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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第一章

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慈愛のカトリーヌ

 孤児院の成人棟の部屋に帰り、仮眠でも取ろうかと思ってベッドで横になった。それが、予想以上にしっかりと寝てしまい、よりにもよってベアトリクスに起こされるという失態を演じてしまった。


 気が付くとシーツを引きはがされた上に、濡れた布を顔に被せられて窒息寸前の状態になって慌てて飛び起きた。


「どう、少しは起こされる側の気持ちが分かった?」


 勝ち誇ったベアトリクスの顔を見るのは、あまり気分の良いものではない。これも身から出た錆だ。仕方がない。同じことをやったからだ。


「あんたが寝てる間に色んなことがあったわよ」


 エングリオ軍から使者が来たらしい。

 使者もさぞ驚いただろう。正門は半ば壊されているし、おまけに二番目の門に続くスロープは吹っ飛ばされて跡形もない。あちこちにレヴァナント達が使っていた斧や弓矢が落ちている。どう考えても戦闘の後だ。


 なんて説明したんだろう?


「なんでも、町中総出で地下に大量発生したネズミを退治していたって言ったらしいわよ」


 思わず口に含んだスープを噴き出してしまった。


「汚いわねえ。ちゃんと食べなさいよ」

「ごめん、ごめん、だっていきなり変なこと言うから……」


 使者は半信半疑だったそうだが、汚れた平服のままで応対したアドルフさんやその後ろの武装した衛兵隊や自警団の疲れ切った表情と血走った目を見て怯んだのか、そのまま帰っていってしまったそうだ。

 アドルフさんが変な言い訳をした途端、噴き出す顔を見られまいと皆が一斉に下を向いたそうだ。

 良く気付かれなかったな。


 そして、院長先生が返って来た。

 これは朗報だ。院長先生ならレヴァナント達をなんとかしてくれるだろう。なんせ上級神聖魔法を超える魔法を使うという噂だ。一回の魔法でかなりの数を浄化できるのではないか。


「院長先生が一人でレヴァナント使い率いるレヴァント四千と旧市街地の原っぱで対決するそうよって、「!」




 アドルフさん直々の取り調べの結果、レヴァナント使い達は滅びの町の神官であることが判明した。ただ、チャームか何かの魔法で操られていたらしく、事件の記憶がなかった。アドルフさんのような高位の魔法使いには嘘は通用しない。本当だろう。


 本人達は驚くことしきりで、自分達が一つの町をレヴァナントの大軍を持って襲ったなどと大それたことをするはずがない、と言い張っていたらしい。


 しかし、実際に地下のレヴァナントを操る事が出来てしまい、それが動かぬ証拠になってしまった。レヴァナント使いとレヴァナントというのは、一種の契約で使役するらしい。一旦操られ始めたレヴァナントは、同じ人間にしか操れないらしい。納得するしかなかったのだろう。


 逆に困ったのはアドルフさんの方で、今後の彼らの扱いをどうするか、と言うのが問題になった。町を襲い二人の死者を出した。死罪に値するが、本人達は何者かに操られていた。なにより、地下のレヴァナントをどうしたら良いのかは、彼らにも分からなかった。結局、もう一度操って少しずつ地下から出して浄化する。罰はその後で決めるしかない、という話に落ち着こうとした。そこへ、破戒のカトリーヌが待ったを掛けた。


 院長先生がレヴァナント使い達に持ち掛けた話は、院長先生が勝てば町の死体管理に協力すること、もし負ければ無罪放免、という破格の条件だったそうだ。しかも、レヴァナント使い達が負けても、あくまでも協力的な罪人として扱うから還俗もしなくても良い。いずれ祠も建ててやる。とのおまけつきで、今後は禁呪を封印し、監視付きの墓守の様な立場にするらしい。


 対戦は町の東の旧市街地だ。戦闘に参加したご褒美に特別観覧席で見学できるらしい。見に行かない手はない。手早く身づくろいを整えて外に出た。




 既に東側の街壁は一杯の人だかりだ。逃亡防止と見物を兼ねているのだろう。川には何隻かの船が浮かんでいる。


 衛兵隊と自警団の武闘派は、旧市街地の東に陣取っていた。孤児院の先生方、パウルさん、マルセロ夫妻だけではなくアドルフさんとも一緒だ。


 院長先生はほぼ正面にいる。思った以上に近い。

 レヴァナント使いは正門の近くにいて、地下にいたレヴァナントを誘導している。

 

 皆固唾を飲んで見守っている。これだけの人が集まっているのも関わらず、不自然なほどに人の声がしない。


 院長先生は、白い神官衣を着て、手には白銀の錫杖を持っている。

 対するレヴァナント使いは誘導を終えたようで、レヴァナントの群れはもう正門からは出て来ない。それどころか、先頭にいる者は既に院長先生の方へ歩き始めている。


 院長先生は微動だにしない。まっすぐにレヴァナント達をただ見ている。睨みつけたりもせず穏やかな表情のままだ。

 どんどん近づいていくレヴァナントが、院長先生のすぐそばにまで迫った。いずれ完全に囲まれてしまうだろう。


 と、院長先生が、無言のままくるりと一回りし、錫杖で地面に自分の周囲に円を描いた。そこにレヴァナント達が近づくが、見えない壁に遮られたように前に進めない。たったあれだけの動作で結界を張った。


 後続のレヴァナント達もどんどん集まってきて、レヴァナントの集団の真ん中にポッカリと穴が開いたようになり、そこに院長先生が立っている。

 院長先生はまるで自分の周囲にレヴァナントが集まってきたのを確認するように周囲を見渡すと、錫杖を地面に置いてその場に跪き、まるで祈りを捧げるかの様に両手を胸の前で組んだ。


「カトリーヌ司教の二つ名を知っているね」


 突然、アドルフさんが声を掛けてくる。


「はい。破戒と慈愛のカトリーヌ、ですよね」


 院長先生から目を離さずに返事をする。


「良く見て、良く聞いておきなさい。なぜ慈愛のカトリーヌと呼ばれるかが分かるように」


 アドルフさんは、破戒、の言葉を使わなかった。あえてそうしたのだろう。




 院長先生の詠唱が始まった。充分に大きく周囲に良く響く優しい声だ。


「天空に在りし、我らを見守る至栄の母よ

 我ここに専心の祈りを捧げ奉る

 天妃の産みたる大地を清めたまへ

 定めたる理を守りたまえ

 汝の子らの罪を許し哀れみたまへ

 彼らを守りその愛を示したまへ

 彼らに永遠の安息の恩寵を与えたまへ

 彼らに導きの光を与えたまへ

 我が身を捧げ願い奉る」


それは魔法の詠唱というよりも、死者の冥福とその魂が天国へたどり着けることを女神様に願う祈りの言葉だ。


「アセンション!」


 院長先生の頭上に大きな光の玉が出現して辺りを照らす。

 光に照らされたレヴァントは動きを止めゆっくりと腰を下ろすと、まるでその場で眠るかのように横たわり始めた。


 次々に横たわり動かなくなったレヴァントの身体から、小さな光が浮かび上がる。その光は少しの間自らが抜け出た身体の上を漂っていたが、やがて院長先生の頭上の光に引き寄せられるかの様に近づくと、そのまま吸収されてしまった。


 全てのレヴァナントから同じように光の玉が出現しては、大きな光に向かい一つになって行く。それは有り得ない光景であり、気が付くと私は跪いて使者の冥福を祈る祈りの言葉を捧げていた。


 やがて、全てのレヴァナント達の光を吸収すると、大きな光はそのまま上空へ向かい見えなくなってしまった。

 まるで禁呪によって無理やり引き戻された死者の魂の欠片を、天国へ導いていったかのように。


 私は奇跡を見ているのかもしれない。いつの間にか涙が出ていた。


 神官とは人の死に寄り添うための存在でもあり、その精神的苦痛から解放し天国へ導く役目を果たさなければならない。院長先生の魔法は神官の存在意義の一つを体現したものだった。


 そう、私が神官を志した理由……。

 私の母は、私を残して死んでいくことを随分と悔やんでいたと聞いた。

 この世に戦争が無くならない以上、いや戦争の無い時代でも、未練を残して亡くなっていく人は後が絶えないだろう。せめて、私が立ち会える人だけでもいい。そういった人達が、その間際に安心できるように……。




 突然、院長先生がその場に倒れた!

 周囲から悲鳴が上がる。


「エミリー先生、キャサリン先生、手伝ってください!」


 走り出したのはジェニファー先生だ。

 エミリー先生とキャサリン先生も後に続く。


「エミリー先生、リザレクションは使えますね?」

「はい。大丈夫です」


 ジェニファー先生とエミリー先生のやり取りを聞いて、私も先生方の後について走り出す。リザレクションの魔法は止まってしまった体の機能、例えば心臓を再び動かすための魔法だからだ。

 このままでは、院長先生が死んでしまうかもしれない。




 最初にたどり着いたのはキャサリン先生だった。院長先生の傍に跪くと脈を取り始めた。

 詠唱しながら走っているエミリー先生の後を追う。傍に辿り着くと必死になって呼びかけた。


「脈はあります!」


 良かった。生きてた。

 ジェニファー先生もやって来た。後ろからベイオウルフとベアトリクスも走ってきている。


「院長先生! 院長先生!」


 キャサリン先生が呼びかけるが、反応が無い。

 気を失っただけではないのだろうか。


「少し場所を開けて貰えるかしら?」


 ジェニファー先生だ。

 キャサリン先生と私が身体をずらせて場所を開けると、ジェニファー先生が空いた場所に座り懐から手拭いを取り出した。

 手拭を水筒の水で湿らせる。


 これって、もしかして……。


「寝た子を起こすにはこれが一番ですから」


 皆がドン引きしているなか、ジェニファー先生は平気な顔で濡れ手拭いを院長先生の顔に乗せようとした。


 その時だ。

 突然、院長先生の目がパッチリと開いた。


「あら、院長先生。お目覚めですか?」

「おはよう。ジェニファー」


 あれっ? なんか普通に会話してるんだけど。


「大丈夫ですか?」

「うん。少しだるいわね。起き上がれないかもしれないわ」


 ジェニファー先生は、やれやれ、とばかりに院長先生の首の後ろに腕を回すと、よっこらせっと、上半身を起き上がらせた。


「どうせ、すぐに気が付いていたのに、気を失ったふりでもしてたんでしょう」

「だって、皆が私を心配してくれるなんて滅多にない事だから……ごめんなさい」


 院長先生が素直に頭を下げる。


 七英雄と呼ばれる人が、自分から対決を申し込んでおいて周囲に心配してもらえるのが嬉しいなんて、子供じゃあるまいに。人騒がせな。


「夕べ全く寝ずにレヴァナントを天に還していたのに、全力で超上級魔法を使うからですわ」

「でも一回で決めようと思ったら、あれが一番なのよ」

「なにも、一回で決めなくてもいいじゃないですか。四千人近くの相手と対戦したのですよ。少しずつ浄化していけばこんなに消耗することもなかったでしょうに」

「浄化は嫌いなのよ。見た目が悪すぎるわ。あれじゃ天国へ帰れないかもしれないじゃない」

「そうかもしれませんが、たまにはご自分のことも考えて下さい」


 ため息をつくジェニファー先生の傍らで、キャサリン先生が黙って背中を向けた。おぶされと言う意味だろう。

 院長先生は、ありがとう、とお礼を言うとその背にしがみついた。

 キャサリン先生より院長先生のほうが背が高いのだが、チェインメイルを着て戦っただけあって、軽々とおぶって歩き出した。




 歓声を受けながら皆の所に戻ると、アドルフさんが出迎えてくれた。


「無茶をしたらいかんなあ」


 いきなり説教だ。


「敵陣に単身突撃しようとしていた人に言われたくはないわね」


 おぶさったままで反論している。


 確かにその通りだが、お互い様だと思う。二人共少しは自身の立場と年齢を考えて欲しい。


「儂はせいぜい数十人が相手だ。四千相手に対戦なんてしないよ」

「あら、戦いは数じゃないわ。根性と気合いよ。ねえ、キャサリン?」


 院長先生がキャサリン先生の頭を撫でる。


「ちげえねえや」


 それまで俯いて静かにしていたキャサリン先生が顔を上げて豪快に笑った。

 その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていたが、皆気付かなかったことにしたようだ。

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