィン様の事があったせいで女王になるべく教育されたようだが、その重圧から解放された今、公式の場以外は子供に戻ってしまった感がある。
二人共、悩んでいたのだろう。
「まあ、着ぐるみを?」
「ええ。毎度毎度、子供みたいにはしゃいでますよ。マグダレナ様の影響で、変装と言うか仮装にハマってしまって。どうですか? ミアーナ様も」
聞くと、会合や晩餐会は兎も角も、今後長い付き合いになるであろうアイラやサクスブルグと話す時に、着たい服があるらしい。
「今着ている一七五の会のお店の制服です。この服を着ている時は王女では無く店員ですから、どのようなお客様にも私なりに話しかける事が出来ます」
ふむ。良いかも知れない。元はフィニスのチェック柄だ。きっと、アイラも着て来るだろう。
メアリーを呼んで聞いてみると、あっさりとOKが出た。
「アイラとサクスブルグも持っているのよ。型紙は残っているから、いつでも作れるし。どうせなら、三人揃って着てもいいかもね」
それは良いアイデアだ。
しかし、そうなると、マグダレナ様が着たがるかもしれない。
「大丈夫よ。マグダレナ様も、もう持ってらっしゃるから」
「そうなの?」
見た事が無いのだろう。ミアーナ様が聞くと、メアリーが身を乗り出して来た。
三人で額を寄せる。
「国王様と二人きりの時にしか着ないそうよ。あれを着て、例え自分の娘であろうが十代の女の子とは並びたく無いんだって」
「!」
絶対に三人だけの内緒よ、と言うと、吹き出しそうになったミアーナ様が両手で口を押え、ブンブン、と首を縦に振った。




