第一話 ベイオウルフ
セルトリア王国軍第六兵団は、王国軍最強と呼び名の高い王弟ロバーツ率いる東の原兵団一千を基幹とし、中の原と西の原の駐屯軍を加え二千人の兵力を持つ。王都に配属された中央軍に対し、地方駐屯軍とも呼ばれていた。その内、中の原駐屯軍は、五百人を定員としているのだが、そのうち兵士と呼べる者は四百二十人前後になる。残りの八十人は、治療所、馬匹や輜重類の管理担当に加え、給料の支払い等の事務員等の後方要員になる。
四百二十人の兵士は概ね六組七十人に分けられ、一日を三交代で割り振り、勤務時間としていた。これは、王国軍全てに共通している。無論、夜半は大半が寝ている。要は門番や立哨だ。
夜番は、深夜から翌朝の朝食時間までを勤務時間としていて、ベイオウルフは夜番明けの午前を練習場で過ごすのを習慣にしている。翌日から二連休になるとあって、同僚の大半の者が仮眠を取る。しかし、既に、王都の中央軍に選抜され配属先を待っている彼女にとって、日々の鍛錬は選抜された者としての務めだと思っている。
入隊したての頃、彼女の体重は既に平均的な男性のそれを上回っていたのだが、五年たって二十歳を迎える年には、さらに増えて男性の重装歩兵と引けを取らなくなっている。
その彼女の最も得意とする戦技は、楯を構えての吶喊であり、左手の楯で相手をぶん殴る事だった。
重装歩兵の場合、通常は右手に構えた短槍か剣を武器にするのだが、彼女の場合は、武器は牽制用に使い、左手の楯で相手を殴りつけるのだ。本来的には、重装歩兵の持つ大きく重い金属製の楯を片手で振り回すこと自体に無理がある。通常は、姿勢を低くすることで全身を守る。密集戦においても、敵の弓兵や騎馬兵、または歩兵の跳躍により上からの攻撃に対抗するために使用する場合は、両手で頭の上に抱え上げる。その場合、前列の者が楯を地に並べて立て、その縁の上に置く様にして防御陣形を作る。
盾を振り回して相手の顔面殴りつけるなどの戦技を持つのは、小さい楯を左腕に括りつけた軽装歩兵の戦技だ。十分な強度と軽さを併せ持つリンドブルムの楯を持ったベイオウルフならではだ。
その上に、その不意の第一撃を躱された場合は、右手に持った武器ががら空きになった相手の左半身を襲う事になる。
魔法耐性の高いエレノアの鎧兜を装備し、神聖魔法であるシールドとディフェンドを二重掛けにして守備を固め敵に吶喊、いきなり盾で殴りつけ一気に制圧に入る彼女の戦技は、初見の者ではまず勝てないだろう、とまで言われていた。
その技で、戦争中は味方が苦戦した三人もの猛者を、味方の後方から割って入る様に襲撃して圧倒、捕虜にして、勲章と中央軍への推薦を勝ち取っていた。
そのベイオウルフは、いつもの様に夜番明けに練習場で汗を流している。
対峙しているのは木の人形で、一体は両手武器を持ち、もう一体は重装歩兵よろしく大きな楯を構えている。胴体部の丸太の中に重しを仕込んであるから、鎧兜を着込んだ並みの重装歩兵よりも重い。その重い人形に楯を構えたままぶつかり、相手をズルズルと押し込んで行く。押し下げるごとに地面の土が抉れる。埋めては場所を変えているせいか、色が変わり何本もの線の入った縞模様になっていた。
両手武器を持つ人形相手に、リンドブルムの楯と同じ大きさと重さに調整した皮張りの楯を掲げて下から突きあげる様に吶喊した後、相手の顔面を盾で殴りつける練習もしている。
木の人形は、衛兵隊工作所のマチルダに頼んで模型を作って貰い、王国軍工作所の職人に作って貰ったものだ。
楯を構えての押し合いや、盾の隙間から木剣や木の槍を突き出して相手を刺突する訓練は人間相手でも出来るが、人間相手の吶喊は往々にして怪我人が出る。相手の動きが無いのは不満だが、それでも第一撃を加える動きを、体で覚えるまで反復出来る、とあって隊内でも好評を博していた。
何本かの打ち込みを行っている最中に声を掛けられた。
「よう、ベイオウルフ! 精が出るなあ」
見ると副官だ。
「副官! お疲れ様です!」
姿勢を正し、挨拶をする。
「いつもの様に昼飯時まで続けるのか?」
「はい。その予定ですが、何か急ぎの御用がありましたか?」
急ぎじゃない、副官はそう言うと、近づいて来た。
「隊長がな、お前と話がしたいそうだ。昼飯時で良いそうだ。きっと幹部用の特別食を奢って貰えるぞ。練習後に水をかぶって汗を流したら、着替えて隊長室へ行け。時間外だから平服で良いそうだ」
「承りました」
じゃあな、と言って立ち去る副官を見送ったベイオウルフは練習に戻ろうとしたが、頭の中は隊長室に呼ばれた事で一杯になった。集中力を欠いては練習にならない。一旦休憩を取る事にした。
部隊長が隊長室へ一兵士を呼ぶのはそうある事では無い。ベイオウルフは副官の指示に違和感を覚えた。
話があるとすれば、恐らく人事異動だろう。
セルトリア王国では、軍人を目指す者は、最初に町や村の衛兵隊に配属される。その後の三年間の衛兵隊勤務期間中に成績の良かった者は、王国軍に推薦される。王国軍兵士になると、その後は様々な勤務地を転々とする場合がある。中には転居を好まず、推薦を断り衛兵隊に居続ける者もいた。典型が中の原町衛兵隊のハンスだ。
一方、推薦を受ける者は、最初の勤務地は出身地を優先される。地方の者は駐屯軍に編入され、王都の者は中央軍王都域防衛部隊に配属される。配属後は、成績良好の者から順に、中央軍の各部隊に配属される。
七月に新人を迎えた中の原駐屯軍は、それでも戦争の影響で定員を割っていた。通常なら、ベイオウルフは七月に中央軍に配属されるところを、据え置きとなった。来年七月までは大規模な人事は無いはずで、あるとすれば数人単位だろうと目されていた。七月に衛兵隊から推薦されて配属された新人も四か月になり駐屯地勤務に慣れてきている。そろそろ、成績の良い順に声が掛かっても可笑しくはない。
ただ、ベイオウルフが呼ばれたのは、時間帯としては勤務時間外になる。通常は、勤務開始前の打ち合わせの時に、班長から部隊長室へ行くように指示される。
わざわざ、時間外に副官が直接言いに来た。そこが引っ掛かっていた。
◆◆◆◆◆
ノーザン・グラムへ行って、エオウィン様のご機嫌を宥めた後、セルトリアに帰って来たら、十一月になっていた。晩秋だ。
平坦地にある私達の農場の畑も、目立つのは蕪を植えてある所ばかりで、後はほぼ茶色だ。
丁度、小麦の籾撒きが始まったばかりで、お椀に乗った山賊がバラバラと撒いている。
違う点と言えば、七枚の畑の内、半分が居住区になっているところの木が増えた。居住区の北と西に新しく花の咲く木を増やしたのだ。北に植えたのはナナカマドだ。今は葉っぱが真っ赤だが、夏に白い花が咲き蜂蜜が取れる。秋に赤い実が取れてジャムになる。大きくなるので居住区を冬の北風から守ってくれるだろう。
ナナカマドは平坦地の林の中にあったのだが、平坦地全体の畑地計画を作るうえでの樹木の移動対象地区に生えていたので、アドルフさんに話しをして買い取った。ジャムが好きなセレーナ達にも手伝って貰って動かしたのだ。
ついでと言っては何なのだが、セレーナに相談して、幽霊屋敷のバックヤードに樫の十年木を移動して背丈は同じままで幹を太くしてもらい、同じ処理をしたもう一本の樫を農場に植えて繋いで貰った。使えるのは一七五の会の八人と精霊達だけなのだが、一緒にいる者も同時であれば使えるので、わざわざマルセロ商会に設置してあるテレポートの魔法陣を使わずに移動出来るようになった。これでマルセロさんは、少なくとも私達の移動の度の報告の煩わしさから逃れる事が出来る。
そして、蜂を四群増やして倍の八群にした。蜂蜜酒が増産出来ると言って、アレックスにも協力して貰った。
春に買う子豚もセレーナのクヌギが大きなドングリをつけてくれるので増やした。私達が飼う頭数程度なら、森に放す必要が無いくらいの量のドングリが獲れるようになったからだ。ナナカマド同様にドングリの木を動かした。他にもサクランボとかも増やしたから、居住区の西は並木の様に木が生えている。
宴会場に使う広場や花畑、蜂の巣や冬越し用の小屋も林の西に移したから、目隠しになって丁度良い。無論、居住区全体が石垣とマチルダの板塀で砦の様に覆われている。
ちなみに、山賊が寝起きする小屋は宴会場の西側にある。居住区には新しく平坦地に掘られた水路の水を引いて石焼風呂も作った。山賊の小屋の近くにも作り、無料での利用を可としたので、好評を博している様だ。
平坦地も既に南の平野部との間の街道が完成し、珪石の採掘が本格化して来た。
それに伴い、私達の農場からそう遠くない所に、駅逓が出来、砕石作業をする人達の家や商店が立ち並び、ちょっとした村の中心部になって来た。
春には衛兵隊の詰所が設置され、宿屋も出来るらしい。平坦地の開墾が本格化するのだ。
そろそろ、一七五の会の店四号店を出そうかと、宴会をしている最中に皆で相談になった。
「問題は店長を誰にするか、よね」
ベアトリクスが切り出したが、誰も提案する者がいない。
根本的に人材不足なのだ。
ベイオウルフは王国軍兵士だ。
ベアトリクスは自分が地主をやっている村と魔物退治がある。十月になって、五世帯が新たに加わり、目標の二十世帯になった。人数が増えた分色々とやる事も増え忙しい。
私は魔物退治もさることながら色々な所に行く予定が入っている。ヴィルはエレノア様直属として居場所が一定していない。
リュドミラは農業研究者として、フローラと一緒にあちこちの畑を見回らないといけない。ボニーはどうやら私の護衛を王宮に頼まれている様だ。
メアリーは交易が忙しい。マチルダは衛兵隊工作所の仕事と本店の店長を兼任している。そして、フィオナは修行と本店の店員だ。皆忙しい。
「そろそろ、人を雇わないといけねえな」
店の仕切りをやっているマチルダの言う通りなのだが、これがまた難しい。
なにせ、店の裏では、他人に話せない面子で宴会をやっている。バレたら不味いのだ。
「私の知っている者でよければ紹介しましょうか?」
マグダレナ様だ。戦争が終わって落ちついたのか、最近はヘンリー様達と一緒になって宴会に参加し始めた。まあ、ヘンリー様達もハリス様も、ついでにルイス隊長もいつの間にか常連になっているし、王宮組は冬の間は来ないから十一月なら良いのだろう。国王様の愚痴だけが心配だが。
「もしかして、侍女様?」
「いいえ、侍女ではありません。私の娘です」
「……………………」
一七五の会の皆が固まった。いや、メアリーの表情に驚きはない。そして、ベイオウルフが姿勢を正した。事前に知っていたのかも知れない。
絶句している私達にマグダレナ様が話したのは、長女にして現時点で第一王位継承権者のミアーナ様の事だった。
どうも人見知りする性質で、大勢人が集まる様な場所で目立つのが苦手らしい。人の上に立つことを好まず、本人も一歩下がって控え目にしているのが良いそうだ。
趣味は料理、お菓子作り、家庭菜園、ハーブ茶や薬草の調合。刺繍やアクセサリーを作るのも好き。将来の夢は王都にある一七五の会三号店のような女子の店を持つ事らしい。
「現時点で第一王位継承権者って事は、将来は女王様になるの?」
ベアトリクスが聞いた。
「そうなります。しかし、皆さんもご存じの通り、私の義姉のアン様の例もありますから、確定ではありません」
そう言えば、ジェニファー先生も元第一王位継承権者だった。
それにしても、サクスブルグとは随分と違う様な気がする。
「でも、人見知りする子が接客なんて出来るのかな?」
またも、ベアトリクスが聞く。
「メアリー、貴女はどう思いますか?」
マグダレナ様は何故かメアリーに聞く。
「三号店では問題無く店員を努めています。制服を着れば初見の方でも大丈夫だそうです。私達の店の顧客のほとんどが若い女性ですが男性も時折いらっしゃいますから、四号店でも問題無いかと」
澄ました顔で答えた。
ちょっと、待て。いつの間に王女なんか雇ったんだ?
「私がメアリーにお願いしたのです。本人が将来お店を持ちたいと言うなら、実際に働いてみれば良い、と思ったので」
人件費は食費や必要経費を除き実質タダで、お金はそのまんまミアーナ様経由で王都の孤児院に寄進しているらしい。普段は三号店の二階で寝泊まりしていて、休みの日だけ帰っているそうだ。
「いずれは、私が担当している生活困窮者対策や疫病対策の運営を任せる予定ですが、会合や晩餐会にも参加しなければいけないので、もっと経験を積まさなければと思っているのですが」
そう言えば、フィニスとノーザン・グラムは交易を含めて王女がやっている。やっても可笑しくは無い。
それにしても、会合や晩餐会と開墾地の店番と何の関係があるのか?
どう考えても、本人が希望するお店の経験値にしかならないのでは無いか?
一七五の会で集まった。
「どう思う?」
仕切りは毎度ベアトリクスだ。
「お店の事は任せられるわ。人件費実質タダだし。生活困窮者対策に回せるわよ」
メアリーは恐らく承諾済みだろう。
「でもいきなり店長よ」
「別に店長でなくとも良いのでは無いか。リュドミラが名目上の店長になって、店員として雇っても問題は無いだろう」
「治安や警護に関しては問題ないよねえ。軽装歩兵団もいるし、叔母さんに当たるジェニファー先生もいるしねえ」
ヴィルとボニーが賛成に回った。
ルイスさんが、生真面目な顔で頷いている。開始の乾杯から静かにしていたが、どうやら命令された様だ。
「この農場の近くに、我らで食堂と飲み屋を経営して隠れ蓑にしようと思っている。女性店員が皆無なのはおかしいから、王国軍から何人か兼任で来る予定だ。表向き平坦地の監視任務で、現時点ではミアーナ様の事はごく一部の者にしか知らされていない。なお、ご本人は今言った事はご存じない。黙っていておいて欲しい」
農業試験場の職員兼任だそうだ。まあ、人数的にはそうは変わらないだろう。今も鐘楼や地下のテレポートの見張りを含め十人以上が入り込んでいるはずだ。
たむろして飲み食いしている連中を見ると、皆がウィンクして来た。特別手当でも出るのかも知らない。
「どっちでもいいや。本人がやりたいっつってんなら、やりゃせりゃいいさ」
マチルダが適当な事を言うが、リュドミラも頷いている。
「ベイオウルフはどうなの?」
聞いてみたら、賛成だった。
「私の新しい配属先が決まったんだよ」
「どこなの? 王都の中央軍?」
「いや、ここだ。ミアーナ様直属になった。一応、ご本人もご存じだ」
なるほど。完全に仕組まれていたわけだな。
「どうかよろしくお願いします。アドルフ殿やカトリーヌ様の了承も頂いていますので、出来れば年内に。まずは一年契約でどうでしょうか?」
マグダレナ様がニッコリと笑った。
こうなると、断りようが無い。
「儂の孫じゃ。頼んだぞ」
「年末年始以外は、ミアーナの様子を見るために、月一で遊びに来ますからね」
今だって変わらんだろう。気楽な王族もいたもんだ。
結果的に、フローラの提案でゴブリンの巣にいるアルラウネの内の何人かが応援として私達の農場に越して来る事になった。暫定店長はリュドミラだ。店員は、ミアーナ様以下フローラと顔が似ているので三つ子設定のアルラウネ(雌)二人、ベイオウルフが常勤の店員兼護衛、その他山賊数名が周囲の店員兼護衛、となった。
そのミアーナ様だが、私は早ければ間もなくお会いする事になるらしい。
「プライモルディアで第三回の会合を開くのですが、アイラやサクスブルグにも会わせておこうと思っています」
その前に、私達と面通しをしておきたいらしい。
「ジャンヌは私と共に正式な使節として派遣されます。そしてヴィルが前回同様私の随行、そして、メアリーとボニーが交易関係者と共に参加します」
施設全体の警護として、ヒューズ様以下斥候が幾人か……表向きの数字で既に潜入している者を含む実数は不明だが……が紛れ込むらしい。
「壮行の晩餐会にはミアーナも参加しますので、ベイオウルフも同行して下さい」
「承りました!」
姿勢を正して返事をしているが、中央軍入りを逃した本人は、さぞや残念だろう。
「今回はヘンリー様達参加しないの?」
ベアトリクスが余計な事を聞く。どうせ、ほっといてもどこかに潜んでいるのだ。
「儂らは、会合には基本参加せんよ」
基本と言う事は、応用編があるのだろう。
「ちょっと行きたいところがあるのですよ」
きっと、以前潰した街道の調査だ。黒石に関わる秘密があるはずだ。
「多分、後で合流する事になるとは思う。マグダレナ達の会合の後だな」
わざわざ宣言した、と言う事は目途が立っているのかも知れない。
既にプライモルディアには調査の依頼をした、と言っていた。
王族以外のお貴族様は古代人の末裔らしい。海の原の再現であれば、私は魔法を使う事になるだろう。穏便に進んで欲しいものだ。




