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第三話 地下下水道

「ちょっと待って! なんか髪に付いたぁ!」

「ベアトリクス、大きな声を出さないで。ネズミに気づかれるよ」

「ちょっと、ベイオウルフ。急に立ち止まらないでよ。ぶつかるとこだったわ」

「ごめん、ごめん。気を付けるよ」


 ジメジメと湿った壁と所々に水たまりがあるレンガ造りの通路を三人で歩いて行く。

 右手は水路になっている。流れるその水は、なんだか嫌な臭いがする。

 町長が出した第一の条件は、二週間は地下下水道の魔物退治だけをすることだった。




 中の原は上下水道が整備されている。

 上水道は、町の北にある森の水源地から石をくり抜いて作った管を何本もつなぎ合わせて町まで引っ張ってきている。

 下水道は、町がある台地に沿う様に流れている中の原川の水を西の上流側から取り込んで、町の地下に建設した水路を通した後で、東側の排水口から下流側に戻す仕組みだ。


 下水道にはいろんな生き物がいる。

 地下や洞窟、闇深い森といった場所には、なにやら闇の魔力とやらが漂っていると聞いている。そういった場所に生息する生き物は、闇の魔力とやらにさらされ続けた結果魔物になると言われている。

 縄張りがあるのか、不思議とある程度の範囲内にいる魔物は一種類らしい。


 下水道の魔物はネズミだ。

 残飯だろうが虫だろうがなんでも食べるし、すぐに増える。


 私達の記念すべき初仕事は、中型犬ほどに大きくなったネズミ退治だ。

 ベイオウルフ曰く、衛兵の日常業務のなかで一番不人気らしい。

 そりゃあ、そうだろう。汚く、臭く、危険ときた。

 足でも滑らせて、水路にでも落ちた日には、着ている服は大変な事になってしまう。




「いっその事、毒入りの餌でもバラ撒いちゃえばいいのよ!」


 気が短いベアトリクスは、既にキレている。


「毒は不味いよ。川に流れていったら魚が死んでしまう」

「じゃあ、何匹か猫を放しておけば?」

「普通の猫じゃ、ネズミに食われちゃうよ。生き残ったとしても魔物になったらネズミより手強い」


 やれやれとばかりに宥めるベイオウルフが怖いことを言う。

 それって、つまりネズミより強いのがいるかもしれないってことじゃない。




 声を出すのは得策ではないと諭されたベアトリクスは、目の前で揺れる炎を睨みながらようやく黙った。


 私とベイオウルフは、背丈ほどの木の竿の先に油を掛けたぼろ布を何重にも巻いて松明にしたものを一本ずつ持っている。


 そう、ネズミには火だ。

 毛むくじゃらの獣は炎に近づかない。

 魔物になったネコがいても火がある限り大丈夫……だと思いたい。


 私達の作戦は衛兵のネズミ退治を参考にした。


 松明をネズミに向けて足止めしている間に、ベアトリクスが炎の魔法でネズミを倒す。念のため、ベイオウルフは左手に楯を持ってネズミが飛び掛かってくるのを防ぐようにする。万が一怪我をした場合は、私が回復魔法を使う。


 完璧だ……と思う。

 見てくれは悪いが。


 私とベアトリクスは、顔と手が出せるように三か所に穴を空けた特大の麻袋をすっぽりと被り、動き易いように腰のところで袋の紐で縛っている。

 服が汚れないようにと、私達自身が考えた工夫だ。

 しかし、なんというか、物乞いよりもみずぼらしい。

 隊長代理のハンスさんが爆笑していた。


 下水道に入る前に、町の何か所かに空いている竪穴からネズミをおびき出すための鶏ガラを放り込んできたのだが、この格好で鶏ガラを入れたバケツを手に持ち町を歩いていた。


 後から考えると、よくも子供に石を投げられなかったと思う。

 もちろん、衛兵はそんな恰好はしない。なので、ベイオウルフは皮鎧を着ている。


 縦穴は本来人が下水道に入るための穴であって、鶏ガラを放り込んだりするためにあるのではない。

 衛兵がネズミ退治をする時はその穴から入る。そして、下水道に沿って作られた歩道を歩いて巡回し、見つけ次第魔物を退治する。

 地上に上がって取る途中休憩も含め、三時間もあれば一周出来るらしい。


 でも、それは非効率だと私達は考えた。おびき寄せる餌を撒き、下水道の排水口のある川べりから歩いて行けば放っといてもネズミに行き会うはずだ。

 ネズミに餌をやるのはどうかと思うが、集まってきたやつを一網打尽にすればスープの出汁をとった後の鶏ガラの有効利用になる。

 排水口の鍵は衛兵隊が管理しているから借りれば良い。


 ハンスさんに提案したら、餌を自前で用意できるなら面白そうだからやってみろと言われ、鍵も貸してくれた。

 ただし、最初は一か所だけにしとけと言われた。あちこちに餌を撒いても、たどり着く前に食べつくされたら食い逃げされるだけだろうと。

 なので、排水口に一番近い穴にしておいた。


 


「そろそろ、餌を撒いたところだよ」


 ささやいてきたベイオウルフが一歩前に出る。

 私は水路に近い側になる右斜め後ろに続いた。

 ベアトリクスは背後にいる。彼女の火力が勝負を決める。


 知らず知らずに唾を飲む。

 いよいよだ。ベイオウルフが松明を前に突き出した。


 いた!


 四匹のネズミが、まるで待ち構える様にこちらを向いている。普段の衛兵隊ならごついのが五人。私達は見るからにひ弱なのが二人混ざった三人だ。与し易しと見られたか。

 八つの目に睨まれて、私は足がすくみ、固まってしまった。


「構え!」


 ベイオウルフが大声で号令を掛ける。

 彼女は素早く一歩前に出、左足を前に出し身を低くすると、鋼製の丸い楯を構えた。

 右の小脇に松明を抱えて前に突き出している。長さがあるから槍を構えているようだ。

 一斉に飛び掛かってくるかもしれない。転んだら危ない。


 ベアトリクスが右手を突き出し魔法の詠唱を始める。

 私はベイオウルフの号令を聞くと、自分でも知らぬ間に、その場にしゃがんで体の正面に両手で持った松明を突き出していた。


 昨日も今日の朝も、三人で何度も何度も練習したんだ。


 壁に沿って設置している水路の歩道は、大人二人が並んでゆったり歩ける程度の幅しかない。壁側をベイオウルフが楯で防ぎ、水路側の隙間は二本の松明でネズミの動きをけん制する。


 身体が覚えていた。

 手が震えて松明は揺れているけども。

 自分でも分かるくらいに目を見開いてしまっているけれど。


 ネズミは炎を見て逃げるか攻撃するか、躊躇しているようだ。こちらを向き、身を低くしている。

 にらみ合いの一瞬の後、ベアトリクスの魔法が完成した。


「ファイアー・ボール!」


 突き出した右手から人の頭の大きさほどの火球がネズミに向かって飛んでいき一匹に見事命中した。

 断末魔とともに炎に包まれるネズミ。

 と、残る三匹が一斉に飛び掛かってきた。

 後ろにひっくり返りそうになるのを懸命にこらえる。


「うおお!」


 ベイオウルフは怒号とともに跳躍すると、楯を体に引き付けて体当たりに出た。


 ベイオウルフは女性とはいえ、体格は並みの男性兵士に匹敵する。いや上回る。正面からぶつかり合えば、重いほうが勝つはずだ。

 楯に弾き飛ばされる鈍い音が響いた後、ドサドサとネズミが転がった。

 飛び掛かってきた三匹のうち、打ち所が悪かったのか一匹はひっくり返ったまま起き上がってこない。

 後の二匹は起き上がったものの、弾き飛ばされた分こちらとの距離が空いた。


「今だ!」


 ベイオウルフは元の位置に戻るとベアトリクスに声を掛ける。


「ファ、ファイアー・ボール! ファイアー・ボール!」


 引きつったような声を上げるベアトリクスの連発にさらに一匹のネズミが炎に包まれると、ひっくり返ったままの一匹を残して、残る一匹はどこかに逃げていってしまった。




「三匹か。一匹逃がしたのは残念だけど、上々だな」


 ひっくり返ったネズミを足で踏みつけているベイオウルフが腰に差していた剣を抜いた。

 ひくひく動いているネズミの喉元に剣を突き立てて、ぐいっと剣先を捻って止めを刺す。

 それを見た私は、へなへなとその場にへたり込んでしまった。

 私にとって生まれて初めての戦闘は終わったのだ。


「ベアトリクス。もう終わったよ」


 見ればベアトリクスは右手を前に突き出したまま、目を見開いてブルブル震えている。


 あんな大きさのネズミが三匹同時に飛び掛かってきたから、びっくりしてしまったらしい。

 良くやった、とベイオウルフに肩を叩かれて、やっと手を下した。




 水を飲んで一息ついた後、私とベアトリクスはようやく話が出来るようになった。


「あんたよく冷静に魔法の詠唱できたわね」

「最初からベイオウルフが号令を掛けたら詠唱始めようって決めてたのよ」


 二人とも興奮気味だ。


「練習したかいがあったね。何回かやってるうちに慣れてくるよ」


 衛兵のベイオウルフが落ち着いているのが頼もしい。




 ベイオウルフが床に転がっている鶏ガラを足で蹴飛ばして集めている。

 ネズミをおびき寄せる餌に使ったやつだ。後片付けが簡単なのと、ネズミがかじる時間があったほうが食い逃げされにくいだろうと、食堂に行きスープをとった後の鶏ガラを分けてもらった。これを竪穴から放り込んでおいた。二羽分あったのだが半分ほどに減っている。


 ベアトリクスはどういうつもりなのかネズミを検分し始めた。

 死体の葬送ならともかく、素人が検分なんて一種の冒涜のように思えたので見ないようにした。


「ベアトリクス。三回魔法を使ったね。あと何回だい?」


 魔法は使用回数に制限がある。精神力が途切れてしまう。限度を超えて使うと気絶したりするし、最悪気がふれたりする。


「後三回くらいね。ごめんね一回外しちゃった」 


 ベアトリクスは、ネズミの検分を続けながら振り向きもせず答えた。


「そんなもんだろう。気にすることないさ。一匹ずつ確実に倒していけばいいよ」




 ベアトリクスは四種類の魔法が使える。火と氷と雷と土の初級属性攻撃魔法だ。

 全く違う属性だから使い分けるのが難しそうだが、ベアトリクスに言わせると原理は同じらしい。


 ちなみに私は初級回復魔法と初級神聖攻撃魔法が使える。

 これもある意味正反対だが原理は同じだ。


「ベイオウルフは大丈夫なの? ネズミを楯で受け止めていたわよね。怪我はない? 回復魔法かけようか?」


 飛び掛かってきたネズミを、跳躍して左手に持った楯で弾き飛ばしていた。かなり大きい音が響いていた。骨折はしてないだろうが心配だ。


「大丈夫だよ。普段の訓練じゃあ、オッサンが飛び掛かってくるんだから」


 それは怖い。私なら全身複雑骨折しそうだ。


 ふと疑問を感じる。


「ちなみに、そのオッサンはベイオウルフよりも大きいの?」

「時々は私の方が大きいかもね」


 なるほど。相手のオッサンも大変だな。


「じゃあ、処分するよ」


 退治した証拠にしっぽを半分くらい切り取る。

 ネズミの死体は一か所に集めて油を振りかけ、松明で火をつけた。


 葬送の祈祷を終えると、初戦の勝利の余韻に浸る間もなく暗い水路を歩き出した。




「で、結局七匹か」


 私達は衛兵詰め所で、ハンスさんに今日の戦果を報告した。麻袋は汚れて顔もファイアー・ボールや退治したネズミの後始末のせいか煤けた感じになっているが、まずは成果を報告したかった。なので、そのままの格好で詰め所まで来た。


 別に褒めて貰いたかったわけじゃないけどさ。


 あの後、四回合計九匹のネズミに遭遇し、その内五匹には逃げられてしまった。

 二匹はベアトリクスのファイアー・ボールでやっつけた。もう二匹は、お試しで役割を交代した私が神聖攻撃魔法のホーリーでダメージを与えて動けなくしてやった。止めはベイオウルフに刺して貰った。

 これからは、せっかく見つけたネズミを逃がさない工夫が必要だな。


 ベイオウルフは、隊長代行のハンスさんの前で直立不動の姿勢をとっている。


「餌を撒く方法は有効と考えます。複数の竪穴を利用し、時間差で餌を撒いてネズミが集まったところを順番に倒していけば、もっと数が稼げると思いますが」


 ハンスさんは先ほどからずっと眉間に皺を寄せている。


 なにか怒らせるようなことしちゃったかなあ。


「一か所を潰したあとで、そこから地上に上がり、違う穴へ餌を撒く。元の穴から降りて新しく餌を撒いた穴に地下からたどり着けば、気づかれなくて良いか」


 今回の経験を元に私達が新しく考えた方法だ。密かに鶏ガラ作戦と名付けることにした。

 魔法は二人合わせて十回以上使えるから、頑張れば十匹くらい倒せるかもしれない。


 しかし、ハンスさんは眉間に皺を寄せたままだ。

 鶏ガラ作戦になにか問題があるのだろうか?


「やり方には反対せんが、何度も上に上がってくるのはなあ」

「なにか問題があるでしょうか?」

「その恰好をなんとかしろ。変なのが町をうろついているから逮捕しろと苦情が来とる」


 耐えきれなくなったように爆笑するハンスさんに、呆然となった。

便宜上勝手なルールを作っています。

魔物化した生き物はカタカナ表記。普通の生き物は漢字表記。

ネズミと鼠、と言ったところです。

まあ、ドラゴンと竜は両方魔物なのですが、実在する範囲に適用するルールという事で。

ご理解願います。

間違って使っていたらご指摘下さい。よろしくお願いします。

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