Backyard of 野良神官⑬
第十一章戦争編の前半辺りから始まるお話です。
中の原衛兵隊工作所は、おやっさんと呼ばれる五十前後の親父と、ジョーンズという名の三十代の男性、そしてマチルダの三人編成なのだが、今は二人でいる事がほとんどだ。ジョーンズが、硝石を集めるために、中の原一帯の村の便所や家畜小屋を訪ね歩いているからだ。
衛兵隊が国境を越えてレグネンテスに行ってしまい、暇な時間が多くなった工作所の面々は、各々自分のやりたい事をやっている。
ジョーンズは、兎角理由をつけては、良くいなくなる。工作所を仕切っている親父曰く、あいつは多分特別警護官だ、との事で、自由にさせていた。マチルダを雇ったのも、ジョーンズ不在時の穴を埋めるためだった。
マチルダは、暇さえあれば、一七五の会の店で売るアクセサリーを作っている。主に、銀、真鍮や青銅を使った指輪や耳飾りといった比較的小さな物だ。
髪飾りや腕輪といった比較的材料を使う大きな物は、ベアトリクスと相談しながらデザインを描いて貰い、見本だけを作って、後は顧客と相談しながら作っていた。その顧客も今はいない。
未だセルトリア南部で開戦していなかった。北方で開戦しただの、エングリオのセルディック王が出陣しただのと言った、ある意味遠い場所での話が聞こえてくる度に、不安と焦燥が高まるばかりだった。
中の原の女性も、何かあった場合に備えて、食料の備蓄や日用品の確保に金を使い、町を捨てて逃げる時に持ち運びに便利な貴金属は兎も角も、日常使い用の、安いアクセサリー類を購入しようと言う者はいなかった。
その日もマチルダは、工作所の隅で、ジャンヌ達が王都で買って来てくれた工具を使って、チマチマと銀の指輪に草が絡まった様な模様を彫っていた。
「よう! マチルダ。売れもしねえのに精が出るなあ」
工作所の親父が声を掛けてきた。昼間っからビールを何杯か飲んでいる。親父は親父で持論があって、開戦したらいつ休めるか分からないから、戦争前に身体を休めておかないといけないらしい。
今は、その持論に沿って、ひたすらに体を休めるべく、何もせずにいた。
「売れねえ時にまとめて作っとかなきゃさ。もし開戦したら、暇ねえだろうし」
春先までは、開戦を意識した自警団が、武器の手入れをして欲しいと、町の鍛冶屋へ引っ切り無しにそれぞれの獲物を持ち込んでいた分を手伝っていのだが、一向にエングリオが攻めて来ないので、注文が無くなってしまった。二人共、時間を持て余しているのだ。
「ほれ、元王国軍兵士の何とかいう奴いたろ? 片足の。ほら、給水塔の裏に住んでる」
「ガレスかい?」
「おお、そうだ。ガレスだ。確か、そんな名前だった」
「おいおい、飲み過ぎじゃねえか? で、そのガレスがどうしたい?」
親父が言うガレスとは、前の戦争で、右足を剣で払われ、向こう脛から下を切り飛ばされた男だ。
今では失った右足を、摩耗防止用の鉄輪を嵌めた木の棒の義足を使い、杖をついて歩いていた。
そのガレスが、来るべき開戦に備えて、義足を新調したいと言っているらしい。
「もう少し動ける様になりたいそうだ」
「前線に出る積りか? 死にに行くようなもんだろう」
「いや、自警団の弓兵だ。奴の弓の腕は確かだからな。ただ、今の義足じゃ、急場に間に合わねえ。何とかしたいんだってさ」
「急場ねえ……」
道具を置いて、腕を組んだ。イメージをまとめようとしているのだろう。
「どうだ? 暇ならやってみねえか?」
「いいけど、扱った事ねえからさ。出来るかどうか、分かんねんぞ」
「儂もさっぱり分からん。要は足の形してりゃ、なんとかなるんじゃねえか?」
「大丈夫かよ? そんなんで」
それは、極めていい加減な始まりだった。
しかし、マチルダは腕の良い鍛冶職人であり、良い物を作ろうとする情熱と意欲を持っていた。後になって考えると、ある意味その情熱が、彼女のその後の悪戦苦闘を加速する事になるのだった。
まずは、実際にガレスの義足を見るために、本人に会いに行った。
ガレスの家は、給水塔の裏にある一角にある。町の北西隅から、一区画東に入ったところで、日当たりも風通しも悪く、生活困窮者が多く住んでいる。その中の安い賃貸だ。元王国軍兵士の肩書を生かして、中の原川の川船の番人をやっている。
格闘戦は苦手だが、弓の腕が確かなので、いつも弓と矢筒を持っている。
親父が言うには、今日は非番らしい。
扉をノックすると、ガレスの婦人が取次に出て来た。
「あらあら、マチルダじゃない。良く来てくれたね」
マチルダにとっては、見知った顔だ。時折、お弁当サービスに応援に来ている。夫が職を得、子供がいないせいもあって、生活にはそう困っていない。治安が悪い、とされるこの一角に住む必要は無いのだが、王国軍兵士の未亡人とも繋がっている事もあって、生活困窮者とも交流が出来、夫人が望んで越して来た。日頃から、何くれと無く周囲の者の面倒を見ている。
義足の話は聞いていた様で、直ぐに本人を呼んでくれた。
「よう! おやっさん! 来てくれたのか!」
杖を含めた三本足で、ゴツゴツと音を立てて歩いてくる。
「まあなあ。出来るかどうかは分かんねえが、一応見させて貰おうと思ってな。ただし、儂じゃねえ、マチルダだ」
「おっ! マチルダがやってくれんだな。噂は聞いてるぜ」
「どうせ、禄でもねえ噂だろ?」
「いやいや、細工物が上手だそうじゃねえか」
まあ、入ってくれ、と言われて部屋に入る。台所兼用の居間が一つだけだ。トイレは外にある共同のものを使っていた。調度も最低限の簡素なものだが、清潔に保たれているのが一目で分かった。
勢いがつかない様に両手をテーブルにつき、夫人が用意してくれた椅子に座る。
「まあ、座ってくれ」
「おう! その前に差し入れだ」
二人で背負って来たワイン樽を床に置いた。
「一杯、やりながら話そうや。一つはこの辺りに住む連中と、後で一杯やってくれ」
「お、すまんなあ。おい、お前も一緒に飲もうか。コップを四つ用意してくれ」
傍らに立つ妻に声をかける。
「あらあら、すみませんねえ」
妻は、顔をほころばせて、コップを取りにいった。
乾杯し、ひとしきり世間話をした後、いよいよ、本題に入る。
「こう見えても自警団の弓兵だ。エングリオが中の原まで来たら、街壁に立って矢を射なきゃならん。しかし、この木の棒じゃ歩くにも時間が掛かる。もうちっと、マシなのが欲しい」
義足の足をゴトンとテーブルに乗せる。
マチルダが、しばし眺める。
じっくりと見たのは初めてだ。そう言った人をジロジロ見るのは失礼に当たると、教わっていた。
「義足ってのは、大体こうなのか?」
「そうだな。まあ、金持ちはもっといいのを専属の職人が作って、手入れもしている様だが、平民はこの安いのがせいぜいだな」
軽くて、取り外しも簡単らしい。安いので何かあっても直ぐに新調できる。
「王国軍兵士だったんだって?」
「おうよ。元軽装歩兵さ」
「もしかして、元女性兵士で義足使ってるのもいるのか?」
「まあな。二人程知ってるな。今は王国軍の駐屯地で給料係の補佐やってるよ」
「これと同じ義足か?」
「そうだな。安いからな」
「気に食わねえな」
マチルダが、眉間に皺を寄せた。
「安定させようと思ったら、先っぽの形を変えりゃいいと思う。しかしだ、問題はそこじゃねえ。言っちゃ悪いが見た目が良くねえ」
ガレスが、首を傾げた。
「見た目なんか、どうだっていいぜ、もう少し動けりゃ」
「あんたはそうかも知れん。問題は女性兵士だ。女がこんな義足を付けて、町を歩けるかってんだ」
マチルダの言葉に手を打ったのは、夫人の方だった。
「マチルダさん。良く言ってくれたよ。あんたの言う通りさ。義足つけてる元女性兵士は、普段は男物のズボン履いててね。スカート履いてないんだよ」
「そうだろうな。うちの店に来たのを見た事ねえからな。うちは男物を扱ってねえし」
夫人は、日頃から生活困窮者との関りがあるだけに、実情を良く知っていた。
外見を気にして、休みの日もそれほど外に出ないらしい。若い女性兵士で足を失う程の負傷をした者は、治療を拒みそのまま死を選ぶ者もいたそうだ。
義足を付けた者も、名誉の負傷にもかかわらず、嫁の貰い手もなかなか見つからない。
「おやっさん、やってみるよ。もうちっとマシなのを作ってみたくなった」
「いいぜえ、おめえの好きにしてみろよ。今のとこ、材料も時間もある。まずは、ガレスで試験だな」
「ガレスさん。モデルになってくれねえか」
「お、俺が? スカート履くのか?」
冗談じゃねえ、と手を振る。
「何言ってんだい。義足のモデルだよ。あんたがスカート履いて、誰が喜ぶってんだい」
妻に、バシンと肩を叩かれる。
「な、なんだ、そっちの方か。それなら、それでいいぜ」
ホッとした様にワインを一口飲む。
「しかし、それなら、その義足使ってる元女性兵士がモデルじゃなくてもいいのか?」
「いや。ある程度ものになるまでは、ガレスさんにモデルをやって貰う。実際に見て貰うのは、その後だ。そうしないと、相手に期待させちまう」
「流石は、女子の店の店長じゃないか。分かってるねえ、マチルダは」
こうして、マチルダの義足作りは始まった。
まずは、ガレスの希望である動きやすさだが、マチルダには既に成案があった。
人間がさほどの苦労もせず歩けるのは、地面にしっかりと足を乗せる事が出来るからだ。木の棒では苦労するのが当たり前なのは、地面に接する面積の差だ。ならば、無事な左足と同じ大きさにすれば良い。
そう思って、左足首から先の大きさや形を測定して、親父が木で作った足型を木の棒の先にくっ付けて見た。接地面には削れない様に蹄鉄を打った。
直立した状態では確かに安定する。しかし、歩こうと一歩踏み出すと、踵が着いてから足底が着くまでにガッタンと一気に体重が前に移動し、転びやすそうに見えた。しかも、衝撃が大きい時、木の棒だと割れる可能性もある。
膝、足首や指の関節の動きが地面からの衝撃を吸収してこその人間の歩きなのだ。これは、初心者のマチルダにとって、全くの想定外だった。
改良版として、鉄製の支柱を作り、木で作った足型の前後を船の様に丸くした。その結果、ぐらついた。
次いで、前後の屈伸幅を調べて縦に曲がる足首を作った。ぐらついて、不安定さが増した。人間の足は筋肉で動きをコントロール出来るからだ。
更に、ぐらつかない様にバネを仕込んだ。基本は直立だが、体重が掛ると曲げる事が出来る様な強度に調節した。何度もバネを交換し、試験を繰り返した。
その結果、ある程度の歩き易さを得る事が出来た。
「思った程じゃねえなあ」
ガレスが試験する姿を見て舌打ちするマチルダ。
「そうか? 大分マシになったぜ」
依頼主のガレスは、満足そうだが、マチルダは納得しない。
「素材の違いだな。人間の足は柔らかいが、木や鉄は固いからな。仕方ねえぜ」
「それだ!」
ガレスの言葉に、マチルダは手を打つと、ガレスの義足を外しにかかった。
「ど、どうするんだよ!」
「待ってな。見た目も動きも、グッとくる奴を作ってやるよ」
試作品の義足を抱えてガレスの家を飛び出したマチルダは、あちこちの店を訪ね歩いて、材料を集めた。そうして、何度も作っては壊しを繰り返しながら、工作所でチマチマと作業した。時に、おやっさんの知恵を借りた。二か月以上の奮闘の末に、なんとか試作品を作り上げた。
ガレスの家に行き、どうだ、と完成品を見せる。
「なんでえこりゃあ、靴じゃねえか」
「そうだ。義足を覆う様な靴を作ったんだ。隙間には皮を張った。編み上げの長い靴を使ったから、靴を履いている様にしか見えねえだろう?」
「へー、考えたねえ。確かに靴を履いてるようになるねえ」
早速、試着する。まずは履いているズボンを脱いだ。下半身は肌着一枚になった。そうしないと義足を付けられないからだ。
マチルダが、義足を付ける。今後のためと、夫人も手伝った。
左足用に見た目が同じ靴も用意されていた。一足分を買って、義足用の右足分を分解したのだ。
実際に、ゆっくりと歩いて見る。
軽量化を図り支柱は脚の形を型取った木に変え、足首の部分に鉄を使った。義足の底には、蹄鉄では無く皮を張った。その義足を包むように靴を履かせている。
靴の底に足の形をした皮を何枚も重ねた。つま先は義足をやや短くした分、隙間が出来た。空いた隙間に義足の延長部とも言える形の木型を詰め、柔らかい皮で包み、体重がかかると靴の先端がある程度曲がる様にした。実際に歩いてみると、蹄鉄を打った木に比べて遥かに衝撃が小さく、動きにずっと柔らかい印象があった。
「値段を含めて考えたら、今のところ、ここまでがあたしの限界だ。勿論、改良が必要さ。もっと、良いのを作るためには、工夫が必要だし、あたしも腕を磨くしかねえ」
「恰好良いじゃない。両足とも生えてるみたいだよ」
マチルダが言い、夫人が褒める。
「お? そうか?」
ガレスは、不自由な右足をゆっくりと上げると、椅子の上に乗せた。そのまま、ゆっくりと体重を右足に預け、右肘を直角に曲げた右膝に乗せると、左手を顎にやり、ポーズを取った。
義足には見えなかった。
「どうだい? マダム? イケてるかい?」
自分の嫁に向かってウィンクをする。
「いいねえ。惚れ直したよ」
投げキッスを返す。
「下半身が肌着一枚だと変態っぽいけどね」
「マダム。そいつは、言っちゃいけねえよ」
大真面目な表情で、首を左右に振る様を見て、マチルダが大笑いした。
その後、元王国軍女性兵士の元を三人で訪ねた。ガレスがきちんとズボンを履いているのは、言うまでもない。




