マルセロ商会発足
七月になりマルセロ商会が発足した。
マルセロ魔道具店を拡大し、魔道具の開発・販売部門、上下水道管理部門、魔物退治部門の三つに跨る業種になった。
元はというと、パウルさんの発案だ。
レヴァナント騒動の時にアンジェリカさんが土ドラゴンを作った。その造詣の見事さ、美しい曲線と直線の融合にいたく感銘を受けたパウルさんが、アンジェリカさんを上下水道管理事務所の技術主任として引き抜こうとした結果らしい。
体制としては、商会長にマルセロさん。魔道具部門は名誉回復なったアンジェリカさんのお兄さんの名を復活させてアルベルト魔道具店へ名前が戻り、兼任店長にマルセロさん。上下水道管理技術部門はアンジェリカさんが技術主任に。魔物退治部門は一七五の会が請け負う事になった。魔物退治に関しては、どの程度の儲けが出るのかが分からないから、孫請けの私達は歩合だ。
こう名前を並べると何だか良く分からなくなるのだが、要はお金を直接渡してくれるのは誰かと言う違いだけで、実質はそうは変わらない。パウルさんが増えただけだ。
私達が手にする魔物退治の報奨金は、商会へ納めるみかじめ……もとい、仲介手数料分が一割目減りするのだが、その代わりマルセロ商会が設置したテレポートの魔法陣を無料で使用出来たり、パウルさんに狩猟の技術を教えて貰えたりと、損はしないはずだ。なにより、キツネ退治で結果を出したい私達にとっては満足出来る体制だった。
因みに、当のパウルさんは契約技術指導員だ。
今までは町との契約だったのが、マルセロ商会を通じての契約になる。他の技術者は町との契約のままだから、やることは変わらない。風の上級魔法を使い、現上下水道管理事務所技術主任、そして猟師だから魔物退治の指導もお手の物……らしい。
とまあ、こんな感じで決まった。
町は未だ先のレヴァナントとの戦いの興奮冷めやらぬ状況が続いているが、いつまでも戦勝気分に浸っている訳にはいかない。なにせ生活がかかっている。
先月の報酬は金貨二枚を超えたのだが、それは三人分であって、私の取り分は丁度一か月分の生活費で消えてしまった。巻物作りのお代や毛皮や薬草の副収入が無ければ、貯金なんか出来ない。
なるべく早く魔物退治を復活させようと皆に話をしたところ、いたく同情されてしまって、早速町長と今後の話をしようということになった。
その結果、七月の二週目に、マルセロ夫妻、パウルさん、それから私達一七五の会の三人が揃って、アドルフ町長との契約に臨む事になった。
まずは商会長になったマルセロさんによる商会発足の説明だ。
もっとも、勝手にそう名乗っているだけで、別に偉くなったわけでも何でもない。
説明の後、早々に切り出した。
「実は一つ相談があります」
マルセロさんだ。ここからが、今日の私達の本題だ。
「現在の一七五の会の魔物退治の範囲ですが、下水道と水源地までとなっています。商会発足以降は技術顧問としてパウルさんが彼女達の指導にあたりますので、範囲を広げても良いでしょうか?」
思わず身を乗り出した。本格的に魔物退治屋として名乗りを上げられるかどうかが掛かっている。
「衛兵隊の任務の範囲内なのか?」
「勿論そうです」
このアドルフさんの質問は当然だろう。衛兵隊の範囲外になると基本的に報奨金が出なくなる。衛兵隊の魔物退治の任務は、一般住民に被害を与える魔物を退治するのが仕事だ。森深くまで魔物を追い、狩った魔物の肉や毛皮を売ってお金を稼ぐ猟師とは根本的に違う。
「パウルが必ず参加するのか?」
「そうですね。技術顧問ですから。完全に独り立ちできるまでは参加してもらいます」
「ふーむ。ネズミ退治を週二回、北の森のキツネ退治を週一回はやってもらうとしても、それを超えるとなると、ベイオウルフの任務が魔物退治ばかりになってしまうが……」
問題はそこだ。ベイオウルフには衛兵隊としての任務がある。毎日魔物退治に参加するわけにはいかない。
「毎回必ず報告しますので、ある程度私達に任せては貰えませんか。認めていただければ、週二回のネズミ退治、週一回のキツネ退治に加え、週二回の周辺警備も請け負えるようになります。衛兵隊の負担も減ると思いますが」
周辺警備とは、町の近くにある森に棲む魔物退治だ。現在何か所かある森に衛兵隊が定期的に赴き一日がかりで魔物退治をしているのだが、その内の二つを私達でやっちゃおうと考えた。町の近くの森に出る魔物はキツネやイノシシで、時折農家の畑を荒らしたり鶏を襲ったりするらしい。
事前にハンスさんに内々で聞いてみたところ、町長の判断に任せる、と言ってくれたのでアドルフさんを口説けばなんとかなるはずだ。
果たしてアドルフさんは了承してくれた。
それどころか、町の周辺だけではなく、中の原地域全体の住民からの緊急通報に基づく出動についても応援参加が可能になった。
緊急通報応援は駄目だったのだが、元猟師のパウルさんが食い下がってくれた。
パウルさんの根拠はマルセロ商会の戦力だ。
マルセロ商会は移動系上級魔法使いのマルセロさん、土と水の上級魔法使いのアンジェリカさん、そして風の上級魔法使いのパウルさんと、三人の上級魔法使いが在籍している。しかも、マルセロさんは元が神官で上級神聖魔法が使えた。還俗して中級神聖魔法しか使えなくなったとは言え、神聖魔法の威力や使用回数は、ただの中級ではない。
現在中の原の町在籍の上級魔法使いは八人だそうで、マルセロ商会の魔法使いとしての勢力はかなり大きかったりする。
私達は兎も角も、バックは強力だ。
おまけに、金銭的には町の出費は全く変わらない。
結局、無事に契約出来た。
これで野良の私も俄然忙しくなる。
予定では、月曜日にネズミ退治、火曜日に近郊の森、水曜日に北の森のキツネ退治、木曜日に近郊の森二か所目、金曜日にネズミ退治二回目、土曜日に巻物作り、そして日曜日がお休みだ。
そのうち、ネズミ退治はパウルさんとベアトリクスと三人で、キツネ退治と近郊の森へはベイオウルフを加えて四人で行く。いずれ、ネズミ退治は二人で行ってもらうと言われている。三日連続で森に入るのは体力的には厳しいのだが、ベイオウルフが金曜日の夕方から土曜日の朝まで夜勤に入るので、このスケジュールになった。
今日は金曜日なのでネズミ退治の日なのだが、ようやく下水道の壁の修復が終わったばかりだ。お休みになった。始動は来週の月曜日からだ。この一週間というもの、レヴァナント騒動の後始末やら、パウルさんとアンジェリカさんの引継ぎやらと、魔物退治に行っていないので気力も体力も有り余っている。
やったろうじゃないか!
しかし、マルセロ商会としての最初の魔物退治がやはりネズミ退治になるのも何かの縁なのだろうか。
◆◆◆◆
ゴブリン達にとって、それは不愉快極まりない出来事として始まった。
ようやくの思いで負け戦に終わった人間の軍隊との戦いを生き延びた。更に幾つかの山を越えて逃げ延びたと思っていたら、今度は変な術を使う人間の男に使役される羽目になった。
その人間の男は、深い山中にたった一人でふらりと新しく作った巣に入ってきた。何やらつぶやくと、群れのボスをいきなり殺してしまった。しかも、そのボスは自分の持った剣で自分の首を切り落として死んだのだ。
皆がマヒしたように体が動かなくなった状態で見守る中、群れで一番強いボスのオークが、助けてくれと泣きながら自分で自分の首を落として果てる様は、恐怖でしかなかった。
その後で、その男が呼び寄せた魔物を見た時に、完全に抵抗する意欲をそがれてしまった。群れはその男の言いなりになった。
その男は群れに意思を伝えてきた。自分はお前達を使役するために来たのだと。
それは言葉ではない。人間がゴブリンの言葉を話せない様に、ゴブリンは人間の言葉を話せない。しかし、その男の意思は、直接頭に入り込んできた。
群れは支配された。それは魔王の使いが、人間と戦うために魔王軍に参加しろ、と伝えにきた時と似ていた。
狩りを強要され食料を提供させられた。オークは、その男の連れて来た魔物の餌になるためだけに生かされていた。十日に一回の割合で一匹ずつ魔物の居る所に連れて行かれると、二度と帰って来なかった。
男が連れて来た魔物の棲み処となる穴も、命令されて掘った。
オークを逃がさないための檻も作らされて、そこに生き残った幾匹かのオークを閉じ込めた。
その男が来るまでゴブリンをいたぶり威張り散らしていたオークは、餌となって死ぬまで檻で過ごすだけの存在になった。
その男がオークに対して、大人しくしていたら最後の一匹だけは助けてやる、と伝えていた。だから争うなと。
男はゴブリンに宣言した。
ゴブリンは殺さないと。ただし、一匹でもオークを逃がしたら殺すと。だから、逃げない様に見張れと伝えてきた。
日頃猛々しいオークも、その男の前では何も出来なかった。騒いだ者はその場で昏倒させられた。自分の頭を自分で思い切り壁にぶち当てたのだ。
それが何度か繰り返されると、遂に大人しくなった。最後の一匹は本当に許されて逃げて行った。
オークがいなくなると、今度はゴブリンが餌になるのか思ったが、そうはならなかった。ただし、その代わりとなる魔物狩りを命令された。
ゴブリンは弱い魔物だ。小動物なら狩ることが出来るが、相手が魔物の場合は立場が逆転した。天敵と戦うために、より強い魔物に従って生きてきた。
ある意味支配されることに慣れてはいる。それでも、人間に支配されるのは不愉快極まりなかった。
しかし、その男はゴブリンを良く扱ってくれていた。自分の食料は自分で確保し、ゴブリンの物には手をつけなかった。
繁殖用の雌を人質にされた。はじめの頃は繁殖の行為にも許可が必要だった。しかし、行為の順番自体は皆を公平に扱っていた。それも、オークがいなくなる頃には自由になった。もっとも、雄が雌に行為を強いるような事は許さなかった。事に及ぼうとした雄は手厳しく痛めつけられた。それは、雌がその男に信頼を寄せるきっかけになった。
男が飼っている魔物の餌にする大型の獲物を狩る時は、共に狩りに出て指示を出した。魔法を使い被害が少なく済むように事を成し遂げた。
ゴブリンが怪我をすると薬草を処方し治療をしてくれた。ゴミを捨てる場所や用を足す場所を決めて厳しく守らせるなど、うるさいことを言ってきたが、言われたとおりにしていると病気になるものが減ってきた。
段々とゴブリン達は、良いボスに巡り会ったのではないか、と考え始めた。
群れの長老は、魔物使いではないか、と言っている。
はるか昔、現在栄華を誇っている人間達の数が少なかった頃の話だ。魔物を統べる魔法を使う人間がいて、ゴブリンと共存していた。そういう伝承があると言うのだ。
魔物使いは人間とゴブリンとに害をなす魔物をゴブリンと共に退治した。時に人間同士の争いにおいても共に戦った、と。
その術を使う人間は、海の向こうから来た人間達との混血によって、術を使う能力を失い死に絶えたと言われていた。もしかしたら、生き残りがいたのかも知れなかった。
新たな子供達が生まれると、その男の意思が生まれたばかりの無垢のゴブリンに浸透し、より従順なゴブリンになった。
その男がゴブリンの巣を訪れてから数年たった現在、一人の人間の男を中心とした結束の強いゴブリンの群れが、セルトリア王国中央部の森に出来上がっていた。




